■香港は本当に民主化したと言えるのか
【垂】台湾問題の「先例」として、香港の民主化もよく取り上げられましたね。一般的には「習近平政権が香港の民主化を弾圧した」と語られますが、実際にはもう少し丁寧に観察する必要があると思います。
香港の最大の問題は本当に「民主化」だったのでしょうか。私は少し違う見方をしています。イギリス植民地時代に民主化は存在していませんでした。そもそも植民地に民主主義が根付くことはなく、単に「ご主人様」がロンドンから北京へと代わっただけ、とも言えるでしょう。
1984年の中英共同声明で香港返還が決まり、1997年に「一国二制度」の下で香港は中国に返還されます。この合意以降、多くの香港人が将来を不安視して海外に移住しました。特に1987年頃から年間5~6万人規模でカナダやオーストラリアなどへ移民しましたが、返還直前には戻り始めました。香港の金融や不動産市場の活況が背景にあり、海外で市民権を得た人々も香港に戻ってきたわけです。
香港返還後もしばらくは繁栄が続き、中国側も比較的巧みに一国二制度を運営していたのです。
■社会問題化した「中国移民」
【垂】大半の香港人は返還前後から、マンダリン(中国語の標準語)の学習を始めました。香港は広東語が主流ですが、公務員やビジネス関係者を中心に、労働者層にも広がり、多くの人が一生懸命マンダリンを覚えようとしました。
香港大学は長年にわたり、住民に「自分は香港人か、中国人か、あるいはその両方か」と問うアンケート調査を行なっています。いわゆる香港人のアイデンティティ調査ですね。その結果を見ると、2008年の北京オリンピック前後に「自分は中国人」と答える割合が増加しています。つまり、その時期まで問題を抱えつつも、一国二制度はある程度機能していたといえるでしょう。
一方で、返還前後から大きな社会問題になっていたのが、中国本土からの移民でした。「家族再統合」の人道的名目で、中国公安部が「単程証」(OWP)によって香港への合法移民を認めており、その枠はかつて1日75人でしたが、返還前の1993年以降は150人に拡大されました。
年間では約5万人規模で「新香港人」と呼ばれる大陸移民が流入しましたが、彼らは多くの場合、香港人に比べて貧しく教育水準が低かったため、学校や社会でいじめや摩擦が発生しました。住宅、医療、教育などの分野で政府支出も増加し、香港人と新香港人の対立は深刻化しました。
台湾社会に例えれば、もともとの香港人が台湾の「本省人」で、新香港人が「外省人」に該当する構図ともいえます。
■香港問題と靖国問題の共通点
【垂】新香港人は毎日流入してくるのでその数はどんどん増えています。現在、新香港人は全人口の約15%を占めるとされています。その多くは貧困層ですが、一方で中国の富裕層が投資移民などで数万人から数十万人も香港に流入しているとも言われています。
香港大学や香港中文大学のような名門大学にも大陸出身の学生が急増し、有名病院でも大陸富裕層の利用が集中して「病床を占拠している」との批判がありました。
こういう状況により、香港人と新香港人の対立が激化していったのです。先ほどの香港大学の世論調査では、香港で最も深刻な問題として「政治問題か、経済問題か、社会問題か」と尋ねる調査があるのですが、ずっと社会問題がトップで、アジア通貨危機の時期だけ経済問題が首位となりました。
政治問題、つまり民主化問題を最重要と考える人は当初きわめて少数だったのです。ところが、習近平政権期に入り、西側との摩擦や国家安全維持法の制定の動きなどを契機に、政治的自由や民主化への関心が高まり、政治問題を挙げる人の割合が増えてきました。
靖国問題のように、中国側の「メンツ」が絡んで強硬化した面も否めません。これが香港問題の現状です。
■最初から頓挫していた民主化デモ
【垂】従来、中国は香港に対して比較的うまく統治していたのですよ。
民主化問題が最も盛り上がったのは2019年で、確かに何百万人もの香港人が街頭に出て抗議しました。その光景は、みなが怒り、民主化を求めているかのように見えました。ところがその後、学生たちが空港を占拠したり、大学にバリケードを築いたりして運動が過激化すると、市民の多くは一気に距離を取り始めたのです。
実際、多くの市民はもともと社会的な不満を抱えており、学生の掲げる民主化要求に完全に同調していたわけではなく、デモを不満のはけ口として利用していた側面が大きかった。つまり、学生と市民は「同床異夢」だったのです。
■日本メディアが報じなかった「民主派」の素顔
【兼原】過激派のテロ事件を契機に、日本でも国民の多くが左翼勢力から離れていった構図にちょっと似ていますね。戦後一貫して続いていた日本の左傾化は、三菱重工爆破事件やあさま山荘事件が起きた70年代がピークでした。
【垂】だから最終的に、多くの市民は冷めた態度を取るようになっていきました。ところが日本のメディアでは、日本語を話すリーダー・周庭(アグネス・チョウ)などが注目され、あたかも香港全体が民主化を強く求めているかのような印象が広がりました。
周庭はイギリス系のスクールで教育を受けた人物です。
ところが日本を含め世界のメディアは民主化の側面ばかりを強調し、民主化が「絶対的な善」であるかのような前提で報道していました。しかし、香港の民主派にもさまざまな立場があり、日本から見れば許せない人物もいるのです。
