テレビは本当に「オワコン」なのか。元テレビ東京社員で、桜美林大学教授の田淵俊彦さんは「いま大手芸能事務所は、視聴率が取れない地上波ドラマにあえて看板俳優を送り込んでいる。
視聴率はもはや目的ではなくなった」という――。
■テレビと芸能事務所の関係性に異変
毎日新聞で、私は月一のペースで書評欄を担当している。10月から始めた連載の最初に選んだのは、田崎健太著の『ザ・芸能界 首領たちの告白』(講談社刊)(以降、『ザ・芸能界』)だった。
テレビの発展とともに隆盛を極めた芸能プロダクション(以降、「芸能プロ」)の創業者たち。本書に登場するバーニング周防郁雄、ビーイング長戸大幸、ライジング平哲夫、ホリプロ堀威夫、田辺エージェンシー田邊昭知、レプロ本間憲らと並んで、テレビ局に絶大な影響を与えたのが、旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)のジャニー喜多川とメリー喜多川だ。
しかし、いまのテレビ業界は、旧ジャニーズ事務所が羽振りを利かせていたころとは、激変している。
では、かつてはどうだったのか。
『ザ・芸能界』にも記されているように、芸能プロとテレビ局は、互いに「飴と鞭」のような関係にあった。芸能プロがテレビ局に圧力をかけることもあったし、テレビ局がそっぽを向くこともあった。芸能プロが番組編成に影響を及ぼすこともあれば、テレビ局がキャスティングを拒むこともあった。“どちらかが一方的に支配する”のではなく、案件ごとに力関係が揺れ動く――そういった意味で、両者は均衡していた。
■均衡していた力関係
「スター誕生!」をめぐっては、日テレが新人発掘をほぼ独占していた渡辺プロダクション(通称「ナベプロ」)に業を煮やし、これを排除して約40社の芸能プロダクションやレコード会社と共同で番組を立ち上げたという経緯がある。

ナベプロ側も黙っておらず、フジテレビと組んで対抗番組「君こそスターだ!」を制作し、“日テレ vs ナベプロ”の確執が表面化した。これは当時、テレビ局側も芸能プロ側も強いカードを持ち、必要とあれば正面衝突も辞さない関係だったことを示す典型例である。
こうした“局と芸能プロが互いに駆け引きし合う”力学のなかで、芸能プロ各社は新人争奪戦や出演交渉の場面で局に強い姿勢を示すことも多くなってゆく。
そして、時代が下って80年代以降になると、旧ジャニーズ事務所も同じ力学のなかで、「ジャニーが言っている」と無理難題を押しつけたり、「メリーが怒っている」と揺さぶりをかけて相手に“貸し”を作ったりすることを日常的におこなうようになった。
そして、芸能プロが“貸し借り”づくりや圧力・恫喝まがいの水面下交渉を常態化させるなかで、同じ事務所のタレントが同一枠や類似企画に連続起用されるケースが積み上がっていく。制作ラインやPRラインも事務所案件で固まり、外部が入り込みにくい“構造”が固定化する。
その結果、「他社タレントが入りにくい状態」が固定化し、こうしたキャスティングは、“テレビ局による忖度”や“両者の暗黙の了解”と受け取られやすいものになっていった。
■暗黙のルールが崩れ始めた
だが、芸能プロの創業者が亡くなったり、代替わりをしたりすることで、そんな時代も終わりを告げようとしている。
芸能界も新しい世代へ生まれ変わろうとしているのだ。その変化は、従来の“同じ事務所の主役級を同時期にぶつけない”といったキャスティングの暗黙のルールが崩れ始めたことに象徴される。それを端的に示したのが、TBSドラマ「リブート」である。
本作品は、妻殺しの容疑をかけられたパティシエ・早瀬陸が、潔白を証明するために悪徳刑事・儀堂歩の顔に整形(=リブート)し、家族を守るために裏社会と警察の闇へ潜り込んで真犯人を追うサスペンスドラマである。

