■「火山の噴火」で“水没”した宿場町
福島県の観光名所といえば猪苗代(いなわしろ)湖と磐梯山ですが、その北側に位置する桧原湖周辺もお勧めしたいところ。自然豊かなこの場所を、車やバイクで駆け抜けるのが気持ちいい。冬は凍った湖の上でのワカサギ釣り、夏はバス釣りが楽しめます。
この桧原湖は、磐梯山の噴火によって生まれた、わりと新しい湖です。1888(明治21)年、磐梯山が突然噴火し山体崩壊を引き起こしました。現在でも崩れた跡が山肌にはっきりと見え、自然の大きなエネルギーを実感することができます。
世界的にも注目を集めた明治期の大災害です。この磐梯山の北側には、江戸時代に会津米沢街道の宿場町として栄えた桧原宿がありました。噴火による犠牲者は地域全体で500人にも上りますが、この村には被害者はいなかったようです。
ところが、流れ出した土石流は周囲の地形を大きく変え、桧原宿があった位置に堰き止め湖が形成されました。
幸い、村人が高台に移転するには十分な時間があったようですが、自分たちの住んでいた村が丸々と沈んでしまったのだから、現地の人々にとっては相当大きな事件だったと想像することができます。
■「湖に沈んだ鳥居」が姿を現す時期も
水没からゆうに100年は過ぎていますが、ここに住んでいる人々は沈んだ村のことを忘れてはいません。
桧原湖は水位変動が大きく、時折枯れた木々が水面に顔を出し、そこがかつて森林であったことを連想させます。水没した木々が魚の絶好の住処となるので、釣り客が多く集まります。潜るとルアーとか釣り針などが結構たくさん落ちています。ひっかけてなくしてしまう人が多いようです。皆さんも、釣りの際には気をつけましょう。
桧原湖北岸にある大山祇(おおやまづみ)神社からは、水没した宿場町の名残をじかに感じることができます。神社の前に広がる湖面を眺めると、土台の部分が水没した鳥居がたたずんでいます。鳥居は岸のすぐそばに1基、100メートルほど沖にもう1基あります。
沖の鳥居は夏の水位が高い時期は完全に沈んでいますが、ボートで近づくとうっすらと鳥居の上部が見えます。
■古地図が示す「かつての宿場町」
桧原湖は、鳥居を見るだけなら比較的安全に潜れる場所といえます。
残念ながら近くにダイビングショップがないのですが、熟練者ならタンクだけ借りてきて(もしくはマイタンクで)潜ってみることができます。透明度は決して高くないです。かなり濁ってます。ですが、逆にその濁った感じが神秘的な雰囲気を醸し出しています。
薄暗くモヤモヤした中を進んでいくと、突然目の前にふわっと鳥居が目に飛び込んでくる。水中の鳥居ならではの経験です。
ただ実のところ、どちらも明治時代にあった鳥居ではなく、40年ほど前に建てられたものだそうです(残念?)。とはいえ、もともと鳥居があった場所のそばに建てられたもの。
村の中心から少し離れた小高い丘に建てられた神社、そこに上っていくための道。その道が残っているわけです。つまり、2基の鳥居の先には村が沈んでいます。水没する前の桧原宿の様子は、残された古地図や地割図などから想像することができます。地割図には、畑、家屋、水路、お寺などが描かれています(図表1)。
北東方向から西へと会津米沢街道が続いていますが、大山祇神社から南下する参道が交差する場所が、宿場町の中心だったようです。現地で湖を眺める際には、この地図を思い出してみてください。町の人に話を聞くと、「ここがワシのひい爺さんやらが住んでいた家だ」と教えてくれます。
■「湖底遺跡」として調査が始まった
この地割図には、宿場町のオフィシャルな中心施設である検断屋敷も描かれています。
これは大山祇神社から見て少し東に位置します。検断屋敷に関する資料はいくつか残されており、陸に再建(再現)された建物があり、資料館として活用されています。
資料館で情報を吸収した後に湖を眺めると、歴史にじかに触れる感覚を体験できます。
桧原宿が水没していることは周知の事実なのですが、研究の対象としてはなかなか見られなかったようです。水位が低い時にたまに踏査が行われたり、大学の探検クラブなどが潜水して観察を行っている程度でした。
そんななか、2021年から桧原湖の湖底遺跡を対象とした調査が始まっています。ソナーなどの機器を扱う探査班、掘削を伴う潜水班、水中ドローン班、堆積層の採取・分析などを行うコア・サンプル班に分かれて実施する、学際的な大規模調査です。
調査の主体は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の谷川亘氏(高知コア研究所)。専門は堆積物などの分析です。私は考古学および水中ドローンチームとして加わり、毎年桧原湖の調査に参加しています。
調査を進めるにあたり、最初は探査班がもっとも重要な役割を担います。現状では、村が水没したこと以外は何もわかっていません。そもそも砂に埋もれた状態なのか、道路などは残っているのか。
