※本稿は、ながさき一生『寿司ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■開発5年、寿司ロボット誕生秘話
回転寿司やスーパーの持ち帰り寿司などでは、「シャリは寿司ロボットが作っている」ということを、すでに多くの方が知っているでしょう。では、この寿司ロボットが、いつ、どのようにして生まれたのかまで知っている人は、どれくらいいるでしょうか。
そもそも寿司ロボットを開発したのは誰なのか。まずは、そこから話を始めましょう。その人物こそ、鈴茂器工株式会社(旧・鈴茂商事株式会社)の創業者、鈴木喜作です。
1961年に設立された同社は、もともとは菓子製造機器のメーカーでした。しかし1970年代、喜作はテレビで目にした「減反政策」のニュースに強い衝撃を受けます。
米飯文化が後回しにされ、コメの消費が落ち込んでいく日本の姿に心を痛め、「自分たちの技術を、コメの消費拡大に役立てられないか」と考えました。そして目をつけたのが、当時まだ高級で、限られた人の食べ物だった寿司の大衆化だったのです。
とはいえ、その道のりは平坦ではありませんでした。
当時の機械が作るシャリは、押し寿司のような食感で、口に入れた瞬間にほどける、あの職人技とはほど遠いものでした。
それでも喜作と技術陣は諦めません。ある職人から「人間の手の弾力を真似てみたらどうだ」という助言を受けたことをきっかけに、改良の方向性が見えてきます。
試行錯誤の末、シャリに触れる金属部分にウレタン系ゴムを貼るという工夫にたどり着き、1981年の夏、ついに寿司ロボットの原型が完成しました。開発に着手してから、実に約5年が経過していました。
■1時間に4800貫を生み出すロボットも
ここで面白いのが、「寿司ロボット」という名前の由来です。
当初、喜作はこの機械を「江戸前寿司自動にぎり機」と呼んでいました。しかし、テレビ番組で紹介された際、アナウンサーが思わず「これはまさにロボットですね」と口にしたことで、そのインパクトをそのまま商品名に採用したのです。
1981年に誕生した初号機「ST-77」は、1時間に1200貫という当時としては驚異的なスピードで、安定した品質のシャリ玉を生み出しました。
その功績が評価され、機械遺産にも認定されています。その後、寿司ロボットは時代とともに進化を続けていきます。
現在では、業界最速となる毎時4800貫を誇る「SSN-KTA」や、店の雰囲気を損なわないよう、お櫃の中に精巧なメカを仕込んだ「SSG-GTO」など、多様な現場に対応するモデルが揃っています。
最新機種の「S-Cube」は、世界的な職人不足を背景に、海外展開を見据えたコンパクト設計となっています。
寿司ロボットは、「職人の仕事を奪うため」に生まれたものではありません。「誰もが寿司を楽しめる時代をつくる」ための技術です。鈴木喜作が抱いた、コメへの愛情と執念は、いまや世界90カ国以上の厨房やカウンターで、今日も美味しいシャリを生み出し続けています。
■回転寿司のビジネス事情
回転寿司とは、一言でいえば究極の薄利多売ビジネスです。
規格化された一定以上の品質の商品を、いかに大量に、いかに効率よく提供し、スケールをどこまで拡張できるか。その一点を突き詰めたビジネスモデルだと言っていいでしょう。
これを靴に例えるなら、一足数十万円のオーダーメイド革靴が高級寿司だとすれば、数千円で流通する高性能スニーカーが回転寿司です。どちらが上という話ではありません。
回転寿司の原価率が、しばしば50%前後、時にはそれ以上に達する背景には、明確な経営判断があります。
魚という商材は、相場が乱高下することもあり、元手のお金を掛ければ掛けるほど仕入れを有利にできる商材ともいえます。これを大規模かつ長期的に展開する際には、資本を投じればその分だけ味や見た目、満足度がはっきりと上がってきます(もちろん、ある程度の目利き力があっての前提です)。
だからこそ、圧倒的な集客を維持するためには、素材への投資を削るわけにはいかないのです。そこで大手チェーンが選んだ戦略が、「掛けるべきは素材、削るべきは人件費」という極めてシンプルな方程式でした。
■人に依存するコストを徹底的にそぎ落とす
職人の技術や経験に頼っていた工程を、寿司ロボットや加工機、標準化されたオペレーションに置き換え、人に依存するコストを徹底的にそぎ落とす。
その結果として余力が生まれれば、ネタ原価に再投資する。高品質な寿司を低価格で大量に提供するためのエンジンは、この循環によって回っています。
もっとも、素材の品質だけでお客を呼び続けられるかといえば、そう単純でもありません。素材の品質を上げ続けても、一定の水準を超えると、顧客満足度の伸びは緩やかになります。勉強もそうですが、テストで80点までは簡単に挙げられても、そこから先は努力をしても伸びが少なくなってくるのと同じです。
そこで次の投資先として浮上したのが、「エンタメ」という領域でした。
もともと回転寿司のエンタメ性は、目の前を寿司が流れていくレーンそのものにありました。しかし、効率化が進み、タッチパネル注文や特急レーンが主流になると、食事体験はどうしても無機質になりがちです。
その空白を埋める装置として、デジタル演出やガチャ、アニメコラボといった仕掛けが導入されてきました。重要なのは、これらが直接的に利益を生むための装置ではないという点です。
むしろ目的は、「次もまた来る理由」をつくることにあります。素材で満足させ、エンタメで記憶に残す。各社で細かな配分の違いはあっても、この二段構えの構造自体は共通しています。
■回転寿司が国民食として生き残り続ける理由
このエンタメ戦略が、特に強烈に効いてくるのがファミリー層です。
私自身も親として実感しますが、生魚をあまり食べない年齢の子どもにとって、寿司屋の選択肢はどうしても納豆巻きや玉子に固定されがちです。味の変化が少なければ、子どもはすぐに飽きてしまう。
しかし、そこに期間限定の景品や新しいゲーム、コラボ企画が加わると状況は一変します。
子どもが「行きたい」と言えば、親の選択肢はほぼ決まります。高価格化が進むファミリーレストランから流れてくる層を、回転寿司はこの心理構造でしっかりと掴んでいるわけです。
回転寿司とは、素材という一貫のクオリティを徹底的に科学し、エンタメという体験価値をシステムとして組み上げたビジネスモデルです。
効率化によって生まれた余剰を、顧客の満足と喜びに振り切る。その徹底した合理性こそが、回転寿司が国民食として生き残り続けている最大の理由なのだと思います。
----------
ながさき 一生(ながさき・いっき)
魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師
1984年、新潟県糸魚川市にある「筒石」という漁村の漁師の家庭で生まれ、家業を手伝いながら育つ。2007年に東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売会社に就職し、水産物流通の現場に携わる。その後、東京海洋大学大学院で魚のブランドや知的財産の研究を行い、修士課程を修了。2006年からは、ゆるい魚好きの集まり「さかなの会」を主宰。2017年に「さかなプロダクション」を創業し独立。食としての魚をわかりやすく解説する中で、ふるさと納税のコンテンツ監修、ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修、寿司の絵本や図鑑の監修を手がける。
----------
(魚で社会を調える人/さかなプロダクション 代表取締役 フェロー/一般社団法人さかなの会 理事長/東京海洋大学 非常勤講師 ながさき 一生)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
