65歳以降も働く人が増えている。ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんは「稼ぎながら年金をもらう人の年金支給額を調整する制度があり、働き損や働き控えの原因になっていた。
しかし、2026年4月の改正でこの制度が大幅に見直される」という――。
■そもそも「在職老齢年金制度」とは?
少子高齢化による人手不足を背景に、働く意欲のある人が、年齢にかかわりなく働き続けられるよう、国を挙げてさまざまな施策を打ち出しています。
その1つが、「在職老齢年金制度」の見直しです。これは、一定の給与をもらっている人の年金支給額を減らす仕組みです。高齢者の働く意欲を阻害する壁とも指摘される制度ですが、2026年4月以降、その壁がグッと下がり、これまでより働きやすくなりますし、年金繰り下げの選択もしやすくなります。
ただし、在職老齢年金制度には多くの誤解や盲点がありますので、仕組みを正しく理解する必要があります。
在職老齢年金制度とは、「①年金を受給しながら働く高齢者」の「②給与と年金の合計額」が「③支給停止調整額」を超える場合に、年金額について一部支給停止または全額支給停止の調整が行われる制度です。
2025年度の「③支給停止調整額」は51万円でしたが、2026年度は65万円に大幅に引き上げられます。
■自営業やフリーランスの人は関係なし
まずは、上記の①~③までを具体的に確認していきます。
「①年金を受給しながら働く高齢者」とは、次の条件に該当し、老齢厚生年金を受け取れる人が在職老齢年金制度の対象です。
・70歳未満で厚生年金保険に加入して働いている

・70歳以上で厚生年金保険の適用事業所で加入要件を満たすような働き方をしている(加入義務はないため保険料は支払っていない)
たとえば、自営業やフリーランス、業務委託、厚生年金の加入要件を満たさないパートタイマーなどは対象外です。
■年金カットの基準が14万円アップ
「②給与と年金の合計額」とは、以下の3つの合計のことです。

(ア)給与(その月の標準報酬月額)

(イ)その月以前1年間の賞与〔標準賞与額(※1)〕の合計額÷12カ月

(ウ)老齢厚生年金の1カ月分
※1 税金や社会保険料が引かれる前の賞与支給額から、1000円未満の端数を切り捨てた金額。1カ月あたり150万円が上限。

在職老齢年金の計算においては(ア)と(イ)を合わせて「総報酬月額相当額」、(ウ)を「基本月額」と言います。
(ア)の標準報酬月額は、給与明細に載っている厚生年金保険料を確認し、以下の式で計算できます。
標準報酬月額=厚生年金保険料×100÷9.15
例えば、厚生年金保険料が2万7450円の場合、標準報酬月額は30万円です(27450×100÷9.15)。
「③支給停止調整額」とは、年金カットが始まる基準額のことです。
給与等と年金の合計が支給停止調整額以下であれば年金は全額支給され、超えた場合は、超えた額の半分が支給停止になります。
2004年の年金法改正で定められた48万円(2004年度価格)をベースに、2005年度以降、賃金や物価の変動に応じて毎年改定が行われてきました。2025年の年金法改正では、ベースとなる金額が62万円(2024年度価格)に引き上げられ、さらに賃金や物価の変動を加味して、2026年度は前年度の51万円から65万円へ引き上げられます。
支給停止額は次の計算式を使って算出します。
支給停止額={(標準報酬月額+基本月額)-支給停止調整額}÷2
■1年で30万円多くもらえるケースも
今回の制度改正でどんな変化があるのでしょうか。具体例として、給与36万円、賞与120万円、老齢厚生年金120万円の人のケースを見てみましょう。

