※本稿は、國枝すみれ『アメリカ 崩壊の地をゆく』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■突然奪われた「真面目な移民」の自由
2025年3月15日、トランプ政権は200人以上のベネズエラ人の若者を中米エルサルバドルの巨大刑務所に移送した。
ぞっとした。テレビ画面には、飛行機から降ろされるなり、小突かれ、引きずられ、まるで一昔前の牛か馬のように手荒に扱われている若者たちが映し出された。手錠をかけられ、髪を剃られ、下を向いて、床に座らされている映像も流れる。
この日にエルサルバドルに送られた238人の職業は、床屋、パン屋、洗車係、美容師――。大半は、ギャングどころか、地元の人たちの生活を支えるごく普通の人々だ。その後も数十人が送られた。CBSテレビによると、75%に犯歴がなかった。
トレン・デ・アラグア(TdA)ギャングとみなされて、この刑務所に送られたベネズエラ人の若者の1人が、コロラド州オーロラ市に住んでいたニクソン・ペレス(19)だ。
ニクソンは家族思いの働き者として近隣住民に知られていた。
■かつて見た刑務所は地獄だった
ニクソンの母親は、テレビ画面にちらりと映った息子の姿を携帯電話で撮影し、ヴィに送ってきた。「彼女の苦しみは想像もつかない。(テレビで息子の姿を見て)生きていたと安堵すると同時に、今度はいつ顔を見ることができるかわからない。絶望的な気持ちになったに違いない」
よりにもよってエルサルバドル――。15年ほど前、エルサルバドルの刑務所を訪れた記憶がよみがえり、背筋が冷たくなる。半裸の男たちが、狭い房に押し込められていた。全員が全身に入れ墨をしたギャングの構成員だ。対立するギャング団、MS13とバリオ18のメンバーは別々の房に分けられていた。
その日は地元高校生の刑務所見学の日だった。「道を踏み外すと、こういう結果になる」と教えるためだ。学生たちは列をつくり、囚人がいる牢の前を歩く。囚人は、女子高生を見ると、鉄格子の間から手を伸ばして、彼女たちを掴もうとする。女子高生は、恐怖に顔をゆがめ、足早に歩く。顔を背け、目を伏せたまま、囚人を一度も見ることができない娘もいる。
ギラギラ光る男たちの目、鉄棒のすき間からわらわらと伸びる手、薄暗い刑務所に響く笑い声――。見学した高校生たちはギャングになることはないだろう。
■始まったICEの横暴
現在の刑務所は2023年にオープンし、4万人が収容できる。テロリスト拘禁センター(CECOT)という呼び名がついている。だが、全身に入れ墨した本物のギャングが詰め込まれている点は、当時もいまも変わらない。
犯歴のないニクソンが、どうしてエルサルバドルの刑務所に送られたのか。24年7月末、ニクソンの家族が住むオーロラ市のノーム・ストリートのアパートで銃撃事件が起きた。TdAのメンバーと目される男が殺人容疑で逮捕された。
事件の翌日、自宅アパートの玄関前に落ちていた薬莢を掃除していたニクソンと兄のディクソン(21)を、警察は証拠隠滅容疑で拘束する。兄弟は「TdAギャングや銃撃事件とは無関係だ。関係していると思われたくないので薬莢を片づけた」と訴え、釈放された。警察も「兄弟はTdAギャングのメンバーではなく、他のギャングのメンバーでもない」と認めた。
だが、8月下旬にアパート「エッジ」で男性が殺される事件が起き、その動画が全米に拡散し、トランプがベネズエラギャングを強制送還するとぶち上げると、風向きが変わる。移民・税関捜査局(ICE)は兄弟をTdAのメンバーと断定し、9月に2人を拘束して、収容所に入れたのだ。
ニクソンと連絡がとれなくなって数週間後、必死で息子を探していた母親は、息子がエルサルバドルに移送されたことを報道で知った。
ヴィが悲しそうに言う。「私たちはホロコーストの歴史を繰り返している。コミュニティーから突然人が消え、収容所に送られている。アメリカ社会から倫理感が少しずつ削りとられている、と感じる」
予感はあった。トランプはベネズエラ人を国外に追放する準備を着々と進めていたからだ。
■トランプが持ち出した18世紀の法律
時計を巻き戻そう。
トランプは大統領に就任した2025年1月20日、「アメリカ人を侵略から守る」というタイトルの大統領令に署名して、メキシコとの国境地帯に国家非常事態を宣言した。
「我が国への悲惨な侵略を撃退するために南の国境地帯に軍を派遣する」「バイデン政権下で、数百万人の不法移民が国境を越えてなだれ込んだ。不法にアメリカに滞在し、国家の安全と市民の安全にとって深刻な脅威となっている。アメリカ人に対してひどく非倫理的で悪質な行動をとり、スパイやテロ活動など敵対的な行動をしている」
そして、トランプは1798年に制定された敵性外国人法を適用する準備を進めろ、と命じた。
頭の中でアラームが鳴りだした。
■「アメリカの敵」になったベネズエラ人
なるほど筋がみえてきた――。
アメリカはベネズエラと戦争していない。だから、トランプ政権はベネズエラ政府がTdAギャングを使ってアメリカを暴力的に侵略している、という荒唐無稽なフィクションをつくりあげる必要があったのだ。
1月下旬、国防長官や国土安全保障省長官が何度も国境地帯を訪問し、緊急事態であることを強調した。
2月に入ると、国務省はベネズエラのTdAギャングやメキシコの麻薬密輸犯罪組織など8グループを「外国テロ組織」に指定した。そして3月15日、敵性外国人法を発動し、ベネズエラ人ら238人をエルサルバドルに移送したのだ。このうち137人は敵性外国人法に基づいて移送された。残る101人は移民法が根拠だ。
----------
國枝 すみれ(くにえだ・すみれ)
毎日新聞記者
1967年、東京生まれ。
----------
(毎日新聞記者 國枝 すみれ)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
