なぜ学校では、理不尽な指導が当たり前のように行われるのか。ある県立高校では「女子生徒の下着は白色だけ」というルールが守られていたが、校則にその規定はなかった。
いったい誰が決めたのか。川田公長さんが書いた『素人校長ばたばた日記』(三五館シンシャ)から一部を紹介する――。
■統廃合危機で挑む「魅力ある学校づくり」
就任2年目の夏、県立高校の入学試験を担当する教育振興課の職員が本校を訪問した。校長室で世間話をしたあとで次年度の募集定員(※1)の話題になった。
「海斗商業高校の定員は現在1学年4クラス160人ですが、来年度は1クラス減の3クラス120人とすることになりました」
1年目に募集定員を割ってしまったことから、クラス減についての危機感はあった。とはいえ、こんなにも早く決定されるとは……。あまりに唐突な通告に、自分でも驚くほど動揺していた。
職員は続けて、募集定員を決定した理由や経緯について説明をし始めた。
私はそれに相槌を打ちながら聞いているふりをしていたが、内容はまったく頭に入ってこなかった。ただただ悔しく、胸の中で何かが焼けていくような感覚に襲われた。自分がそんな感情になっていることにも驚いていた。
学級数が減れば、教員数も減らされる。
授業はもちろん、校務分掌においても教員の負担が増えることは避けられない。
それだけではない。同じ地域内で本校の一番近くに位置するP高校のクラス数は1学年3クラスだった。わが海斗商業高校は数十年前には6クラスが存在し、その規模の教室も備わっている。つまり、本校が3クラスになると、教室の増設工事などをすることなくP高校との統合が可能になる。「統廃合」の危機(※2)がいきなり目前に迫った気がした。
居ても立ってもいられなくなった私は、市内の中学生の人数を調べた。未来は誰にもわからないものの、人口の変化なら予測可能だ。中学生の数が一定数を維持できれば、彼らをどう獲得するか次第で、わが校に生き残る道がある。
人口データを見ると、来年度の高校1年生の人数はわずかに減少するものの、数年のちには今年の水準まで戻る見込みだった。
とにかく学校を魅力あるものに作り変え、生徒を集めるしかない。
こうして私は、赴任時に自ら設定した“「チームとしての学校」の体制づくり”“選ばれる学校づくり”という2つの目標にあらためて真っ向から向き合わざるをえなくなったのだ。

※1 募集定員

県立高校の募集定員は、その年の中学の卒業予定者数を県立校側と私立校側で協議した一定の比率(公私比率という。この当時は7:3)に従って按分し、県外からの志願者などを見込んで調整される。その後、各高校の過去の志願状況などをもとに教育委員会が学校ごとの募集定員を決定する。

※2 「統廃合」の危機

教育委員会としては「高校はある程度、規模があるほうがいい」という考え方のもと統廃合を進めていた。だが、海斗商業のように1学年4クラスくらいあれば十分賑やかで活気があるし、地域ごとの特性を反映した教育の多様性の面からも無理に統廃合を進めなくてもよいのではないかと思うようになった。
■素人校長、アイデアを募集する
教育振興課から学級減の知らせを受けて数日後、私は行動を起こすことにした。
このまま静観していても状況は変わらない。それならば、今できることをやるだけだ。私は、職員会議において来年度の募集定員が1クラス減となることを伝えた。
教員たちにざわめきが広がった。
「わが校はクラス減という大きな危機を迎えています。つきましては生徒が集まる魅力ある学校づくりのための取り組みについて、先生方のアイデアを募集したい(※3)と思います。

お配りするアンケートに具体的な取り組み案を書いて提出してください」
私はそう説明して、アンケート用紙を配った。教員たちにもこの危機感を共有してもらいたかった。
数日後、教員たちからのアンケートが集まった。私は藁にもすがる思いで、校長室で一枚ずつ目を通していった。

