世界中で寿司が人気の理由は何か。さかなプロダクション代表のながさき一生さんは「江戸前鮨では、元々、自分の好きな順番で握りを注文する『お好み』が基本だった。
それが変わったのは戦後になってからで、この仕組みがあるからこそ、寿司は世界の中でも一目置かれる存在として認識され続けている」という――。
※本稿は、ながさき一生『寿司ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■寿司の高い価値は寿司以外に宿る
高級寿司の価格を目にしたとき、多くの人がまず魚の原価を思い浮かべます。しかし、寿司の価値はネタの値段だけで決まっているわけではありません。むしろ、高級寿司が高い理由は、寿司そのもの以外の要素に宿っていると言えるでしょう。
寿司の価値のあり方は、時代とともに変化してきました。昭和、平成、令和。それぞれの時代において、人々が寿司に求めてきたものは少しずつ異なっています。
昭和を象徴する存在として挙げられる寿司店の1つが、「銀座久兵衛」でしょう。
銀座久兵衛は、寿司を、日本を代表する「場の文化」へと押し上げたと捉えられます。政財界の要人や海外からの賓客を迎える場として、寿司は単なる食事ではなく、信頼や格式を示すものとして機能していました。ここでの価値はすでに、寿司の味だけでなく、空間や立地、店の歴史といった総合力にあったといえるでしょう。

平成になると、寿司の価値はより個人へと収束していく流れになります。
その象徴が、東日本の「すきやばし次郎」であり、西日本では「小松弥助」でしょう。この時代、寿司は職人個人の哲学や技術を極限まで突き詰める対象となっていたと捉えられます。緊張感のある空間、妥協を許さない姿勢、強烈な個性。寿司の価値は「誰が握るか」に大きく影響されるようになります。
■「見せる技術」から「共有される体験」へ
そして令和。寿司の価値は、再び別の形へと移りつつあります。
象徴的な存在の一つが、ミシュランガイド東京で三つ星を獲得したことで名を上げた「青空(はるたか)」でしょう。
ここで重視されているのは、職人の技術や思想を前提とした上で、それらをどう体験として設計するかと捉えられます。温度、間、会話の量、提供のリズム。すべてが編集され、客にとって心地よい時間として構成されています。
この変化は、寿司が「見せる技術」から「共有される体験」へと進化してきたことを示しているように思います。
魚の質や仕込みの手間は、もはや前提条件です。その上で、どのような時間を提供できるかが価値を左右する時代になっています。
海外からの来訪者が高級寿司に強い印象を受けるのも、この点に理由があると考えられます。
実際に高級寿司店を訪れた人の感想を聞くと、「一貫一貫が美味しかった」という言葉よりも、「時間があっという間に過ぎた」や「何を食べたかすべては覚えていないが、あの空間の空気感だけは忘れられない」と語る人もいるようです。
こうした声は、寿司の価値が味覚だけで完結していないことを端的に示しています。価格の高さに驚きつつも、食後には「納得感」を覚える人が多いのは、寿司以外の部分にも価値があったと体感するからです。
寿司の高い価値は、人、空間、時間、関係性。それらが重なり合うことで成立します。次からは、その価値を象徴する日本独特の文化である「おまかせ」について、さらに掘り下げていきます。
■「おまかせ」が生む独特な文化
寿司店でよく耳にする元々の「おまかせ」という言葉は、海外の人々にとって最も理解が難しい概念の一つかもしれません。
直訳すれば「I leave it to you」ですが、その意味合いは単なるメニュー選択の放棄ではありません。おまかせとは、寿司の価値を最大化するための、日本独特の文化的な仕組みです。

