■広告費なしで1億円を売り上げた
三重県桑名市、細長く平らな焼き餅につぶあんを包んだ名物「安永餅」や、希少な地ハマグリの産地として知られる一方、鋳物の町としても名高い。
桑名の鋳物は江戸期の鉄砲製造に始まり、明治・大正期には「東の川口、西の桑名」と称された。そんな桑名発の一品が料理好きの間で注目を集めている。岡田鋳物のフライパン「IMONOPAN」だ。
一般的な鉄のフライパンは、食材をおいしく調理でき耐久性にも優れている一方、焦げ付きやサビを防ぐための油ならし(シーズニング)が必要だったり、洗剤で洗えなかったりと、手入れが面倒な側面もある。
だがIMONOPANは鉄板に独自の熱処理を施し、買ったその日から洗剤で洗えて、シーズニングも不要という革新的な仕様を実現。Instagramと自社ECサイトを中心に販売し、これまでの累計売り上げは1億円を超えている。さらに「広告費をかけていない」というから驚きだ。
しかし過去には、景気悪化による受注減少や、在庫の山を抱えた時期もあった。
■好景気の面影なく、甘い考えは崩れた
1973年に創業した岡田鋳物。
「『桑名の鋳物関連は全部お任せできるよね』みたいな感じで、たまにメーカーさんからは『フィクサー』なんて言われたりもします」
笑顔で答えたのは3代目の岡田和也さん。現在38歳。
22歳から5年ほど東京でウォーターサーバーの法人飛び込み営業をしていた岡田さんは、「いつか鋳物の世界に入りたい」という思いを抱いていた。というのも祖父・父の代は好景気に恵まれ、特に祖父の代には「市内の長者番付は鋳物屋ばかり」と言われるほど、業界全体が潤っていたという。
そんな話を聞いて育った岡田さんは2015年、27歳で家業に入ることを決意する。しかし、待っていたのは幼少期から見てきた華やかな鋳物業界とは全く異なる、厳しい現実だった。
「メーカーさんの景気悪化で受注が減って。当時は僕に月20万円ほどの給料が出ていたんですが、僕の給料を出すために両親がゼロにしていた月もあったらしく……」
好景気から一転、年間の売り上げはピーク時の5分の1まで落ち込んでいた。「仕事はあるもの」と思って入った鋳物業界だが、そう甘くはなかった。
仕事が途切れることも増え、時間ができた。
■在庫の山でも「自分の商品」がうれしかった
「最初は家族のバーベキューで使う鉄板が欲しかったんです。完成したもので肉を焼くと、音が良くおいしそうに感じたので、『もしかしてこういうのを商品にしたらいいのかな』と。ちょうどそのタイミングでアウトドアとかキャンプも流行っていたので『需要があるかも』と思い、クラウドファンディングをしました」
達成率は400%超を記録。その後は起死回生を狙い、ジンギスカン鍋やココットなどアウトドアで使える鋳物を展開。しかし、年間売り上げは約30万円にとどまり、在庫の山を抱えることとなる。
それでも岡田さんは手を止めなかった。
「自分の商品があるっていうのが、めちゃくちゃうれしくて。下請けとして言われたものを作るのも立派な仕事だと思いますが、メーカーさんの仕事って、商品の写真すら撮っちゃいけない。まるで影武者みたいな感覚です」
初めて自社商品を持ったことで、岡田さんは「作り手としての思いを形にして発信できる」ことを実感。それが、ものづくりのやりがいを支える軸になっていった。
■「あとはお客さんに見つけてもらうだけ」
翌2023年は口コミの影響で、ジンギスカン鍋やココットなどの売り上げは219万円(約7倍)に伸びた。
「いろいろと作っていたのですが、頭打ちな感じもあり『これ以上伸びない』と思ったんです。それで調理器具ではなく、ペン立てや照明スタンドとかも作ったんですが、それも全然売れずで……」
いいものでも売れない。そんな時、妻のある行動がヒントを与えてくれた。
「今のIMONOPANのベースになっている商品を、妻が家でよく使うんです。今までいくつも商品を作ったのに、家で使っているところなんてそれまで見たことなかった。
そこで、『そもそもアウトドア用じゃなかったんじゃないか』と気がついて。以降、妻みたいに家庭で料理をする人たちに、どう届けたらいいんだろうって考えました」
