※本稿は、和田秀樹『60歳で離れる人、60歳からつきあう人』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■なぜ熟年離婚が増え続けるのか
「熟年離婚」という言葉はすでに世のなかに定着した感がありますが、実際に同居期間が長い夫婦の離婚は今も増え続けています。
厚生労働省の統計によると、日本全体の離婚件数は2002年をピークに減少傾向にあります。ところがその一方で、同居期間が20年以上の夫婦が離婚する割合はむしろ増加しており、2022年には全体の離婚件数のうち22.5%を占め、統計を取り始めて以来、過去最高になりました。
つまり、今や離婚する夫婦の5組に1組以上が、結婚20年以上のベテラン夫婦ということになります。さらに同居期間が25年、30年、35年といった、より長く連れ添った大ベテラン夫婦の離婚も増え続けているのです。
そもそも離婚を切り出すのは、多くの場合、妻のほうです。たとえば、家庭裁判所への離婚申し立て件数を見ると、2023年度の最高裁判所統計では、夫からの申し立てが約1万5000件であるのに対し、妻からの申し立てが約4万1000件。妻側からの申し立てが3倍近く多いことがわかります。
その理由としては、家庭内暴力や不倫、金銭問題、家事・育児の不公平など、結婚生活のなかで蓄積した不満やストレスが限界に達し、女性側が我慢の限界を迎えたときに決断する傾向であることが指摘されています。
とくに熟年離婚の場合は、女性側が「子どもが独立するまでは我慢していたけれど、夫の定年退職をきっかけに別れを決意した」というケースが多いようです。
その背景には、いくつかの要因が重なっています。先ほど触れたように、夫が定年退職して在宅時間が増えたことで一緒に過ごす時間が増え、それがかえってストレスになることがあります。
■20年、30年と長く続く老後
また、子どもが独立したことで、ようやく自分自身の人生を見つめ直す余裕が生まれて、第二の人生を考えるようになる女性も少なくありません。
加えて、女性の社会進出や経済的自立が進み、「離婚しても何とかやっていけそうだ」という見通しが立つようになったことも決断を後押ししています。
制度的な後押しもあります。2007年に導入された「離婚時の厚生年金分割制度」によって、婚姻期間中の厚生年金の記録を夫婦で分割できるようになりました。これによって、離婚後の経済的な不安が以前よりも軽減されるようになり、「離婚したら生活できなくなる」という不安要素がひとつ減ったのです。
さらに現代は人生100年時代。「老後」といっても、20年、30年と長く続く可能性の高い時代です。その長い時間を、我慢やストレスを抱えたまま過ごすのか、それとも残された人生を自分らしく生きるのかという問いが、多くの人にとって現実的になってきました。
そうしたなかで、最近の傾向としては妻だけでなく、夫のほうから離婚を切り出すケースも増えているそうです。
仕事一筋の人生からようやく解放された定年をきっかけに、「残りの人生も、このままでいいのだろうか」と考え直し、第二の人生を自分らしくやり直したいと離婚を決意するケースが増えているそうです。
定年によって、生活や人間関係ががらりと変わることで、これまで当たり前のように隣にいた結婚相手をあらためて見つめ直すきっかけになるのです。
■外見より「内面の相性」が熟年に問われる
若いころというのは、見た目や条件など外面的な要素に目が向きやすく、内面の相性まで十分に意識が向かないことも少なくないのではないでしょうか。
たとえば女性の場合は、相手の男性に「高い学歴」「一流の勤め先」といった世間的な評価基準を求めることがあるかもしれません。「生活の安定」や「親の安心」を求める人も多いでしょう。
一方、男性のなかには相手の女性に「容姿」や「若さ」といった、やはり外側から見てわかりやすい要素を重視しがちな人も少なくありません。
そのため、結婚当初は、「本当に気が合うかどうか」「一緒にいて楽しいか」「話が合うか」といった内面的な相性が、どうしても後回しにされる傾向があるように思います。
ところが、定年を迎えると、四六時中夫婦で顔を突き合わせるようになり、一緒に過ごす時間が長くなる。すると、こうした内面的な部分が気になるようになってきます。
「一緒にいて居心地がいいか」「この人といるときに自分らしくいられるか」といった問いが、日常生活のなかで見過ごせなくなるのです。
■年をとるとストレスが体に与える影響も大きい
子どもがようやく巣立ち、社会的な役割もひと段落して、これからやっと自分のために生きていける段階に入ったとき、「この相手と残りの人生を一緒に過ごせるか」という問いに直面するのは、むしろ自然なことと言えるでしょう。
老後は、かつてよりずっと長くなりました。
