織田信長を支えた宿老・柴田勝家は、なぜ秀吉に敗れたのか。歴史評論家の香原斗志さんは「信長は天下取りのため、勝家を北陸に、秀吉を中国戦線の司令官として任命した。
これが2人のその後の人生を決定づけた」という――。
■これぞ柴田勝家といえる豪快エピソード
柴田勝家の肖像画はインパクトが強い。髪もひげもチリチリのモジャモジャで、団子っ鼻で口はへの字に曲がり、目はつり上がって勇ましい。鎧姿で座っているが、首が短く、体型はかなりずんぐりむっくりしている。その点、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で山口馬木也が演じる勝家は少々スマートすぎるが、勝家らしい荒々しさと力強さは、よく表現しているように思う。実際、勝家は織田信長を支えた宿老のなかでも、とりわけ猛将のイメージが強く、「豊臣兄弟!」でも山口扮する勝家は、軍議その他で険しい表情のまま、強く厳しい言葉を投げかける。木下藤吉郎(池松壮亮、のちの羽柴秀吉)や小一郎(仲野太賀、のちの羽柴秀長)も何度も怒鳴られている。
勝家の勇猛さを象徴するエピソードに「瓶割り柴田」がある。これは元亀元年(1570)6月、勝家や佐久間信盛らが琵琶湖水系の野洲川(滋賀県野洲市)をはさんで、六角義賢、義治父子らの軍と戦って破った野洲河原合戦の直前のことだとされる。
山鹿素行の『武家事紀』などによると、この戦いに先立って六角父子は、勝家がこもる長光寺城(滋賀県近江八幡市)を攻囲した。この城の弱点は水の補給が困難なことだと聞いた六角父子は、城内で唯一という谷からの水源を止めさせた。危機に陥った勝家は城兵を呼び出し、3つの瓶を前にして、「城内にある水はこれらの瓶だけで、このままでは渇いて死んでしまう」と打ち明けた。
そして「余力があるうちに決死の戦いで敵に挑もう」と城兵を鼓舞し、3つの瓶を叩き割ってしまったそうだ。
■なぜ後輩・秀吉に出し抜かれたのか
結果は、勝家の軍勢は六角軍を打ち破り、そのまま野洲河原になだれ込んで追い討ちをかけたという。以後、勝家は「瓶割り柴田」とか「鬼柴田」などと呼ばれるようになったとされる。逸話の真偽はわからないが、こうした話がピッタリの人物だったことはまちがいないだろう。
この勇猛さを武器に、勝家は信長に徹底的に忠義を尽くした。天正10年(1582)6月2日に主君の信長が本能寺で斃れた際も、じつはいち早く行動しようとしている。しかし、結局は秀吉に主導権を握られた末、滅ぼされている。なぜそういう結果になったのか。そこには、勝家が信長に仕えた経緯や、人間関係の不運、地政学的に不利な状況などが、さまざまに絡んでいた。
■信長に感じていた負い目
勝家は生年も父親もわからない。天正11年(1583)4月の享年も、史料によって数え年で57歳から62歳まで幅があるが、ともかく信長よりは7歳から12歳ほど年長だったことになる。信長の父の信秀に仕えたが、信秀が天文21年(1552)に病死すると、家督を継いだ信長ではなく同母弟の信勝に仕えた。
この事実はずっと勝家の引け目につながったのではないだろうか。
というのも、信長と信勝はその後しばらく織田家の主導権をめぐって争ったのだ。弘治2年(1556)には、兄弟が稲生原(名古屋市西区)で激突し、勝家が率いる部隊は信長方の有力武将を討ち取るなどし、勝家自身も負傷した。その後、敗れた信勝は兄に詫びを入れて赦免されたが、すぐにまた信長を斃そうと画策する。
その際、弟の「謀反」を信長に密告したのが勝家だった。稲生原での敗戦を勝家のせいにされるなど、納得がいかなかったようで、そこから信長に仕えることになったのだが、信長と敵対した過去があるだけに、ほかの武将以上に信長に忠義を尽くしたと思われる。
■織田家の中で最強派閥だったが…
だから信長も信頼したのだろう。たとえば永禄11年(1568)に信長が足利義昭を奉じて上京した際、三好勢力の拠点の勝龍寺城(京都府長岡京市)を攻める総大将をまかされ、その後も、畿内の平定戦を主導した。
永禄12年(1569)閏5月にイエズス会の宣教師ルイス・フロイスが岐阜城に招かれたときも、フロイス一行を歓待したのは勝家で、フロイスは勝家について「信長の最高の四武将の1人で、信長の寵愛が深い」という旨を記している。
だが、不運にも見舞われる。元亀元年(1570)以降、前出の長光寺城を本拠に近江(滋賀県)の蒲生郡の支配をまかされた勝家だったが、この年には親しかった森可成と坂井政尚が、翌年には、もっと親しく親友のような関係だった和田惟政が相次いで戦死してしまった。
戦国史研究家の和田裕弘氏は『柴田勝家』(中公新書)に「彼ら三人が討死せずに、その後も活躍を続けていれば、勝家を中心としたグループは織田家中最強の派閥になっていたであろう」と書いている。

