「認知症」と「もの忘れ」の違いは何か。認知症専門医の繁田雅弘さんは「『もの忘れ=認知症』という単純な考え方が広がっているが、これは正しくない。
老化によるもの忘れと認知症を見分ける参考になる3つのポイントがある」という――。
※本稿は、安藤なつ(メイプル超合金)、繁田雅弘『知っトク認知症 家族と本人が自分らしく暮らし続ける超入門』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「忘れること」そのものは病気ではない
認知症外来には日々、「親のもの忘れがひどくて……」と不安を募らせたご家族が、ご本人を連れて来院されます。しかし、実際に検査をしてみると、認知症ではなく「加齢の範囲内」だったというケースも少なくありません。
人は年齢を重ねれば、若いころより記憶力が落ちるのは自然なことです。「こんなに忘れるなんて、絶対におかしい」と驚かれるご家族もいますが、老化の進み方には大きな個人差があります。周囲より少し老いのペースが速いからといって、すぐに病気と決めつけるのは早計です。
そもそも「もの忘れ=認知症」という考え方は、非常に単純化されたイメージにすぎません。専門医であっても、どこまでが自然な老化で、どこからが認知症なのかを一度の診察で判断するのは容易ではないのです。大切なのは、「忘れたこと」そのものではなく、生活全体にどのような変化が起きているかを冷静に見極めることです。
■老化と認知症を分ける「日常生活への影響」
老化によるもの忘れと、認知症によるもの忘れ。この2つを分ける最も重要なポイントは、「日常生活に支障が出ているか」という一点に尽きます。

たとえば、老化によるもの忘れでは、「食事のメニューを思い出せない」「買い物に行って何を買うか忘れる」「日付や曜日を間違える」といった失敗が起こることがあります。ただし、これらはヒントをもらえば思い出せたり、あとから「ああ、そうだった」と気づいたりすることが多く、生活全体が大きく崩れるわけではありません。
一方、認知症では事情が異なります。決定的な違いは、「昨日の献立(体験の一部)」を忘れるのではなく、「食事をしたこと自体(体験そのもの)」が抜け落ちてしまう点にあります。外出についても、単に買うものを忘れるのではなく、「なぜスーパーに来たのか」という目的そのものが分からなくなることがあります。こうした状態になると、日常生活そのものが回りにくくなってしまいます。
■思い出せないのは、脳の「検索機能」が不安定なだけ
ここで誤解してほしくないのは、「思い出せない=記憶が完全に消えた」というわけではないという点です。
特に認知症の初期に見られる「最近のことから忘れる」という現象は、正確には記憶を失ったというよりも、新しい情報が「まだしっかり身についていない(定着していない)」状態に近いといえます。わたしたちの脳内では通常、海馬という部位が情報の振り分けを行っています。認知症によってこの働きが弱まると、情報の整理がうまくいかず、データは脳内に入っているのに、うまく取り出せない(検索できない)という事態が起こります。
家族がショックを受けやすい「名前の間違い」も同様です。実の娘を「お姉さん」と呼んだり、亡くなった親の名前で呼んだりすることがあります。
しかし、これはあなたの存在を忘れたのではありません。脳内では、顔・名前・思い出などが一本の糸でつながっていますが、その結びつきが少し不安定になっているだけなのです。
たとえるなら、「Wi-Fiがうまくつながらない状態」のようなものです。通信が不安定でデータがパッと表示されませんが、元のサーバー(脳内の思い出)には情報が消えずに残っていることは多いのです。ですから、名前を間違えられても「自分は忘れられた」と悲しまないでください。むしろ、本人にとって親しい人の名前で呼ぶのは、あなたをそれだけ身近で安心できる存在だと感じている証拠でもあります。
■「老化か認知症か」を見分ける3つのチェックポイント
とはいえ、「どこまでが老化で、どこからが認知症なのか」を家族が判断するのは難しいものです。そこで目安になるのが、次の3つのポイントです。
①ヒントをもらうと思い出せるか
老化によるもの忘れでは、「ほら、昨日はハンバーグだったでしょう」と助け舟を出されると、「ああ、そうだった」と思い出せることが多いものです。一方、認知症の場合はヒントがあってもピンとこないことがあります。
②生活の段取りが保たれているか
多少のもの忘れがあっても、料理や買い物、約束などの日常生活が問題なくできていれば、老化の範囲であることが多いでしょう。逆に、家事や予定の管理などの段取りが急に難しくなってきた場合は注意が必要です。

