2004年、衆院選で落選した高市早苗氏は自民党議員の山本拓氏と電撃結婚した。大下英治『高市早苗 安倍晋三の後継者となった初の女性首相の戦い』(宝島社文庫)によると、独身時代は誰かの愛人だという怪文書を出されたこともあったという――。

※本稿は、大下英治『高市早苗 安倍晋三の後継者となった初の女性首相の戦い』(宝島社文庫)の一部を再編集したものです。
■平成15年の衆院選で落選した
平成5年に初当選して以来、10年間国会議員として活動し続けていた高市にとって、この衆院選での落選は衝撃的だった。
疎遠であった山本拓と高市の距離が縮まるのは、この落選がきっかけであった。
山本拓は、昭和27年7月7日、福井県鯖江市で生まれた。
父親の山本治は鯖江市長、福井県議会議長、自民党福井県連幹事長を歴任、父方の祖父の雅雄も福井県議会議員を務めていた。
山本は福井県議を2期務めたのち、平成2年の衆院選で福井全県区から自民党公認で出馬し、初当選を飾った。
その後、山本は、高市も初当選を飾る平成5年の衆院選でも再選された。山本は、平成6年に柿澤弘治らと自民党を離党し、自由党を結党。
羽田孜内閣で与党入りを果たす。この時、無所属だった高市も自由党に参加し、山本と行動を共にしている。
しかし、山本によると、この頃はあまり親しくなかったという。
山本が語る。

「アメリカ帰りでバリバリの政策通の彼女に対して、地方議員上がりのわたしは、ちょっと近寄りがたい印象を持っていました」
そして、山本は、新進党に入党するが、平成8年の衆院選で福井県2区から出馬し、落選。翌平成9年の福井県知事選でも落選した。
その後、山本は一度は政治家を引退し、事業家として活動していた。
が、政治の世界に再び挑戦することを決意し、平成15年の衆院選で福井県2区から自民党公認で出馬し、7年ぶりに国政復帰を果たした。
■山本拓が高市の弟を引き取り…
山本が高市と結婚をしたのは、この時、山本が国政に復帰したことが縁となった。
自民党に復党した山本は、高市が所属し、かつて山本自身も籍を置いていた清和政策研究会(森派)の一員となっていた。
高市が落選したあと、山本は、高市に電話をかけて励ました。
「僕も落選経験があるので、落選直後の大変さはわかります。短期間で国会事務所の撤収や秘書の再就職先探しもしなければならないでしょうから、力になれることがあれば、遠慮なく言ってください」
山本は、その後、実際に高市の力になっている。
当選後、7年ぶりに国会議員となった山本のもとに清和会の事務局から連絡があった。
「今回の衆院選で落選された清和会の先生の秘書を、引き取っていただけないでしょうか?」
久しぶりの国政復帰となった山本にとって、永田町での勤務経験のあるベテラン秘書はとても助かる存在だ。山本は二つ返事でOKした。

「わかりました」
こうして山本は、高市の秘書を務めていた実弟の知嗣を秘書として雇うことにした。
さらに高市事務所が使っていたリース期間が残っていたファックスや、コピー機なども、その一部を山本事務所で引き取った。
■落選したときが結婚のチャンス
山本が当時を振り返って語る。
「それまで10年間、国会議員として走り続けていた彼女は落ちたショックもあったのか、以前に比べると、だいぶ柔らかくなっている印象を受けました。元から謙虚な人柄だったのでしょうけれど、わたしが昔持っていたイメージに比べると、ガラっとイメージが変わりました」
山本と高市が実際に会ったのは年が明けた平成14年の5月下旬。
この時は経済人と国会議員が集まって、意見交換をおこなう席でのことだった。席上、高市は、ある企業の役員から言われた。
「落選している今のうちに、結婚相手を見つけてあげないといけませんね」
高市も、後援会長や、親から同様の話をされて、結婚相手を探すようにせっつかれていた。
候補者が独身で女性だと、選挙のたびに対立陣営から、あらぬ噂を流されることが多かったからだ。
(○○の愛人だ)
などといった怪文書をばら撒かれることも一度や二度ではなかった。
高市は言った。
「ちょうど結婚を前向きに検討したくなっていたところですので、御社の社員さんで良い方がおられたら、お世話してくださいね」
■山本から結婚の申し出をした
それから数日後、6月初旬になり、山本は、高市のもとに電話をかけた。