・総報酬月額相当額

標準報酬月額(36万円)+標準賞与額の1カ月分(120万円÷12カ月=10万円)=46万円
・基本月額

老齢厚生年金の1カ月分(120万円÷12カ月)=10万円

2026年3月末までは、給与と年金の合計が56万円で、支給停止調整額の51万円を超えているため、年金10万円のうち2万5000円がカットされてしまいます。
しかし、2026年4月からは支給停止調整額が65万円となるので、年金は満額支給されます。つまり、制度改正によって1年で30万円の差が出ることになります。
■「1階部分」が減らされることはない
今回の改正により、これまで年金をカットされていた人が、全額受け取れるようになったり、働き方を調整していた人が、あまり気にせずに働けるようになる可能性があります。
ただし、在職老齢年金制度には誤解や盲点がありますので、要注意ポイントを見ていきます。
ポイント1:老齢基礎年金は在職老齢年金制度の対象外
公的年金制度は、すべての人を対象とする国民年金(基礎年金)をベースに、会社員や公務員が加入する厚生年金を上乗せする2階建て構造です。在職老齢年金制度は2階部分の老齢厚生年金の話であって、老齢基礎年金には関係がありません。したがって、給与収入がどんなに高額になっても、老齢基礎年金が減らされることはありません。
■計算に使われるのはメインの年金だけ
ポイント2:基本月額(報酬比例部分)が全額支給停止になると加給年金額は受け取れない
65歳以上で老齢厚生年金を受け取る場合、経過的加算額(※2)や加給年金額(※3)、繰り下げ受給した場合の増額分が報酬比例部分に上乗せになることがありますが、これらは在職老齢年金の計算には含みません。在職老齢年金の対象となるのは、あくまでも報酬比例部分のみです。
ただし、加給年金額は注意が必要です。基本月額(報酬比例部分)が1円でも支給されていれば、加給年金額を全額受け取ることができますが、全額支給停止となった場合は加給年金額も全額支給停止になってしまいます。

※2 20歳前または60歳以降にも厚生年金に入っており、かつ国民年金の納付期間が40年(480カ月)に満たない人が差額を解消するために設けられ、老齢厚生年金に上乗せして支払われる

※3 65歳になったときに、65歳未満の配偶者または18歳到達年度の末日までの子どもがいる人で、20年以上厚生年金に加入期間していた人に支給される
■不動産や株からの収入はカットされない
ポイント3:繰り下げをしても支給停止部分は増えない
65歳から年金を受け取らず、66歳から75歳までの間で受給を開始すると、年金額は1カ月あたり0.7%ずつ増えていきます。たとえば、5年間繰り下げて70歳から受給する場合、「0.7%×12カ月×5年間=42%」となり、年金額を42%も増やすことができます。
しかし、支給停止部分の年金額は増額の対象にはなりません。たとえば、基本月額(報酬比例部分)が15万円で、そのうち2万円が一部支給停止となっている場合、繰り下げによる増額の対象となるのは13万円です。
つまり、繰り下げ受給で増額されるのは、受け取れる年金を受け取らずに繰り下げした場合です。支給停止されている部分は増額の対象とはなりません。一方、在職老齢年金制度の対象とならない老齢基礎年金は、繰り下げで年金額を増やすことができます。
ポイント4:厚生年金保険の加入義務がない70歳以上も在職老齢年金制度の対象となる
70歳以降、厚生年金保険の加入義務はなくなりますが、現行制度においては、厚生年金の加入要件に該当する働き方を続ける限り、年齢の上限なく在職老齢年金制度による支給調整が行われます。厚生年金保険料は発生しませんが、年金額が増えることもありません。
ポイント5:どんなに高収入でも、給与収入以外であれば在職老齢年金制度の対象外
在職老齢年金制度において、年金と収入との調整に使用するのは標準報酬月額や標準賞与額です。したがって、雇用関係にある勤務先から受け取る給与やボーナス以外の、不動産収入や金融所得などは、たとえ高収入であっても調整の対象にはなりません。なお、給与収入であっても、厚生年金保険に加入しないパートタイマーは対象外です。


■制度改正でライフプランの選択肢が増える
2026年4月以降、在職老齢年金の支給停止調整額は、前年度の51万円から65万円へと大幅な引き上げになります。これまで支給停止になっていた人も、4月以降は支給停止にかからない可能性があります。また、年金カットを回避するために働き方を制限していた人は、あまり気にすることなく働けるようになるかもしれません。
年金なしで生活できるだけの給与を得ても年金額がカットされないとなれば、働いている間は年金を受け取らず、受給開始を66歳以降に繰り下げて、完全リタイアに備えて年金額を増やすなど、ライフプランの選択肢が増えることになります。
今後のライフプランを立てる上でも、在職老齢年金制度をよく理解しておくことが大切です。

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内藤 眞弓(ないとう・まゆみ)

行政書士・ファイナンシャルプランナー

1956年香川県生まれ。大手生命保険会社勤務の後、ファイナンシャルプランナー(FP)として独立。1996年から約5年間、公的機関において一般生活者対象のマネー相談を担当。現在は、金融機関に属さない独立系FP会社である生活設計塾クルーの創立メンバーとして、一人一人の暮らしに根差したマネープラン、保障設計等の相談業務に携わる。共働き夫婦からの相談も多く、個々の家庭の考え方や事情に合わせた親身な家計アドバイスが好評。著書に『医療保険は入ってはいけない!』(ダイヤモンド社)など。講演・セミナー等の講師としても活動。
内藤眞弓行政書士オフィスの代表でもある。

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(行政書士・ファイナンシャルプランナー 内藤 眞弓)
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