なぜ自由に生きている男性ほど孤立するのか。社会起業家の坂爪真吾さんは「自由は脆く、自分では変えられない他者や物事と向き合わない限り、人は成長も安定も手に入れられない」という――。
(第4回)
※本稿は、坂爪真吾『モテない中年』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■孤立する40代男性に共通する思考の共通点
2021年の出生動向基本調査によると、現在の平均初婚年齢は、女性が29.1歳、男性が30.7歳。結婚に至ったカップルの結婚までの平均交際年数は4.3年間である。20代半ばで出会った相手と、30歳前後で結婚するという流れが、平均的なイメージだろう。
たとえば、「独身手当」のように、出会いが発生し、関係が発展する可能性のあるコミュニティに参加するための費用を独身手当として支給する、という制度があれば、パートナーを探すためのモチベーションを保ち続けることができるかもしれない。そのモチベーションがある限り、孤立せずに済む。
中高年男性が人間関係を作る機会を逸する背景には「自分は変わりたくない」という気持ちが隠れている。他人と関わるということは自分を変えなければいけないことである。それまでの人生で培った様々な価値観や習慣を変えなければ、他人と関係を育むことは難しい。
■願望はあるけどそのプロセスが面倒
以前に取材したある中年男性は、「他人と関わる煩わしさを乗り越えてまで、孤独から脱出したくない、という人は多いはず」「確かにみんな結婚したがっているけれど、それはダイエットで痩せたい人と一緒で、人間関係の煩わしさを乗り越えてまで結婚したいかといえば、決してそうではない」と述べている。
他人と関わる煩わしさを乗り越えてまで、恋愛や結婚が実りあるものかどうかは実際にやってみないとわからない。やってみないと分からないもの、すなわちはっきりと期待できないものに対して人々を動機づけることは難しい。
ダイエットの問題がおそらく未来永劫解決されずに続くことと同様、この問題を解決することは難しい。
孤独な人たちが孤独なままで生きることができる仕組みを作りつつ、「何かあったら、誰かが助けてくれる」「その気になればいつでも誰かとつながることができる」という期待を抱くことができる社会を作っていく必要があるだろう。個人の自由意志と自己決定が重んじられる社会では、「選べる」ことに価値が置かれる。現在では、かつては「選べない」とされてきた多くのものが(課金さえすれば)「選べる」ようになってきている。
■自分で「選べるもの」は脆い
美容整形が一般的になり、お金をかければいくらでも見た目を美しくできるようになると、「見た目が悪い」ということは、運が悪いことではなく「努力していない」ことの現れになる。
身の回りの多くのものが自己決定で選べるようになってきているのは、一見すると、否定しようのない良いことのように思える。一方で、自分で決めたこと、自分で選んだものは、実は心の支えにはなりづらいのではないだろうか。
私自身、歳を重ねるにつれて、自分の意思で選べなかったもの、所与の前提として与えられていたものこそが、自分自身を形作る重要なパーツになり、心の支えにもなっていた、と感じることが増えている。家族や生まれた場所など、自分の意思で選べなかったものこそが、自らのアイデンティティになる。
アイデンティティを自分で選ぶ、自分で決める、ということは、実は難しい。自分の意思で決めたということは、自分の意思でいつでも変えられる、捨てられるということだ。そうした流動的なものは、果たして心の支えになるのだろうか。

■変えられないものが人生の免疫力を高める
そう考えると、「自分のやりたいこと」だけをやっている人生、「自分の好きな人」とだけ付き合っている人生は、本当に幸せなのだろうか、という問いが湧き上がってくる。
根性論でも精神論でもなんでもなく、自分の意思で変えられないもの、選べないもの、変えられない他者と向き合っていく努力をしない限り、人間は成長も安定もできないのではないだろうか。
そう考えると、「選んだ孤独」「望んだ孤独」を満喫している人よりも、「望まない孤独」に向き合って苦しんでいる人のほうが、主観的にはともかく、客観的には成長や安定に向かっているはずだ。そうした物語で日々を構造化できれば、孤独は決して怖くない。私たちの社会では、個人の自由が重んじられている。それ自体は大切なことであるが、制限なき自由、制約なき自由は、自由落下(フリーフォール)にすぎない。それを求めたところで、「落ちて死ぬだけ」である。制約があるからこそ、自由は意味を持ち、輝きを増す。
■かけがえのない人間関係は非効率から生まれる
他者と関係性を作るうえでは、理不尽や非効率、不平や不満こそが、関係性を形作る重要な要素になる。お互いの自由だけでは、濃厚な関係性は築けない。あえて不自由や理不尽、非効率を避けずに向き合っていくことで、より濃密な関係性を得ることができるのではないだろうか。
例えば「子どもを育てる」という営みは、理不尽と非効率の極みのようなものだが、それを一緒に協力して乗り越えた夫婦には、強い絆が生まれる。
どちらか一方だけが育児を負担させられた場合、下手をすると相手から一生恨まれかねない。介護や育児に関する制度の多くは、家族の支援があることを前提に設計されており、それが「家族の負担が大きすぎる」という批判の対象にもなっている。
現行の制度の不備を黙認するつもりも、家族による丸抱えを美化するつもりも全くないが、そもそも家族とは、その存在自体が負担であり、リスクであり、コストセンターである。そしてそれゆえに、入れ替え不可能な関係性が育まれる場所になっている、と見ることもできる。
■不自由さがもたらすアイデンティティ
不自由や理不尽も、他者とのかけがえのない関係性を構築するうえで、必要不可欠な材料である。自由や快楽だけでは、長期的な関係性は構築できないし、孤立を回避することもできない。
不自由や理不尽から逃げようとすればするほど、人は孤立する。だとすれば、それらを敵ではなく味方として捉え、日々の生活や人間関係の中にあえて取り入れていく、というスタンスが求められるだろう。
まとめよう。私たち中年男性が「モテる/モテない」の呪縛から解放され、性的孤立と社会的孤立を回避したうえで、自分らしく生きるための方法とは、「自分を一番自由にしてくれる不自由を探すこと」である。この記事の内容が、あなたにとって「自分を一番自由にしてくれる不自由」を見つけ出すきっかけになれば幸いである。

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坂爪 真吾(さかつめ・しんご)

社会起業家、合同会社ヨルミナ代表

1981年、新潟市生まれ。
東京大学文学部卒業後、障害者の性問題の解決に取り組む非営利組織・ホワイトハンズを設立。2015年、性風俗で働く女性のための無料生活・法律相談事業・風テラスを開始。25年、AIの力で夜の世界の課題解決を目指す組織・合同会社ヨルミナを設立。著書に『はじめての不倫学』(光文社新書)、『男子の貞操』『性風俗のいびつな現場』『「身体を売る彼女たち」の事情』『風俗嬢のその後』(いずれもちくま新書)など。

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(社会起業家、合同会社ヨルミナ代表 坂爪 真吾)
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