細田守監督『果てしなきスカーレット』は、アニメ界のアカデミー賞とされるアニー賞にノミネートされたものの、日本での興行成績は振るわなかった。元関西テレビ社員で、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「制作に入った日テレは不振の要因として、SNSやネットの『ネガティブキャンペーン』をあげた。
この発言こそ、もっとも細田監督を冒涜しているのではないか」という――。
■なぜ日テレの会見が「炎上」したのか
日本テレビの澤桂一取締役は、2月16日の同局の定例記者会見で映画「果てしなきスカーレット」(以下「果てスカ」)について、「大不振で終了しました」とした上で、次のように語った
ネガティブキャンペーンの波に飲み込まれてしまった。それによりライトユーザーを取り残してしまったなと思っております。
なるほど同作は、振るわなかった。公開直後こそランキング3位に入ったものの(興行通信社調べ)その後は伸びず、31日間での興行収入は5億8000万円だったと報じられている(「Smart FLASH」2026年2月19日配信記事より)。
なんでもかんでもSNSのせいにする。そんな態度は、上記の記事が指摘するように、「先の衆院選で落選した議員が『SNSのデマが敗因だった』と語る姿にも似ていて」、片腹痛い。いかにも「オールドメディア」らしいこの振る舞いは、既に「ネガティブキャンペーン」の的になっているようなので、わざわざ取り上げるに値しないのかもしれない。
■成功を「自社の手柄」とする身勝手
しかし、実は、この澤桂一取締役の発言は、単なる他責にとどまらない。細田守監督や、その作品を根こそぎ冒涜する重大な問題を孕んでいるのである。それは何か。

その問題の前に、まずは、この発言が、いかに官僚主義というか、ご都合主義かを指摘しなければならない。ヒントは、澤氏の部下=日本テレビのプロデューサー・谷生俊美氏の発言にある。
谷生氏は、『果てスカ』の前作『竜とそばかすの姫』(2021年、以下「竜そば」)の宣伝について、「これ以上できないくらい宣伝した結果、宣伝があたりました(※1)」と振り返っている。「延べ視聴率」つまり、CMを入れた番組の視聴率の合計であるGRPが、過去作の『バケモノの子』(2015年)の5000GRPに対して、「竜そば」はその3倍の1万5000GRPを費やしたという。

参考文献

※1:「鼎談 齋藤優一郎×高橋望×谷生俊美 プロデューサーチームの果てしなき挑戦」日経エンタテインメント!編『スタジオ地図15周年「果てしなきスカーレット」で挑む世界』日経BP、2025年、50ページ
■失敗は「ネガキャン」に責任転嫁
これを谷生氏は「限界突破」と称しており、その結果が『竜そば』の大ヒット(興行収入66億円)につながったとして、今回は、「限界“超”突破」を掲げた。昨年11月の公開にあたって、同月の4週間連続で「金曜ロードショー」で細田監督の過去作品を放送した。その意図を、次のように明かしている。
テレビメディアを見る人が減っていくなかでの宣伝なので、局横断で番組露出したり、タイアップCMも増やし、4週連続放送で過去作品を最大活用するのが鍵だと思います。お客様が「細田作品は面白い、新作も見てみたい!」となることを信じてやり切ろうと思います。そんな過去最大規模の量と質で、公開を迎えます。(※2)
「信じてやり切ろうと」「過去最大規模の質と量」を費やした「限界“超”突破」の結果が、「大不振で終了」だったのである。成功したとき(『竜そば』)の手柄は「宣伝があたりました」として、「テレビメディア」の威力を自画自賛する。

失敗したとき(『果てスカ』)の要因は、「ネガティブキャンペーンの波」だと責任転嫁する。これをダブルスタンダードと言わずして、何が当てはまるだろうか。
■アニー賞「インディペンデント」部門のワケ
加えて、その谷生氏が「果てしなき展開」と作品タイトルに引っ掛けて胸を張ったように、日本以外の、世界に向けた配給を、ハリウッドのメジャースタジオであるソニー・ピクチャーズが担った。
同社は、今回のアニー賞ノミネートにあたってのプレスリリースで、「これまでのスタジオ地図・細田守監督作品のイメージを覆す衝撃の最新作」と謳っている。また、同社から『果てスカ』の共同プロデューサーを務めた佐原沙知氏は「ハムレットをベースにした物語は、海外でも受け入れられやすいはず(※3)」と意気込んでいた。
惜しくも今回の受賞は逃したものの、と書きたいところではあるが、そもそもアカデミー賞にはノミネートされておらず、米国で公開されたものの、興行成績の行末は見えない。ただ、ここで注目すべきは今回、アニー賞の「インディペンデント」部門にノミネートされた点である。同部門は、独立系のアニメーターや小規模スタジオ、米国外の作品を正当に評価するために2015年に新設されたものだ。
ソニー・ピクチャーズという超大手の配給にもかかわらず、『果てスカ』は、あくまでも大手ではない「スタジオ地図」という独自性を強みとする制作会社が手がけたところを評価されたのではないか。「これまでのスタジオ地図・細田守監督作品のイメージ」をもってノミネートされたのではないか。

参考文献

※2:「鼎談 齋藤優一郎×高橋望×谷生俊美 プロデューサーチームの果てしなき挑戦」日経エンタテインメント!編『スタジオ地図15周年「果てしなきスカーレット」で挑む世界』日経BP、2025年、50ページ

