■「おひとりさま」を癒やしてくれる猫
2月22日は“猫の日”だった。その日に合わせて、全国的に猫をモチーフにしたお菓子や雑貨品のイベントが行われた。
それは、わが国での“猫ブーム”を象徴する出来事だ。
そもそも、なぜ猫ブームなのか。その背景には、いくつかの要因が見られる。まず、わが国の経済事情だ。1990年代以降、わが国の景気は停滞気味に推移した。それと同時に、高齢者や独身者など単身世帯が増えた。
景気低迷で所得が伸び悩む中、愛玩用の動物を飼う人は増えた。愛玩用の動物の中で、犬よりもコストのかからない猫を飼い、生活に潤いを求める傾向が顕著になった。
日本かりではなく、海外でも猫ブームは起きている。特に、中国では犬から猫へ、愛玩用の動物の主役はシフトしているようだ。中国は、日本の猫ブームを猛追中との指摘もあるという。お隣の韓国などでも猫ブームが起きているようだ。

■飼い主には経済的余裕が求められる
猫ブームは、ある意味で社会や経済に変化を与える。愛玩用の動物には餌をやらなければならないし、時には着るものを用意しなければならない。それには、それなりの費用がかかる。
そこにビジネスチャンスを見て、ペット保険事業等に参入する金融機関は増えた。食品分野では、ペットフードに成長機会を見出す企業も多い。総じて、猫ブームをきっかけにペット市場の成長期待は高い。百貨店でも、ペット用品の売り上げは無視できないようだ。
ただ、ブームがいつまでも続くとは限らない。昨年、国内の猫飼育頭数は2024年実績を下回った。物価上昇などを理由に、猫の飼育をあきらめる人もいるようだ。いつまでも、猫ブームに頼ったビジネスの拡大は期待できないかもしれない。
■犬より猫を選ぶ人が増えたワケ
一般社団法人ペットフード協会によると、2013年の猫の飼育頭数は840.9万頭で、犬(871.4万頭)を下回っていた。
ところが、2014年、猫の飼育頭数は犬を上回った。この頃から猫人気は上昇し、ブームになったとみられる。
猫人気の要因の一つとして、少子化、高齢化の影響がある。生活の潤いのため、愛玩用の動物を飼いたいと思う人は増えた。ただ、犬は(犬種にもよるが)散歩など、しっかりとした運動が必要だ。それに対して、猫は室内でも飼育できる。高齢者などが寂しさを紛らわすために猫を飼うケースは増えた。
飼育のコストも、相対的に低い。ある試算によると、餌と医療費含みで猫の1カ月当たりの飼育費用は7300円程度、それに対して犬は1万3900円程度だ。トリミングを入れると、犬の飼育コストはそれ以上だろう。
長時間留守にしても、猫は大きな問題にはなりづらい。それに対して、犬はストレスを感じやすいようだ。
犬と猫、両方の飼育経験がある人に聞くと、総じて猫は飼いやすいと話す人は多い。
■「経済効果3兆円」の一大市場に
また、2014年頃から、わが国の単身世帯数の増加ペースは、過去のトレンドを上回り始めた。その一因として、結婚よりもキャリアを重視する人は増えたことが考えられる。このタイミングは、猫の飼育頭数が増えた時期と重なる。
経済が長期停滞に陥り、賃金は伸び悩む中、単身の暮らしを充実させるため猫を飼う人は増えたのだろう。「寂しさを解消したい」、「愛情をかける対象が欲しい」という欲求もあるだろう。コロナ禍での巣ごもりもそうした心理を押し上げた。
また、SNSの影響もあっただろう。YouTube、TikTok、Xなどで猫関連のコンテンツは急増した。活発に動く犬より、猫は撮影しやすくコンテンツ作成に適しているようだ。
わが国の少子化・高齢化を背景に、生活面で心理的なうるおいを求める一方、コストを抑えて実現するため猫を飼う人は増えたのだろう。飼育に必要な資材に加え、猫関連のキャラクター、グッズ、イベントなどの需要も増加した。
猫ブームの経済効果は3兆円程度に達するとの試算もある。
■経済成長期は大型犬、バブル崩壊後は猫へ
猫ブームが起きているのは、わが国だけではない。その一例に中国がある。2019年、中国での猫飼育頭数は約4064万頭だったようだ。2023年には約1.7倍の6980万頭に達したといわれている。報道によると、高学歴の若年層ホワイトカラーに猫人気が高いようだ。
主な要因として、経済環境の悪化が挙げられる。現在、中国経済は不動産バブル崩壊でかなり厳しい。昨年12月、若年層(16~24歳)の失業率は16.5%と高かった。
