なぜ中年男性は孤立していくのか。『モテない中年』(PHP新書)を書いた坂爪真吾さんは「自分の気持ちを他人に伝える手段をあえて持たないようにしているからだ。
ただそれは彼らにとって防御策であり、生きる知恵でもある」という――。(第2回)
■夫婦問題は「話し合い」で解決しない
新井悠介さん(仮名、44歳)さんは、結婚生活がうまく行かなかった原因について、セックスレスや家事に対する認識の違いを挙げ、妻ときちんと話し合うことができなかったことを敗因として認識している。確かに、話し合いは重要である。問題が起こったときに話し合えない夫婦は、長続きしない。しかし、新井さんと妻がきちんと話し合っていれば、セックスレスや家事の問題は解決したのだろうか。
答えは、おそらく「NO」である。私は夜の世界で働く女性の相談支援に長年携わってきたが、夫との関係がうまく行かないことに悩んでいる女性に対して、相談員が「夫と話し合いましょう」と回答する場面には、ほとんど出会ったことがない。相談者は、そもそもパートナーと話し合えない、話し合っても解決すると思えない、話し合ったけれど解決しなかったからこそ、悩んでいるのだから。
そうした相談者に対して、「夫と話し合いましょう」という回答をしてしまうと、「ああ、この人は私の気持ちをわかってくれないのだな」という印象を与えてしまい、何も問題が解決されないまま、そこで相談が終わってしまう。双方の話し合いを問題解決の手段として絶対視する「話し合い原理主義」は、一見正しいように見えるが、実際の問題解決にはあまり役に立たない。
■大事なのは「同居力」
では、どうすればいいのか。解の一つとして挙げられるのは、お互いの違いを認め合ったうえで、性格や習慣の中で変えられる部分と変えられない部分を見分け、変えられる部分は積極的に変えていき、変えられない部分は無理に矯正しようとせずに、暮らしを組み立てていくことである。

一言でまとめると、「同居力」だ。生まれも育ちも価値観も習慣も違う他人と同じ空間で共同生活を送るためには、この「同居力」が必須になる。「同居力」は、料理や語学と同様に、後天的な学習によって身につけることができるスキルである。
夫婦生活を円満なものにするために真に必要なのは、ただ漫然と話し合いをすることではなく、学習と訓練の積み重ねによって、お互いの「同居力」を高めていくことなのではないだろうか。「話し合い原理主義」になってしまうのは、お互いに学習する意思や機会がないことの裏返しである。「同居力」を身につけるための技術は、学校では教えてもらえない。
■40代が「年齢の壁」にぶつかる理由
新井さんが分析している通り、男女の間には大きな溝がある。どちらが正しくて、どちらが間違っている、という問題ではない。共同生活を送るうえで大切なことは、白黒や優劣をつけることではなく、お互いの違いを理解して、認め合うことだ。「同居力」があれば、中年期以降の性的貧困や社会的孤立を、ある程度未然に防ぐことができるはずだ。
新井さんも、40代以降のパートナー探しで「年齢の壁」にぶつかり、苦悩している。新井さんの場合は、交際まではたどり着いているが、自分も相手もお互いにライフスタイルや価値観が固まっている状態の中で、「相手に合わせる」ということ自体ができず、破綻してしまっている。

40代の男性がぶつかる「年齢の壁」は、実はある手段を使えば、簡単に越えられる。その手段とは、お金である。いわゆるパパ活の世界、マッチングアプリや交際クラブの世界では、それなりに身ぎれいな40代の男性であれば、一定のセッティング料金やお手当を支払えば、20代から50代まで、好きな年代・容姿の女性と楽しく交際することができる。女性側も、お金をもらっているので、きちんと男性の好みに合わせた対応をしてくれる。
■金の力がなければ誰も相手にしてくれない
逆に言えば、「お金を払う」以外に「年齢の壁」を越える方法は、ほぼ存在しない。少なくとも、私には思いつかない。これは善悪や差別の問題というよりも、端的な事実である。どれだけ社会の中で多様性が叫ばれるようになっても、「繁殖行動においては、年老いた個体よりも、若い個体の方があらゆる面で有利」という生物学的な事実は覆せない。
新井さんは、パパ活の世界に参入することについては、倫理的な理由で否定している。そうなると、「年齢の壁」を越えて、金銭を介さない関係のセックスパートナーを見つけることは難しくなる。
もちろん、金銭を介した関係を結ぶことについては、倫理的な問題も絡むので、安易に勧めることはできない。
中年期以降の男性にとって、立ちはだかる「年齢の壁」については、「なんとかして乗り越えよう」と努力するのではなく、「金の力以外では乗り越えられないことを理解したうえで、どうするか」を考えることが、自らの性と孤独と向き合うために必要になるのではないだろうか。

