寿司屋の価値は何で決まるか。さかなプロダクション代表のながさき一生さんは「近年は、特定の職人名よりも総合力で寿司屋の価値が判断されるが、かつて寿司職人は唯一無二の存在でありスターで、その人みたさに人が集まることもあった」という――。

※本稿は、ながさき一生『寿司ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■世界中から求められる寿司職人の今
かつての寿司業界では、「技は教わるものではなく、盗むもの」という言葉が当たり前のように語られていました。これはキレイごとではなく、当時の職人たちにとってのシビアな環境からくるものだったようです。
あるベテラン職人は、こんなことを話してくれました。
「昔は職人の数がとにかく多かった。まさに椅子取りゲーム。自分の技を簡単に教えてしまったら、あっという間に居場所を取られてしまう。だから、上の人間は必死で技を隠していたんだよ。うちの大将なんて、一番大事な仕込みの直前になると『今日はもう帰れ!』って見せてくれなかったんだよ」
今としては理不尽にも思えますが、当時はそれが職人として生き残るための現実的な選択でもあったのでしょう。技術はそのまま「飯の種」。簡単に人に渡せるものではなかったのです。
ところが、時代は大きく変わりました。
今の寿司職人は、世界中から求められる存在です。人手不足も重なり、確かな技術を持つ職人は、国内外問わず引く手あまた。
かつてのように「耐え忍ぶ修行」のイメージだけで語られる職業ではなくなりました。最近では、高校生の「将来なりたい職業ランキング」に寿司職人が入ることも珍しくありません。
実力次第で若くして独立することもできる。海外に渡れば、日本では考えられないような待遇で迎えられることもある。寿司職人は、夢のある仕事になりました。
■寿司屋巡りは「職人のクセ」も含めて楽しむ
もちろん、楽な仕事ではありません。開店前の仕込みに始まり、営業が終われば道具の手入れや掃除が待っています。
一般的な会社員とは生活リズムが大きく違い「友人と休みが合わない」という悩みは、今の若い寿司職人に聞いても変わりません。それでも、この仕事を選ぶ人が後を絶たないのは、やはり寿司職人という仕事が持つ魅力ゆえでしょう。
職人のキャラクターも、時代とともに変わってきました。
最近の若手職人は、身だしなみも良く、受け答えも丁寧。いわゆる「さわやかで優秀」なタイプが増えています。
一方で、昔ながらの町寿司に足を運ぶと、今でも強烈な個性を放つ大将に出会うことがあります。
私自身、令和の時代に、初めて入った町寿司で、店に入った瞬間、大将から「何にするんだ?」と鋭い目で睨まれる、という場面に出くわしたことがあります。これには「マンガかよ……」と絶句しました。
しかし、「握りで」と伝えた瞬間、「あいよ!」とニコニコしだして、出てきた寿司も満足。全然良い人でした。こうした職人さんの「クセの強さ」も含めて楽しめるようになると、寿司屋巡りはぐっと面白くなります。
修行の形も、職人の雰囲気も変わりましたが、変わらないものもあります。それは、「目の前のお客様に喜んでもらいたい」という思いです。
さまざまな職人さんたちと相対する中で、そこに至るまでの考え方は面白いくらいにそれぞれ異なりますが、ゴールがこの点ということだけは共通しているように感じています。
■寿司職人は唯一無二のスターだった時代
かつて寿司の世界は、圧倒的に「個」の時代でした。
寿司=職人個人であり、「誰が握るか」がそのまま店の価値を決めていた時代です。
その象徴的な存在が、「すきやばし次郎」の小野二郎さんでしょう。かつて、寿司職人はスターであり、唯一無二の存在であり、その人の技と哲学、立ち姿そのものに人が集まることもありました。そのようなお店では、主役は職人個人だったと言う見方もできるでしょう。
この構図は、かつてのサッカーの世界によく似ていると思います。一人の天才が局面を打開し、スーパープレーで試合の流れを変える。勝敗は個人の能力に大きく依存し、観客は「誰がいるか」を見にスタジアムへ足を運びました。
マラドーナ、ジダン、ロナウドといったスターの存在が、そのままチームの価値を決めていた時代です。寿司も同じで、「この人が握っているから行く」ということが来店の大きな動機になりやすい時代があったといえます。
しかし、時代は移り変わりました。情報は共有され、技術は言語化され、教育は体系化されていきました。寿司職人の技術も例外ではありません。

シャリの炊き方、温度管理、包丁の入れ方、ネタの扱い方。かつては「見て盗め」「背中を見ろ」と言われていたものが、今では理論として説明され、再現性のある技術として伝えられるようになっています。短期で学べる寿司スクールは、その象徴と言えるでしょう。
その結果、寿司の価値は「職人個人」から、徐々に「店全体」へと移ってきているように感じます。誰が握っているか以上に、その店の空気感、オペレーションの滑らかさ、仕込みの精度、スタッフ全体の連携といった、チームとしての完成度が問われる時代です。
■サッカーと似た道をたどる寿司
これは、現代サッカーがスター選手一人では勝てず、戦術、役割分担、組織力によって勝敗が決まるようになった流れとよく重なります。個の力は依然として重要ですが、それをどう組織の中で活かすかが勝負を分けるようになりました。
近年は、特定の職人名よりも「この店は完成度が高い」「この店の体験として心地よい」「また来たいと思える空間だ」と語られる寿司屋が増えているように思います。握りの技術は高いレベルが定着し、その上で、接客、間の取り方、提供のリズム、空間設計といった要素が評価を左右するようになってきています。
これは、寿司が個人競技からチーム競技へと進化してきた証でもあるのではないでしょうか。スター選手がいなくなったわけではありません。ただ、スターだけでは成立しなくなったということなのでしょう。

寿司は、今も確かに職人の仕事です。一貫一貫に込められる判断や感覚は、機械では代替できません。しかし同時に、組織で提供される体験でもあります。個の輝きと、チームとしての完成度。その両立こそが、これからの寿司屋に求められている姿なのでしょう。
寿司がサッカーと似た道をたどっているというのは、軽い例え話に留まりません。それは、寿司という文化が成熟し、より大きな価値を提供するフェーズへと進んだことを示すサインと捉えられます。
そしてその変化は、寿司職人にとっても「終わり」ではなく、むしろ新しい可能性の始まりだと言えるのではないでしょうか。

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ながさき 一生(ながさき・いっき)

魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師

1984年、新潟県糸魚川市にある「筒石」という漁村の漁師の家庭で生まれ、家業を手伝いながら育つ。2007年に東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売会社に就職し、水産物流通の現場に携わる。その後、東京海洋大学大学院で魚のブランドや知的財産の研究を行い、修士課程を修了。2006年からは、ゆるい魚好きの集まり「さかなの会」を主宰。
2017年に「さかなプロダクション」を創業し独立。食としての魚をわかりやすく解説する中で、ふるさと納税のコンテンツ監修、ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修、寿司の絵本や図鑑の監修を手がける。水産業を取り巻く状況を良くし、魚のコンテンツを通じて世の中を良くするため、広く、深く、ゆるく、そして仲間たちと仲良く活動している。著書に『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

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(魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師 ながさき 一生)
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