初回の関東世帯視聴率は13.3%(ビデオリサーチ調べ)。TVer(民放公式配信)では8日間再生数が486万で“歴代最高”を更新、2月1日時点で600万を突破した。地上波でも配信でも、民放ドラマの中で圧倒的に強く、今季トップクラスの作品になっている。
この成功の秘訣は、黒岩勉の脚本のうまさもある(韓国ドラマの三幕構成を忠実に踏襲、伏線を切れ目なく打ち込んでゆく手法など)が、それだけではない。単なる“一人二役”ではなく、物語上の“整形前の早瀬陸”を松山ケンイチ、“整形後の陸(儀堂歩として生きる)”を鈴木亮平が演じることで、視聴者が「別人なのに同一人物」を追いかける構造を成立させた。
■ホリプロが打ち出した“禁じ手”
芸能プロは、自社所属の複数の主力俳優を同番組に出演させることを避けてきた。しかし、2022年6月にホリプロの社長に就任した菅井敦は、映像・マネジメント両部門の役員を歴任してきた実務型の経営者として手数を広げている。鈴木亮平、松山ケンイチの二枚看板を“あえて”同じドラマに出すという「禁じ手」に出たのだ。
地上波では、主演級の俳優と売り出し中もしくは今後売り出したい俳優などを組み合わせて出演させる、「抱き合わせ出演(通称バーター)」というシステムがよく採られてきた。だが、主演級を同時に出演させることは、従来は「食い合う」と避けるものだ。
はたして、その勝算はどこにあるのか。
実は、菅井のこの戦略は一貫している。
ドラマ「リブート」の例は、タブーを打ち崩し、自社の所属俳優を最大限に活用するという点において、先日発表された「2時間サスペンスドラマ」を映画シリーズ「2時間サスペンス THE MOVIE」として復活させる動きとも地続きである。
■姿を消した2時間サスペンスとの共通項
日本のテレビドラマ文化を象徴するジャンルとして多くの視聴者を魅了し、昭和・平成の時代に民放テレビ局で盛んに作られてきた2時間サスペンス。私も過去に幾度となく制作を手掛けた。しかし、今では地上波からすっかりその姿を消した。その理由は大きく2つある。
1つ目は視聴ターゲットの問題だ。2時間サスペンスは視聴率自体はそこそこ取れるものの、視聴者層は高齢寄りになりがちで、生活必需品、自動車、住宅、金融、家電など、広告主が重視する購買力の高い層、いわゆるコア(13~49歳)とはズレが生じている。地上波による広告費収入が激減するなか、マーケティング指標としての「コア視聴率」はますます重視され、その層への訴求力が弱いジャンルは編成上、厳しい判断を迫られる。
2つ目は配信の影響だ。地上波放送後の“二次利用”として番組を配信に回そうとしても、1本や2本では収益性が低い。2時間サスペンスは基本的に一話完結の単発ドラマであるため、複数話を束ねて配信することが難しく、配信の特性である「まとめ視聴」にもつながりにくい。結果として需要が伸びない。