■孤独なおじさんに欠けているもの
中年男性の性的孤立や社会的孤立の背景には、「語彙の貧困」がある。語彙を獲得しなければ、自分の気持ちを自分で理解することはできないし、自分の気持ちを他人に伝えることもできない。語彙を獲得し、自分の気持ちを言語化できるようになれば、自分の気持ちを自覚し、他者に伝えることができる。
語彙の獲得は、生きていくうえで良いことづくしのように思えるが、なぜ男性は語彙の獲得を拒むのだろうか。
その答えは様々だが、一つの大きな理由としては、「あえて語彙を獲得しない」ということが、一つの防御策であり、生きる知恵になっているからだ。現在の自分の気持ちや置かれている立場を言語化してしまったら、それによって具現化された感情や事実によってメンタルや自尊心が押しつぶされてしまうリスクがある。
自分の気持ちを他人に伝える手段を持ってしまったら、「伝えたい」という切望、「伝えなくてはいけない」という焦り、「伝わらない」という悲しみ、「伝えられない自分はダメな人間だ」という劣等感など、様々なノイズが発生する。それらに苛まれ、苦しむくらいならば、最初から語彙なんていらない。そう考えている男性は少なくないのではないだろうか。
■「言葉にしたら生きていけない」切ない理由
近年、政治的な正しさや多様性の名の下、あらゆる感情や行為を言語化してきたリベラルに対する風当たりが強くなっているのも、言葉の世界に耐えられない人たち、言葉にしたくない人たち、言葉にする余裕がない人たちが増えていることの証拠なのではないだろうか。
中年男性の言動を批判するうえで最も頻繁に使われる言葉は「無自覚」である。無自覚は、単に知識やモラルの不足によって起こるのではない。
自覚することに耐えられないほど辛い現実に囲まれていることによって生じる、ある種の防衛機能でもある。
男性の無自覚を指摘・糾弾し、「自覚」を促すリベラルやフェミニズムへの風当たりが強くなっているのは、結局、それらが言語化に伴う自覚に耐えられる程度の生ぬるい環境で生きている「強者の思想」に映るから、なのかもしれない。中年男性の性的孤立や社会的孤立の背景に「語彙の貧困」があることは間違いない。
しかし、だからといって「正しい語彙を身につけよう」と啓蒙するだけでは、おそらく効果はないだろう。彼らが語彙を身につけたくない理由や背景に対する手当を行わずに、一方的に「語彙の貧困」を指摘・糾弾することは、端的に暴力である。
「男性はなぜ無自覚なのか」という責めの問いではなく、「自覚を妨げている辛い環境を、どうすれば改善できるのか」という問いこそが、中年男性の性的孤立や社会的孤立の解消に役立つはずだ。

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坂爪 真吾(さかつめ・しんご)

社会起業家、合同会社ヨルミナ代表

1981年、新潟市生まれ。東京大学文学部卒業後、障害者の性問題の解決に取り組む非営利組織・ホワイトハンズを設立。2015年、性風俗で働く女性のための無料生活・法律相談事業・風テラスを開始。25年、AIの力で夜の世界の課題解決を目指す組織・合同会社ヨルミナを設立。著書に『はじめての不倫学』(光文社新書)、『男子の貞操』『性風俗のいびつな現場』『「身体を売る彼女たち」の事情』『風俗嬢のその後』(いずれもちくま新書)など。

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(社会起業家、合同会社ヨルミナ代表 坂爪 真吾)
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