■子育て支援に大金を費やしたハンガリー
「日本の少子化が止まらないのは、子育て支援が足りないからだ」
日本の少子化議論は、この前提に立っているように見える。
世界で最も大胆な子育て支援を行っている国だとされるハンガリーが示したのは、この「常識」が必ずしも正しくない現実である。
ハンガリー政府は税控除、住宅支援、無利子ローン、若者向け奨学金免除などあらゆる手を尽くしたが、合計特殊出生率の回復は一時的で、数年後には急落した。
ハンガリーは莫大な子育て支援をおこないながら、なぜ少子化を緩和することができなかったのか。
私はプレジデントオンラインに寄稿した〈「独身税」をつくる国で子どもが増えるわけがない…こども家庭庁が理解していない「少子化が加速する理由」〉で、少子化が子育て支援では緩和できない理由を述べた。
ここではハンガリーの事例から、日本が同じ道を歩まないためには何が必要なのかを、さらにつっこんで考える。
■子どもを産むたびに所得税を控除
中欧のハンガリーはEU加盟国でありながら、EUの国際主義と距離を置き、独自の国民主義的な政策を続けてきた。その一環として、2010年代に大胆な少子化対策を打ち出し、一時的に合計特殊出生率を押し上げることに成功した。
このとき、ハンガリーが実施したのは「結婚・子育てに対する経済的・制度的支援」を中心に、次のような政策で構成されている。
最初に導入されたのが、子どもの数に応じて、所得税の控除額を大幅に拡大し、子どもが増えるごとに控除額が段階的に増加する制度である。4人以上の子どもを持つ母親は所得税が生涯免除される制度も導入している。
また、2015年には、結婚したカップルが住宅を購入・建設する際に使える低利・無利子の住宅支援・住宅ローン優遇制度を提供している。子どもを産む計画がある場合の住宅購入支援は、人数に応じて支給額が増える設計だ。
また、結婚したばかりのカップルに対する手当支給である。結婚してから数年間、一定額の支援を受けられる制度である。
■高学歴女性にも3人産んでもらう仕掛け
2018年には、大学卒業後の一定期間内に子どもを持つと、学生ローンを一部または全額免除する制度を導入した。子どもが3人いると全額免除になる。高学歴者の晩婚化が進む中で、できるだけ若いうちに出産してもらいたいという意図があった。
2019年には、結婚後であっても、無利子の出産準備ローンを提供することで、子どもが生まれると返済猶予・免除される仕組みも併用している。
ただし、この出産ローンは母親が40歳未満であることが条件で(当初は35歳未満で初婚が条件だった)、「5年以内に子どもができなかったら全額返済」という条件が付いている。3人以上の子どもがいる場合は残高の全額返済免除になる。
また、3人以上の子どもがいる世帯に向けた自動車購入補助金など、その後も子育てに直接結びつく生活支援型の助成もきめ細かく提供している。
■「ハンガリーに続け」と絶賛されたが…
ハンガリーの少子化対策は、これから子どもを持とう、あるいはこれから結婚して子どもを持とうという人たちに高い経済的インセンティブをもってもらうよう制度強化をはかることが大きな柱になっている。
また、ハンガリーの少子化対策(家族政策)への支出はGDP比で4~5%前後であり、支出規模はEU加盟他国と比べてもトップクラスに位置する。
先進国を中心に少子化対策が叫ばれている中で、ハンガリーの大胆な政策は各国メディアから絶賛された。日本においてもハンガリーについての報道が相次ぎ、日本の保守層や少子化対策論者から「日本もハンガリーに続け」と言われることが多かった。
極端な少子化が進む日本では、現在でも「子ども一人の出産に国から1000万円を支出せよ」などといった極端な意見が出ることがあるが、これもハンガリーの大胆な少子化対策の「成功」を念頭に置いたものが多いのではないだろうか。
ハンガリーはEU諸国の中では移民や難民の受け入れが少なく、そのために外国人問題を重視する保守論者には「反移民の国」として評価されやすい面もあるのだろう。
言うまでもないが、少子化対策についてはそれとは別に考えるべきだ。
■順調に上昇していた出生率が急落
統計を検証すると、ハンガリーの政策を「成功」とする評価は適切ではないと思えてくる。