また、年をとるとストレスが体に与える影響も大きくなります。それによって免疫機能が低下すれば、がんや感染症にかかりやすくなるといわれていますし、うつ病を発症するリスクも高まります。若いころは何でもなかったことが、歳を重ねることで深刻な問題になってくるのです。
ですから、熟年離婚というのは単なる夫婦関係の破綻ではなく、「自分の人生をよりよく生きるための選択肢」として捉えることができます。
■段階を踏むのもひとつの方法
今はひと昔前と違って、離婚自体はそれほど珍しいことでもなければ、恥ずかしいことでもなくなりました。もうこれ以上、2人の関係がどうにもならないと感じたなら、潔く離婚を選ぶというのも選択肢のひとつとしてあっていいと思います。
実際に私が見てきた多くの熟年夫婦のなかには、「離婚して心が晴れた」と嬉しそうに話す人が少なくありません。とくに女性のほうが離婚後に気持ちが前向きになり、元気を取り戻していくケースは非常に多いです。
ただし、だからといって勢いだけで離婚に突き進んでしまうと、今度は生活が立ちゆかなくなるというリスクもあります。
離婚というのは、心の問題だけでなく、経済的な問題や生活上の問題とも深く関わっているのです。手続きを進めるにしても、話し合いをするにしてもそれなりにエネルギーがいりますし、精神的な負担がかかる人もいます。
ですから、たとえば「相手のことが嫌いというわけではないけれど、長く一緒にいると不満やストレスを感じることが多い」という場合には、すぐに離婚という形態を選ぶのではなく、いったん距離のとり方を工夫してみるという考え方もあります。
たとえば、週末だけ別々に過ごしてみるとか、2人が会わない時間を意識的につくってみるなど、段階を踏むのもひとつの方法です。
そうやって「距離をとる暮らし方」を試してみて、自分たちにとってどれくらいの距離感がほどよいのかを探ってみるのもいいと思います。
■「つかず離れず婚」のススメ
そのひとつが、私が以前から提案している「つかず離れず婚」です。これは、夫婦がお互いに適度な距離をとりながら暮らしていくスタイルです。
とくに定年後の夫婦が無理をしてべったり一緒に過ごすのではなく、それぞれの自由や自立を大事にしながら、必要なときに支え合うという、これからの時代に合った新しい夫婦のかたちといえるでしょう。
たとえば、同じ家に住みながらも、寝室を分ける。食事や外出も、それぞれのペースで行う。そんなふうにして、夫婦がそれぞれ心地よく過ごせる生活のスタイルをつくっていくのです。以下のように、自分たちに合った方法を取り入れてみるとよいでしょう。
【物理的な距離をとる】
夫婦の寝室を分ける
週末・あるいは平日だけ別居してみる
別々に外出する機会を増やす
【相手の生活リズムや趣味を尊重する】
相手の許可を得ることや相談することなく、自由に外出できるルールをつくる
相手の行動や行き先を詮索しない
それぞれ自由に趣味や仕事を楽しむ
食事は別々にとり、生活リズムを無理に合わせない
【最低限のルールを決めておく】
共用部の掃除や家事分担など、ルームシェアのように「やることルール」を決める/言いたいことは我慢せずに伝えるようにする
■寝室と食事を分けるのは効果的
細かい内容は夫婦で決めていいと思いますが、大切なのは、必要以上に干渉せず、相手に期待しすぎないということです。
また、同じ家で暮らすかたちであれば、生活コストの面でも安心ですし、安全面を考えても一人暮らしよりメリットがあるといえるでしょう。
なかでも効果的なのが、寝室と食事を分けることです。
とくに普段の食事は別々にするというルールにしておけば、生活リズムを無理に合わせる必要もなくなりますし、自分の好きなものを好きな時間に食べられます。これは想像以上にストレスの軽減になります。
長い間、夫の食事をつくってきた妻にとっては、「夫の健康や栄養が心配」という思いもあるかもしれませんが、今の時代は、定食屋やお弁当、惣菜、デリバリーなどの選択肢も豊富です。
必ずしも妻の手料理でなければならないという発想を、いったん手放してみてもいいのではないでしょうか。そして、普段は別々に暮らす感覚で過ごしていても、たまに一緒にお酒でも飲みながら食事をするという時間が持てると、それが意外と新鮮で楽しかったりします。
そうやって、ルームシェアのような感覚で、適度な距離感を保ちながら穏やかに暮らす。そんな夫婦関係があってもいいのではないでしょうか。
人生の後半こそ、「夫婦だからこうあるべき」「妻だからこうすべき」といった思い込みを手放して自分らしく生きる。それをお互いに認め合い、必要なときは自然に支え合えるような関係こそ、成熟した夫婦のかたちだと思います。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)

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