■ヘリでシカゴ急襲、まるで軍事作戦
真夜中を過ぎ、人々が眠りに就いた頃。シカゴ・サウスショア地区に国境警備隊やFBIなど約300人のICE職員が押し寄せ、130戸のマンションを急襲した。SWATチームがヘリコプターからロープで降下し、ドアを蹴破り、閃光弾を投げ込んだ。ベネズエラ人を中心に37人の移民が逮捕され、アメリカ市民も多数が結束バンドで手を縛られた。
昨年9月30日に行われた、移民取り締まりの一幕だ。ホワイトハウスの国土安全保障顧問で、全国的な移民取り締まり強化を主導するスティーブン・ミラー氏は、同建物がベネズエラのギャング組織「トレン・デ・アラグア」のテロリストで溢れていたと主張。作戦の成功をアピールした。
だが、アメリカの調査報道機関プロパブリカは、こうした派手な作戦内容とは裏腹に、逮捕者のうち結果として誰一人として刑事訴追されていないと報じる。
急襲で拘束された28歳のベネズエラ移民、ジョニー・マヌエル・カイセド・フェレイラさんもその一人だ。アメリカで2年半暮らす間、犯罪歴は一切なかった。タコス店で真面目に働き、正規の手続きで難民申請をしている最中だった。
■逮捕者の多くは前科すらない
彼は正式に起訴されることもないまま、移民裁判所での短い審理を経て、9年前に逃れてきたベネズエラへ送り返された。
「僕はすべてを失った」。ベネズエラ中部バレンシアにある母親の家からプロパブリカの電話取材に応じたカイセドさんは、そう語った。「あの連中にとって、ベネズエラ人は全員犯罪者なんだ」
拘束されたベネズエラ人21人の経歴を調べたところ、有罪判決を受けていたのはわずか3人で、しかもその内容はマリファナ所持など軽微なものだった。残る18人には前科すらなかった。
マンションを急襲する手法には、専門家から疑問の声が上がっている。法執行機関で40年のキャリアを持ち、SWAT隊員の経験もある元国土安全保障省高官のジョン・コーエン氏は、プロパブリカの取材に対し、「ギャングが支配する建物を含め数百件の捜索を行ってきたが、ヘリコプターからロープで降下したことは一度もない」と語った。
都市部でヘリを降下させれば、隊員が負傷したり、ヘリ事故で市民を巻き込んだりするリスクがあるため、人質救出などほかに手の打ちようがない状況に限られるのが通例だ。しかし国土安全保障省は、こうした異例の戦術に見合うだけの脅威が何だったのか、説明していない。
■スマホを持っているだけで10発撃たれた
極端な活動の犠牲となり、罪のないアメリカ人たちも命を落としている。
1月25日の朝にミネアポリスで起きた射殺事件では、アレックス・ジェフリー・プレッティさん(37)が亡くなった。
ところが、ニューヨーク・タイムズが検証したSNS上の動画は、当局のこの説明と食い違っていた。映像には、捜査官に地面に押さえつけられ、撃たれる直前のプレッティさんが映っている。その手にあったのは銃ではなく、スマートフォンだ。
動画に記録された経緯はこうだ。小規模なデモが起き、参加者とICE職員が路上で対話していた。プレッティさんはスマートフォンで現場を撮影しながら、交通整理をしている。すると突然、一人の職員がデモ参加者を押しのけ始め、顔にペッパースプレーを噴射した。
この時点で、プレッティさんの両手は映像にはっきりと映っている。片手にはスマートフォン、もう片方はスプレーから身を守るために上げた状態だ。スプレーを浴びた参加者を助けようと動いた瞬間、別の職員たちが背後から彼を引き倒した。
■殴りつけ、のし掛かり、射殺した
複数の職員がもみ合いながら、彼を地面にひざまずかせる。
押さえつけられてから約8秒後、「銃を持っている」という叫び声が初めて上がる。地面に組み伏せるまで、職員たちは彼が武装しているとは認識していなかった可能性がある。それでも引き倒した。
素手で近づいた職員が、もみ合いの中から銃を取り出した。別の職員が自らの拳銃をプレッティさんの背中に向け、至近距離から1発撃った。その後も発砲を続け、プレッティさんは崩れ落ちた。3人目の職員も銃を抜き、2人の職員は動かなくなったプレッティさんにさらに数発撃ち込んだ。