ハンガリーの合計特殊出生率は、過去最低だった2011年の1.23から、2021年には1.61まで上昇して、各国メディアから賞賛された。しかし、その効果は長くは持続せず、2024年には1.39に急落して再び少子化が悪化している。EU加盟国でも低い上に、言うまでもなく、人口維持水準である2.1には遠く及んでいない。
あれほどもてはやされたハンガリーの少子化対策が、なぜこうも簡単に失速したのだろうか。
先述したように、ハンガリーのGDP比で見た少子化対策への支出は、欧州でも最上位に近い水準に達している。
だが、その後の特殊出生率の推移を見れば、これは「成功」とは言えないのは明らかだ。では、導入初期はなぜ効果を発揮したのか。
これは人口学で言う、前倒し効果(テンポ効果)だったと考えられる。
■喜んだのは「収入がある中間層」だけ
つまり、当初は結婚・出産を予定していた層が、経済的インセンティブによって早く結婚し、早く産んだのだろう。仮に、これに続いて新たに結婚や出産に踏み切る層が増加すれば、その効果は長く持続する。
また、政策導入当時、たしかに結婚率が上がったのだが、それは未婚カップルが政策を使うために法律婚に移行したためだと考えられている。そのため制度導入から数年が経過すると出生率は元のトレンドに戻っており、前倒し効果以上のものはなかったと考えるしかない。
ハンガリーの政策の最大の欠陥は、少子化対策を結婚後あるいは出産後の問題として設計した点にあり、支援の対象は原則として「すでに結婚している世帯」か「これから子どもを持つ世帯」だった。
また、少子化対策に対して「子育て支援」を中心にしたことで、次のような2つの反応があったと考えられている。
・資産と安定収入を持つ中間層以上は政策に反応した(効果があった)。
・都市部の若者、非正規層、資産を持たない層はほぼ無反応だった(効果がなかった)。
※FINANTIAL TIMES “Why Hungary’s lavish family subsidies failed to spur a baby boom”(2024年8月19日)
つまり、もともと年収がある水準以上にあって、結婚して子どもをもつ余裕のある人たちが積極的に制度を利用したものの、年収が水準に達しておらず、これまで結婚や出産に踏み切れなかった層には響いていないのである。
■「結婚に踏み切れない若者」は対象外
考えてみると、子育て支援はあくまで「結婚してこれから子ども持つ人が得をする政策」である。少子化の根本原因は非婚化と晩婚化であって、それに直接効果があるような「結婚できない人を結婚に導く政策」ではない。
少子化については、「子育てコストが大きいことが原因だから、子育て支援によってコストを大幅に下げればよい」と語られることが多いのだが、若いカップルがもつ子どもの数には昔から大きな変化はない。
少子化に根本的に効果がある政策をとりたいのであれば、結婚に踏み切れない若者、とくに非正規雇用の若者の背中を押すような政策が必要となっている。
■結婚は「幸せ」から「リスク」へ
ハンガリーの少子化対策についての分析を見ると、とりわけ女性が結婚をためらう理由が、巷でよくいわれるような「価値観の多様化」だけではないことがわかる。
結婚は、人生における「大きな投資」の1つである。かつてのように結婚に幸せ幻想があった時代であれば「幸せになるために結婚する」という価値観が主流であり、結婚を促進する必要などなかっただろう。だが、現在では必ずしもそうではなくなっている。
「この人物と結婚することに、どれくらいのリスクがあるか」という視点が入る以上、その「リスク」を軽減する政策が必要となっている。
そうなると、結婚における「平均的な幸福」を説いてもさほど意味がなく、むしろ「結婚に失敗したときに、どのくらいのリスクがあるか」を明確化することが重要になる。
また、結婚するにはつきあってから結婚するまでに、それなりの「投資」が必要となる。
いわゆる「親ガチャ」などによって結婚への意欲が大きく左右されている可能性があるわけである。
■少子化の根本原因は「世代間格差」
働く若い女性を想定した場合、結婚によって次のようなリスクを負うことになる。
・結婚・出産によるキャリアの断絶
・離婚時の生活破綻リスク
・住宅や教育コストの仕切り直し
・社会保障の世代間不均衡
社会保障についてはもともと若年層にしわ寄せが来ており、結婚をする若者はそれ以外にも大きなリスクを背負い込むことになる。そうなれば、リスクを負いたくない若者が結婚を避けようとするのも当然だといえる。