だが、その反面、2時間サスペンスドラマには根強いファンがいる。再放送をすると、意外なほど数字を取ることも珍しくない。私がフジテレビで「ザ・ノンフィクション」に携わっていたころ、同時間帯の日曜午後にテレビ東京が「女と愛とミステリー」の再放送を編成していて、フジの局プロデューサーが「テレ東のサスペンスは強敵だ」とぼやいていたのを思い出す。
■「テレビが難しいなら、映画でやる」
こうした事情と歴史を踏まえて企画されたのが、ホリプロ制作の「2時間サスペンス THE MOVIE」である。隆盛を極めたサスペンスドラマの新たな可能性を、テレビではなく映画館という舞台で届けたいという発想は立派だ。
「灯を消さないためには新作が必要。テレビが難しいなら、映画でやる」
菅井はそう宣言しているが、言葉どおりの覚悟を感じる。もっとも、大手芸能プロのトップである以上、心意気やノスタルジーだけでリスクを冒すのは許されない。だが、私は菅井には勝算があると観ている。それは2つの根拠があるからだ。
1つ目は、ホリプロが抱える実力派の俳優層。
「2時間サスペンス THE MOVIE」第1弾「テレビショッピングの女王 青池春香の事件チャンネル」は、名取裕子×右近のW主演。
第2弾は、「2時間ドラマの帝王」と称される船越英一郎の主演作として進行中である。名取、船越、両者ともホリプログループ所属。さらに言えば、「2時間ドラマの女王」片平なぎさもホリプロだ。2時間ドラマを長年見てきた視聴者にとって、これ以上ないほど“顔が見える”キャスティングが可能なのは、大きなアドバンテージである。
もう1つは、ホリプロが自前の制作部門を持っていること。
菅井自身、多くのタレントや俳優のマネージャーを務め、叩き上げで制作現場を経験してきた人物で、ドラマ制作部門を長年率いてきた。自社で制作すれば著作権が確保できることを知り尽くしている。
■自社タレント、自社資金、自社作品の循環
再上映や配信に展開するたびに収益が積み上がる構造を作れる点は、極めて現実的かつ堅実だ。自社のタレントを起用し、自社で資金を投じ、自社で作品を持つ。その循環を回せるのがホリプロの強みなのである。
しかし、私が最も注目しているのは、菅井のマネジメント的な手腕だ。
本シリーズは製作委員会方式に、BS日本と日本映画放送の“共同出資スキーム”を組み合わせた複合型の制作体制である。
報道によれば、幹事と制作・配給を担うのはホリプロだが、共同配給には、全国に約100館のイオンシネマを持つ映画館チェーンが入り、二次利用(放送権やパッケージ販売)は専門会社・ミツウロコが担当する。配給・回収・権利運用まで“出口を先に設計した”手堅い体制を、菅井が主導して組み上げた。
この企画の本質は、単なる「2時間サスペンスの映画化」ではない。むしろ、映画館という空間を、もう一度「安心して身を委ねられる物語」を体験する場として“再定義する”試みだと私は見ている。配信ではなく、テレビでもなく、わざわざ足を運んで観る2時間サスペンス。内容はある程度想像がつく。だが、その予定調和を楽しみに行く観客は確実に存在する。
■「視聴率」だけを追わない
地上波では「コア視聴率が取れない」と切り捨てられてきた層が、映画館ビジネスにおいては、時間とお金を持つ優良な観客層に転じる可能性もある。平日昼間の上映を埋められるコンテンツとしても、映画館側にとって無視できない存在になるかもしれない。要は、地上波では“編成上の理由で切り捨てられたジャンル”を、別の器(映画や配信)で再生させ、観客を回収しようとする発想だ。
このように、ホリプロは自社の所属俳優でコンテンツに投資し、IP(著作権)ビジネスに参入しようとしている。この布石は長年、通称「ハリポタ」の舞台で培ってきたものだ。
舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」は、総観客数130万人を突破し、通算1300回公演を達成した超ロングラン舞台である。2022年の開幕から4年半にわたりTBS赤坂ACTシアターを満席にし続け、赤坂の街全体を“ハリポタの聖地”へと変貌させ、ビジネス面でも稀有な成功例となった。
■今クールのドラマで顕著に
以上に述べてきたような動きは、芸能界が新しい時代に突入したことを示唆している。同じような流れは、今クールのほかのドラマにも顕著に表れている。なかでも私が注視しているのは、大手芸能プロ・研音の動きだ。
日テレ水10「冬のなんかさ、春のなんかね」は、主演が杉咲花。同時間帯のフジ水10「ラムネモンキー」は、トリプル主演で反町隆史、大森南朋、津田健次郎が務めている。これは、研音所属の若手俳優・杉咲と大御所俳優・反町を“真裏”に配置して競合させている構図である。
このパターンもこれまでは「タブー」とされ、あり得なかった。「視聴率を食い合う」と避けてきたからだ。しかし、かつてのように地上波において高視聴率が望めなくなり、それによって視聴率は「二の次」の存在になった。では、その代わりに芸能プロは何を“取りに行く”ようになったのか。その答えこそが、本論の核心である。
■「配信」に照準を合わせた戦略
読者のなかには、この現象を見て「テレビ局に対する事務所の力が、昔ほど強くなくなったからではないか」と考える人もいるだろう。
しかし、それは早計である。これを許している、いや「あえてやっている」のは、芸能プロのほうだ。そしてそこには、研音の社長・冨田賢太郎の“俳優ブランドを主軸に据える”という戦略が明確に打ち出されている。
ホリプロが「作品(コンテンツ)」を資産とするのに対し、研音はあくまで「タレント(人間)」を“価値の源泉”とみなす投資スタイルを採っている。天海祐希や反町隆史といった「主役級の俳優」のマネジメントに特化し、舞台そのものを製作するよりは、外部の有力な製作(映画、舞台、テレビなど)にタレントを送り込むことで、自らのブランド価値を維持・向上させている。
では、なぜ彼らは、かつては「タブー」とされたやり方を変えたのか。そこに、大手芸能プロのしたたかな戦略と思惑がある。
答えは、「配信」という大きな目的に照準を合わせるためである。
