■そして軍幹部7人体制は、たった2人に
2026年2月11日付のロイター通信の記事「習近平、最近の軍粛清に言及」は、世界の中国ウォッチャーに静かな波紋を投げかけた。習近平国家主席が軍関連の会合で最近の軍内動向に言及し、軍の一部に「深刻な腐敗」が存在し、戦争準備や任務遂行能力に影響を及ぼしたと語ったと報じたからだ。習主席はさらに、腐敗との闘いを通して中国軍が「革命的改造」を経験したと述べたと伝えている。
習主席がいう「深刻な腐敗」と「革命的改造」は、中国国防省が1月に発表した中央軍事委員会(CMC)副主席の張(ちょう)又侠(ゆうきょう)、聯合参謀部参謀長の劉(りゅう)振立(しんりつ)の軍幹部ふたりが「重大な規律・法律違反の疑い」で調査されているという発表だ。
CMCは元来7人で構成されていた。ところが2023年以降、国防大臣の李(り)尚福(しょうふく)副主席の何(か)衛東(えいとう)、政治工作部トップの苗(びょう)華(か)が相次いで失脚。今年1月に張又侠と劉振立が調査対象となり、残ったのは習近平と軍の反腐敗を担当する張(ちょう)昇民(しょうみん)だけだ。CMC7人中の5人が失脚という異例の事態を迎えている。
張又侠たちへの調査内容について、具体的な説明はない。従来の反腐敗案件と同様の形式をとっていた。
■つかみきれない不可解な「異変」
ところが後日、軍機関紙「解放軍報」は社説で、両氏が「中央軍事委員会主席責任制を深刻に踏みにじった」と厳しく非難した。主席責任制とは、軍の最終決定権が習主席に集中する制度。
2月に入って習主席自身が「軍の腐敗が戦備や任務遂行能力に影響した」と述べたことで、幹部たちの個別案件から軍全体の体質や戦力に関わる問題へと引き上げられた格好だ。情報が乏しいだけに疑問は尽きない。
実際、1月20日前後には不可解な「異変」が伝えられた。北京首都空港や上海、成都で大規模な欠航・遅延が発生し、海外のSNSでは「北京で軍同士の銃撃戦があった」「首都が封鎖された」「クーデター未遂だ」などの情報が飛び交った。香港の消息筋からは「明らかに政変だ」とも伝えられた。
■CIAの「協力者募集」動画が意味すること
武力衝突や空港封鎖を裏づける証拠がない一方で、「クーデター」との表現が説得力をもつのは、張又侠らが軍関連の会合を欠席した数日後に調査対象となって公の場から姿を消し、軍機関紙が「主席責任制を踏みにじった」と異例の断罪を示したからである。
軍の混乱に追い打ちをかけるように、米中央情報局(CIA)が2月12日、中国語で“協力者募集”の動画を公開した。SNSで拡散された動画は、ターゲットを「幻滅した中堅の中国軍将校」と明示し、秘匿性の高い通信手段や匿名での連絡方法まで具体的に示している(参考:「米CIA、中国軍当局者に協力呼びかける動画を公開 軍幹部粛清に乗じ」CNN 2026.02.13)。
CIAの動画は、実際にスパイを獲得する以上に、中国軍内の疑心暗鬼を煽る「認知戦」の意味合いが強いとの見方がある。電撃的な粛清で指揮系統に空白が生じ、「次は自分の番ではないか」という恐怖が広がっているとの観測だ。中国外交部が「国家転覆行為だ」と抗議したこと自体、当局の危機感を物語っている。
■毛沢東の再来か
2月16日、米ニューヨーク・タイムズ紙は「習近平の軍粛清は絶対忠誠の追求」と題して、習近平が推進する『自己革命』を毛沢東時代の整風運動になぞらえる長文記事を掲載した。整風運動とは、1942年から中国共産党が革命根拠地の延安を中心に展開した思想教育運動で、党員の思想を正すことが目的としながらも、実質的には反対派粛清運動であった。同紙は、毛沢東が延安整風で政敵を排除した手法と重ね合わせて、習近平の軍幹部追放劇を分析している。
最近の習近平に“毛沢東の再来”を見るのはニューヨーク・タイムズ紙だけではない。中国ウォッチャーの間でも、歴史的既視感を指摘する声が広がっている。もちろん、筆者も第一報に触れたとき、半世紀前の事件が頭に浮かんだ。
