■「人が消える」は絵空事ではない
日本では、年間に約8万人以上が失踪し、多くはやがて帰宅するが、数千人はそのまま行方知れずとなってしまう(※)。なぜ彼らは姿を消すのか。どこで何をし、何を思っているのか。その実像に迫るドキュメンタリー映画『蒸発』が間もなく公開される。
たくさんの人が姿を消していても、事件と結びつかないかぎり報道されることはあまりないため、ピンとこない数字かもしれない。
(※)2022年の行方不明者は8万4910人で、同年中に所在確認などがなされたのが8万653人。2023年は同9万144人で、同8万8470人(出典=警察庁)
でも、たとえば“夜逃げ屋”というビジネスがあることを我々はなんとなく知っている。この言葉が普及したのは、1991年に中村雅俊主演で公開された映画『夜逃げ屋本舗』のヒットがきっかけだった。テレビシリーズ化されて人気を博したことを覚えている人もいるだろう。借金の取り立てやDV被害から逃れるため、あるいは当人にしかわからない理由で依頼を受けた夜逃げ屋が、さまざまなテクニックを使いながら合法的に人や荷物を守っていくエンタメ作品だ。
同作に取材協力し、夜逃げ(訳あり引っ越し)ビジネスの元祖として注目された羽鳥翔氏は、『ザ・夜逃げ屋 逃げるなら俺にまかせろ!』(1997年)で作家デビューも果たしている。
そう、人は煙のように、ある日突然いなくなることがあるのだ。身近な人さえその兆候を感じ取れないままに――。
■誰にも告げず消えた後輩ライターM
筆者には忘れられない経験がある。30年近く前、親しく付き合い、一時は事務所を共有していた後輩ライターのMが、誰にも告げず消えてしまったのだ。
発端は、Mが仕事をしていた旅行雑誌編集部からの「締め切りを過ぎても原稿が届かず連絡も取れない。所在を知らないか」という問い合わせだった。倒れているのではないかと心配になり、Mの住むアパートの部屋を訪ねると、郵便受けが金融機関からの督促状であふれているではないか。
驚きつつ大家に鍵を借りて部屋に入ると床が見えないほどの散らかり放題。高級果物店やブランドショップの紙袋が無造作に積み上げられ、数百枚はありそうな未開封Tシャツ、高級なバッグやコートが押し入れからはみ出している。
おびただしい領収書の束には、タクシー会社のものが大量に含まれている。
■「捜索願は出さない」「探したいならどうぞ」
行きがかり上、放置するわけにもいかず、Mの父親に連絡すると「捜索願は出さない」とまさかの返答。「探したいなら勝手にどうぞ」と突き放されてしまったが、それには理由があった。督促状などからMの借金が少なくとも数百万円に及ぶこと、本人が語っていたプロフィールにでたらめな部分が多いことにも唖然としたが、許可を得て通帳をチェックすると、古いものには毎月のように100万円単位の親からの振り込みが記録されていたのだ。
手紙が残されていたら読んでほしいと言われて開封すると、「もう親には金がありません」などの悲痛な文字が綴られていた。
Mは長年にわたって親のスネをかじりまくり、裕福だった両親はすべての財産を失ったらしい。アパートを引き払う際に会った父親は、どこかホッとしたような声で「できれば、どこかで死んでいてほしい」とまで口にした。
そのことにも驚かされたが、筆者がショックだったのは、出会ってから消えてしまうまでの数年間、親との関係や借金事情など、Mの裏側についてまったく知らなかったことだった。仕事はまじめにやっていたし、金がなくていつもピーピーしていた、はずだった。
それでも、元旅行会社勤務で添乗員などもしていた強みを生かし、旅行情報誌などで頭角を現し、忙しく海外を飛び回っていると信じていたのだ。でも、Mはピーピーなどしていなかった。親からせびった金で好きなものを買い、見栄を張った暮らしをしていた。それでも足りずに借金がかさむほどに。
捜索にあたって連絡を取った地元の友人なども、陽気で行動力のある男としてMを認識していたから、一貫してそういうキャラクターを演じていたのだろう。蒸発するほど追い込まれる前に、なぜ相談してくれなかったのかと関係者たちは嘆いたが、すべては後の祭りだった。
Mは完全に蒸発し、現在まで消息不明なままである。
■姿を消した人が流れ着く先とは
それぞれの事情で行き場をなくし、最後の手段として姿を消すことを選んだ『蒸発』に登場する人たちは、都会の片隅にひっそりと紛れている場合もあれば、カップルでラブホテルに住み込み、息を殺すように暮らしている人もいる。
本作は涙・苦悩・劇的な発見などドラマティックな展開ではなく、むしろ淡々と彼らの知られざる日常を追う。そのリアルな描写から、厳しい現実だけではなく、人生をリセットしたことで得られるかすかな希望も感じられる。
それはなんとか食べていけているからだとも思う。本当に食い詰めてしまったら、社会から見限られたと感じたら、蒸発することさえあきらめ、万引きなどの、比較的軽い犯罪に走るかもしれない。
■すべてを捨てて今いる場所から脱出
蒸発した人たちは、家族や親せきなど、過去の人間関係を断ち切って生きている。悪いことをして追われている人もいるだろうが、そうとばかりは限らない。周囲から見たら問題なく生きている人が、すべてを捨てて今いる場所から脱出することもあるのだ。年間数千人という蒸発者の数が、それを物語っている。
海外ではこの映画をきっかけに「JOHATSU」が一般語として流通し始めているとも聞く。
蒸発とは、それまで何者かであった人が、この社会における空気のような存在になることだ。探す人から見ればたまったものではないだろうが、あらゆるしがらみから逃れ、ゆらゆらと漂うような不思議な存在が許される世の中には、ある種の救いがあるようにも思えるのだ。
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北尾 トロ(きたお・とろ)
ノンフィクション作家
主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『裁判長! おもいっきり悩んでもいいすか』などの「裁判長!」シリーズ(文春文庫)、『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか』(プレジデント社)、『町中華探検隊がゆく!』(共著・交通新聞社)など。最新刊は『人生上等! 未来なら変えられる』(集英社インターナショナル)。
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(ノンフィクション作家 北尾 トロ)

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