※3 アイデアを募集したい

知識も経験も少ない私が勝手に発案しても誰もついてこないだろうし、それならば教員たちに考えてもらおうと思った。商業科の教員には本校出身者もいたので、わがこととして一生懸命考えてくれると思ったのだが……。
■ボツの山の中で見つけた光
〔G高校を招いて、本校野球部と定期的な試合を開催する〕
関西地方にあるG高校は甲子園常連の強豪校だ。一時的には盛り上がるかもしれないが、圧勝されるのは目に見えている。これが魅力ある学校づくりにつながるとは思えない。ただ自分のやりたいことを書いただけではないだろうか。
〔早急におしゃれなカフェを建設するべきと思います〕
たしかにおしゃれなカフェを作れば、生徒が集まるかもしれない。しかし、県内では学校の統廃合が進められているこの状況下、本校にそのような大規模な投資が行なわれるはずがない。


〔生徒への指導がゆるく規範の乱れが感じられる。生徒指導をより厳しく行なうべき(※4)と思料(しりょう)する〕
すでに本校の生徒指導が厳しいことは広く知られており、それが生徒が集まらない大きな原因であるとも噂されている。さらに厳しくすることで生徒が集まると考える理由はいったいなんなのだろう。
〔商業の魅力の発信が足りない! もっと魅力のアピールを‼〕
「具体的な取り組み案を」と伝えているにもかかわらず、どうすればいいかがまったく書かれていない。あまりにも抽象的すぎる……。
即効性のある解決策などすぐ出るわけではないが、あまりにもピント外れな回答の数々にツッコミを入れながら読み進めることになった。
教員は浮世離れしているなどと言われる。学校は子どもという限られた集団と接する場で、社会の一般的な価値観から距離を置きやすく、ほとんどの教員が大学卒業後すぐに教職につき、そのまま教育現場にいるためだ。このアンケートにその一端を見た思いがした。
そんな中に目を引く回答があった。
〔今の本校の校則はあまりに厳しすぎる。おしゃれをしたい年ごろの女の子のために校則をゆるめてみたら、生徒が集まりやすくなるのではないか〕
やっぱりこれかと思った。

※4 生徒指導をより厳しく行なうべき

若い世代にもこのように考えている教員が多かったのは意外だった。「集団行動」(日本体育大学が始めた、規律行動をとるパフォーマンス)を体育祭でやりたいと提案した若手教員もいた。
■なぜ女子生徒は白以外の下着を着たがるのか
赴任直後の入学式で驚いたことがあった。
合格者説明会で見た中学生の髪型は、おさげ、ツインテール、ロングヘア、ショートカットなど多様だった。しかし、入学式に出席した女子生徒は、ショートヘアの生徒を除いて全員が頭の下のほうで髪を一つに結び、ヘアゴムの色も黒か紺に統一されていた。合格者説明会で髪型について厳しく指導されたのだろうと思われた。昔から、校内暴力やいじめへの対処のため、中学校の生徒指導は厳しいとされていたが、本校の生徒指導はそれ以上らしかった。
アンケート回答の続きには、女子生徒の下着の色についての記載もあった。
〔女子生徒の下着は白のみとし、白を着ているかを目で確認するのは行きすぎではないか。白い下着以外も許可してあげたらどうか〕
下着の色の規制については全国各地で話題になり、ブラック校則の一例としてマスコミにも頻繁に取り上げられていた。
私はこの話題に触れるたびに「そもそも、女子生徒はなぜ白以外の下着を着たがる(※5)のだろう」と思っていた。その答えがこのアンケートの続きに書かれていた。


〔白い下着は透けて見えやすいので、女子生徒は困っています〕
そうだったのか!
この答えに私は驚いた。だが、「白い下着は本当に透けやすいのですか?」などと誰かに尋ねて確認するわけにもいかない。そこで私は「白の下着透けやすい」でネット検索してみることにした。

