80代になった母親は水頭症に罹患した。「治る可能性がある認知症」とも言われるが、症状は悪化するばかり。
少女時代に母親からさまざまな仕打ちを受け、それがトラウマになっている現在50代の娘だが、過去の因縁を乗り越え老母の介護に献身的に打ち込むが――。(後編/全2回)
前編の概要】九州地方在住の皐月紅葉さん(仮名・50代)は小学生時代、3歳上の兄から暴力を振るわれた。兄はその後、児相に入れられ、離れた県の少年更正施設に送られた。穏やかな生活が訪れたかに見えたが、母親は自分の被服費は浪費するにもかかわらず、娘には極端な倹約を強いた。皐月さんは何度も交渉し、1年だけ専門学校へ行かせてもらい、出版社に就職できたが、夢だった「音楽雑誌の編集の仕事」に就くことができず、30歳で帰郷。働きながら通った夜間大学卒業後、SEをしている3歳年下の男性と入籍。息子と娘に恵まれたが――。
■「孫に会えなくなったら死ぬ」
母親は皐月紅葉さん(仮名・50代)の2人の子どもを溺愛した。孫かわいさのあまり、お菓子やおもちゃを「好きなだけ買ってやる。1個じゃ足りんやろ」と甘やかした。
「子どもの頃、私には何ひとつ贅沢をさせないばかりか、必要なものさえ買い与えてくれなかったのに、孫への溺愛ぶりを見るにつけ、幼少期のつらい思い出がフラッシュバックして、私は精神的にまいってしまい、うつ病を発症しました」
「これではいけない」と思った皐月さんは、母親に「もう来ないで」と告げる。すると毎日のように電話がかかってきたが、無視し続けた。

ある日、突然家までやってきた母親は、
「なんで息子くんに会わせんのね? お母さん、息子くんに会えんくなったら死ぬ。包丁で刺して死ぬけんね!」と脅迫してきた。
「独身時代の私は、母の日や誕生日などに贈り物をしていました。でも、母はそれを使うことはなく、押し入れに放り込んだまま。平気で失くすことも。『これいらんけんあんた持って帰り』と言われることもありました。私にはお金を全然使おうとしなかったくせに、孫には異常なほど密着してきて、お金を使う。自分勝手が過ぎると思いました。それに、成人後に知りましたが、母子家庭の苦労を心配した叔父(母の弟)が陰ながら援助をしてくれていたそうですが、母は貴金属や着物など、自分のためだけに散財していたのです。そんなことが積み重なり、私は母のことが嫌いでした」
ちょうどそのころ、夫が単身赴任になった。母親から受ける精神的ストレスと育児の疲れもあってうつ病を発症した皐月さんは、息子を保育園に預けて母親と距離を置くことにした。
■思い込みが激しい母親
2017年、80歳の母親は、「膝が痛い」と言って自分で病院を受診し、人工膝関節置換術を受けた。
そして病院から介護申請をしてケアマネさんをつけてもらい、要支援1と認定された。
50歳の皐月さんは当時、よっぽどの用がなければ母親と会うことがなかったが、母親が人工膝関節置換術を受けるために入院した時は、手術の付添いや入院に必要なものを届けるなど、関わる頻度が増えていくことに漫然とした不安を覚えていた。
人工膝関節置換術を受けた母親は、手術は成功したにもかかわらず、リハビリをしようとしなかった。強い鎮痛剤を飲んでも湿布を貼っても、「まだ痛い」と言って歩こうとしない。
「母は、びっくりするほど思い込みの激しい人なので、『手術さえすれば、階段も坂道も若い頃のように歩ける』と思い込んでいたに違いありません」
ろくにリハビリをしなかった結果、母親は退院しても、家の中ではつかまり歩き、外では人の肩を借りたり車椅子を使ったりするようになってしまった。
「歩けないでいると、周囲が親切にしてくれるから、ずっと歩けないふりをしているのかもしれません……。毎月通院している主治医からも、『お母さんは少し精神的に問題があるかもしれません。病院よりデイサービスのリハビリのほうが合ってると思います』とやんわりと通院拒否されました。鎮痛薬をたくさん服用しているのに『痛い痛い』と言うため、『痛みは精神的な問題が大きい』と判断されたのだと思います」
■「治る可能性がある認知症」
2019年9月。82歳になった母親が、52歳の皐月さんの留守中に自宅に電話をしてきたため、留守番していた15歳の息子が出ると、「渡すものがあるからお母さんに実家に来るように言って」と伝言した。
翌日、皐月さんが実家に行くと、
「何しに来た? そんな電話なんかしてない。息子くんがウソを言ってるんだ。
あんたに用なんかない。あの子がウソつきなんだよ」
と孫を平気でウソつき呼ばわりする。
皐月さんが
「なんでそんなウソを言う必要がある?」
と問いかけても
「知らん! 帰って!」
と取り付く島もない。
しかたがないので、渋々皐月さんが帰り支度をし、玄関で一言、
「なんか渡すものがあったんじゃないの?」
と声をかけると、突然母親は、
「あ! ある!」
と大声を出し、部屋の中から箱を取り出すと、「いただきものの菓子折」と言って渡された。51歳の時に糖尿病と診断され、甘いものを制限されている母親は、お菓子を食べることを避けているのだ。
「よく、食べた内容を覚えてないのは大丈夫だけど、食べた事を覚えてないのはヤバいと聞きます。母は、私を呼んだ理由だけでなく、電話をしたことさえ覚えていませんでしたから、まさに『そのヤバいやつが来た!』と思いました」
皐月さんは、すぐに近所にある物忘れ外来を探し、予約。MRI検査と認知症テストを受けると、その病院では異常なしだったが、セカンドオピニオンを提案され、大きな病院を受診する。その結果「水頭症」であることが判明した。
水頭症(特に特発性正常圧水頭症)での物忘れは、以下のように3大症状の一つとされる。
・歩行障害(すり足・小刻み歩行)

