スーパーの開店で客が9時間半も並ぶ。そんな光景が米メディアで話題になっている。
先頭の客の目的は、日本のスポーツドリンク「ポカリスエット」。ドン・キホーテの親会社が展開する日本食スーパー「トーキョー・セントラル」の新店舗には2日間で1万5000人が来店した。背景には日本食ブームと「食の砂漠」と呼ばれてきた街の事情がある――。
■深夜0時半から始まった大行列
カリフォルニア州サンフランシスコの街からベイブリッジを渡り、車で15分も北東に進めば、ピクサーが本社を構えるエメリービルに至る。今、この地でちょっとした異変が起きている。
時刻が深夜0時を回り、日付が1月最後の土曜日に変わった頃。同地のショッピングモール「ベイ・ストリート」の前に、折りたたみ椅子と防寒着で武装した人々の行列が伸び始めた。列はブロックを一周し、駐車場の奥にまで伸びる。
朝を迎えるにつれ周辺道路は詰めかけた人々であふれ、地元警察がドライバーに迂回を呼びかけるほどの混雑になった。米商業不動産情報サービスのコスターはその光景を、「80年代のロックコンサートのチケット売り場のようだ」と形容した。
大行列の先にあるのは、コンサート会場でもなければテーマパークでもない。日本食スーパー「トーキョー・セントラル」のグランドオープンだ。

■「25年前のイケア開店に匹敵する」
一番乗りの客のライアン・リー=バーブリッジさんは前夜の0時半に現れ、椅子ひとつで夜を明かしたという。トーキョー・セントラルの広報担当者が米SF地域ニュースサイトのSFゲートに語ったところによると、初日の土曜だけで8000人超、翌日曜にも7000人が来店した。2日間で延べ1万5000人。人口1万余りのエメリービルの全住民を上回る数だ。
ベイエリア東岸のこの街にスーパーマーケットが開くのは、実に30年以上ぶりだ。米シリコンバレーの地方紙のマーキュリー・ニュース紙によると、開店2日目の日曜には入場まで約2時間待ちとなった。地元メディアはこの盛況ぶりを、「25年前のイケア開店に匹敵する」と評している。
食料品店の開業に、なぜここまでの人が押し寄せたのか。アメリカ人にとって日本食は、めずらしい食事というだけでなく、ここ数年続いているブームでもある。日本旅行の人気も高まるなか、日帰りの日本気分を楽しみたい人々から健康志向の食品を手に入れたい人まで、幅広い層が集まった。
■9400円の茨城県産イチゴからたまごサンドまで
行列の先に待っていたのは、サッカー場にも匹敵する約4万平方フィートの広大な「ミニ日本」だ。
青果コーナーには60ドル(約9400円)の茨城産オーガニックイチゴや、80ドル(約1万2600円)のクラウンメロンなど、高級志向のフルーツが並ぶ。
鮮魚コーナーでは毎日さばかれる魚が揃い、刺身にもできるほど鮮度が高い。握り寿司10貫セットは18.99ドル(約3000円)と、現地の価格水準を考えれば手頃だ。
SFゲートによると最も賑わったのは惣菜エリアで、エビ天やたこ焼き、辛ねぎうどんが湯気を上げるカウンターに加え、あんこ入りたい焼きや焼き芋まである。日本のコンビニではお馴染みであり、海外のTikTokで羨望の眼差しが注がれるたまごサンドは、5.99ドル(約940円)で手に入る。
店内には手巻き寿司バー「ハンドロールファクトリー」も併設されている。
職人がカウンター越しに一本ずつ巻いては、客が食べ終えるたびに次を差し出す。海苔は有明産で、提供直前に炙るからパリッとした食感が残る。酢飯に使うのは日本産ひとめぼれと、利尻昆布出汁の合わせ酢。マグロはクロマグロとも呼ばれる本マグロのみで、わさびに至ってはマイナス196度の超低温ですりおろし、香りと辛みを逃さない。
青果コーナーの規模はチェーン全店舗のなかで最大だと、米バークレーの地域デジタル紙のバークレーサイドは伝える。ガラス窓の向こうでは「ひとめぼれ」がその場で精米され、紅鮭や和牛を具にした手作りおにぎりも人気を集めている。
店舗は寿司や丼などのテイクアウト以外にも、日本の食材や家庭用品を幅広く取りそろえる。
このほか、日本土産として密かに人気を集めているグッズも豊富だ。アメリカのSNSで火がついた資生堂「洗顔専科パーフェクトホイップ」まで棚に並ぶ。
■先頭の客が求めていたのは「ポカリ」
サンフランシスコからベイブリッジを渡って来たリア・テオドラさんは、日本旅行から帰国したばかりだった。「TikTokでこの店を見つけて、日本が恋しくなって来ちゃいました」と、米テレビ・ラジオ放送局のCBSニュースに語る。