今回の軍粛清はたしかに“習近平の毛沢東化”を連想させる。鍵となるのは、張又侠という人物と習近平との関係である。
■「盟友」が切り捨てられた意味は重い
張又侠は中央軍事委員会(CMC)副主席、つまり習近平に次ぐ軍のナンバー2だった。彼のプロフィールでよく語られるのは、習近平とは同じ紅二代(中国共産党革命に貢献した高級幹部の子女)の盟友という点だ。
ふたりの絆は、父親の世代にさかのぼる。太平洋戦争の終結後、中国では共産党と国民党が覇権を争う内戦が続き、習近平の父・習(しゅう)仲勲(ちゅうくん)と、張又侠の父・張(ちょう)宗遜(そうそん)は、毛沢東率いる共産党軍の「西北野戦軍」に所属する戦友だった。
当時の軍閥的な人脈は「西北幇」と呼ばれ、1949年の建国後も強固な絆として残った。だから、習近平と3歳年上の張又侠も同じ紅二代の盟友と見なされてきた。
張又侠は、優秀な軍人としても知られる。1984年の中越国境紛争では、ベトナムとの国境にある老山で、前線部隊を率いて主峰をわずか7分で制圧して名を馳せた(老山戦役)。実戦を知らない幹部が多いなかで、張又侠の経歴は際立っていた。
だからこそ、習近平と同じ特権階級の生まれで優秀な軍人の張又侠が「主席責任制を踏みにじった」と断じられた意味は重い。習が最も信頼した「血統の盟友」が、単なる規律違反ではなく、習近平の軍統制そのものへの挑戦と見なされたのだから衝撃的だった。
■もはや、誰も安全ではない
公式に「重大な規律・法律違反」とされた背景には、台湾侵攻の期限をめぐる政治的な亀裂があったとの見方もある。
習近平は自分の任期が終わる2027年までに「台湾侵攻能力を整える」との政治目標を掲げた。毛沢東と鄧小平もなしえなかった台湾併合を成功させ、この歴史的成果を背景に“永久皇帝”として任期延長を宣言する構想を描いている可能性もある。
一方、張は慎重論を主張していた。
革命元勲の子弟(紅二代)には「最後の一線では争わない」という暗黙の了解がある。竹馬の友を調査対象にした今回の処分は、掟破りの出来事だった。軍エリート層に「もはや誰も安全ではない」という無言のメッセージを発したに等しい。
■歴史的既視感の正体――ナンバー2の失墜
1971年9月13日夜。モンゴル人民共和国ウンドルハン近郊で、中国軍の三叉戟(トライデント)型旅客機が墜落し、炎上した。搭乗していたのは林(りん)彪(ぴょう)――中華人民共和国の元帥であり、党規約に毛沢東の後継者と明記された人物だった。
林彪は毛沢東にとって、国共内戦における長征(1934~35年)以来の仲であり、文化大革命期には「唯一無二の親密な戦友」として全中国に喧伝された存在である。その林彪がソ連への逃亡を図る途中で墜落死した。毛沢東による粛清を恐れての逃亡だったとされている。
なぜ毛沢東は、自ら選んだ後継者を追い詰めたのか。
しかし彼の適切なアドバイスは毛の逆鱗に触れた。失脚後、林彪と彼の一派と見なされた人たちは「ソ連のスパイ」「反革命集団」として断罪された。路線上の対立が、国家への裏切りという大罪へと格上げされたのである。独裁者が盟友を排除する際の常套手段といえよう。
2026年の張又侠失脚は、林彪事件と重なる点が少なくない。
張又侠は習近平にとって、父親世代からの絆で結ばれた竹馬の友であり、老山戦役の英雄として軍内部で一定の威信を保ってきた。しかし彼もまた、習が掲げる「2027年台湾侵攻」という政治目標に対し、「2035年が現実的だ」とより長期的視点からの慎重論を示したとの見方がある。実戦経験に基づく現実的評価が、習には「ブレーキ」と映った可能性は高い。
■「規律違反」を「国家への裏切り」に格上げ
張又侠が「アメリカに核情報を漏らした」との疑惑をかけられた点も見逃せない。
ただし魏記者は以前、トランプ大統領が高市首相に圧力をかけたと事実無根の記事を流した前歴があり、彼女の報道には疑問符がつく。