※3:日経エンタテインメント!編『スタジオ地図15周年「果てしなきスカーレット」で挑む世界』日経BP、2025年、125ページ
■細田監督が描いてきた「インターネット」
まさにこの点が、『果てスカ』を、スタジオ地図と細田監督の作家性を、どう見るかの境目になるのではないか。そして、その境目を踏み外したのが、日テレの澤取締役による「ネガティブキャンペーンの波に飲み込まれてしまった」との発言ではないか。


なぜなら、細田監督とスタジオ地図こそ、インターネットの世界を、それも、「肯定的に」描いてきたからである。細田監督は、前作『竜そば』の公開(2021年)にあたって、次のように述べていた。
インターネットは本人が思ってもいない別の側面も明らかにする。もう1人の自分と出会って変化が起き、現実の自分も強くなっていく――そんな効果もあると思うと、若い人がSNSやインターネットに求めるものの重要さが分かってきます。ただ批判するだけではなく、肯定的に“寄り添う”目線が必要ではないか。特にこのコロナ禍の、制限が多く抑圧された世の中には。(※4)
■日テレ幹部の発言は「無神経すぎる」
細田監督が回顧する通り、彼は、「インターネットの世界を舞台に、継続的に映画を作っている世界でも数少ない監督の1人(※5)」である。『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(2000年)に始まり、『サマーウォーズ』(2009年)、そして『竜そば』と、「インターネットを肯定的に描いて(※6)」きたのが、細田監督でありスタジオ地図だった。
にもかかわらず、彼らの作品が「大不振」だった原因を、よりにもよって「ネガティブキャンペーンの波」だと言い募ったのだから、無理解どころか、侮辱にもほどがあるのではないか。
ひょっとすると、その発言をした日本テレビの澤桂一取締役は、『果てスカ』どころか『竜そば』を見ていなかったのではないか。そう疑わざるを得ないほど、彼のことばの無神経さが際立つ。
テレビ局がいくら「限界“超”突破」を目指した宣伝をしても、「大不振で終了」したのだから、もはや、そんな時代じゃない、と言えるのかもしれない。
大量にCMを打って、番組でも露出させて、タイアップして、「お客様が『細田作品は面白い、新作も見てみたい! となる」幸福な関係は、もう終わったのかもしれない。

参考文献

※4:「スペシャルロングインタビュー 最新作『竜とそばかすの姫』その根底に流れるものとスタジオ地図の10年」日経エンタテインメント!編『スタジオ地図15周年「果てしなきスカーレット」で挑む世界』日経BP、2025年、181ページ

※5:上記注4に同じ。

※6:上記注4に同じ。
■「テレビ局と映画」の関係性に異変
たしかに、歴史的な大ヒットを記録した映画『国宝』は、テレビ局とのタイアップとは無縁だったし、逆に、テレビ局発の作品は、大きな話題にはなっていない。この点については、『果てスカ』公開直後に、メディアコンサルタントの境治氏が「『テレビ局と日本映画の幸せな時代』の終焉」として指摘している通りである。
けれども、たとえば、映画『爆弾』は、「フジテレビムービー」でありながら、そのPRが「限界“超”突破」を目指していたとは言えまい。ネタバレになるので書けないが、その肝となるシーンの都合上、テレビ放送は難しく、放送での回収は最初から諦めていたのではないか。
また、ちょうど2月20日に公開されたばかりの映画『教場 Requiem』は、これまでにドラマがシリーズ化されており、主演の木村拓哉氏が、これでもかと番宣に駆り出されていた。けれども、映画の前日譚『教場 Reunion』がまずはネットフリックスでの配信を先行させた点に鑑みても、従来の「テレビ局映画」の枠ではなく、配信で視聴され続けるほうを重視したのではないか。
日テレが見誤ったのは、映画の興行収入を、それもテレビでの「限界“超”突破」を目指した宣伝によって増やせなくなった流れだったのではないか。『果てスカ』の谷生プロデューサーが認識しているように「テレビメディアを見る人が減っていくなかでの宣伝」だという点を、自覚しきれていなかったのではないか。
■「ネガティブキャンペーンの波」の本当の意味
いや、それだけではない。

繰り返しを厭わずに言えば、「インターネットを肯定的に描いて」きた作品の流れをこそ、あらためて見直さなければならない。名義だけなのかもしれないとはいえ、かりそめにも「制作指揮」、すなわち、制作陣の総責任者を務めた以上、日テレの澤氏は、細田監督の思いを受け止めなければならかったのではないか。
何より、『竜そば』は大ヒットしたからすばらしいわけでもなければ、『果てスカ』は「大不振」だったから酷いわけでもない。どちらも、細田監督とスタジオ地図の熱量が込められた、魂を揺さぶる作品にほかならない。
好き嫌いはわかれるだろうし、どんな作品であっても、全肯定するほうが珍しい。とすれば、何よりも、作品を見るところから始めなければならない。アニメーターが、どれほどの思いと、どれだけの艱難辛苦の末に、完成の歓喜にたどりついたのか。そんな当たり前のすごさを再認識しなければならない。
そうした常識を教えてくれただけでも、「ネガティブキャンペーンの波」は、貴重だったのではないか。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授

1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。
京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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