※5 白以外の下着を着たがる

男子生徒が白以外の下着を着たがる理由は「格好つけ」だ。胸元にブランドのロゴが透けて見えるのが嬉しいのだ。学生時代の私がそうだったのだから間違いない。
■判明した驚愕の事実
すると、肌色の布の上に白やピンク、ベージュ、紺などの布を並べ、その上に白い布を重ねて検証するサイトが見つかった。それによると、赤など濃いめの色とくらべて白色のほうが透けていた。着用時、「下着と肌の色のコントラストに差があるもの」が透けやすいと解説されていた(私はまたひとつ賢くなった)。
本当に下着の色を確認しているのなら明らかに問題だし、「白い下着が透けて恥ずかしい」のであれば、ただちに校則を改めるべきだ。そう思って校則を確認した私は驚くべき事実を発見した。なんと本校の校則には「下着は白色に限る」とする規定などなかったのである。
■校則に法的根拠はない
私が公務員として働き始めてから30年以上が経つ。その間、仕事をするうえで注意していたことの一つは、「県民に義務を課したり、権利を制限したりする場合には、法律や条例などの明確な根拠が必要である」ということだ。
県民に義務を課せるのは、法律や条例が国民や県民によって選ばれた議員によって定められたものだからだ。選挙で選ばれていない公務員が一方的に県民に義務を課すことは許されない。これは行政の基本である。当たり前に思えるかもしれないが、平成の初期ぐらいまでは「行政指導」の名のもとに担当者が事業者に口頭で指導したり、申請書を受理しなかったりすることが慣習的に行なわれていた。そうした行為に批判が高まり、行政手続法などの関連法令が整備され、こうした慣習は廃止されていったのだ。
学校は教育目的を達成するための組織であり、そこに属する生徒がその教育目的のためにある程度の制限を受けることはありえる。だが、教師が根拠もなく「下着は白色に限る」と指導し、目視で検査することなど許されない。
では、校則に記載がないにもかかわらず、どうして「許されない行為」が行なわれているのか?
■おかしな校則を強いる“ある組織”
調べてみると、“ある組織”の存在が浮かび上がってきた。
わが県には、県立高校の生徒指導担当教員によって構成される「生徒指導連盟」という組織があった。そこでは年度はじめに県内統一の生徒指導方針を申し合わせていた。その内容は次のようなものだった。
・下着は白色、淡色、無地とする。

・髪は眉毛や耳にかからないようにする。

・(男子生徒は)後ろ髪を襟にかからないよう刈り上げる。

・夜間の外出は、男子は午後9時まで、女子は日没まで。……etc.
教員たちは生徒指導連盟で決めた生徒指導方針を各学校に持ち帰り、これに沿って生徒指導をしていたというわけである。
生徒指導担当の教員が集まり、指導の基準を申し合わせること自体は業務の進め方として問題ないだろう。しかし、それはあくまでも「指導の基準」にすぎず、その後、各学校で議論し、必要に応じて取捨選択したうえで校則として定めるべき(※6)である。そうした手続きを経ず、生徒指導連盟で決めた方針をそのまま生徒に適用するのはおかしい。

※6 校則として定めるべき

じつは校則について定める法令はない。しかし、判例では「学校が教育目的を達成するために必要かつ合理的範囲内において校則を制定し、児童生徒の行動などに一定の制限を課することができ、その権限は学校運営の責任者である校長にある」とされている。
■校長を無視する生徒指導部長
じつはその年の夏、こんな“事件”があった。
連日の猛暑日が続く中、生徒数名が登校時に頭からタオルをかぶり、手に携帯用扇風機を持って登校していた。これについて、学校運営会議で生徒指導部長の江藤教諭が「見た目がみっともないのでやめさせたい」と主張した。
しかし、この猛暑で学校に来るのも一苦労(※7)だ。暑さ対策としてやむをえない面があると考えた私は「暑いのだからそのくらいは仕方ない」と反対した。議論はそこで終わった。江藤教諭から反論はなく、私の反対意見を受け入れてくれたのだと捉えていた。
ところが、その数日後、生徒との雑談中のことだった。
「今朝もタオルかぶっていたら、『いい加減にせえよ!』って江藤先生に怒鳴られちゃいました」
男子生徒が江藤教諭のモノマネをしながら言う。どうやら学校運営会議での私との話のあとも生徒たちに注意を続けているらしい。
たしかに教師は臨機応変な対応が必要で、「校則にないから指導できない」という姿勢ではうまくいかないこともあるだろう。しかし、だからといって、校則にも決められておらず、校長から反対意見が出されているのに独断で指導するのは組織としての秩序を乱すことになる。

