相続した実家を売る時の注意点は何だろうか。元国税専門官の小林義崇さんは「譲渡所得から3000万円を差し引ける空き家特例を使うべき。
うまく使えば税金がゼロになる可能性もあるが、解体のタイミングなどを間違えると約600万円の税負担が生じるケースもある」という――。(後編/全2回)
■3000万円の特別控除の「空き家特例」とは
全国の空き家数は約900万戸に達し、過去最多を更新しました(総務省・2023年調査)。「親が亡くなって実家を引き継いだが、使い道がない」という状況が、日本全国で増えてきています。
不動産を相続すると維持費や固定資産税などの大きな負担が出てきます。有効活用せず「負動産」として放置するくらいなら、早めに売却して現金化するほうが得策ですが、売却益に対しては税金がかかります。保有期間「5年超」の物件については、所得税として15.315%、住民税として5%の税率。
税率計20.315%という数字はかなり大きなものですが、この税金に対して使える強力な武器があるのです。いわゆる「空き家特例(被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の3000万円特別控除)」。3000万円の特別控除ですから、これをうまく使えば、前述した売却益にかかる所得税・住民税を0円にできる可能性もあります。
ところが、この空き家特例の存在自体を知らないという人も少なくありません。知らずに使い損ねるのはもったいない話ですが、仮に知っていたとしても安心はできません。なぜなら、この特例にはいくつもの落とし穴が潜んでいるからです。
以下では、見落としがちなポイントを前編に引き続き具体的な試算とともに解説します。
■更地にしてから売るか、売ってから解体するか
「空き家特例」をお得に使うには、「契約書の書き方」も極めて重要なポイントになります。ここを間違えると「お得」が丸ごと消えてしまうこともあります。
以前は、この空き家特例を適用するためには、売却時に「家屋が耐震基準を満たしていること」または「家屋を取り壊して更地にしていること」が原則として必要でした。
しかし、古い木造住宅に耐震リフォームを施すのは費用面で現実的でないことが多いため、実務上は「解体して更地にしてから売る」パターンが圧倒的に多かったのです。
ところが、この「解体してから売る」には大きなリスクがありました。解体費用を先に自腹で負担しなければならないうえ、解体後に買い手が見つからなければ、更地のまま固定資産税が最大6倍まで跳ね上がるという問題が起きたのです。
この問題を解消するため、令和6(2024)年1月1日以降の譲渡から要件が緩和されました。売買契約書の中に「買主が取得後に家屋を解体(または耐震改修)する」旨を明記し、実際に譲渡の日の属する年の翌年2月15日までに買主が解体を完了すれば、特例が適用されるようになったのです。
これにより、売主である相続人は解体費用を負担せずに特例を使える道が開けたことになります。ただし、ここに大きな落とし穴があります。
■契約書の文言一つで約600万円の差がつく
「買主解体OK」のルールを使うには、売買契約書に解体に関する条項を正しく盛り込む必要があります。
ここが最も注意すべきポイントです。
まず、売買契約書において「買主が譲渡の日の属する年の翌年2月15日までに、当該家屋の全部の取り壊しまたは除却を行う」旨を明記しなくてはならず、口頭の約束では認められません。
次に、実際に買主がその期限までに解体を完了させることも必須条件です。契約書に書いてあっても、実行されなければ特例は適用されません。つまり、売主がきちんと契約書を作っていたとしても、買主の行動によって自分の節税が左右されるリスクがあるわけです。
さらに注意すべきは、「引き渡し日」と「契約日」の区別です。空き家特例の期限は「譲渡の日」が基準であり、一般的にはそれは「引き渡し日」を指します。契約日が期限内でも、引き渡しが期限を過ぎてしまえば特例は使えなくなります。
実家を4000万円で売却するケース(都心郊外であれば、この程度の価格での売却可能性は高い)で、この差がどう出るか見てみましょう。概算取得費(※)200万円、仲介手数料等の譲渡費用150万円とすると、譲渡所得は3650万円です。

(※)両親が住んでいた実家のもともとの購入時の書類がなく「取得費」が不明な場合、売却代金の5%を「概算取得費」として計算。
空き家特例を適用できれば、特別控除の3000万円を差し引いて課税譲渡所得は650万円。

税額は約132万円で済みます。しかし、契約書の記載が不十分で特例が使えなかった場合、3650万円にそのまま前述した所得税・住民税の計20.315%がかかり、税額は約742万円。些細な書類不備のせいで、その差は実に約610万円にもなるのです。
譲渡所得:空き家特例適用3650万円vs空き家特例不適用(契約書不備)3650万円

3000万円控除後:同650万円vs同3650万円(控除なし)