厳重に監視されている北京で、外国紙の記者が単独でこれほどの機密情報を入手するのは容易ではない。中国当局が意図的にリークし、張を「国家への裏切り者」に仕立て上げたのではないかと疑いもわく。実際、中国政府の公式発表には「核情報」への言及は一切ない。
罪状が個人的な規律違反から国家への裏切りへと格上げされる構図は、林彪事件と同じである。
林彪事件は、中国の歴史を大きく変えた。ナンバー2の失墜により、国民は文化大革命の狂気を自覚した。毛沢東自身もこの頃から精神的・肉体的に衰えだし、1976年に死去する。毛沢東の死によって文化大革命も終わった。林彪事件は、文革終焉のはじまりだった。
今回の張又侠失脚が、林彪事件の再来だとすれば、これから何が起こるのか。
■習近平は衰えるのか、それとも暴走するのか
林彪事件は、毛沢東体制の神話に亀裂を入れた。党規約に明記された後継者が失脚し、国外逃亡の末に墜落死した事実は、中国政府の「毛沢東絶対無謬」という前提を揺るがした。国民は文革の狂気から目覚め、文革終焉への流れを決定づける転換点となった。
一方、習近平は同じ道をたどりそうもない。むしろ権力への執着は増している。習近平はプーチンとの会談で「150歳まで生きたい」と語ったと伝えられている。
毛沢東の時代と決定的に違うのは、ハイテク監視社会の存在だ。AI顔認証、SNS監視、社会信用システムは国民を縛りつけ、不満の表出を物理的に封じ込めている。
盟友を失った習近平は、誰も信じられない孤独な独裁者となった。幼なじみさえも排除した事実から、軍エリート層に恐怖が広がっているとCIAが見たのも無理はない。中国軍の体制強化を進めたことで、むしろ内側から脆さが増大しているのだ。
■台湾をめぐる3つのシナリオ
張又侠失脚後、台湾をめぐって専門家の間では3つのシナリオが想定されている。
第一に、侵攻に向けた純化。ブレーキ役を排除したことで、政治的に完全に従順な指導部が完成し、台湾侵攻への政治的ハードルが下がった。
第二に、軍の機能不全。指揮系統の相次ぐ粛清により、短期的(12~24カ月)には複雑な統合作戦能力が著しく低下する可能性がある。
第三に、誤算リスクの増大。専門的・現実的な進言をする「理性ある声」が消え、習近平がプロパガンダ的な楽観報告だけを信じることで、判断ミスや偶発的な衝突が起きるリスクが高まっている。台湾国防部は今回の一連の動きを「異常な変化」として警戒を強めている。
習近平は文化大革命を否定していない。むしろ「困難のなかで前進した10年」と再評価している。彼にとって文革の本質である「絶え間ない敵の摘発と粛清」――不断の自己革命――は、権力を維持するための現在進行形の統治手段なのだ。彼が掲げる「中国の夢」とは、文革的な大衆動員とナショナリズムの完成形にほかならない。
張又侠という最後のブレーキを失ったことで、中国は歴史的な転換点に到達した。世界は今、習近平の「毛沢東化」を注視している。
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楊 海英(よう・かいえい)
静岡大学教授/文化人類学者
1964年、南モンゴル(中国・内モンゴル自治区)出身。北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。1989年に来日。国立民族学博物館、総合研究大学院大学で文学博士。2000年に帰化し、2006年から現職。司馬遼太郎賞や正論新風賞などを受賞。著書に『逆転の大中国史』『独裁の中国現代史』など。
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(静岡大学教授/文化人類学者 楊 海英)

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