■残されているのは「空っぽの村」
音波探査(ソナー画像)からは、鳥居や参道(並んだ切り株)が確認できました。モヤモヤした画像の中、ところどころ直線的なラインや直角に突き出た固いものなども見えます。建物の基礎や石垣などでしょう。地割図を重ねてみると、なんとなく宿場町のレイアウトと重なります。
ただ、町がそのまま沈んでいる風景が広がっているというイメージとはちょっぴり違います。噴火から水没までには時間がありましたので、家屋などは解体して高台に移設したようです。現在、桧原湖のまわりにある古い建物には、解体した家屋の一部が使われていたと伝わっているものがいくつかあります。
当時の道具や皿などを保管している方もいました。つまり、災害で水没した村が沈んでいるといっても、全員引っ越しをした後の空っぽの村、残された建物などの基礎部分が埋もれているイメージです。
■調査から分かった「明治時代の生活」
探査班の調査によって、だいたいどこに何があるのかがわかった後は、詳細な調査を行う潜水班、水中ドローン班、コア・サンプル班の出番です。
潜水調査ではいろいろな発見がありました。
この調査では、水路の跡だと思われる遺構、大きな加工された木材などが見つかっています。お皿や木の板など遺物も何点か発見されました。掘削では細かいところしかわからないので、水中ドローンを使って、広い範囲の探索も行いました。この調査では、石垣や土や泥を固めた道路と思われる遺構も見つかっています。
コア・サンプル班は、湖底にアクリルパイプを打ち込んで、数カ所で堆積層を採取し、それらのサンプルを分析します。堆積物の上層部には火山由来の堆積物が混じっていましたが、下の層からは火山由来の堆積物は検出されていません。
つまり、水没した後に堆積した層と水没する前の土の層が明確に分かれていることを示しています。また、上の層は、どのサンプルも比較的特徴が均一であるのに対し、下の層にはバリエーションが見られました。
固くしまった密度の高い土、空隙率の高い密度の低い少しバラバラした土など、サンプルを採取した場所ごとで大きな違いがありました。
明治時代の生活面が堆積層の下にあり、場所によっては道路だったり畑だったりと、当時、その場所がどのように使われていたのかがコア・サンプルの分析からわかります。また、サンプルの一つにすり鉢の破片が混じっていました。ゴミ捨て場だったのか、引っ越しの際にそのまま残されたのでしょうか。
■「村に残された墓石」が意味するもの
桧原湖の調査は、地球科学と考古学が協力する学際的なものです。このアプローチでは、災害のメカニズムだけでなく、人々が災害に直面した際にどのように対応したのかを明らかにできる可能性があります。
また、当時の物質文化を知る手掛かりにもなりそうです。たとえば、村を引っ越しする際に、すべてを運ぶことはできません。取捨選択して運ぶものもあれば、その場に残すものもあったでしょう。
現在でも、引っ越しの際に家具を買いそろえたり移転先で不必要なものは処分したりする、いわゆる断捨離を行いますね。大切であっても、生活必需品ではない重いものは残したようです。たとえば、湖底から墓石が発見されています。
でも、陸上にも明治時代に陸に移された墓石や五輪塔を見ることができます。何が重要で何が重要でないのかは、現在の我々の感覚とは異なっているのかもしれません。
何が村に残されたのか、何が運び出されたのか。それを知ることで、当時の人々の価値観を垣間見ることができるのではないでしょうか? これから史料を検証したり聞き取り調査を行って、当時何を運んだかも含めて調査をするというのもいいかもしれません。どこまで解明できるか、まだまだ調査できることがたくさんあります。
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佐々木 ランディ(ささき・らんでぃ)
帝京大学文化財研究所准教授
1976年生まれ、神奈川県出身。高校卒業後に渡米し、サウスウェストミズーリ大学卒業後、テキサスA&M大学大学院にて博士号(人類学部海事考古学)取得。日本各地のさまざまな水中遺跡調査に携わるかたわら、水中考古学の普及のため、講演・イベント企画などの活動を続けている。著書に『水中考古学――地球最後のフロンティア』(エクスナレッジ)、『沈没船はタイムカプセル』(「たくさんのふしぎ」2023年7月号、イラスト・矢野恵司)、『水中遺跡はそこにある』(ちくまプリマー新書)などがある。
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(帝京大学文化財研究所准教授 佐々木 ランディ)

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