秋田県と農水省がもめている。何が起きているのか。
キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、「秋田県は2023年産米について減産するように圧力を受けたと主張している。農水省は減反政策は廃止しており、そのようなことはないと説明しているが、真っ赤なウソだ」という――。
■農水省からの圧力を証言した秋田県知事
2月27日、毎日新聞は「鈴木農相が秋田県への『圧力』否定、県に反論 コメ生産目安巡り摩擦」と題した記事で、秋田県が農水省から作付けをもっと減らすように圧力を受けたと主張していることを報じた。
国は2018年産から生産者への生産数量目標を配分する減反政策を取りやめた。現在は生産現場に主食用米などの需給見通しを示し、それに基づいて道府県や農業団体などが地域内の実情に応じ生産量の目安を定める方式に変更している。国が介入せず、産地側の自主的判断に委ねた形だ。
これに対し、秋田県の鈴木健太知事は2月20日の県議会で、県や農業団体が合意した23年産の県産米の生産目安に関し、国から22年産より増加していると指摘され「意見交換などの場で目安の見直しを強く求められた」と答弁。(県庁や農業団体が自主的に生産量を決定する~筆者注)「本来の制度の趣旨を逸脱した行為であったものと受け止めている」と懸念を示した。
今回の問題は産地側の判断に介入せず「減反政策はしていない」とする国の説明に疑念を生じさせかねない。鈴木憲和農相は27日の会見で圧力を否定する一方で、そう受け止められかねないやり取りがあったとすれば「非常に不本意で、あってはならない」と述べた。

まず、この記事の誤りを指摘したい。
「国は2018年産から生産者への生産数量目標を配分する減反政策を取りやめた」というのは、農水省の主張をなぞっているだけで、間違いである。

まず、減反政策の本丸である減反補助金は、今でも「水田活用の直接支払交付金」という名称で存続している。毎年3500億円も生産者に交付して生産を減少させている。これがないと生産者は減反に応じないからだ。
■減反政策は続いている
“生産数量目標”というのは、減反の補助金だけでは総量としてどれだけ生産されるか分からないので、国が全体としての生産目標を示し、それを県、市町村、生産者に配分してきたものである。建前としては、2018年から国から県・市町村を通じた生産者への目標数量の配分を取りやめたことになっている。
しかし、実際は国が毎年需要の見通しを示し、これを元に各都道府県(自治体と農協等の協議会)が過去の実績や自県のシェアなどを勘案してそれぞれの生産目標量を決定して市町村の協議会を通じて生産者まで通知している。生産者は今でも自由に生産できない実態は変わらない。
それを示す宮下一郎農水大臣(2023年5月14日当時:第2次岸田内閣)の「23年産米」に関する発言がある。
「米政策につきましては、主食用米の需要が残念ながら10万トンぐらいずつ毎年減っているということです。やはり需要に応じた生産ということが重要で、これを着実に推進することが基本だということで、近年、全国の皆様にご協力をいただきながら、推進をしているところです。
令和5年産米については、主食用米等の需給について、令和4年産と同程度の作付転換が必要との見通しを示して、麦、大豆等の輸入依存度の高い畑作物等への転換が進むように、水田機能維持する産地と畑作地化する産地のいずれに対しても、支援を行っているところです」。(23年9月14日記者会見
国全体としてのトータルの生産量の枠と生産者への通知は依然として設定されているのである。
これがないと、減反の補助金があっても、個々の生産者は価格・収益の面で有利なコメを作りすぎ、米価が下がってしまうからだ。建前としては、国が示すのは需要の見通しで国としては生産目標の配分はやめたというが、国の需要見通しを踏まえた都道府県以下生産者までの配分は建前としても続いている。国が全体のコメ生産を統制・抑制していることに変わりはない。
■農水省の誤算
“合成の誤謬”という言葉がある。
個人にとっては望ましい行動でも、多くの人が同じ行動をすれば望ましくない結果が生じることを言う。
私がこれを知ったのは、大学に入って当時経済学の大御所だったサミュエルソンの教科書を読んだ時だった。皆が生活を良くしようとして消費を抑えて貯蓄に励むと、国全体では消費需要が減少し、かえってGDPが減少してしまうと彼は説明した。経済以外でも、試合をよく見ようとして全ての観客が立ち上がると、かえって見えなくなってしまうことが起きる。
大規模生産者などの団体である日本農業法人協会が、(米価維持のためには全体の需要に合わせて)「国全体の生産を抑制することは必要だが、販路を独自に確保している生産者が自由に生産できなくならないよう、生産者が自らの意思で生産や販売をすることを規制しない制度とするように求めた」と報道された。
減反の補助金は、コメと麦や大豆などの他作物との収益格差を埋めるために交付されてきた。収益の劣る他作物を作っても減反補助金がもらえれば、生産者はコメと同じ収益を上げられるはずだ、したがってコメ作りをやめるはずだと農水省は考えたのである。
しかし、生産者のコストは同じではない。