店内で手にしたのは、日本のセブン‐イレブンで出合ったというゼリー菓子だ。「他では見かけたことがなかったんです。ここで見つけられて本当にうれしい」
わざわざベイブリッジを渡って来店した甲斐はあったかと問われると、「それだけの価値はありました。体験してみないとわからないもの。(店内は)まるで別世界です。まさにカルチャーショックですよ」と答えた。
深夜0時半から列の先頭で待ち続けたのは、冒頭でも登場したオークランド在住のライアンさん。昨年の開店発表以来、この日をずっと待っていたという。
10時のオープンまで、実に9時間半を辛抱強く列で待ち続けた。まだ冷え込む1月の深夜、スウェットとニット帽を着込んで夜を明かしたという。開店時に振り返ると、後ろには700人以上の列が伸びていた。
ライアンさんのお目当ては、欧米でカルト的な人気を集めるポカリスエットだ。昨夏、日本旅行中に口にしたところ、すっかり虜に。以来、ずっと探し続けていたという。
米サンフランシスコの日刊紙のサンフランシスコ・クロニクルは、「ポカリスエットは日本の電解質飲料で、その独特な名前と優れた風味から、欧米で熱狂的な支持を得ている」と紹介する。英語圏では「Sweat(汗)」の商品名が一瞬戸惑いを呼ぶものの、日本贔屓のアメリカ人などを中心に熱烈なファン層が広がりつつある。
もちろん、他の商品も粒ぞろいだ。ライアンさんは同紙に、「ネットでは手に入らない商品やお得な情報がたくさんあるし、近所のスーパーとして、コミュニティの場にもなっています」と語った。
約50キロ離れたサンラモンの街からは、8歳のジャスティン・ワンくんが母親のヨーヨー・ワンさんと車で駆けつけた。新鮮なシーフードのトレーを指差しながら、CBSニュースに「これ全部食べるのが一番楽しみ」と目を輝かせる。

■仕掛け人は「ドン・キホーテ」の親会社
トーキョー・セントラルの親会社は、あの「ドン・キホーテ」のPPIH(パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)だ。
米フィリピン系英字紙のアジアン・ジャーナルによると、店舗のルーツは1965年創業の日系スーパー「マルカイ」にある。PPIHによる買収を経てトーキョー・セントラルのブランドが誕生し、南カリフォルニアで11店舗を数えるまでに成長した。
ベイエリアでは、アップルのお膝元であるシリコンバレーのクパチーノに続き、イーストベイのエメリービル店が2店舗目となる。ベイエリアでは今後、さらに出店する計画があるという。
トーキョー・セントラルが掲げるコンセプトは、「Eat, Enjoy, Explore ―― Bring Japan to Your Table(食べて、楽しんで、探求しよう。日本をあなたの食卓へお届けします)」。一汁三菜の考え方を軸に、旬の食材から調理器具まで、日本の食卓をまるごと届ける。客を迎える姿勢も「おもてなし」で貫く。
ドン・キホーテを展開するPPIHの海外戦略は、アジアとアメリカでまったく別物だ。アジアでは「DON DON DONKI(ドンドンドンキ)」の看板で圧縮陳列と驚安商法を武器に急拡大している。一方、アメリカのトーキョー・セントラルは、商品を売るだけでなく、日本の食文化に触れる体験を大切にしている。

■アマゾンも断念した「食の砂漠」に切り込んだ
ピクサー本社を擁し、バイエルやノバルティスといったバイオ大手がひしめくエメリービルは、テクノロジーの最先端を行く街だ。
だが意外なことに、オークランドとバークレーに挟まれたこの小さな街は、長年「フードデザート(食の砂漠)」と呼ばれてきた。コスターによれば、食料品店は品揃えを絞ったトレーダー・ジョーズとディスカウント店パック・ン・セーブの2店だけ。
総合スーパーで買い物をするには、隣のバークレーかオークランドまで車を走らせるしかなかった。2018年にはニュー・シーズンズ・マーケットが出店準備を進めていたが、開店まであと数週間というところで撤退している。
トーキョー・セントラルが入居するモールの「ベイ・ストリート」も、空室率が30%に達し、寂しさが否めない状況だった。2021年、不動産開発会社センターカル・プロパティーズがこれを9050万ドル(約141億円)で取得し、さらに7000万ドル(約110億円)を投じて大改修に着手。飲食店を中心にテナントを次々と呼び込み、がらんとしていたモールは一変。ほぼ空きテナントがない娯楽型商業施設に生まれ変わった。