大学、大学院を修了したが、思ったように就職できない人も多い。不満や孤独感を紛らわすために、猫を飼ったり、猫の動画やグッズに囲まれて暮らす人は増えたようだ。
興味深いことに、中国では経済成長率の変化と歩調を合わせるように、ブームの対象になる動物が変わった。
債務問題が深刻化する前の2014年頃まで、チベタン・マスティフのような大型犬の人気が高かった。一時、血統の良いマスティフに数億円もの値が付いたと聞く。
ところが、不動産バブルが崩壊し始める2015年頃から、中国経済の減速は鮮明化した。それに伴い、大型犬ブームは終焉したといわれている。コロナ禍前後は、柴犬などの中小型犬の人気が高まったようだ。そして近年、猫へと人気がシフトしたといわれている。
■経済格差が広がる韓国でも猫ブーム
また、韓国も猫ブームのようだ。きっかけの一つは、SNSの流行だった。K-POPスターがペットの猫をSNSにアップしたことも、猫人気に拍車をかけた。
韓国固有の要因も影響しているだろう。近年、サムスン電子など大手企業の業況は比較的良い。しかし、中小企業などの収益環境は楽観できない。
ソウル近郊の住宅市況は高騰し、若年層と現役世代の経済格差も拡大傾向とみられる。そうした要因が、ワンルームでも飼いやすい猫の人気を押し上げたのだろう。
米国でも、猫の飼育頭数は増えている。主にZ世代(1996~2012年生れ)の若者に人気のようだ。日中などと異なり米国では犬の飼育頭数も増えた。世界経済の中で米国の景気が比較的好調であることは一因だろう。
傾向として、当該国の景気が拡大している時期、大型犬などコストをかけてペットを飼う人は増える。反対に、景気が減速、あるいは経済成長率が低下すると、相対的にコストの低い猫などに需要はシフトするトレンドがみられる。
■猫ブームで起きる経済社会の変化
猫ブームは、社会や経済にさまざまな影響を与える。まず、愛玩用のペットフードなどのビジネスチャンスがある。ペットケア事業を収益源に育てようとする日本企業は増えた。
主な業界として、紙おむつなどの消費財、食品(菓子や缶詰など)、医薬・医療品分野でペット関連事業に力を入れる企業は多い。中国、欧州、米国市場に進出した企業もある。
国内の金融業界でも、大手の生命保険会社がペット保険の専業会社などと提携し、ペット保険事業に参入した。AI(人工知能)を搭載した見守りカメラ、自動えさやり器、健康管理など“ペットテック”の成長期待も高まっている。
猫ブームは、サービス分野にも影響を与える。台湾で発祥したといわれている、猫カフェなどがそれに当たる。ある市場推計によると、世界的に猫カフェ業界は年5~6%程度の成長ペースで拡大している。体験イベントの開催、SNSなどコンテンツ分野、アパレルやグッズ市場への波及効果も増えるだろう。
「宿の看板猫ランキング」が発表されるなど、宿泊施設への需要喚起にも猫は活躍している。猫と泊まれるツアーを企画し、観光需要を創出しようとする事業者も増えた。なお、世界全体でペット関連市場の規模は、2030年に5000億ドル(約78兆円)規模に達するとの予測もある。
■日本人は猫すら飼えなくなってきた?
また、飼育頭数の変化は、今後の景気を占う上でも重要な示唆を持つ。2025年、わが国の猫飼育頭数は884.7万頭、前年の915.5万頭を下回った。物価が上昇し、キャットフードをはじめ飼育コストは増えた。「飼いたいが負担を考えると控えざるを得ない」と考える人は増えたのだろう。
猫の飼育をあきらめた人の中には、猫グッズを購入して満足感を得る人のほか、種類にもよるが、猫よりも飼育の手間がかからない爬虫類を飼う人もいるようだ。
愛玩用の動物飼育の傾向は、消費者マインドの状況を示唆するとも考えられる。今のところ、国内では猫ブームはまだ続くとの見方は多い。
ただ、ブームがいつまでも続くとは限らない。昨年の猫の飼育頭数が前年を下回ったことを見る限り、猫ブームは徐々にしぼむ可能性はある。それは、わが国景気の回復が鈍化する懸念を示唆しているのかもしれない。いずれにしても猫ブームは興味深い現象だ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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