50ヘクタールを超える生産者は1ヘクタール未満の生産者の3分の1のコストでコメを生産できる。同じ価格でもコストの低い生産者の方がコメの収益は高くなる。平均的な生産者のコストや収益を考慮して各生産者共通の減反補助金の額を決めれば、コストの低い大きな生産者は減反補助金をもらって麦や大豆を作るよりもコメを作る方が収益面で有利となる。
■秋田県が「高米価政策=減反」に反旗を翻すワケ
つまり大規模な農業法人はコメをもっと作りたいというインセンティブを常に持つ。このとき、国等からの生産量についての締め付け(上述の個々の農家への生産目標数量の配分)がなければ、かれらの“需要に応じた生産”は増大する。
これは品質の良いコメを作っている生産者も同じである。価格の高いコシヒカリの産地である新潟県の生産者は、コメ作りの方が収益面で有利なので、後述するように農業補助金を地域には出さないなどという強力なペナルティを農水省から科されても、「減反=生産調整」に協力しようとしなかった経緯がある。他方で、コメ価格の低い隣県では、100%を超えて減反は達成されていた。
しかし、これらの生産者が生産を増やせば、国全体の“需要に応じた生産”は予定量をオーバーしてしまう(新規の販路を開拓すると言っても胃袋は一定なので全体の需要が増えるわけではない)。
この結果米価が下がるので、JA農協の基盤となっている零細な兼業生産者が離農しかねないし、自民党の農林族議員にとっては票田を失うことになる。日本農業法人協会が自分たちは自由にコメを作りたいが、米価を維持するためには生産量の総量を抑えてほしいというのは虫が良すぎる(誰かの生産を減らさなければならない)。
合成の誤謬が働くのである。