それでも、肝心の食料品店だけが埋まらなかった。集客の核に据えるはずだったアマゾンの生鮮スーパー「アマゾン・フレッシュ」が出店計画を白紙撤回したと、地元ニュースサイトの米地域市民ニュースサイトのジ・イーヴィル・アイ・ニュースは伝えている。
撤退したニュー・シーズンズの二の舞になるのではないかと不安が広がるなか、約9カ月後に名乗りを上げたのがトーキョー・セントラルだった。アマゾン・フレッシュはその後、全米の実店舗をすべて閉鎖しオンライン配送に一本化すると発表している。仮にエメリービルに出店していたとしても、遅かれ早かれ店は閉店していただろう。
■ベイエリア全域でアジア系の出店ラッシュ
ベイエリアでは今、アジア系食品店の旋風が巻き起こっている。
サンフランシスコ・クロニクルが報じるように、昨年3月、デイリーシティで韓国系スーパー「ジャガルチ(Jagalchi)」がグランドオープンを迎えると、数百人が詰めかけた。
日系の「オーサカ・マーケットプレイス(Osaka Marketplace)」がフォスターシティに新店舗を構えたほか、カナダ最大のアジア系チェーン「T&Tスーパーマーケット(T&T Supermarket)」もミルブレーへの出店準備を進めている。
アメリカ最大のアジア系食料品チェーン「Hマート(H Mart)」はダブリンと州内フリーモントへの出店を計画しており、フリーモント店は同チェーン史上最大の規模になる見込みだ。
その受け皿になっているのが、デパートや量販店が撤退した跡地だ。パンデミック以降、アジア系スーパーはショッピングセンターの新たな集客の核として求められるようになったとコスターは分析する。
ジャガルチが入居したのも、大手百貨店JCペニーの跡地だ。位置情報分析会社Placer.aiのデータによれば、開業後の客足は大きく伸びた。フィリピン系「シーフードシティ」は生DJやカラオケ付きの深夜イベント「レイトナイト・マッドネス」を定期開催し、フィリピン文化の発信拠点にもなっている。
東パロアルトに開業した韓国系「メガマート」にいたっては、ジャガルチのエグゼクティブシェフで韓国初のミシュラン星付きシェフのトニー・ユー氏が手がけるレストランまで併設している。ベイエリア各地で、空いたモールにアジア系スーパーが新たな活気を吹き込んでいる。
■「小売業界に欠けていた穴を見事に補完」
こうした勢いを象徴するかのように、トーキョー・セントラルのグランドオープン式典には日米双方から要人が駆けつけた。
在サンフランシスコ日本国領事館からは、大槻耕太郎総領事がマイクの前に立った。サンフランシスコ・クロニクルによると、大槻氏は「日本食の人気の高まりは、日本製品の対米輸出が着実に増加していることにもよく表れています」と触れ、「より多くの人々が日本の食文化を体験する機会を得られることを願っています」と結んだ。
米地方テレビ局のKRON4が伝えた式典では、エメリービル市のスクディープ・カウル市長は、「今日のテープカットは、一店舗の開店以上の意味があります。文化の多様性と経済的な活力へのコミットメントを象徴するものです」と力を込めた。
エメリービル市議会のデイビッド・モーラ議員はマーキュリー・ニュースの取材に、「日本の専門食品に特化した店は、イーストベイでここが唯一です。活気ある小売業界に欠けていた穴を見事に補完するでしょう」と応じている。式典ではPPIH傘下マルカイ・コーポレーションの豊浩一社長による開会挨拶に続き、地元エメリービルの太鼓パフォーマー集団による演奏や日本舞踊が会場を沸かせた。
■「食の砂漠」が「日本食の発信地」に
トーキョー・セントラルの賑わいは、グランドオープンの熱狂を過ぎても長く続きそうだ。
マーキュリー・ニュースによると、同チェーンは特別セールやイベントでも知られている。なかでも各店舗で定期的に催されるのが、日本の都道府県ごとに名産品を紹介するポップアップだ。
昨年にはこれに加え、「本マグロの解体ショー」も行われた。職人が巨大なマグロを客の目の前でさばき、切りたての刺身をその場で振る舞う。こうした催しがエメリービルにも巡ってくる日を、地元の住人たちは今から待ち望んでいるようだ。
テック企業がひしめきながらも30年間「食の砂漠」だった街で、日本の食文化の発信地が熱く歓迎されている。エンタメ性に溢れながらふだん使いもできるスーパーとして、地元の人々に末永く愛されることだろう。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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