届ける相手が違う。本当に届けるべきは日常的に台所に立ち、フライパンを握る主婦層たちではないか。そこで、「アウトドア向け」というこれまでのコンセプトそのものを変えて、2024年に「IMONOPAN」と名付けて売り出すことにした。
「ものがいいのは分かっている。あとはお客さんに見つけてもらうだけ」
しかし広告費をかける余裕はない。
そうして岡田さんは、商品を“見つけてもらう”ために、本格的にInstagramでの発信を始めた。これまで一切SNSをやったことがなかったため、ノウハウはゼロ。初めのころはフォロワー500人以下、再生回数も200回ほどの状態が続いた。しかし岡田さんは決してあきらめなかった。
■ここまでする職人は少ない、だから勝てる
「毎日手を真っ黒にしてフライパンを削り、夜はスマホで調理動画を撮って編集までこなす職人はそういない。それができたら勝てるんじゃないかと思いました」
インフルエンサーに依頼する方法もあるが、それだとコストもかかるし、作り手の熱量は乗せにくい。
この商品は売れる。そう確信していた岡田さんは、IMONOPANの写真や動画を1人でも多くの人に発見してもらえるよう、毎日投稿した。
現在の岡田さんの投稿を見ると清潔感のある画づくりに加え、製品の特長を端的に伝えるテロップなど、視聴者に商品の良さが伝わる工夫が随所に見られる。
「妻はものづくりに携わっていないので、商品にあまり思い入れもない。だからこそ、正直な意見が返ってくるんですよね。『動画の尺がちょっと長い』とか、最初はよく言われました(笑)」
また投稿内容についても、「フッ素コーティングは便利だけど、剥がれや安全性が気になる」「鉄フライパンは手入れの手間や扱えるかどうかが不安で、価格も高く手が出しづらい」といった妻の声を踏まえ、内容に反映させた。
フライパンを売るべきペルソナが身近にいる。その的確な意見もあってか、投稿は徐々に反響を得るようになる。
■投稿へのコメントは「口コミ」に
「最初は全く売れなかった。でも3月ごろには1カ月の売り上げが30万円を超えて、7月には200万円。9月には1935万円。1年を通すと4746万円を売り上げました」
Instagramの投稿が411万回再生(2024年8月30日投稿)を記録し、続く動画も672万回再生(2024年9月4日投稿)に達した。その後10日間で2000件以上の予約が入り、IMONOPANは2024年9月以降、数カ月待ちの状態となった。
Instagramでは、購入者の感想や使用感がコメント欄に集まる。
気が付けば2025年8月、直近12カ月売り上げは1億円を突破。Instagramのフォロワーは8.8万人まで増え、IMONOPANは在庫の山から一転、入手まで1年以上待ちとなった。
「実物を見られない中で、1億円以上を売ってしまった」。そんな戸惑いもあったが、現在は、GinzaNovo(旧・東急プラザ銀座)に出店。チャンスをくれた実業家の桑田龍征氏には「感謝をしている」と語った。
思えば岡田さんは、インタビュー中に何度も、自分を支えてくれた周囲の人々に対して感謝の意を述べていた。その背景には、IMONOPANが決して1人で築いたものではなく、さまざまな縁の中で形づくられてきたという実感があるように思える。
■広告費ゼロの裏には熱いファンの力も
それが色濃く表れているのが、フライパンのファンコミュニティの存在だ。岡田さんはIMONOPANの購入者や購入を検討している人向けにLINEオープンチャットも開設。約1400人が参加し、日々料理写真の投稿や質問への回答が交わされているという。
ここでは、商品の率直な意見をユーザーから直接得られるだけでなく、参加者同士のやり取りが生まれる点も大きい。交流を通じて熱量の高いファンが育ち、その存在が口コミや紹介といった形で広がりを後押しする。広告費をかけずに1億円を売り上げてきた背景には、こうしたコミュニティの力もあったともいえる。
「フライパンを使っていると、買った人にしかわからない悩みも出てくる。オープンチャットのような場があれば、そういった悩みも共有されるし、そのやり取りは検討中の人も見られるから参考になる」