■23年産米はなぜ減産しないといけなかったか
重要なことは、個々の生産者が自由に“需要に応じた生産”を行えば、国全体だけでなく都道府県レベルでも“需要に応じた生産”は達成できなくなることである。つまり日本農業法人協会のように自由に生産を増やしたい生産者と米価維持のために生産を抑制したい国や都道府県では、そもそも“需要に応じた生産”の意味が異なるのである。
現在米価は玄米60キログラムあたり3万7000円まで異常に高騰しているが、JA農協や農水省は、近年では米価を1万5000円とするよう減反を推進してきた。減反しなければ米価が下がるからだ。しかし、2021年産の米価は1万2804円に下がってしまったので、JA農協と農水省は22年産と23年産について都道府県を通じて生産者にもっと生産を減らすように指導した。減反の強化である。前述の宮下農水大臣の「需要が毎年10万トンずつ減っているので需要に応じた生産をしなければならない」、つまり減産しなければならないという趣旨の発言は、このような背景で行われたものだ。
■農水省にとって「コメ増産は利己的行為」
かつては、個々の生産者が減反面積の目標=コメの生産目標数量を達成しないと、翌年の減反面積目標の加重=コメの生産目標数量の減少を要求したり、減反目標を全体として達成しない地域には農業の補助金を交付しないといった締め付けを行ってきた。さすがに今はこのようにあからさまなやり方は行っていないが、ムラの規律が強い農村地域では、暗黙の強制が働く。
米価が低下した21年から23年にかけて、農業界では、「コメの生産を減らさないのは皆の利益を考えない利己的な行為だ」と非難された。この時の官民挙げての減反強化の結果、米価は、22年産1万3844円、23年産1万5315円に回復した。秋田県への指導または圧力は、この過程で行われたのだ。
農水省から多額の農業補助金を受け取っている秋田県としては、単なる農水省の指導であっても強烈な圧力と受け止めたのだろう。
秋田県としては、県内に大規模で生産性が高い生産者が多く、“需要に応じた生産”のためには、もっとコメを作りたいという意向を持ったのだろう。県としてはもっともな意向である。しかし、このような都道府県がたくさん出てくれば、農水省やJA農協が予定した生産量を超えてしまい、米価は下がってしまう。
合成の誤謬である。
おそらく農水省の出先機関である東北農政局の担当者は、減反強化という本省の意向を受けて、必死で秋田県を説得しようとしたのだろう。そうしなければ、省内での評価を下げてしまうからだ。農水省の幹部も当然了解していたものと思われる。この一生懸命で真摯な担当者の行動が秋田県からすれば圧力と受け止められたのだろう。
■「トカゲのしっぽ切り」は許されない
鈴木農相は圧力と受け止められかねないやり取りがあったとすれば「非常に不本意で、あってはならない」と述べたが、これでは秋田県と折衝した担当者はかわいそうだ。この担当者は減反強化という本省の方針を実現するために真面目に職務を全うしようとしたにすぎない。農林族議員である鈴木農相自身も当時は減反強化を主張していたのではないだろうか。
大臣が彼を非難するのは見当違いである。これでは「トカゲのしっぽ切り」だ。非難すべきは農水省の減反強化という政策である。彼はその犠牲者である。真面目な正直者が人事で飛ばされることがないようにしてもらいたい。
鈴木農相が国民に謝るべきは、国民・消費者に高い米価を強い食料危機の際に国民を餓死させる減反という亡国の政策を推進しようとする自分自身である。彼の所信表明には、最初に国民への食料の安定供給という言葉が出てくるだけで、政策の内容は徹頭徹尾農家の所得を向上するという一点に絞られている。国民や消費者の利益は無視しても、農業の既得権を何としても守りたいのだろう。これで国家のために働く国会議員、国務大臣と言えるのだろうか? かつて国家公務員として農水省に勤務した者として、情けない思いがする。
■そして、スーパーから米が消えた
端的に言うと、生産目標数量の配分はなくなったことを額面通りに受け取り、各県は自主的にコメを生産できるはずだと主張する秋田県と、生産目標数量の配分廃止は表向きのことであって実際には生産目標数量の配分を続けようとする農水省の認識の差が表面化したケースだと言えるだろう。農水省からすれば、秋田県庁の人たちは空気が読めず忖度ができないと思ったのだろう。
幸いなことに、23年産米は猛暑で白濁粒などが発生したため、実供給量が大幅に減少し、24年にはコメがスーパーの店頭から消えるという事態まで起きた。秋田県が生産超過しても目立つことはなかった。
■農家がコメをつくって何が悪い
そもそも個々の生産者に需要に応じた生産を行わせることは、必ず合成の誤謬を生むことになる。個々の生産者が需要に応じた生産を行う以上、農水省が“需要に応じた生産”と称して全体の供給量を抑えようとすることは不可能である。全体の供給量を抑えるためには、都道府県や生産者の需要に応じた自由な行動を認めないで統制しなければならない。つまり、生産目標数量の事実上の配分である。
おそらく、20年ほど前に、減反から早期に脱却したいと考えた農水省の担当者が最初に“需要に応じた生産”を唱えたときは、文字通り生産者が自由に売り先を見つけて生産することを考えていたのだろう。減反のコアである補助金は政治的に抵抗が大きく廃止できないものの、国から生産者までの生産目標数量を配分しないことで、生産者に自由に作らせようとしたのだろう。
それ以前にも1995年に食糧管理法を廃止したとき、「作る自由、売る自由」をキャッチコピーとしていた(残念ながら、このときは流通の統制は解除されて売る自由は認められたが“作る自由”は認められなかった。かえって同法に代えて制定した食糧法にこれまで通達にしか根拠がなかった生産調整(減反)を規定した。農水省の中に異なる意見があるということだろう)。
■困るのはJAだけ
しかし、コメの生産総量を抑制して米価を高く維持したいとするJA農協、農林族議員やこれに呼応する農水省内の改革反対の役人が、廃止するはずだった生産目標数量の配分を事実上維持してしまった。農水省内には、国民への食料の安定供給のためには減反をやめるべきだと考える人たちと既得権に擦り寄ろうとする人たちがいる。残念だが、これだけ米価高騰を非難されても、省内では後者の方が優勢のようだ。彼ら既得権者にとって生産目標数量の配分廃止は好ましいものではない。これは2007年いったん廃止されたが、米価が下がったのですぐに撤回された。再び2018年廃止されたことになったが、国による事実上の配分は継続している。そればかりではなく、都道府県から生産者までの生産目標数量の配分は建前としても継続されている。
しかし、生産者の自由で需要に応じた生産という観点からは、都道府県が農家に生産目標数量を配分することも望ましいことではない。これでは都道府県段階で合成の誤謬が発生してしまう。
ただし、サミュエルソンの事例と異なるのは、生産者が自由に生産して生産総量が増加し米価が下がることは国民経済的に良いことである。これが良くないと考えるのは、JA農協、農林族議員、農水省内の改革反対の役人という農政トライアングルの既得権者である。彼らは、高米価政策で貧しい消費者からの搾取を続けている。日本農業法人協会の人や秋田県には、存分に“需要に応じた生産”に励んでもらいたい。
米価が下がっても案ずることはない。直接支払いという政策を講じれば農業で生計を立てている主業農家は困らない。アメリカやEUだけでなく、中国もかなり前に価格支持から直接支払いに転換している。農水省はいつまで減反を続けるのだろうか?

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山下 一仁(やました・かずひと)

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。

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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
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