多くの国では、食事は客が主体となって選び、店はその注文に応える存在です。選択肢が多いことは、自由であり、良いサービスとされます。
一方、寿司におけるおまかせは、選択の主導権を職人に委ねる行為です。ここには、上下関係というよりも、役割分担に近い考え方があります。
おまかせの本質は、信頼にあります。客は「今日は何が一番良いか」「どの順番が最適か」という判断を職人に託します。職人は、その信頼を前提に、魚の状態、季節、客の反応を踏まえて構成を組み立てます。
後に述べるように最近のおまかせはコース化されたものも多く見られますが、元々のおまかせは固定されたコースではなく、その日、その場限りの臨機応変さに価値があります。
おまかせというスタイルは、供給が安定しない魚介類の性質から考えても理に適っています。
今日は何のネタが入荷し、どのネタの状態が良いのか。それが、日によってコロコロ変わるのが魚介類です。頼む側からしても、メニューから選ぶよりも、入荷状況を一番よく知っている職人に委ねた方が一番良いものを一番良い価格で提供してもらいやすいというわけです。

■2000年代初めまで「お好みとおまかせ」は半々
江戸前鮨についての著書を複数書いている早川光氏によると、2011年からの10年間で江戸前鮨の世界は大きく変わったと述べており、その最も象徴的な出来事は、「おまかせの注文が当たり前になった」ことだと述べています。
江戸時代の屋台でもそうなのですが、江戸前鮨では、元々、自分の好きな順番で握りを注文する「お好み」が基本でした。早川氏によると、おまかせが生まれたのは戦後になってからだと言います。
これは、この頃になると冷蔵技術や輸送網が発達して、寿司ネタの数がそれまでと比べて格段に増え、客側がネタの名前を覚えきれなくなったことが理由の1つです。
また、銀座や日本橋に高級な鮨屋が増え、接待に使われるようになったことにも影響しているとのこと。
接待の途中でいちいち注文できないため、おまかせで鮨を出してもらうスタイルが浸透していったそうです。そして1980年代のバブル時代、おまかせは一般的になっていきます。
早川氏は、「2000年代の初めの頃まで、お好みとおまかせの比率は半々ぐらいだったと思う」と述べており、さらにおまかせは初心者向けで、食べ慣れた客はお好みで頼むのがカッコいいことであったといいます。
■だから世界の中でも一目置かれる存在へ
実は、この頃までのおまかせは、完全にお店に委ねるという感じではなく、おつまみを最初や途中で入れるように頼めるなど、客側の意向を挟める形が一般的でした。
しかし、ここ最近のおまかせは、フランス料理のコースのように、おつまみを含め、出てくる順番や内容を最初から一貫してお店に委ねるスタイルに変化しました。
このようになったのは、ミシュランガイド東京に三つ星の鮨屋も載るようになったことをきっかけとして、外国人が来るようになったことが影響しているといいます。
つまり、言語が分からなくても、鮨を楽しめるようにおまかせを完全コース化したのです。
コース料理であれば、外国人も慣れているため、受け入れやすかったことも広がるきっかけになったのでしょう。
現在のおまかせの形は、ただ身を委ね、寿司を感じることに集中できます。寿司におけるおまかせとは、料理の内容を委ねる行為であると同時に、体験として感じることに重きを置ける文化です。
この仕組みがあるからこそ、寿司は世界の中でも一目置かれる存在として認識され続けているのです。

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ながさき 一生(ながさき・いっき)

魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師

1984年、新潟県糸魚川市にある「筒石」という漁村の漁師の家庭で生まれ、家業を手伝いながら育つ。2007年に東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売会社に就職し、水産物流通の現場に携わる。その後、東京海洋大学大学院で魚のブランドや知的財産の研究を行い、修士課程を修了。2006年からは、ゆるい魚好きの集まり「さかなの会」を主宰。2017年に「さかなプロダクション」を創業し独立。食としての魚をわかりやすく解説する中で、ふるさと納税のコンテンツ監修、ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修、寿司の絵本や図鑑の監修を手がける。水産業を取り巻く状況を良くし、魚のコンテンツを通じて世の中を良くするため、広く、深く、ゆるく、そして仲間たちと仲良く活動している。著書に『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)がある。


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(魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師 ながさき 一生)
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