③その症状が継続しているか
たまたまの失敗なのか、継続している変化なのかを見ることも大切です。半年ほど同じような状態が続いている場合や、頻度や増え方が加速してきた場合は、一度専門医に相談してみるとよいでしょう。
もちろん、これだけで認知症かどうかを判断することはできませんが、受診を検討する際の大きな手がかりになります。
■認知症の人は記憶より「段取り」が先に崩れ始める
認知症の初期には、記憶の問題よりも先に「段取りの乱れ」が目立つことがあります。段取りとは、いくつかの作業を順序立てて進める力です。料理や家事、スケジュールの管理など、日常生活の多くは段取りによって成り立っています。
認知症になると、この段取りがうまくいかなくなります。「料理で次に何をすればいいかわからなくなる」「約束の日時を間違える」「家事の手順に戸惑う」といった変化です。
段取りは単なる記憶力だけではなく、注意力や判断力など、複数の脳の働きが連携して初めて成り立つ高度な能力です。そのため、脳の病気によってこの連携がうまくいかなくなると、日常生活の中で「うまくいかないこと」が少しずつ増えていきます。家族が最初に感じる違和感の多くは、実はこの段取りの変化なのです。
■「同じ話を何度もする」は老化でも起こること
家族からよく聞く相談のひとつに、「親が同じ話を何度もする」というものがあります。
しかし、これも必ずしも認知症とは限りません。
人は誰でも、印象に残った出来事や好きな話題を繰り返し話すことがあります。また年齢を重ねて記憶に自信がなくなると、確認のためにあえて同じことを聞く場合もあります。重要なのは、「何度聞いたか」という回数ではなく、その背景です。本当に忘れているのか、それとも確認や不安から聞いているのか。その違いを見ることが大切です。
たとえ同じ話を繰り返していても、約束を守り、家事などの日常生活が問題なくこなせているのであれば、老化の範囲内であることも多いのです。
■認知症は「病名」ではなく、脳の不自由な「状態」
もうひとつ誤解されやすいのが、「認知症」という言葉の定義です。
実は、認知症は特定の病名ではありません。何らかの脳の病気によって、日常生活に支障が出ている「状態」をまとめて認知症と呼んでいるのです。
原因となる病気は100種類以上あるといわれており、代表的なアルツハイマー型認知症のほか、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などさまざまです。そのため、症状や進行の仕方も人それぞれで、「認知症だから必ずこうなる」と一律に決めつけることはできません。

■認知症は正しく知れば怖くない
認知症は、決して一部の人だけの特別な病気ではありません。
実際、現代の日本では、2040年に認知症の人が約584万人に達すると見込まれています。MCI(軽度認知障害)を含めれば、高齢者の「3人に1人」が該当するという推計もあり、誰にとっても身近な課題です。
だからこそ、正しく知っておくことが安心への第一歩になります。理解が深まれば不必要に恐れることもなくなり、家族としての接し方も見えてきます。
まずは、「もの忘れ=認知症」と単純に考えないこと。そして初期サインは、記憶よりも日常生活の「段取り」に現れやすいと知っておくこと。それが、家族と本人が自分らしく暮らし続けるための最初の大切なヒントになります。

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安藤 なつ(あんどう・なつ)

メイプル超合金

1981年1月31日生まれ 東京都出身。2012年に相方カズレーザーと「メイプル超合金」を結成。ツッコミ担当。2015年M-グランプリ決勝進出後、バラエティを中心に女優としても活躍中。
介護職に携わっていた年数はボランティアも含めると約20年。ホームヘルパー2級(現:介護職員初任者研修過程終了)の資格を持つ。2023年に介護福祉士の国家資格を取得。共著に『知っトク介護 弱った親と自分を守るお金とおトクなサービス超入門 第2版』(小社刊)など。

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繁田 雅弘(しげた・まさひろ)

認知症専門医・精神科医

栄樹庵診療所院長。メモリーケアクリニック湘南名誉顧問。1983年東京慈恵会医科大学卒業。1992年スウェーデン・カロリンスカ研究所 研究員を経て、2003年東京都立保健科学大学精神医学教授、2005年首都大学東京 健康福祉学部学部長、2011年首都大学東京 副学長、2017年東京慈恵会医科大学精神医学講座教授、東京都立大学 名誉教授。2024年東京慈恵会医科大学名誉教授。生家を改装し、『安心して認知症になれるまち』を育む目指す活動拠点の「SHIGETAハウスプロジェクト」代表。著書多数。

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(メイプル超合金 安藤 なつ、認知症専門医・精神科医 繁田 雅弘)
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