まずは「コストをかけて結婚しても、人生におけるリスクは増えない」という認識がもてる環境を整えることが必要だろう。
ここで決定的に重要なのが、金融資産の世代間偏在である。
日本と同様、ハンガリーでも家計金融資産の大半は高齢層が保有し、しかも年配者に偏った資産は固定化している。若年層はフロー(年収)を拡大することはできても、リスクを吸収できるストック(資産)を持つことが難しい。
結婚や出産にコストやリスクが伴う以上、自己資本が乏しい状態のまま子育て支援のみで少子化を緩和するのは困難だろう。
■若者の資産不足をどうカバーするか
ハンガリーの政策が税控除や給付といったフロー支援に偏り、若者の資産不足を補えていなかった点が、少子化対策としての決め手を欠いた理由だと考えられる。
本格的に少子化を止めたいのであれば、次のような若者の資産不足を補うストック補助政策が必要だと考えられる。
・結婚に失敗しても生活が破綻しないという「保証」
・キャリアが回復できる「制度設計」
・結婚前の若者がリスクをとる気になるのに十分な「準資本」
たとえば、18~35歳に限定した補助制度を創設して、結婚や出産のときの住宅や再教育に活用できるようにするという方法がある。
また、「生前贈与」を政府レベルでおこない、「親ガチャ」で恵まれていない層にとっても大きな不利にならないような制度づくりも有益だと考えられる。
また、子育て期の社会保険料を将来の給付原資として積み立て扱いにして、ストック化することも有用だろう。
■高齢者には年金があるが、若者にはない
これまでの少子化対策は、「子育て支援」の発想から抜け出せず、結婚・出産に積極的にアプローチできない層をどうするかという視点が抜けてきた。
その層の根本的な支援を考えるなら、「結婚で失敗しても、元の状態に戻れる」という安心感を与えられるようなストック補助政策が効果を発揮すると考えられる。
ストック補助は、単なる現金給付ではなく、結婚や出産、住宅や再教育など、人生の初期リスクを吸収するための「限定目的型の社会的資本移転」を行いながら、それを制度的に保障することが重要になる。
現在は高齢者向けの巨大なストック補助である「年金」が中心となっているが、若年層にも同様の視点が必要だ。
■「結婚・出産=合理的選択」にするために
ハンガリー政府が真正面から取り組んでいる少子化対策は、同じように少子化に悩んでいる日本にとっても、大きなヒントとなっている。
子育て支援をどれだけ厚くしても、あるいは結婚後の世帯をどれだけ優遇しても、結婚に距離を置いている層が動いていない以上、少子化は止まらないのである。
かといって、結婚を義務化するのは明らかに時代錯誤である。結婚が人生における合理的な選択になる制度環境を整えることが必要だ。
日本がハンガリーと同じ轍を踏むかどうかは、今後の政策設計、とくにその政策に若者のストック支援を充実させるという視点が入っているかどうかにかかっている。
少子化は、日本という国の体力を徐々にむしばんでいく慢性病のようなものだ。切開手術のように一気に患部を取り除く治療ではなく、時間がかかっても、温熱療法のように体質そのものを改善し、回復させていく政策を進めるべきである。
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白川 司(しらかわ・つかさ)
評論家・千代田区議会議員
国際政治からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。『月刊WiLL』にて「Non-Fake News」を連載、YouTubeチャンネル「デイリーWiLL」のレギュラーコメンテーター。メルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評。著書に『14歳からのアイドル論』(青林堂)、『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック)ほか。
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(評論家・千代田区議会議員 白川 司)

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