「真剣に結婚相手を探しておられるなら、僕もバツイチですので、立候補しますよ。3人の子持ちですが、いかがですか? わたしは調理師免許も持っているので、一生、美味しいものを食べさせますよ」
どうやら山本は、高市と財界人とのやりとりに聞き耳を立てていたようだった。
山本は国政復帰を果たす数年前に前妻と離婚していた。
前妻は世間から政治家の妻として見られることに苦しんでいたようだった。
山本はその前妻との間に1男2女の3人の子供がいた。
高市は、山本からの突然の話にビックリして、しどろもどろになりながらも対応した。
「しばらく……、考える時間をいただけませんか?」
(秘書や事務機器を引き取ってもらっただけでなく、次は自分を引き取ってもらえるのか……)
そんなことを思いながら、高市は自分が山本の提案をどこかで嬉しく思っていることに気づいた。
誰かからプロポーズされることなど久しくなかったのだ。
■3人の子持ちで3000万円の借金
高市にとって山本は、政治家としての顔しか知らなかった。
そのため、生活のパートナーとして性格は合うのかどうか、プライベートがどういう人物なのか、そういう不安はあった。
高市は、山本からの電話の内容を両親に伝えて、相談した。
母親の和子は賛成した。

「年齢を考えると、最後のチャンスなんじゃないかしら。それに、調理師免許を持っておられるなら、料理が苦手な早苗の栄養バランスも良くなるしね」
一方、父親の大休は、猛反対した。
「学齢期の3人の子持ちだなんて、苦労するぞ。山本拓の国会議員資産報告も見たが、預金ゼロで借金が3000万円もある奴じゃないか。絶対にダメだ」
■高市は「その話に乗ります」と決断
だが、高市は決断した。
(前向きに結婚を望んでいるタイミングでこんな話をいただいたのも、貴重なご縁かな……)
そう思い、山本の申し出を受けることにした。
山本の電話から1週間後、高市は結婚を承諾することにした。
高市は山本に言った。
「この前おっしゃっていた話、本気で言っておられますか?」
山本は言った。
「政治家ですから、嘘はつかないよ」

「じゃあ、わたし、その話に乗ります」
こうして2人の結婚が決まった。
その後、高市は、当時授業を持っていた近畿大学の前期試験への対応や、この年の夏におこなわれた参院選の応援活動で忙しくなってしまった。
現職の国会議員である山本も、福井県で発生した水害の甚大な被害への対策に追われ、話はそのままになっていた。

だが、9月になって、電話とメールのやりとりで入籍に向けた段取りを進めて、9月22日におこなわれた清和政策研究会の昼食会で、発表してもらった。
会長の森喜朗元総理が仲間たちに報告をしてくれて、元同僚議員たちが、驚きながらも温かく、山本と高市を祝福してくれた。
山本はのちに高市との結婚について、次のように語っている。
「バツイチで3人の子持ちである自分のことを選んでくれたことは、とても嬉しかった」
■山本家は代々、福井県議会議員
高市との結婚が決まると、山本の母親も喜んでくれた。
山本家は代々県会議員を務める男尊女卑の保守的な家庭であったが、山本の母親自身は先進的な考えの持ち主であった。
高市早苗や小池百合子など、活躍している女性議員のことを応援し、山本にもよく言っていた。
「高市さんや小池さんは、立派だね。わたしたちの時代は、女性というだけでやれないことがたくさんあったから彼女たちが羨ましい」
山本は高市との再婚が決まると伝えた。
「高市早苗さんと再婚してもいいかな?」
母親は「エーッ」と驚きの声を上げながらも、喜んでくれた。

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大下 英治(おおした・えいじ)

作家

1944年、広島県に生まれる。広島大学文学部を卒業。『週刊文春』記者をへて、作家として政財官界から芸能、犯罪まで幅広いジャンルで旺盛な創作活動をつづけている。
著書に『安倍官邸「権力」の正体』(角川新書)、『孫正義に学ぶ知恵 チーム全体で勝利する「リーダー」という生き方』(東洋出版)、『落ちこぼれでも成功できる ニトリの経営戦記』(徳間書店)、『田中角栄 最後の激闘 下剋上の掟』『日本を揺るがした三巨頭 黒幕・政商・宰相』『政権奪取秘史 二階幹事長・菅総理と田中角栄』『スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件 四四〇億円の借金帳消しを勝ち取った男たち』『安藤昇 俠気と弾丸の全生涯』『西武王国の興亡 堤義明 最後の告白』『最後の無頼派作家 梶山季之』『ハマの帝王 横浜をつくった男 藤木幸夫』『任俠映画伝説 高倉健と鶴田浩二』上・下巻(以上、さくら舎)、『逆襲弁護士 河合弘之』『最後の怪物 渡邉恒雄』『高倉健の背中 監督・降旗康男に遺した男の立ち姿』『映画女優 吉永小百合』『ショーケン 天才と狂気』『百円の男 ダイソー矢野博丈』(以上、祥伝社文庫)などがある。

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(作家 大下 英治)
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