電車内でモバイルバッテリーによる火災が頻発している。鉄道ジャーナリストの枝久保達也さんは「小さな火源でも延焼すれば被害が拡大する可能性があり、死亡者が出ることもある。
電車や駅の火災は、大地震やテロ行為などよりはるかに発生確率が高い」という――。
■駅や電車の安全対策は十分か
駅構内、車内での発煙・発火トラブルが相次いでいる。2026年2月2日16時頃、JR京葉線八丁堀駅の地下3階のホームと地下2階のコンコースを結ぶエスカレーターから発煙。また2025年12月31日にJR東海道線、2026年1月21日に東京メトロ日比谷線、2月3日に都営新宿線の車内で、モバイルバッテリーから発煙するトラブルが発生している。
地下駅や車内など密閉空間での発煙・発火は非常に危険だ。火災による死因はやけどより一酸化炭素など有毒ガスによるものが多いからである。そのため鉄道では使用する素材を不燃化・難燃化し、万が一の出火の際も延焼を防止できるようにしている。
狭い構内に多数の利用者が行き交う地下鉄は特に安全対策を重視している。脱線や衝突など鉄道運行上のリスクはもちろんのこと、大地震による設備の損傷、河川の氾濫による水没、テロ行為など様々な事態を想定したハード面、ソフト面の対策を実施している。
その中でも特に恐ろしいのは火災だ。小さな火源でも延焼すれば被害が拡大する可能性があり、煙が充満すれば人は死ぬ。それでいて大地震やテロ行為などよりはるかに発生確率が高いのである。

■「火災警報が鳴っても乗客への指示ゼロ」
しかしながら筆者は、昨今の発煙・発火トラブルを見るたびに、事業者、利用者とも危機意識が薄れているのではないかと危惧している。それを物語るのは、事故発生後にSNSを駆け巡る現場映像・写真だ。
ユーザーもメディアも「決定的瞬間」をありがたがるのだから、そのような人が出るのは当たり前だし、そうした情報をもとに記事を執筆する筆者も加担する側なのかもしれない。
そうであったとしても、動画・写真の存在は投稿者が避難より撮影を優先した証左である。画面に映る他の乗客も周囲に煙が立ち込める中、現場を遠巻きに眺めており避難する様子はない。そしてそれ以上に問題なのは、駅員や警備員もまた避難を促さない点だ。
八丁堀駅の発煙事故に居合わせた、漫才師でジャーナリストのおしどりマコ氏は発煙時の状況について、「火災警報が鳴ったあと、私たち乗客への指示が一切なかったことが残念でした」「ホームまで駅員さんが来ないにしても、せめて、改札ではホームに降りてこないように止めておくれよ!」などと指摘している。
ただし筆者はいずれのトラブルにも居合わせていない。どのような背景、事情があったのかを把握しておらず、個別の事象の責任追及をしたいわけではないことは、あらかじめ明記しておきたい。
■恐怖の「ロンドン地下鉄火災」
地下火災がどれほど恐ろしいものか。過去に駅で発生した火災で、特に重大な教訓を残した事例が2つある。ひとつは1987年11月18日にロンドン地下鉄キングス・クロス・セント・パンクラス駅(以下、キングス・クロス駅)から発火し、31人が死亡した事故である。

同駅は1863年に開業したロンドン地下鉄最古の駅のひとつで、メトロポリタン線、ピカデリー線、ビクトリア線、ノーザン線、ハマースミス&シティ線、サークル線の6路線が地下3層にわたり複雑に交差している。1日あたりの乗降客数は約30万人(事故当時)、ラッシュ時は1時間あたり4万人が利用する大ターミナルだ。
火災は地下1階の改札ホールとピカデリー線ホームをつなぐ、1939年に設置された高低差約17mの木製エスカレーターで発生した。東京消防庁がまとめた報告書によれば19時30分頃、エスカレーターが燃えているのを乗客が発見した。
通報を受けた駅員が初期消火を行ったが効果はなかった。係員はエスカレーターを閉鎖し、乗客をホーム停車中の電車内に誘導したが、連絡階段からビクトリア線ホーム経由で改札ホールに向かった乗客が火災に巻き込まれた。
■木製のエスカレーターにマッチを投げ捨て
原因は乗客が火のついたマッチをエスカレーターに投げ捨て、この火が内部のグリスに着火。周辺の木材に燃え移ったものと推定される。改札ホールは工事で一部出入口が閉鎖され、駅事務室の放送機器も使用できない状況だったことが被害を広げたとみられている。
ロンドン地下鉄はそれまでホーム上の喫煙の禁止を徹底していなかったが、事故を受けて全面禁煙化を決定。営団地下鉄(現・東京メトロ)、都営地下鉄も1988年1月1日から全面禁煙化を決定した。この頃には既に受動喫煙が問題化しつつあったが、直接的な要因はロンドンの火災にあった。