ニューヨーク・タイムズ紙は動画をもとに、わずか5秒間で少なくとも10発が発射されていたと報じる。
■ICEから安眠を奪う
圧倒的な暴力と恐怖に怯える市民たちは、知恵を絞った。
昨年12月11日夜、ミネソタ州エディーナにあるヒルトン系列のホームウッド・スイーツ前に約150人が集まった。ICE職員が宿泊しているとの情報を受けてのことだ。参加者たちはシュプレヒコールを上げ、ホテルの周りを行進しながら絶え間なく騒音を立て続けた。
数十人から数百人という人々が列になり、深夜のホテルをぐるりと取り囲む。行進しながら抗議の歌を張り上げ、楽器をかき鳴らす。昨年6月にロサンゼルスで始まったこの戦術は、またたく間に全米へ広がった。「No Sleep for ICE(ICEを眠らせない)」と呼ばれる抗議運動だ。
抗議は夜9時から10時頃に始まり、深夜や未明まで続く。なじみのない土地に派遣され体力を温存しておきたい捜査官らは、眠れない一夜を過ごす。
ロサンゼルス北東部出身のラテン系女性、ソフィア・アギラーさん(24)も、抗議に加わった一人だ。米ニュース誌タイムの取材に、「何もせずに傍観することはできなかった」と語る。
12月の抗議の主催者の一人でミネアポリス在住のミーガン・ニューコムさん(33)によると、目的は二つあるという。ホテルにICE職員の宿泊を受け付けないようにさせることと、捜査官の活動効率を落とすことだ。
実際、捜査官たちは抗議運動を避けるため、ホテルへの移動方法を変えざるを得なくなっているという。「彼らを少しでも遅らせれば、その分だけ私たちの大切な人を連れ去りに行く時間が減る。それが勝利だ」とニューコムさんは語る。
■抵抗の象徴になった「17セントの氷落とし」
昨年11月から12月にかけて、カリフォルニア州モンロビアにある大手ホームセンター「ホームデポ」の店舗前に、「ICE out of Home Depot(ICEはホームデポから出て行け)」と書かれたステッカーを身につけた人々が列を作った。
8月、このホームデポの駐車場付近で取り締まられたグアテマラ出身の日雇い労働者カルロス・ロベルト・モントヤ・バルデスさん(52)が、ICE職員から逃走中に高速道路で車にはねられ死亡している。ロイターは、移民の日雇い労働者が多く買い物に訪れることから、「ホームデポの店舗はICEによる逮捕の温床になっている」と報じた。
同記事によると、ホームデポは駐車場や店舗内にフロック・セーフティー社の自動ナンバープレート読取カメラを設置している。ホームデポは否定しているが、ロイターが取りあげた独立系メディアの報道によると、同社がこのナンバープレートのデータをICEに提供している疑惑がある。
そこで人々は、店舗に集結した。こぞって商品棚から買い求めたのは、わずか17セント(約27円)のアイススクレーパー。
全米日雇い労働者組織ネットワークで広報を担当するパルミラ・フィゲロア氏は、「私たちは地元からICEを削り取りたい。アイススクレーパー(ICE剥がし)を使うのは象徴的な意味がある」と語る。
■ICEホットラインにホットラインで対抗
全米各地のコミュニティは結束し、独自の自衛システムを発展させている。
シカゴのリトル・ビレッジ地区では、緑色のプラスチック製ホイッスルが抵抗の象徴となった。シカゴ・トリビューン紙によると、地元コミュニティ評議会会長のバルタザール・エンリケス氏がホイッスルを首からぶら下げて歩き始めたのは6月のことだった。当初、周囲は困惑顔だった。「ホイッスルで何ができるの?」と聞かれたという。
エンリケス氏は説明した。「ICE職員が近くにいたら吹き始めるんだ」。この“自衛アラーム”は瞬く間に広がり、同地区だけで約1万個が配布された。大規模な取り締まり作戦が始まった当初、ICE職員たちは住民がホイッスルを吹き始めると戸惑いを見せたという。中には笑う者もいた。しかし、住民たちが一斉にドアに鍵をかけて姿を消すのを目の当たりにすると、その笑みは消えた。