・物忘れ(意欲低下・集中力低下)

・尿失禁(頻尿・尿漏れ)
「治る可能性がある認知症」として知られ、脳室に髄液が溜まることで脳を圧迫し、徐々に進行するため、早期発見・治療が重要。脳脊髄液を体外に流すためにカテーテル(管)を留置するシャント手術で改善することもある。

2019年12月、母親は入院し、シャント手術を受けた。
■嘘ばかりの母親
シャント手術を受けた母親だったが、記憶力などはやや回復したものの、「年齢相応よりも物忘れがある」と評価され、「軽度認知症」と診断。
そして2020年6月。今度は皐月さんの立ち会いのもと、2度目の介護認定調査を受けた。
「母は、自分をよく見せたいがために、自立しているように見せかけます。さらに母は口が達者なため、頭はしっかりしていると思われ、3年前の要介護状態かどうかのチェックでは、実際より軽く認定されたようです」
認定員の質問に母親が答えているのを見ていた皐月さんだったが、嘘ばかりで呆れた。
「もともと風呂嫌いの母は、ほとんど風呂には入っていないのに、『1日おきに入って、週に2回は髪を洗っている』と答えていましたが、それであのガス料金の安さはあり得ません。『料理は自分でする』と答えていましたが、それなら一層あの料金はないです。母は握力がなくなっているので、石鹸をタオルにつけたり、髪を洗ったりすることが1人でできるはずがありませんでした」
母親のいない場で皐月さんがそのことを伝えると、認定員は驚いていた。
■ストレスで「不眠症」再発
母親は要支援1から、一気に3段階アップの要介護2となった。
そのため皐月さんの提案で、2020年の秋から週に1回、デイサービスに通うことに。
「最初はなかなかうんと言わず、拒絶していましたが、『ご飯を食べて帰るだけ』と言ってお試しで行ってからは拒絶はしなくなりました」
そんな頃、皐月さんは、眠りについても短時間で中途覚醒が頻繁に起こる「不眠症」になってしまう。