※7 学校に来るのも一苦労

通学を見ていると、スクールバッグ2つを両肩からクロスしてかけ、手にはタブレット型パソコンの入ったバッグと部活動の道具が入ったスポーツバッグを持っている生徒もいる。荷物がとにかく多すぎるのだ。
■「よそ者」だからこそできる改革
私は「よそ者」で、任期はおそらく2年。そのことは教師みんなが知っている(※8)。
今さら注意をしても私の言葉に耳を傾けるとは思えない。1年で退任した県庁職員の大道さんのことが思い出された。
私は覚悟を決めた。こうなったら、教師が好き勝手に指導できないように「教師を縛る校則」を作ることにしよう。それはきっと魅力ある学校づくりにもつながるはずだ。

※8 教師みんなが知っている

校長の任期は通常でも2~3年。また県庁からやってきた校長の場合みな2年であったため、私が2年で退任するのは既定路線だった。
■学校は理不尽を学ぶ場か
海斗商業高校には、生徒が職員室に入る際のルールがある。
「○年○組の○○です。△△先生はいらっしゃいますでしょうか?」
生徒はこう大声で呼びかけ、名前を呼ばれた教員が返事をすれば入っていいことになっていた。
職員室には生徒の個人情報があふれている。教員が電話をしていたり、ほかの教員と話し合っていたりすることも多い。そのため、このルールが設けられているのはわからないでもない。
しかし、私はあるときこんなシーンを目にした。
「2年1組の尾形です。沼田先生はいらっしゃいますでしょうか」
ルールに沿って生徒が呼びかけるが、返事がない。私は沼田教諭が席を外しているのかと思ったのだが、自席に座っている。
「2年1組の尾形です。沼田先生はいらっしゃいますでしょうか」
生徒は再び呼びかけたが、沼田教諭は答えない。沼田教諭は明らかに気づかないふりをしているのだ。たしかに生徒の声はそれほど大きくなかった。もっと大きな声で呼びかけろというわけなのだろう。
「2年1組の尾形です。沼田先生はいらっしゃいますでしょうか」
生徒が3回目の呼びかけをしたとき、もう我慢ができなくなった。
「沼田先生! 生徒が呼んでいますよ!」
私がそう大声で呼びかけると沼田教諭はようやくそこで生徒に向かって合図をして入室を促した。さも今気づいたような顔をして。そのルールの理不尽さにうんざりした。
こういう話をすると、たまに「学校は社会の理不尽さに耐えるための勉強をする場でもある」などと言う人がいる。そんなことはない。ただ教師が偉そうにしたいだけではないか。
■「生徒の権利を守る校則」をつくる
校長に着任してから、私は日本で最初の校則(※9)がどのようなものだったのかを調べた。
明治5年、近代的な学校制度を定めた教育法令「学制」が公布され、翌年には師範学校で「小学生徒心得」が制定された。これが日本初の校則とされている。最初の校則を実際に読んでみればわかるが、「学校は社会の理不尽さに耐える勉強をする場」などという考えで作られたものではないことは明らかだった。
日本国憲法第94条には「地方公共団体は(略)法律の範囲内で条例を制定することができる」とある。この条文は、都道府県や市町村などの地方公共団体は条例を制定する権利があることを表している。これを法令用語で「できる規定」といい、法律や条例でよく使われる言い回しである。同様に、校則でも生徒の権利を定めることができる。
生徒の「できる」権利を校則に明記することで、教員といえども勝手な指導をさせないようにできるのだ。

※9 日本で最初の校則

概要は次のとおり。

第1条 朝は早起きし、顔等を洗い、父母にあいさつをして学校に行く準備をする。

第2条 授業の10分前には登校し、着席しておく。

第3条 授業前、先生に礼をする。

第4条 授業中のおしゃべりやよそ見をしてはいけない。

第5条 先生の許可なく教室に入ってはいけない。

(略)