税額(20.315%):同約132万円vs同約742万円

差額:約610万円の損失!
契約書の文言一つでこれだけの差が生まれるため、「買主が解体する」方式を採用する場合は、不動産仲介会社に依頼する際に「空き家特例の適用を前提とした売却である」ことをはっきり伝えておき、解体完了の期限を買主に遵守させることも強調したいところです。また、その際は、税理士と不動産会社の両方に相談し、契約書のドラフト段階で税理士にレビューしてもらうのがベストです。その分、コストはかかりますが、トータルのお得感を考えればやらない手はありません。
■「先に解体」か「買主解体」どちらを選ぶべきか
以前、多かった「先に解体して更地で売る」場合、売主自身が状況をコントロールできるため、特例適用の確実性は高くなります。ただし、木造30坪程度の家屋で100万~200万円程度の解体費用を先払いする必要がありますし、前述のとおり更地になると住宅用地の特例が外れて固定資産税が跳ね上がるリスクもあります。
一方、「買主が解体する」方式なら、解体費用の持ち出しはありませんし、建物が残っている間は固定資産税の急増もありません。ただし、繰り返しになりますが、契約書の文言が不備だったり、買主が期限内に解体しなかったりすると、特例を使えなくなるリスクを背負うことになります。
どちらを選ぶかは、手元の資金余力や物件の立地によってケースバイケースですが、いずれにせよ「空き家特例の適用を意識した売却戦略を立てる」ことが大前提である点は共通です。
■「老人ホームに入居していた場合」の緩和要件
親が亡くなる前の準備で、節税できる額が変わるケースがあることも頭に入れておきたいです。

空き家特例の原則的な要件では、「相続開始の直前まで被相続人(老父・老母など)が一人でその家屋に住んでいたこと」が必要とされています(前編参照)。しかし実際には、亡くなる前に老人ホームや介護施設に入居しているケースが多いと考えられます。そのため、「うちの親は老人ホームだから、空き家特例は使えない」と諦めている方もいるかもしれません。
しかし、必ずしもそうとは限らず、被相続人が要介護認定などを受けて老人ホーム(施設)に入所していた場合でも、一定の要件を満たせば空き家特例の適用が認められるようになっています。
この要件の中で、最も落とし穴になりやすいのが「要介護認定を受けたタイミング」です。空き家特例は、原則として「老人ホーム入所時点」までに要介護認定を受けていることが必要となります。つまり、入所後に要介護認定を受けた場合は、空き家特例の適用が認められないリスクがあるのです。
また、入所先は特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、介護老人保健施設、グループホームなど、法律で定められた施設である必要があります。介護のために親族の家に同居していた場合などは対象外です。
そして、被相続人が老人ホームに入所した後、その家屋を事業や賃貸に使ったり、他の人が住んだりすると、特例を使えなくなってしまいます。あくまでも「空き家のまま管理していた」状態を維持する必要があるのです。
よくある失敗として、親が老人ホームに入った後に「もったいないから」と子や孫を住まわせたり、知人に貸してしまったりするケースがありますが、これをやると特例が使えなくなります。

だからこそ、老人ホームへの入所が決まった段階(入所前)で、将来の特例適用を見据えた準備をしておくことが極めて重要です。具体的には、入所前に要介護認定を受けておく。急な入所が決まった場合でも、入所と並行して速やかに申請手続きを進めておきましょう。
■相続から「3年目の12月31日」がデッドライン
以上、紹介してきた「空き家特例」ですが、絶対に守らなければならない期限があります。それは、「相続の開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日」までに売却(引き渡し)を完了させることです。
これを、「3年の猶予があるのか」と考えてはいけません。なぜなら、制度全体の適用期限が令和9(2027)年12月31日だからです。これは延長される可能性もありますが、今から備えるのであれば、来年2027年末までに売却(引き渡し)を済ませるように動くのが確実です。
空き家特例は、年間数百万円規模の節税効果を持つ強力な制度です。しかし、要件が複雑で、一つでも取りこぼすと適用できなくなります。
実家の問題を「面倒だから」と先送りにするほど、選択肢は狭まり、税負担は重くなります。相続の準備の際は、残った実家をどうするかを早めに決めて、最適な選択を取れるようにしておきましょう。


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小林 義崇(こばやし・よしたか)

フリーライター

1981年福岡県生まれ。西南学院大学商学部卒業。2004年に東京国税局の国税専門官として採用され、以後、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事。2017年7月、東京国税局を退職し、フリーライターに転身。書籍や雑誌、ウェブメディアを中心とする精力的な執筆活動に加え、お金に関するセミナーを行っている。『超改訂版 すみません、金利ってなんですか?』『僕らを守るお金の教室』(ともにサンマーク出版)、『元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者』(ダイヤモンド社)、『2050年のインド経済 急成長する巨大市場の現在地と未来図』(NEXTRAVELER BOOKS)、『相続税調査でわかった 富裕層が大事にしている「お金の基本」』(講談社)ほか著書多数。

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(フリーライター 小林 義崇)
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