■「生活の質」に生じる決定的リスク
故郷の駅前商店街がシャッターを下ろし、商業施設が廃虚化していく一方で、新宿の雑踏は日を追うごとに密度を増していく。日本のどこかで「日常」が失われるとき、品川や日本橋に新しいビルが建つ。
東京一極集中が加速している。
街の規模も、物価も、ビルの高さも、すべてが青天井に上昇していくその様子は、もはや一国家の都市計画という枠組みを超え、制御できない巨大な一個の生命体のようにも見える。毛細血管のようにインフラが張り巡らされ、24時間滞ることのない血流のごとく人びとが行き交う。このまま東京は日本を飲み込む街になってしまうのだろうか。
……いや、必ずしもそうではないかもしれない。
というのも、東京が全国から人を集める独り勝ちの状況を続けていけば、東京はやがて、そこで暮らす人びとの生活の質に決定的なリスクを抱える都市になるかもしれないからだ。
■「アフォーダビリティ・クライシス」
東京が抱えうるその決定的なリスクこそが「アフォーダビリティ・クライシス(アフォーダビリティの危機)」である。詳しくは『土地総合研究』に掲載の日本大学中川雅之教授の論文「アフォーダビリティ・クライシスとはどんな現象なのか?」(『土地総合研究』2025年秋号)を参考にしていただきたいが、一部引用し、簡単に説明したい。
「アフォーダビリティ・クライシス」とは、「世界各国でインフレ対策として金利を急激に引き上げた結果、大都市で手ごろな住宅を購入できない」現象である。
その結果として、この論文では次のような状況が起きることが懸念されている。
「住宅価格高騰は、その都市に住んでいた、あるいはこれまでは流入できた若年者、低所得者をクラウドアウト(押し出し)するかもしれない」
「東京の経済活動や生活を支えるためには、公共サービスを提供する人たちや医療や福祉などのエッセンシャルワーカーが不可欠だ。アフォーダビリティ・クライシスはこれらの人たち、特に若いエッセンシャルワーカーの住む場所を大きく制限する可能性がある」
※「」内は引用部分
すなわち、都市部の生活インフラの維持に支障をきたすリスクが高くなるということだ。エッセンシャルワーカーをやってくれるような層は都市部に住めなくなるし、わざわざ遠路はるばる働きに来てくれるとは限らない。
■「学生街の消滅」が意味するもの
実際、東京ではこの「アフォーダビリティ・クライシス」がじわじわ進行中であるといえる。その典型的な兆候が「学生街の消滅」である。
学生街とは文字どおり大学周辺や同一沿線にある学生が多く暮らす街のことを指すわけだが、その名に反していま学生街から学生がいなくなっているという。学生街なのに学生が暮らしていないというのは冗談のようだが、本当にただの街になっている。
※参考:集英社オンライン「令和の学生寮が大変貌! 人気を集めるシアター、プール付き下宿には『なめてるのか!』の声も…もはや貧乏学生は絶滅危惧種に」2025年10月14日
東京の代表的な学生街といえば、高田馬場、高円寺、阿佐ヶ谷、駒場、茗荷谷、王子、中野などが挙げられる。ここで例示した街すべてワンルームマンションの値上がりが著しく、生活にストレスをきたさない程度のそれなりに清潔な物件を探すだけでも、9万~12万円ほどの家賃になっていて、これは学生にとっては手痛い出費だ。ここに物価高騰著しい日々の食費や光熱費や通信費・交通費が加わると、月に必要な生活費はゆうに18万~20万円に達する。数年前の新人サラリーマンの月収とほとんど変わらなくなってしまう。
さすがに無理があるということで、かれらは学生街で独り暮らしをするのをやめ、もっと遠方にある超格安アパートとかあるいは実家から大学に通うようになっている。
■学生は「重要な人的リソース」
「いやいや、東京の学生街に学生が住めなくなっているとしても、べつに学生以外の人には無関係では?」――と思われたかもしれないが、そうではない。なぜなら学生というのはただ勉強している人というだけではなく、都市部におけるパートタイムのエッセンシャルワークの担い手としてもきわめて重要な人的リソースでもあるからだ。
都市部のスーパーやコンビニや飲食店のスタッフ、あるいは運輸・配送業のスタッフなど、都市生活者の「住み心地」を守るために不可欠なマンパワーを供給している役割を学生たちは少なからず担っていた。しかし都市部に散在する学生街で学生が暮らさなくなったせいで、それが成立しなくなってきているのだ。
遠方の実家から都市部の大学に通う学生たちは、当たり前だが夕方~夜のバイトに入ることは難しい。また土日祝にはわざわざ用がないのに東京都心に出てくることはない(部活動をやっている人は土日祝も都心部に出てくるが、そもそも部活をやっているのでアルバイトをやる時間はない)。かれらはアルバイトだって地元で探すことが多い。ゆえに東京都心部ではいま「学生バイト」をそもそも確保できなくなっている状況がある。
■東京再開発エリアの光と影
SNSではすでにたびたび話題にあがっていることだが、晴海や豊洲など東京のいわゆる「エリサラ」と呼ばれる人びとのために再開発されたエリアでは、コンビニや飲食店が撤退してしまったり、大型商業施設などに入っている大手チェーン店では、時給をどれだけ上げてもバイトがなかなか見つからなくなってきていて、そのエリアに住む人たちの暮らしの利便性にも影響が出始めている。都市部に若年層・低所得層が住める街がなくなってかれらは外縁へとどんどん押し出されていき、「わざわざ遠くから働きに来てくれる人」がいなくなってしまったのである。
