日本にはお寺も神社も存在する。その違いはなにか。
宗教学者の島田裕巳さんは「お寺には僧侶が寝起きする場所があるが、神社は普段神主がいないケースも珍しくない。これは、『何のための場か』の違いだ」という――。
※本稿は、島田裕巳『大乗仏教はなぜ日本人を魅了したのか』(育鵬社)の一部を再編集したものです。
■神社には鳥居や鎮守の森がある
神道における施設となるのが神社であり、仏教だとそれがお寺になる。
神社とお寺はどう違うのか。
仏教のことを考えていく上においては、まずその違いをおさえておく必要がある。
見た目ということでも、両者には明らかな違いがある。神社の場合には、鳥居が建っており、少し規模の大きなものになれば、そこに鎮守の森が形成されている。神が宿るとされる神木が立っていたり、社殿の背後に、神の領域とされる神体山があるような神社もある。
神社の境内に一歩足を踏み入れてみると、そこには参道があり、参道の脇には、参拝する前に浄めるための手水舎(ちょうずや)が設けられている。参道の先に拝殿があることが多く、その奥に祭神を祀る本殿がある。
■手水舎で「穢れ」を洗い流す
これに対して、お寺の場合には、一般的には鳥居は建っていない。
実は鳥居が建っているお寺もあるのだが、それは神仏習合の時代の名残りで、その数は決して多くはない。
鳥居の代わりに山門が建っているお寺もある。規模が大きなお寺なら、立派な山門があることが多い。参道があるのは神社と同じだが、ほとんどの場合、手水舎はない。ただ、手水舎を設けているお寺もある。関東の人たちにはよく知られた真言宗智山派のお寺である成田山新勝寺などがそうだ。これも、事情は鳥居の場合と同じで、基本的に神仏習合の時代の名残りである。
なぜ神社に手水舎があり、お寺にはほとんどないのか。すでにそこに両者の信仰のあり方の違いが示されている。神道の信仰では、「穢(けが)れ」というものを嫌う。現代では、この穢れをどのように考え、どのように扱うかは問題にもなってくるところで差別にも結びついてくるのだが、死の穢れや血の穢れといったことが、昔はとくに神道では問題視された。
神と相対するときには、穢れがあってはならない。
そこで、参拝する前に「禊(みそぎ)」をするのが正式なやり方だった。伊勢神宮の内宮の手前にある五十鈴川(いすずがわ)などは、本来、禊をする場所だった。
■仏教は、悟りや修行で苦や煩悩を克服する
こうしたことはイスラム教のモスクでも見られる。モスクには水場が用意されていて、そこで浄めてから礼拝に臨む。イスラム教の創唱者であるムハンマドの言行録である「ハディース」は、コーランと並んでイスラム法であるシャリーアの法源とされる重要なもので、そこには、礼拝の前にいかに浄めるかということが相当に詳しく記されている。
この点で、神道とイスラム教のあり方には共通性があると言える。ただし、キリスト教のカトリック教会でも、その入り口に「聖水盤」が設置されていて、信者はそれに指を浸し、十字を切る。果たしてこれを浄めとしてとらえていいのかは難しいところだが、水に神聖な力があるとする点では共通している。
一方で、仏教の場合には、穢れという観念はない。仏教の立場からすれば、穢れは外面的なものに過ぎず、重要なのは人間の内面にある苦や煩悩になる。それは悟りや修行によって克服すべきものであり、たとえ禊のようなことを行ったとしても取り除くことはできないと考えられている。だから、基本的にお寺には手水舎はないのだ。

■除夜の鐘は明治ですたれ、昭和に復活
お寺の中心には本尊を祀る本堂があり、他にも様々な堂宇(どうう)が建ち並んでいる。それぞれの堂宇には、やはり各種の仏が祀られている。
神社でも、本殿には祭神が祀られ、その他に摂社や末社があり、そこには、その神社の祭神とかかわる神々や、必ずしも直接的にはかかわらない神々が祀られている。地域が開発されたりといった事情で祀られなくなった小祠が近くの神社に持ち込まれたりするからである。
神社にはなくお寺にあるのが鐘楼である。お寺の鐘は朝夕の時報として鳴らされ、とくに大晦日の除夜の鐘はよく知られている。それは、108あるとされる煩悩を鎮めるためのもので、大晦日の風物詩ともなっている。
なお、除夜の鐘は鎌倉時代から室町時代にかけて主に禅宗のお寺で撞かれていたものの、明治になるとすたれ、昭和の時代に入って、NHKがラジオで「除夜の鐘」という番組を始めたことで復活した。今の「ゆく年くる年」の前身である。
■神道には仏典や聖書のような聖典がない
鳴物ということでは、神社では、拝殿に鈴がつけられていることが多い。それは「本坪鈴(ほんつぼすず)」と呼ばれ、礼拝に際して、神の注意を引く、あるいは穢れを祓う役割を果たすと考えられている。
禅宗のお寺になると、行動の合図として言葉ではなく鳴物が用いられるので、その種類は多い。
その中でもっとも重要なのは、魚の形をした「魚梆(ぎょほう)」である。
こちらは、規模の大きなお寺にだけ見られるものだが、仏典を納めた「経蔵」もある。仏典の数は膨大で、印刷技術が発達していなかった時代には、すべて書き写さなければならず、その巻数はかなりのものになった。
仏典を集めたものが「一切経(いっさいきょう)」、あるいは「大蔵経(たいぞうきょう)」で、経蔵はそれを納めている。聖典を持たない神社には、当然のこと経蔵にあたるものはない。
■「神のための場」と「人のための場」
やはり神社にはなく、お寺にあるものとして、「庫裏(くり)」や「僧坊」がある。どちらも、僧侶が寝起きする場所のことで、現代のお寺になると、庫裏で住職の一家が生活していることになる。
実は、この点は重要である。
神社の場合、神に仕える神職は、「神主」と呼ばれることが多いが、神社に住んでいるわけではない。街の中で、僧侶の姿は見かけても、神主の姿を見かけないのも、それが関係する。神主は、神社に奉仕しているときだけその装いをしており、そこから退く時には平服に着替える。
ところが、僧侶にはその区別がない。
お寺にいようと、そこを出ようと、僧侶であることにかわりはなく、絶えず僧服を身にまとっている。そして、お寺に住んでいる。
こうした点から、私は、神社とお寺を、「神のための場」と「人のための場」という形で区別している。神社の領域は、あくまで神を祀るために存在するわけで、主役は神であって人ではない。
したがって、普段神主がいない神社も珍しくない。規模の小さな神社になれば、むしろそれが一般的である。正月や例大祭が行われるときだけそこに神主がやってくるのは、いくつもの神社を兼務している神主が多いからである。
街角に建つ小さな社ともなれば、鳥居と本殿だけがあり、人の居る余地がない。それは、屋敷神やビルの屋上などに建つ企業などの神社の場合も同様である。重要なのは神であり、神を祀る空間さえあれば、それで神社は成り立つのだ。

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島田 裕巳(しまだ・ひろみ)

宗教学者、作家

放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。


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(宗教学者、作家 島田 裕巳)
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