たとえば、香港民主党は香港民主化運動の老舗的な組織で、初代主席の李柱銘(マーティン・リー)は国際的にも著名な政治家でしたが、四代目主席の何俊仁(アルバート・ホー)は尖閣諸島へ上陸を試みたり、在香港日本総領事館に乱入したりした人物です。つまり、香港の民主化運動も「中身」をよく見て対応を考える必要があるのです。
■「イナゴ」と呼ばれる中国人
【兼原】香港の民主活動家は、最後は何の関係もない慰安婦問題までやっていました。慰安婦の像を路上において、横に香港の活動家が座っている写真を見たことがあります。大陸側の統一工作に取り込まれていたのだと思います。
【垂】さらに、社会問題の側面も無視できません。新香港人が増えたことに加え、コロナ前の香港では、深圳から大量の「買い出し客」が押し寄せるという現象が問題化しました。年間で1000~2000万人規模とも言われ、大量に日用品を買い占めて去っていくため、地元では「イナゴ」と揶揄されました。
日本のメディアではほとんど報道されませんが、Googleで「香港 蝗蟲(イナゴを意味する中国語)」と中国語で検索するとたくさんの関連情報が出てきますよ。実際、香港問題の本質の一端はこうした社会問題にあるのです。
何度も申し上げますが、香港にはもともと民主主義が存在していたわけではありません。歴史的に香港では労働争議や社会不安が繰り返して発生してきました。
例えば、イギリス統治下の1967年に起きた争乱は「六七暴動」と記されて、イギリス側の秩序維持に正当性があるかのように論述されている一方、2019年のデモは「香港民主化デモ」と記載され、抗議側に正当性があるかのように書かれます。しかし、統治当局(軍・警察)が市民を強硬に弾圧した点や、背後に社会問題が横たわっているという点は、両者に共通しています。
もちろん時代背景は異なり、六七暴動が文化大革命の影響を強く受けていたことは明らかですが、本質は「民主化」というよりも「社会問題」が大きな共通要素といえるでしょう。
■「一国二制度」の最終防衛ラインとは
【兼原】香港は金融センターとしては今でも生き残っていますよね。
【垂】その通りです。2019年のデモの際、麻生太郎財務大臣が「もう香港はだめだから、金融センターの機能を大阪に移したらどうか」という趣旨の発言をしましたが、これは実態を必ずしも理解したものとは言えません。
東京証券取引所に上場している外資系企業はごくわずか(10社程度)ですが、香港には数百社規模の外資系企業が拠点を構え、証券取引所に上場している企業数も圧倒的に多い。さらに英語が通じるという強みもあります。
香港経済が本当に弱体化するとすれば、その理由は一つ。中国経済そのものの悪化です。
香港は長年、中国経済、とりわけ南中国へのゲートウェイとして機能してきました。そのため外資系企業や中国本土の企業が本部を置いたり、香港市場で上場してきたわけです。したがって本土経済が停滞すれば、当然ゲートウェイとしての役割も縮小します。これが香港経済にとって最大のリスクです。
では今後、「一国二制度」の行方を見極める上でどこに注目すればよいかといえば、それは三権分立のうちの「司法」です。現時点で中国当局は、香港の裁判所、とりわけ終審法院(最高裁判所)の判事人事までは直接介入していません。
香港の終審法院には現在も外国人判事が「非常任判事」として参加していますが、この人選にまで中国が手を出すようになれば、法の支配は完全に崩壊し、一国二制度は本当の危機を迎えるでしょう。
2019年の抗議運動では大きな騒ぎになりましたが、実際には日本企業の香港撤退はほとんど見られませんでした。もちろん香港と中国経済の先行きに対する不安は高まっていますが。
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兼原 信克(かねはら・のぶかつ)
笹川平和財団常務理事
1959年山口県生まれ。東京大学法学部卒業後、1981年に外務省に入省。フランス国立行政学院(ENA)で研修の後、ブリュッセル、ニューヨーク、ワシントン、ソウルなどで在外勤務。2012年、外務省国際法局長から内閣官房副長官補(外政担当)に転じる。2014年から新設の国家安全保障局次長も兼務。2019年に退官。著書に『歴史の教訓』『日本人のための安全保障入門』など多数。
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垂 秀夫(たるみ・ひでお)
前駐中国日本国特命全権大使、立命館大学教授
1961年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業後、1985年に外務省入省。中国語研修組(チャイナスクール)として、一貫して対中外交に関わる。南京大学に留学の後、北京、香港、台北などで在外勤務。2006年、日中の「戦略的互恵関係」の構想を発案。2020年、駐中国日本国特命全権大使に就任。2023年12月退官。著書に『日中外交秘録 垂秀夫駐中国大使の闘い』。
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(笹川平和財団常務理事 兼原 信克、前駐中国日本国特命全権大使、立命館大学教授 垂 秀夫)

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