■「悪口好き」の女子生徒にどう指導すべきか
本校の定時制課程は単位制のため、転入学はもちろん、中途退学者の編入学が可能だ。生徒は午後5時ごろに登校し、給食をとったあと、4限の授業を受け、午後9時に下校する。
定時制の生徒の中には昼間に働いている者もいるが、かつて見られたような「ガテン系の不良少年(※1)」や「家計を助けるための勤労少年」は少なく、多くはアルバイトをしている程度。卒業生の進路は、大学や専門学校への進学、就職、アルバイトなどで全日制とさほど大きな違いはない。
新学期が始まってしばらくしたころ、定時制の古川教頭が「1年生のクラスに問題がありまして……」と切り出した。校長はクラスの様子を直接確認できない分、毎昼、教頭から状況報告を受ける。そのミーティングでのことだった。
「入学直後の1年生のクラスがぎくしゃくすることは珍しくありませんが、今年はとくに女子生徒同士の関係がよくないのです。それもどうやらある1人の子が原因のようでして……」
定時制は1クラスで、1年生は男子4人、女子8人の計12人。担任が1人ずつ生徒に話を聞いたところ、不仲の原因は弓岡真由さん(仮名)という女子生徒であることが判明した。弓岡さんは「○○さんが悪口を言っていたよ」「××さんはあなたを嫌ってる」などとクラスの女子生徒それぞれに吹き込んでいたのである。
定時制にはおとなしく、素朴な性格の子が多い。多くの生徒がその言葉を信じ、クラス内に不協和音が生まれてしまったのだ。古川教頭からは、担任が弓岡さんの母親に話を聞くことになった、と報告を受けた。
このように、校長である私のもとには日々さまざまな報告があがってくる。とはいえ、自分が直接対処できるテーマはさほど多くない。とくにクラスの内部のことや、生徒の個人的事情については、教頭からの報告を受けるだけだ。
※1 ガテン系の不良少年
本校では定期的に卒業生(OB、OG)を招き、話をしてもらっていた。ある日の「講師」は40代の女性で美容院経営をしている人だった。彼女は最初に入学した全日制の高校が合わず、1年後に本校の定時制に入学したところ、同級生は金髪やリーゼントの不良少年少女ばかりだったらしい。そういう時代だったのだ。入学式の翌日、駐輪場近くの喫煙所でタバコをふかす金髪集団に遭遇し、怖気づいたものの、「どこから来てるの?」とやさしく尋ねられて仲良くなり、楽しい4年間をすごしたとのことだった。
■「退学」で問題解決?
数日後、あらためて古川教頭から報告があった。
さらに、担任が弓岡さんの母親に今回の事態を伝えると、「わかりました。ではこちらで対応しますので退学させてください」と即答されたのだという。報告を終えた古川教頭が言った。
「最近は彼女のような人をクラッシャーと言うらしいですね……。でも、これで1年生のクラスも落ち着くと思います」
しかし、“クラッシャー”である弓岡さんを退学させることが解決といえるのだろうか。
実際、弓岡さんからはその後まもなく退学願が提出され、私は校長として退学を許可(※2)した。弓岡さんが去ったあと、クラスは落ち着きを取り戻したという。
“解決”とはいったい何か。今もまだ結論は出ていない。
※2 退学を許可
退学しようとする者は理由を明記したうえで「退学願」を提出。その理由を適当と認めるときは校長が退学を許可する。
■「いじめ」と「いじり」の境界線
ある日、体育の授業前の教室での出来事だった。
1人の男子生徒が教室に忘れ物を取りに来ていたところに、体調不良を訴えて保健室で休んでいた女子生徒が戻ってきた。体育の授業を休むことになっていた女子生徒に向かって、男子生徒が「おいっ、さぼるんじゃねーよ!」と怒鳴った。
女子生徒は腹を立て、そのことを担任の教諭に報告した。
「W君に突然めっちゃ強い口調で怒鳴られたんですけど。私、サボってないし、すごくむかついたんで、先生、W君を注意してくれませんか?」
いじめ防止対策推進法(※3)第2条では、いじめとは「児童等が在籍する学校において、一定の人的関係にある他の児童等が行う行為であり、心理的または物理的な影響を与え、対象となった児童が心身の苦痛を感じるもの」と定義されている。
つまり、同じクラスの男子生徒が「さぼるんじゃねーよ!」と言ったことにより、言われた側の女子生徒が精神的苦痛を感じた場合、法律上の「いじめ」に該当するのである。
※3 いじめ防止対策推進法
2011年の「大津いじめ自殺事件」など深刻ないじめ事案が相次いだことをきっかけとして、2013年に施行された。学校・家庭・地域・行政が一体となっていじめ対応するための基本的枠組みを定める。この法律で定める「いじめ」の定義は社会通念上の「いじめ」よりもきわめて幅が広い。