第9条 先生の言うことをよく聞く。疑ったり、強情をはったりしてはいけない。

(略)

第11条 けんかはしない。文学に関するやり取りのけんかはしてもよいが、その場合でも礼儀を失わず、やかましくしたり、偉そうにしたりしてはいけない。

第12条 先生や知り合いに会ったらあいさつをする。帽子は脱ぐ。

(以下略)

第11条などなかなか面白い。明治時代のものなので、全体的に時代を感じさせるが、私には現代でも通用する価値を持っているように思える。
■生徒のおしゃれの自由を広げる
わが校の校則を読み直し、改正すべきものがないか検討したところ、気になる項目がいくつか見つかった。
まず、女子生徒の前髪について、わが校の校則では「眉にかからないようにすべき」とされていた。この校則により、中学までマチマチだった髪型が、高校入学を機にいっせいに画一化していたわけだ。
全国の校則を調べてみると、「目にかからないようにすべき」とする規定があった。この規定は「眉にかからないようにすべき」とするものにくらべれば、ゆるい。しかし、そういうことではない気がした。
考え直して、従来の「眉にかからないように」という規定は維持しつつ、新たに「ヘアピンで留め、眉にかからないようにすることができる」という規定を追加することにした。生徒のおしゃれの自由を広げたいと思ったのである。
■よくわからない校則は廃止
次に、服装である。
「夏期には夏服、冬期には冬服、それ以外には合服を着用すること」とあったが、本校にはリストカットの経験があり、手首の傷を気にして半袖の夏服を着るのを嫌がる女子生徒が数名いた。このため、季節を区切らず、「(制服の範囲内で寒暖に応じて)組み合わせて着用することができる」と定めることとした。
靴下については、女子生徒が「黒色や紺色のハイソックス」とされているのに対し、男子生徒は「白色、黒色、紺色の靴下」とされていてなんとなく不公平だと感じた。よく聞くと女子生徒は体育の時間は白の靴下に履き替えるという。ハイソックスに限定するから履き替えの手間が必要になるのだ。公平に、男女とも「白・黒・紺色の無地またはワンポイント、ワンラインの靴下」と定めた。
まだある。
通学バッグは、ファーストバッグとセカンドバッグの2種類あり、セカンドバッグだけでの通学は認められていなかった。しかし、指定のバッグにもかかわらず、単独で使うことが許されない理由がよくわからない。「ファーストバッグまたはセカンドバッグを使用することができる」とし、セカンドバッグだけでの登校(※10)を許可することにした。

※10 セカンドバッグだけでの登校

私の高校時代、通学用バッグとして学生カバンとスポーツバッグが指定されていた。私は教科書などをまとめてスポーツバッグに入れ通学していた。同年代の方ならわかってもらえると思うが、当時は「薄い学生カバンが格好いい」とされ、私も学生カバンをペシャンコに潰していて、辞書などは入らなかった。ところが、2年生になるとスポーツバッグのみでの通学は「校則に反している」と禁止された。担任の教師に抗議したものの撤回されることはなかった。結果として、私たちはスポーツバッグに加えて、何も入っていない学生カバンまで持たなければならなくなった。「勉強に熱心ではない生徒」はもともと教科書を学校に置きっぱなしにしてペラペラの学生カバンだけで通学していたため、このルール変更による影響を受けなかった。多少勉強していた私としてはこの理不尽さが許せなかった。
■大事なのは根拠の明文化と情報公開
校則にはほかにも、
・マフラー、ネックウォーマーおよび手袋を着用して登校することができる

・日傘またはアームカバーを使用、または着用して登校することができる
などを追加することとした。
このように生徒たちの権利を定め、そのことを広く公表してしまえば、教員たちが勝手なことをできなくなる。必要なのは、根拠の明文化と情報公開なのである。

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川田 公長(かわだ・きみなが)

元県立高校校長

1965年生まれ。大学卒業後、地方公務員として某県県庁に入庁。その後、30年超にわたり行政職として各課に勤務。55歳のとき、教員免許もないまま突如、県立高校の校長への異動を命じられる。

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(元県立高校校長 川田 公長)

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