■運命を変えた信長からの命令
それでも、勝家はその後も信長の右腕であり続けた。元亀3年(1572)、将軍足利義昭が信長と対立したとき、織田軍の総大将として義昭を追い詰めたのは勝家で、フロイスも「総司令官の柴田殿」と書く。
あるいは、各所でいろいろな人に頼られたようだ。ひとりの武将から明智光秀との紛争についてアドバイスを求められ、返書している。天正元年(1573)には、毛利に滅ぼされた尼子氏の再興を目論む山中鹿介が、勝家を通じて信長の支援を得ようとした。勝家への信長の信頼がいかに熱いか、広く知られていたのだろう。
しかし、天正3年(1575)9月、信長から越前(福井県北東部)の支配をまかせられたのは、結果的に勝家にとって不運をもたらしたように思われる。
むろん、名誉なことではあった。一向一揆が猛威を振るった越前を治めることができるのは、忠義の点でも武功の点でも勝家しかいない、というのが信長の判断だったはずで、これまでの働きが報われた結果であった。だが、越前の環境はさまざまな意味で、勝家に不利をもたらした。
■難敵・景勝を追い込んでいたのに
まず、勝家の与力(指揮下に属する武士)となったのがツワモノぞろいだった。佐々成政、前田利家、不破光治。
それぞれ軍事的な力量は申し分ないが、成政と利家は勝家と旧知の仲であるばかりか、信長の指示には従っても、勝家の指示に従うとは思えないほどの大物である。彼らを掌握するのは至難だったに違いない。
また、前述のように、足元の越後には一向一揆の勢力が根強かったうえ、東方には、織田方への徹底抗戦を辞さない上杉景勝がいて、隙を見せる余地がない。それなのに、豪雪地帯だから冬には身動きがとれなくなってしまう。
秀吉とくらべるとわかりやすい。秀吉は天正5年(1577)、信長に中国地方の攻略を命じられたが、与力には黒田孝高や竹中重治(半兵衛)、蜂須賀正勝ら、秀吉に忠実な武将が多く、毛利輝元は上杉景勝ほどコワモテではなく、雪で身動きがとれなくなることもない。
こうした不利と有利が本能寺の変後、如実に顕在化する。勝家は上杉攻略でも、本能寺の変の翌日に魚津城(富山県魚津市)を落城させ(まだ変の知らせは届いていなかった)、一挙に景勝を討ち取ろうというタイミングだった。本能寺の変が起きずにそのまま景勝を討っていたら、勝家の評価は極めて高くなっただろうが、歴史はそうは動かなかった。
■明智光秀を討つには遠くにいすぎた
しかも、6月6日に本能寺の変について知らされたとき(秀吉は4日未明には情報を得ていた)、上杉攻めのために越中(富山県)にいて、本拠地の北庄城(福井県福井市)に戻るだけでも200キロ前後の距離で、北庄から京都方面までも百数十キロあった。一方、秀吉がいた備中高松(岡山県岡山市)から京都方面はまでは200キロに満たない。明智光秀を討とうにも、秀吉に先に越されないはずがなかった。

だから、本能寺の変後の体制を決める清須会議を、秀吉が主導したのは当然だが、ここに集まった勝家、秀吉、丹羽長秀、池田恒興の4人、さらに堀秀政を加えた5人のなかで、光秀を討った山崎合戦に参加しなかった(できなかった)のは勝家だけだった。それなのにあらたに近江の長浜周辺に20万石を得たのは、それだけ勝家の存在が大きかったということでもある。
とはいえ、光秀討伐に参加できなかった影響は大きかった。精神的な焦りもあったのだろう、いろいろなことが後手に回り、空回りするあいだに、秀吉は政権を奪う準備を着々と進める。いざ、秀吉との対立が決定的になると、今度は豪雪のために身動きがとれず、決戦である賤ケ岳合戦でも、前田利家が戦線離脱する――。
天正11年(1583)4月23日、秀吉に攻囲された北庄城で、妻の市をはじめ家族を刺殺したのち、壮絶な最期を遂げたのはよく知られる。そして、この死を考えるとき、「偶然」とか「運命」とかを思わざるをえない。
親しい武将が続々と死に、付いた与力は忠実でなく、まかされた領土は統治が困難で、すぐ近くに難敵がいて、冬は豪雪で身動きがとれない。しかも、予期せぬクーデターが起きたのは、まさに難敵を追い詰めたタイミングで、それゆえクーデターの鎮圧でライバルに先を越される――。仮に秀吉が勝家の条件を背負い、勝家が秀吉の条件下にいたら、歴史はどう動いただろうか。そんなことを考えさせられる。

----------

香原 斗志(かはら・とし)

歴史評論家、音楽評論家

神奈川県出身。
早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。

----------

(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
編集部おすすめ