■戦慄の「韓国・大邱地下鉄火災」
もうひとつの歴史に残る火災は2003年2月18日、韓国の大邱地下鉄で発生した。この火災は中央路駅に停車した列車の車内で56歳の男性がガソリン数リットルをまき、ライターに火をつけた放火事件だった。
火は座席や内装に燃え移り、一気に車内に広がった。乗客は車内から脱出したが、火災の影響で駅構内が停電したためパニックが増大した。それ以上に問題だったのは、指令所が現状把握に手間取り、反対側の線路に進入する対向列車を抑止できなかったことだ。
駅に進入した対向列車の運転士は炎と煙でパニックになった。すぐにドアを閉め、次の駅まで走行しよう考えたが、停電で走行不能だったため、あろうことかドアを閉めたまま運転席から逃げてしまった。
乗客の一部は非常用ドアコックを操作して脱出したが、多数は炎と煙から逃げられなかった。事件の被害者は死者192人、負傷者151人にのぼった。
■厳しい安全基準の日本でもさらなる整備義務
被害を広げた要因のひとつが車両の火災対策だった。
前述のように日本の地下鉄は不燃、難燃素材を広く使用しているが、韓国で同様の基準が制定されたのは1998年で、それ以前に製造された当該車両には燃えやすく、有毒ガスが発生する素材が使われていた。
事件は日本の安全対策にも影響を与えた。

厳しい安全基準のあった日本でも、大量の可燃物を用いた放火まで想定していなかったため、大火源火災の発生を前提とした火災対策基準が制定され、排煙設備や避難経路の整備が義務付けられた。
■モバイルバッテリーで飛行機が半焼
2つの火災は鉄道史に残る大事件となってしまったが、被害が拡大するか、抑え込めるかは紙一重である。「ボヤ騒ぎ」で済んだ発煙・発火トラブルも、条件が異なれば大きな被害を出したかもしれない。
冒頭に記したモバイルバッテリーの発煙・発火も、鉄道では重大事故につながっていないが、韓国では2025年1月、釜山の金海国際空港で格安航空会社エアプサンの航空機が半焼する事故が発生した。
航空業界はモバイルバッテリーの機内持ち込みルールを制定し、搭乗時に厳格な保安検査を実施しているが、手荷物棚から発火して周辺に燃え移った。離陸前に火災が確認されたため死者は出なかったが、飛行中なら墜落したかもしれない。
■万が一、地下鉄火災に居合わせたら…
地上を走る鉄道では火災が直ちに重大事故に至るわけではないが、手荷物を検査できないので危険物が持ち込まれる可能性を排除できない。
実際、東海道新幹線では2015年、男性が車内にガソリンを持ち込んで焼身自殺を図り、巻き添えになった女性1人が死亡する事件が起きている。密閉した車内や地下空間の火災リスクは無視できない。
もしあなたが駅で火災に遭遇したら、ハンカチなどで口や鼻を覆って姿勢を低く保ち、一酸化炭素や有毒ガスを吸わないようにするのが重要だ。地下駅には排煙設備や非常用発電機が整備されているので、すぐに避難できなくなるような事態にはならない。まずは落ち着いて係員の誘導に従おう。

■列車内で火災が発生した時の正しい行動
ただし、本稿で指摘したように必ずしも適切な誘導があるとは限らない。火が見えなくても、危険だと判断したら現場から離れよう。ホームには必ず2か所の避難経路がある。火災時の避難経路は駅構内に掲示されているので、普段使う駅だけでも確認しておくのがいいだろう。
列車内で火災が発生した場合は、扉を閉めて隣の車両に移った上で、非常通報装置で乗務員に知らせよう。列車火災ではトンネル内で停車すると被害が拡大するため、次の駅まで走行し、駅から避難するのが大原則だ。逃げようとして非常用ドアコック操作すると、列車が非常停止して避難できなくなるので絶対に避けること。
モバイルバッテリーを使用する際は、強い衝撃や圧力を与えないよう注意が必要だ。本体の膨張や異常な発熱を感じた場合は直ちに使用を中止しよう。発煙・発火した場合は燃え広がらない場所に移動し、必要があれば車内備え付けの消火器も使用できる。
■一歩間違えれば大惨事の鉄道火災
どんな小さな「火災」「発煙」でも避難を検討すべきだ、と針小棒大なことを言いたいわけではない。無闇に危険を煽り立ててパニックを引き起こしては本末転倒だ。
だが、どんな事件、事故、災害であっても、渦中の人はその結末を知らない。
2011年のJR石勝線の特急列車脱線火災事故では、乗務員と指令所の意思疎通がうまくいかず、煙が充満する車内に乗客がしばらく取り残される事態が発生した。奇跡的に死者は出なかったが、一歩間違えれば大惨事だった。
八丁堀駅のエスカレーターが、キングス・クロス駅のようにならなかったと誰が保証できるだろうか。血で書かれた教訓から、鉄道事業者が目をそらしてはならない。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)

鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家

1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(青弓社、2021年)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter @semakixxx

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)
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