困っている人を見かけると、「助けたい」「教えたい」と手を差し伸べる人は少なくない。そうした持ちつ持たれつの関係が積み重なることで、ファン同士の結びつきも強まっていく。
さらに、そのつながりはオフラインにも広がり、銀座の実店舗イベントでは長蛇の列ができるほど来場者が集まったという。
「初対面なのに、待っている間に来てくれた方々がどんどん仲良くなっていって。それを見たときに、『これをやりたかったんだな』と感じました。しんどい時も多いですが、その光景を思い出すと『もう少し頑張ろう』と思えるんです」
商品を超えて、ファン同士がIMONOPANのある日常を共有し、助け合いながら関係を築いていく。IMONOPANが広告に頼らずここまで伸びてきた背景には、岡田さんが作り手として発信を続けるだけでなく、ユーザーの声と交流が生まれる場を整えてきた結果でもある。
■相次ぐ問い合わせから、IMONOPANが生まれた
人々を魅了しているIMONOPANだが、現在の仕様にたどり着くまでには、さまざまな試行錯誤があった。
岡田さんは、鋳物製品が「使いこなせる人だけが使うもの」「こだわり抜いた人だけが選ぶもの」になりがちで、市場には天井があると感じていた。「鋳物を誰でも使えるものにしたい」という思いがあった。
当初はその思いを形にするため、シーズニングを自ら施して出荷していた。しかし手間も時間もかかるため、油を塗ったままに顧客に届ける方法を試した。ところが「うまくできない」「これで合っているのか」といった顧客からの問い合わせが相次いだ。
そこで岡田さんが考えたのが、シーズニングをしなくても焦げ付きにくい鋳物のフライパンを作ることだった。岡田さんはさまざまな企業へアポイントを取り、特殊加工を施してくれる業者を探し出した。
「普段の仕事でも、5社ぐらい渡り歩いてようやくできるところを探し当てることとか、いっぱいあるんですよ」
技術そのもの以上に鍵になったのは、岡田さんの「探して、つなぐ」力だった。だからこそ、シーズニング不要を目指す発想が製品として結実した。
■「納得できるものを自分の手で」
売り上げが急上昇したものの、岡田さんは「正直、大金持ちになることが夢ではない」と語り、現時点ではこのままの体制で続ける方針を考えている。
「自分が作ったものがお客さんの手元に届いて、その人たちとコミュニケーションが取れる。それが今の生きがいになりつつある。もちろんメーカーさんの下請け仕事も本当にありがたいが、マンホール部品を作っても、こんな経験を味わうことはなかった」
また、「拡大したくない」という考えの背景には、自分自身が納得できるものを、責任を持ってお客さんに届けたいという思いがある。
「一度、仕上げ作業を人に任せたことがあったのですが、どうも微妙で。だから今は、仕上げは僕がやっています。普通、社長ってそこまでやらないですよね。でも60点のものを出して文句を言われるなら、自分が納得できる商品を出した方がいい」
誰から問い合わせが来ても、「私がつくった」と自信を持って送り出せるものだけを届けたい。その職人としての妥協のなさもIMONOPANが1億円以上売り上げた理由なのかもしれない。
今も腱鞘炎を患いながら仕上げ作業を続けている岡田さん。ファンからは「ちゃんと眠ってください」と体を気遣う声も届いているが、それでも目の前のお客さんの笑顔と喜びのために、今日もフライパンを作り続けている。
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マーガレット安井(まーがれっとやすい)
フリーライター
大阪府出身のフリーライター。関西圏のインディペンデントカルチャー(インディーズバンド、ライブハウス、レコードショップ、ミニシアターなど)を中心に、現場の雰囲気やアーティストの背景、地域の文化的なつながりを文章として紡ぐ。過去にはAll About、Real Sound、Skream!、Lmaga.jp、Meets Regionalなどに寄稿。
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(フリーライター マーガレット安井)

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