晴海・勝どき地区では、平均オフィス空室率のコロナ禍からの戻りが、東京23区の他の地区と比べて鈍いという(日本経済新聞「オフィスビル、晴海・勝どきに異変 『立地重視』で空室目立つ」2025年5月20日)。
スーパー、コンビニ、外食、物流、医療、介護などの収入は「その稼ぎで都市部(勤務地)の近郊に暮らす」のがほとんど無理になってきている。都市部のコンビニ店員はどんどん外国人と高齢者になっているのは偶然ではない。SNSで東京23区の街の格付けを無邪気に競い合って「勝ち組Tierリスト」などをつくっている人たちは大勢いるが、かれらのような金持ちエリートが暮らしてどんどん住宅価格を高騰させ、エッセンシャルワーカーを追い出してしまえば、「見た目だけ華やかなだけで、コンビニや病院すらまともに開いてない、上質な暮らしとは程遠い街」になってしまうリスクがある。
これがアフォーダビリティ・クライシスだ。
■小池知事の「アフォーダブル住宅」
小池百合子・東京都知事は、子育て世帯を対象にした安価な賃貸住宅「アフォーダブル住宅」を提供する。相場のおおよそ2割引の格安賃貸で提供するものだ。
いま東京では都心部どころか、市部もっといえば隣県の都市(川崎・大宮・川口・津田沼など)にもすでに住宅価格高騰の波が押し寄せていて、若年低所得層はどんどん外へ外へと押し出されている。小池都知事は「アフォーダブル住宅」政策で、このクラウドアウトをどうにか堰き止めようとしているのだが、相場の2割引程度で奏功するのかは微妙なところだ。
日経新聞の記事によると東京23区のマンションの築5年以内の転売率は平均してわずか2.49%だった(日本経済新聞「東京のマンション短期転売、都心に集中 千代田区は23区平均の2倍」2026年2月24日)。東京の住宅価格の高騰は(超ラグジュアリー物件などを除けば)大部分は実需つまり「住みたい人が多い」からこそ起こっているということだ。
その実需の高まりに人件費や資材費や地価の高騰が乗っかっていまの価格上昇が起こっている。もとより先進各国の最大都市の家賃相場で比較すれば東京はじつは「安い」ほうで、まだまだ上がる余地があるということだ。
■家賃が高い街のコンビニで働く人はいるのか
いま東京23区では、ワンルームが10万円、カップル向けが20万円、ファミリー向けが30万円弱まで高まっている。この相場は引き続き上昇する。ワンルームが15万~20万円、カップル向けが30万円、ファミリー向けが45万円くらいまで上昇するのはありえると覚悟しておいたほうがよい。実需に裏打ちされた値上がりは市場原理であるとしても、ではそのとき、だれがかれらの住まう街のコンビニで、病院で、配送センターで、飲食店、清掃業で働くというのか?
バブルではなく実需での高騰が起こっている以上、90年代のように総量規制で弾けさせるとかそういうことはできない。そうではなく、空き家を利活用したり、公営住宅をリノベーションして提供したりと、供給量に厚みをもたせることで価格高騰を抑えていく必要がある。だが東京都心部の観光地にほど近い下町エリアでは、古家や土地を活かして供給を増やすどころか、地権者が高すぎる相続税を支払えずに手放し、土地を手放してしまったところに外国人(海外法人)が購入して、外見は賃貸マンションそっくりのインバウンド向け民泊施設を建設するような流れが活発化している。それをやればやるほどさらに周辺の地価も物価も上昇する。堂々巡りだ。
■電車で2時間かけてバイトには来ない
住宅価格の高騰も、民泊の急増も市場原理に従っているだけといえばそのとおりで、規制したり禁止したりするべきでないことは自由主義の原則だ。
だが一方で、市場原理に任せていれば必ずしもただしい結果がもたらされるとは限らない。
その街から若者やエッセンシャルワーカーを追い出して遠くに住まわせてしまうのには限度がある。学生やエッセンシャルワーカーが東京中心部からクラウドアウトしてもまだ都市生活者たちの住みよい暮らしを支えるために働きに来てくれるのは片道1時間くらいの距離が本当に限界ギリギリで、それ以上になるとかれらは地元で仕事を探し始める。
■東京は「キラキラした住みにくい街」へ
そしていま東京ではそれが現実に起こりつつある。
「高スキル人材だけの街」はじつに空虚なものになる。
カネなどいくらあっても、そのカネを受け取って動いてくれる人がいなければ数字の羅列でしかないからだ。
エリサラ街で高級マンションに暮らし、人生の勝者として酔いしれている皆さんは、せいぜい自分が暮らす街々のコンビニ店員や飲食店のバイトや荷物配送スタッフに尊大な態度に出ず「いつもありがとうございます」と頭を下げ、真心からの感謝を伝えたほうがいい。本当はあなた方エリサラより、かれらエッセンシャルワーカーのほうがあなたたちその街で暮らす人びとの「暮らしの質」を担保し、その命運を握っているのだから。
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御田寺 圭(みたてら・けい)
文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)

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