西海岸では、ホットラインと法的制限を武器に闘う動きがある。NPRによると、オレゴン州ポートランドでは移民権利連合がホットラインを運営している。ICEの動きを目撃した市民がここに通報し、情報は即座に共有される。ICE自体、移民を通報する窓口を運営しているが、まさか市民が独自のホットラインを作って対抗するとは思いも寄らなかったことだろう。
連絡を受けた弁護士たちは、拘束された人がワシントン州の夜間拘留センターに移送される前に、オレゴン州内で人身保護令状を申請する。ホットラインに関わる団体の一つ、イノベーション法律ラボのイサ・ペナ氏は、「数時間の勝負だ。数時間もないことも多い」と緊迫した状況を語る。
ICEはオレゴン州に拘留施設を持たない。そのため州外移送を禁じる命令が州内の裁判所から出れば、連邦レベルのICEであろうとも、多くのケースで釈放せざるを得ない。
■イリノイ州で全米初の「逆1983条」法が成立
街角レベルで始まった抵抗運動は、ついに議会を動かしはじめた。
カナダ紙グローブ・アンド・メールによると、イリノイ州は昨年12月、ICE職員を州裁判所で訴えることを認める法律を全米で初めて成立させた。移民法の執行にあたって憲法上の権利を故意に侵害された人は、ICE職員個人を相手取り、懲罰的損害賠償など金銭的な賠償を求めることができる。
ワシントン・ポスト紙によると、ニューヨーク州のキャシー・ホーチュル知事(民主党)も1月の年次演説で、同様の法案への支持を表明した。「権力は乱用を正当化しない」と述べ、ICE職員の行き過ぎた行動から州民を守る姿勢を鮮明にした。カリフォルニア州やマサチューセッツ州、メイン州では、すでに同様の法律が施行されている。
これまでも1871年に制定されたアメリカの連邦法に、「1983条」と呼ばれる条項があった。州や地方の警察官が市民の権利を侵害した場合、被害者が連邦裁判所に訴え出る道を開いた規定だ。
しかしこれは州警察を対象にしたもので、ICEなど連邦捜査官に対しては同様の法律がなかった。現在、各州で検討されている法案は、この抜け穴を州法で埋めようとする試みだ。連邦法で州の職員を訴えるのではなく、州法で連邦職員を訴える。その逆転の構図から「逆1983条」と呼ばれている。
■ICE自体が治安を脅かしている
現実的に訴訟しやすい環境を作るにあたり、ICE職員たちが素顔を隠す慣習の是正が求められる。
多くのICE職員は帽子を目深に被り、バンダナやマスクなどで顔をほぼ完全に覆っている。隙間から鋭い眼光を放つ様子は、まるでテロリストのようですらある。
危険な任務だから身元を守る必要があるとの理屈かもしれないが、米アトランティック誌が示すデータは全く事情が異なる。昨年のデータでは、ICEや国境警備隊以外の警官などの職務中の死亡率は、ICE職員らの6.3倍も高かった。ICE職員などが職務中に殺害される確率は年間約9万4549人に1人で、一般市民が殺害される確率のほうが5.5倍も高い。
問題行動はむしろ移民よりも、取り締まり当局側に多いとするデータすらある。ジャーナリストのギャレット・グラフ氏の調査によると、2005年から2024年の間に、ICEと共に大規模取り締まりに動員された税関・国境警備局(CBP)と国境警備隊の職員が、約5000人も逮捕されている。グラフ氏はイリノイ州知事が設置した説明責任委員会で証言し、自身の調査結果を報告。「CBP職員の一人当たりの犯罪率は、アメリカにおける不法移民の犯罪率を上回っている」と証言している。
アトランティック誌はこう論じている。「顔を見せずに生死を左右する権力を振るえるのなら、それは警察ではなく犯罪者集団だ」
もはやアメリカの治安を脅かしているとすら言えるICEの傍若無人ぶりが、各地の市民の最大の懸念材料となっている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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