■いじめの報告が多いほどエライ
たとえ軽微なものであっても報告しなければ、「隠ぺいしている」と見なされる。担任の教諭は槙野教頭に伝え、槙野教頭から「いじめ事案」として私へと報告があがってきた。
「いじめですか。男子生徒と女子生徒の関係はどうだったのでしょうか?」
「2人はわりと親しくて、ふだんは軽口を叩き合う間柄のようです。男子生徒としては、彼女がさぼったものだと勘違いして思わず口調が強くなってしまったらしいのです」
槙野教頭の話によると、関係性のある中でのちょっとしたいざこざにすぎない気がした。ただ、こうした事案について「これくらい大丈夫」などと勝手に判断し、文部科学省へ報告をあげなければ、「もみ消し」などと見なされないとも限らない。
いじめの認知件数は年度ごとに各学校から教育委員会に、そして文部科学省に報告され、その結果が都道府県一覧となってマスコミなどに公表される。
報告件数が少ないとどうなるか。いじめが少なくて素晴らしい! ……と褒められることはなく、隠ぺいを疑われるのだ。当時、九州の某県が2年連続で“最低(※4)”になり、厳しく批判されていた。このため、本県においても、いじめの発生については積極的な報告が教育委員会により“奨励”されていた。
学校としては再度、状況を確認したうえで、正式に「いじめ」と認定し、文部科学省へ報告する「発生件数」にカウントした。
私たちは生徒2人に対し、こうした発言でも「いじめ」に該当すること、そして文科省に報告されることを説明したうえで男子生徒に謝罪をさせた。
学校の対応が予想以上に大きくなったことに2人とも驚いていたらしい。
※4 2年連続で“最低”
当時、児童生徒1000人あたりの「いじめ認知件数」は全国平均が40.9人だったのに対し、某県は9.7人で全国“最低”だった。
■専門業者がネットパトロールを実施
ある日、インターネットパトロール業者から私宛にメールが入った。
〔令和×年×月×日、午後10時ごろ、SNS(※5)「Facebook」上にて、貴校生徒とみられるアカウントでの特定生徒に対する誹謗中傷投稿を確認しました。
【投稿内容】特定生徒の動画について『デカすぎ』『巨人』『(笑)』等の記載。発信内容には侮辱的表現が含まれ、学校関係者が特定できる形での人格否定的投稿であるため、「いじめ防止対策推進法」第2条における「心理的な影響」に該当する可能性があります〕
最近では珍しくなくなったが、本県教育委員会では、専門業者に依頼してインターネットパトロールを実施している。パトロール業者が「問題事案」を見つけると該当する高校の校長宛にメール連絡が入るシステムだ。私はすぐさま槙野教頭に相談し、担任教諭とともに生徒を特定した。
私もその投稿を見たが、同級生たちが公園で飛び跳ねながら戯(たわむ)れているもので、その中で一番長身の生徒について「デカすぎ」「巨人」などの手描き文字が添えられていた。私の目からすると、ふざけ合いながら一番高くジャンプした生徒を囃(はや)しているだけで「いじめ」のニュアンスなど微塵もない。
※5 SNS
あるとき、定時制の古川教頭が報告に来た。
■「これ、いじめですかね?」
「これ、いじめですかね?」教頭に問う。
「一応、通告があったので対応しないといけませんし……」
われわれは投稿した生徒と、写真に出ていた生徒を呼び出し、注意・指導を行なった。生徒たちは予期せぬ事態にびっくりしていたという。生徒の1人は「これはいつもの『いじり』です」と言ったらしい。彼らの反応からもやはり悪ふざけにすぎないようだった。
ひとたび「いじめ」と記録されれば、学校は「対応中」として管理され、報告義務、再発防止策、教育委員会への経過報告などが生じる。
そのたびに最終責任者である私は、何十回も読み返しボロボロになった「いじめ防止マニュアル」のページを繰ることになるのだった。
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川田 公長(かわだ・きみなが)
元県立高校校長
1965年生まれ。大学卒業後、地方公務員として某県県庁に入庁。その後、30年超にわたり行政職として各課に勤務。55歳のとき、教員免許もないまま突如、県立高校の校長への異動を命じられる。
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(元県立高校校長 川田 公長)

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