地球温暖化による食資源の変化に、日本人はどう向き合えばいいか。鹿児島大学教授の佐野雅昭さんは「水産物を『どう獲るか』を決めるのは『どう食べるか』という消費者の行動だ。
北海道の周辺海域ではサンマやスルメイカ、サケなどの漁獲量が減少した代わりに、激増した魚がいる」という――。
※本稿は、佐野雅昭『日本漁業の不都合な真実』(新潮社)の一部を再編集したものです。
■採算の取れないサンマよりこの魚の有効利用を
地球温暖化による海水温上昇を最小限に抑制することはもちろん大切で、温室効果ガスの排出量を減らすように、経済・産業活動と日常生活を大きく変容させる必要があります。
しかし、そうした取り組みはすぐに成果が出るものではありません。漁業における目下の課題は、海洋生態系の変化を受け入れ、それに柔軟に対応していくことです。
例えば、日本近海からいなくなった魚を追いかけて漁場を遠くまで拡張する、いっそその魚を養殖する、という発想があります。
「サンマ試験養殖に成功」という報道がありましたが、そうした研究は面白そうではあっても現実的ではありません。
養殖場は水族館ではないので、食料として養殖するには少なくとも数万尾を、低コストで飼育する必要があります。サンマは安いから需要があるのであって、高いサンマは誰も買いません。
安く、大量に生産できないなら養殖に成功したとは言えないのです。しかし現実には養殖の餌料コストが大きく上昇し、既存の養殖業でさえ採算性が失われつつあります。
養殖ビジネスは「作れば売れる、売れれば儲かる」ような簡単なものではないのです。
環境が変わって減る魚がいれば、増える魚も必ずいます。
減少する魚を追いかけるのでなく、新たに増えた魚を利用する技術や新しい需要を柔軟に創造するほうが建設的です。
■美味しいが大量に漁獲できるから安い魚
北海道の周辺海域ではサンマやスルメイカ、サケなどの漁獲量が減少した代わりに、マイワシが激増しています。
サンマの代わりにマイワシを食べれば、食料確保という点では全く問題ありません。マイワシは美味しい魚ですが、大量に漁獲できるぶん、価格が安いです。
ロシア連邦漁業庁によると、2023年の南クリル海域(北方領土周辺)のマイワシ漁獲量は40万トンを超え、日本のマイワシ漁獲量に迫ります。
ロシアはマイワシ資源を有効利用するために操業体制を変え、大型船を導入することで漁獲量を急増させました。ロシアの消費者はこの状況を受け入れ、マイワシとその缶詰を大量に消費するようになったといいます。こうした点は日本も真似たほうがよさそうです。
■水産業の新たな展開に政策的投資を
現時点で、安価で栄養価の高いマイワシを多く食べることは賢い消費、環境に調和した消費スタイルと言えるでしょう。
鮮魚消費だけでなく、缶詰や干物などの加工原料として有効利用することも需要の幅を拡大します。それでも利用しきれないほど漁獲されるのなら、高騰する養殖餌料の代替として利用できます。

増え続けるマイワシの生産・流通・加工を繋いだ総合的なサプライチェーンを迅速に整備するほうが、サンマの養殖技術を開発するよりずっと現実的で、社会のためになりそうです。
近年の北海道でのブリ漁業と惣菜加工業の発展は、環境変化に適応した取り組みの好例です。
「海業」などという、食料生産とは縁のない政策に力を入れるよりも、こうした食料産業としての水産業の新たな展開にこそ、政策的投資が向けられるべきなのです。
■温暖化の影響は「悪いことばかり」ではない
メディアでは地球温暖化の悪影響だけをクローズアップするので、消費者も過剰に悲観的になりがちですが、海水温上昇の影響で日本近海にはブリやクロマグロが増えており、悪いことばかりではないのです。
漁業はそもそも変化する自然を相手にした原始産業で、その長い歴史を通じて柔軟に生産構造を変化・洗練させてきました。
環境変化に対応できない硬直的な漁業は淘汰され、変化に対応できる柔軟な漁業だけが生き残ってきたとも言えます。
同じ土地を継続的に利用し、エネルギーを大量消費することで「作りたい作物だけを大量に、効率よく作る」ことを追求してきた農畜産業と異なり、場所を移動し、「その時に獲れる魚を獲れる場所で獲る」というのが漁業本来のスタイルであり、硬直的になってしまった現代的農畜産業にない強靱さなのです。
日本人の水産物の消費スタイルも同様で、サンマやスルメイカの不漁を嘆くより、マイワシやブリの豊漁を喜び、有り難く食べればいいのだと思います。
「どう獲るか」も大事ですが、それを決めるのは「どう食べるか」という消費者の行動です。
「食べたい魚が獲れない」ことを嘆くのではなく、「獲れた魚を食べる」ことを楽しむことができれば、少なくとも漁業や水産食料に関して、環境変化や資源変動に一喜一憂することはなくなるはずです。
■「ブリコラージュ」としての日本の漁業と魚食文化
古来より発展させてきた魚食のあり方とその流儀、変化し続ける自然と調和して生きる知恵、それこそがレヴィ=ストロースが賞賛した、日本が世界に誇る文化的強みだと筆者は思います。
彼は主著『野生の思考』(みすず書房、原著1962)の中で、そこにあるものを寄せ集め、不十分でも発展性のあるものをアドリブで創造する行為を「ブリコラージュ」と呼び、人類が本来有している「野生の思考」の典型としています。

それこそが、完全を目指して融通の利かない西欧的な「科学の思考」を補完するものだというのです。
日本の漁業と魚食文化はまさに「ブリコラージュ」そのもので、その時そこにいる魚を獲り、その場その場で工夫を凝らしながら美味しく食べてきました。
変化し続ける環境に対して硬直的な「科学の思考」だけではもはや対応が困難です。今こそ柔軟な「ブリコラージュ」としての漁業と魚食文化を見直すことが必要だと思うのです。

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佐野 雅昭(さの・まさあき)

鹿児島大学水産学部教授

1962(昭和37)年大阪府生まれ。京都大学法学部卒。東京水産大学修士課程、水産庁を経て北海道大学水産学研究科で博士号取得。専門は水産物流通。主な著書に『サケの世界市場』(漁業経済学会学会賞)『日本人が知らない漁業の大問題』など。

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(鹿児島大学水産学部教授 佐野 雅昭)
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