「息子が生まれた後、あまりにも寝てくれない子だったため不眠症になり、母の件もあってうつ病も発症してしまいました。それでも、3年ほど前にやっと克服したのですが、介護の件で母と会うことが増え、無理をしていたのでしょうね。一番つらいのが母との会話です。幼い頃から嫌だったのが、平気で嘘をつくところや自分を正当化するところ。どんな話をしていても、言葉尻をとって自分の話にすり替えてしまうところ。そしてまとまりがない話を果てしなく喋り続けます。このせいで私の娘も、母のことが嫌いになりました」
母親は耳も遠くなってきており、皐月さんは時折、大声を出さなくてはならず、これもストレスのひとつだった。
■「ごめんけど、手を繋ぐことだけはできない」
2022年秋。車椅子やつかまるところがないと満足に歩けなくなってしまった85歳の母親は、
「手を繋いでくれんかね?」
と頻繁に皐月さんに声をかけてくるようになった。
しかし皐月さんはそれができなかった。
「袖をつかませるとか、腕に触るくらいなら大丈夫なのですが、『手を繋ぐ』ということがどうしても無理なのです。たぶん、子どもの頃に受けた母からの仕打ちのせいだと思います」
その“仕打ち”とは、こんな記憶だ。
皐月さんが5歳くらいの時のこと。保育園からの帰り道、公園の脇を通り過ぎる際に、「お母さんちょっと遊んでもいい?」と言うと、母親は「早くしなさい!」と嫌そうに答えた。
母親は公園には入らず、いつも入り口のところから、イライラした様子で見ている。
ブランコや滑り台で一通り遊ぶと、皐月さんは慌てて母親の元へ戻ってくる。
すると母親は、一人先に歩き出してしまう。
「待って~!」
母親に追いつこうと懸命に走るが、皐月さんは転倒。膝を擦りむいて泣き出してしまう。
「お母さ~ん!」
しかし母親は、振り返りもせず
「甘えなさんな!」
と言って角を曲がり、姿が見えなくなった。
「4~5歳の子どもです。『痛かったね』の一言くらいあってもよかったと思います。そんな母ですから、当然手を繋いでくれた事もありませんでした。物心ついた時からの母のイメージは、『怖い』の一言です。常に怒っているか急かす。そんな感じでした。だから母が『手を繋いでほしい』と言った時に、不意に過去の記憶が蘇って、拒絶してしまったのだと思います」
手を繋ぐことが、「トラウマ」になってしまったのだ。
「手を繋いでくれんかね?」
と母親に言われた皐月さんは、
「ごめんけど、それだけはできない」
と断り、過去の話をした。すると、
「そんなことがあったのか、覚えてない」
と母親。
皐月さんは、袖や腕に掴まらせて手すりまで誘導し、自分で歩かせるようにした。
「あの頃、手を繋いでくれない母への憎悪を、私は心の中に封じ込めて生きてきたのだと思います。でもふとしたはずみに出てきた小さなエピソードが、大人になった私を時折苦しめます」
筆者は、自分の親が毒親だと気づく瞬間は、人生で4回あると考えている。1回目は親元を離れて自立した時。2回目は結婚した時。3回目は出産して親になった時。4回目は親を介護する時だ。
皐月さんは出産後、幼い頃のつらい記憶が蘇り、子育てがつらくてつらくてたまらない時期があったという。おそらく皐月さんは、自分の子育てと母親の子育て、自分の子どもと自分が子どもだった時を比較し、母親が「毒親だった」と認識し、耐えられなくなったのだろう。
「でも反面教師で、自分の子どもにはたくさん愛情を注ぐことができました。子の年齢が、私が自立した歳と同じになったせいか、つきものが落ちたようにうつ病から解放されましたが、私を長年苦しめていたのは、母の呪縛だったのだと思います。今はようやく、『哀れな人』という目で見れるようになりました」
■子に拒絶される母親
2023年3月。デイサービスのスタッフがお迎えで玄関の呼び鈴を鳴らした所、自分の体力を過信しがちな母親は、手すりも杖も使わず小走りで玄関ドアに駆け寄ろうとした。
すると滑って転んだ。
痛みで母親はうずくまり、玄関ドアを開けることができない。それでも何とか這って行って新聞受けの小窓から鍵を渡し、家に入ってもらったところでスタッフが119番通報。搬送先の病院で「大腿骨頸部骨折」と診断された。
「滑り止めの付いた靴下を買って渡していたのにそれは履かず、いつまでも古くてダルダルになった靴下を履いていたため、滑って転んでしまったようです」
人工股関節に置き換える手術を受け、3週間ほど入院した後、リハビリのために転院。だが、3カ月経っても自活できるほどの回復が望めなかったため、老人健康福祉施設に転院する。
「老健は最大半年という期限があり、その後は母宅か兄宅か私宅か老人ホームかの4択を迫られました。母宅だと、私か兄の付き添いが条件となり、断念。兄宅は、兄も義姉も拒絶。私宅は、私が同居は絶対に無理ですし、ケアマネさんに『2階にキッチンと風呂があるので、歩行器がないと歩けない人の介護に向かない』と言われ、老人ホームの一択になりました」
86歳になった母親は歩行器がないと歩けず、階段の昇降は1人ではできなくなっていた。
2023年12月27日。ケアマネジャーの紹介により、母親はケアハウス(軽費老人ホームC型)に入居が決まる。
月13万円の費用は、母親の年金と、400万円ほどあった母親の貯金から出している。
「母は、自分の遺産は兄(寿司職人など職を転々として今は元々母親が勤めていた会社に勤務。妻子がいる)にやると言っていますが、残らないと思うので、今ある母の少ない預金をやりくりする事にやりがいを感じています。自分ばかりにお金を使ってきた母の、ひた隠しにしてきた財産すべてが判明し、私が管理できるようになったのはよかったと思います」
出産後に母親の呪縛に気づいた皐月さんは、母親と距離を置くことで、最悪の事態を避けられた。
もしも、母親に贈り物をし続けていた頃の皐月さんのまま介護を迎えていたら、もっとつらい思いをしていただろう。
自分の人生は、自分を優先していい。つらい思いをしてまで親の介護をする必要はない。
皐月さんのように距離を置き、手術や入院などの必要な時だけ親に協力するのも、「介護している」と胸を張っていいのだ。

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)

ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー

愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する~子どもを「所有物扱い」する母親たち~』(光文社新書)刊行。

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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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