■パエリアに必須の食材
ツキノワグマ、イノシシ、シカ……。各地で獣害のニュースを耳にする。一方で、増えすぎた野生動物をジビエとして美味しく食べる習慣も日本社会に浸透しつつある。鹿肉カレーぐらいならばレトルト食品でも手に入るようになった。
貝類や甲殻類なども人間の社会活動を邪魔することがある。海辺に住んでいる筆者がよく聞くのはフジツボ。船底に強固に付着して燃費を悪くしたり排水を阻害したりする。
食べれば美味しいらしいが、意外な「害貝」はベルギー観光の定番料理とも言えるムール貝。金属製のバケツに山盛りで出てくる黒い二枚貝だ。パエリアにも必須の食材。
外来種のこの貝、戦前に外国船の船底に付着して持ち込まれたとされ、日本ではムラサキイガイと呼ばれることが多い。ちなみに在来種はイガイだ。
■養殖場や発電所を襲う驚異の繁殖力
ムール貝は繁殖力が強く、ホタテやカキ、真珠の養殖施設全体に付着してしまうらしい。もしかして、ホタテの不漁と値上がりに影響しているのだろうか?
「ホタテ不漁の主因は海水温の異常です。ただし、ムール貝がホタテ養殖の邪魔になっていることは確かですね。ホタテの養殖カゴにびっしりと付着するので、貝が小さいうちに選別して除去してしまわないと、カゴが重くて引き上げられなくなってしまいます」
冷静に答えてくれたのは、青森県産業技術センターのホタテガイ振興室の吉田雅範さん。副産物としてムール貝も出荷する漁師もいるとのことだが、ホタテほどの価格にはならずに邪魔者扱いされることが多いという。
ムール貝は火力・原子力発電所でも問題となっている。冷却水として利用している海水を導く水炉系内部に大量に付着。冷却効率が下がったり、最悪の場合は発電所の停止に至ったりするのだ。
■三陸では「汁貝」と呼ばれる驚異のうまみ
「ムール貝は東北地方、とくに三陸では食文化になっているよ。
美味しい食材としてのムール貝の魅力を教えてくれるのは、元水産庁職員で、鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ(以下、マルカマ)」でアドバイザーを務める上田勝彦さん。地域住民が主体となって2024年春に開業したマルカマは、「魚を通して産地と消費地をつなぐ」ことを掲げ、鹿児島県阿久根市や地元の神奈川県の港などから多様な天然の魚介類を仕入れている。今まで扱ってきたのは250種以上。この日は岩手県大船渡市から運ばれてきたムール貝を新春おすすめ品として売っていた。
なお、ムール貝は貝毒を持っていることがあり、あたると下痢やまひの原因になる。貝毒の成分は熱に強く、加熱しても毒性は弱くならないので、海で採取したものを食べないように注意したい。鮮魚店などの店頭に並んでいるものは貝毒検査を経ているので安心だ。
■カツオと昆布の間を埋める「貝の四番打者」
ムール貝は貝類の中でも上級の、はっきりした味のダシが出る。他の食材と合わせて「ダシの相乗効果」を得るうえで最良の貝だ、と上田さんは語る。プロ野球に例えるなら、助っ人外国人選手の四番打者だ。
「ダシには2つの軸がある。縦軸は海と陸。横軸は動物と植物だ。例えば、カツオ昆布ダシで考えてみよう。カツオは海の動物、昆布は海の植物という関係で相性が良い。ここに貝のダシを合わせる場合、まず貝類も海の動物なので昆布と相性が良い。そして同じ動物同士でも、カツオは海中をよく動き回る体、貝類はゆっくり動き回る体を持ち、それぞれのダシの主成分が違うので、お互いに補い合うわけだ。縦と横の軸のどこに位置付けられるかで効果が変わってくる」
上田さんによれば、他のものと合わせることでそのダシの役割がよくわかり、好みの味に仕上げやすくなる。それが「ダシの合わせ」なのだ。一般的にも、昆布のグルタミン酸と貝のコハク酸、カツオのイノシン酸が合わされるとうまみは数倍から十数倍に跳ね上がると言われている。
もちろん、陸の食材である肉や野菜と合わせてもいい。鶏ガラや豚骨と魚のダシを合わせるダブルスープのラーメンが流行っているが、肉類と魚介類を一緒に煮込むパエリアやブイヤベースは昔からある。
「沖縄料理は昆布と魚介類、豚を合わせるトリプルスープを当たり前のように作っているよ。沖縄の海では昆布が採れないのに消費量は昔から多い。日明貿易の名残りだね」
豊かな知識を披露してくれる上田さんだが、おすすめ料理は意外にも甘口カレー。ムール貝のダシはカレー味にも負けず、その風味を引き立てるのだ。
「煮込む野菜はじゃがいもぐらいでいい。仕上げに細切りのピーマンを加えて、コショウを振ること。ムール貝の濃厚なダシとピーマンはすごく合うよ」
■バランスが良くてまろやかなムール貝のすまし汁
ムール貝のカレーを早く食べたい。一緒に食べてくれるのは平均年齢50歳ぐらいの飲み食い好き男女4名。料理研究家、料理ライター、焼酎バー経営者などで、味にはかなりうるさそうなメンバーが揃った。
まずはシンプルに昆布とムール貝のすまし汁を作った。水を張った鍋に昆布を火にかけて、洗ったムール貝を入れるだけ。
「化学調味料を入れているんじゃないかと思うほどの濃いうまみを感じますね」
「ムール貝が和のおすましになるなんて……。バランスが良くてまろやかです」
深みを感じるのはやはり昆布との相乗効果だろう。わかりやすいムール貝の旨みを昆布が下支えしているのがわかる。
そして、本命のカレー。ムール貝をワイン蒸しにして、そのスープを使ってカレーを作り、殻を外した身をトッピングした。
どこかで食べたことがある、と筆者は感じた。そば屋のカレーだ。このムール貝カレーにはカツオ節や昆布は入れていないが、海産物のダシを使ったことで共通するものがあったのかもしれない。
「生のピーマンの青々しい香りが貝の優しい味を引き締めていますね」
「黒コショウも必須。貝のうまみと黒コショウの風味がビッタビタに合う!」
■「厄介者」を「資源」に変える食の選択
ムール貝の意外なうまみに興奮したメンバーがダシ実験を始めた。
味見したところ、この3つのうまみは一体化しにくいと感じた。かといってケンカもしていない。それぞれが勝手にうまみを発揮している。
「カラフルな感じの楽しい汁ですね」
料理ライターの女性が上手にまとめてくれた。飲みながら、「やっぱり昆布は入れるべきだね」「肉の中でもクジラベーコンなどが合うかもしれない」などの意見が出て、ダシ理解が深まる夜になった。
ムール貝はボイル済みのむき身が安く売られていることが多い。しかし、この貝の真価はダシにあるので、今後は殻付きの生を購入して自宅で蒸したいと強く感じた。繁殖力の強さから厄介者扱いされることもあるが、ホタテの養殖場などで育ったムール貝は貝毒検査を経ることになるので安心して食用にできる。捨てずにどんどん出荷してほしい。店頭で生を見かけたら即買いだ。あなたの選択ひとつで未利用資源が活用され、ひいては東北の地域活性化につながる。
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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。
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(フリーライター 大宮 冬洋)

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