彼らは、地上波を「俳優のステータス確立と顔を売るための宣伝媒体」と割り切っている。俳優自身にとっては「主役を張れる」ことが大きなステータスであり、同時に芸能プロにとっては「裏被り」するほど“キャストの厚み”を示すアピールにもなる。そんな“便利な”場に、地上波テレビはなり下がったのだ。
■地上波で主役歴を刻み、配信で回遊を回収する
そしてこの流れは、配信サイドにとっては、まさに追い風だ。
地上波で“毎週観る習慣”を焼きつけた俳優は、配信プラットフォームにとって最も回収効率の高い“戦略資源”へと変わる。テレビで獲得した認知と信頼を、配信の作品ラインナップへそのまま滑らかに移行させる。――この新しい「循環」こそが、現在のドラマキャスティングに見られる、一見“いびつな”配置の“裏側”にある真実だ。
だが、芸能プロが「視聴率」の代わりに取りに行っているのは、作品単体のPVではない。PVは再生数が積み上がるだけで、完走率にも回遊にもつながりにくい。勝敗を決めるのは、「俳優×ジャンル」の掛け合わせで、視聴者の“棚”をどれだけ広く、深く押さえられるかだ。
ここでいう“棚”とは、「この俳優が出るなら観る」という視聴者の指名視聴=嗜好のことである。その“棚”を最初に作る装置が“地上波”であり、その棚を回収する装置が“配信”というわけだ。
地上波で主役歴を刻み、配信で回遊を回収する――この二つが一本の経路で結ばれた結果、キャスティングは“作品を選ぶ”行為ではなく、俳優の動線そのものを設計する作業へと変わった。
この構造変化は、俳優自身の動きにも現れ始めている。その象徴が、山田孝之が立ち上げた「THE OPEN CALL」である。俳優が自ら企画を主導し、配信(Lemino)でプロセス自体を公開しながら、主演・脚本・制作に踏み込むこの取り組みは、俳優が“流通される側”から“流通を設計する側”へと移り始めた新しい時代の兆しだ。俳優の存在は、作品の部品ではなく、配信が生み出す経済の“核”へと変わりつつある。
■「非創業家」トップリーダーの強み
以上に述べたような構造的な変化が、芸能プロの戦略に如実に表れている。ホリプロは、自社俳優だけで作品ラインを組めるほど主役級の層が厚い。ここに自社IPを持てる映画スキームを重ね、視聴者を取り込むための「棚」の“間口”と“奥行き”を同時に広げている。研音は俳優ブランドの希少性(真裏を走らせても主役が回る層)によって、「棚」そのものの価値を底上げしている。
では、それらを仕掛けているホリプロ・菅井敦氏、研音・冨田賢太郎氏に共通しているものは何か。
彼らは両者とも、創業一族ではない。
ホリプロは創業者・堀威夫から、息子の堀義貴氏へと引き継がれた典型的オーナー企業である。現在も義貴氏が会長として代表権を握っているが、菅井敦氏はオーナー一族ではなく、プロパー社員のルートで代表取締役社長兼COO(=事業運営担当)へと上り詰めた。
一方、研音は野崎俊夫氏による創設から、特定の同族による世襲を経ずに現在の経営体制へ移行した“非同族型”の組織である。冨田氏は代表権こそ持つが、オーナー家出身ではなく、内部昇格の経営者だ。
そんな彼らは、「プロの経営者」として冷静に、ときに冷徹に未来を見極め、合理的に戦略を立てている。
■「ジャニーズがいた時代」の終わり
ホリプロと研音の事象の重なりは、偶然ではない。彼らは地上波・配信の力学が不可逆に変わったことを、誰よりも早く“構造”として認識している。芸能界は、確実に新しい時代へ突入しつつある。
これは「ジャニーズがいた時代」とも、『ザ・芸能界』で描かれた“創業者ドン”の支配構造とも、まったく異なる原理だ。いまは、地上波と配信という“動線”の上で、俳優という財産をどう配置するかを合理的に設計できる者が主導権を握る時代である。
テレビ局側も、それを十分に意識して対応する必要がある。そうでないと、芸能プロダクションのしたたかで緻密な計算という渦に飲み込まれるだろう。

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田淵 俊彦(たぶち・としひこ)

元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授

1964年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100カ国以上。「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」をテーマにした社会派ドキュメンタリーのほか、ドラマのプロデュースも手掛ける。2023年3月にテレビ東京を退社し、現在は桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。著書に『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)、『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える“テレ東流”逆転発想の秘密』(方丈社)、『発達障害と少年犯罪』(新潮新書)、『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(河出書房新社)、『秘境に学ぶ幸せのかたち』(講談社)など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、日本メディア学会、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員、放送批評懇談会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。

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(元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授 田淵 俊彦)
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