アメリカの高校卒業率は女子88%、男子82%と6ポイントの差がある。なぜそれほどの開きが出るのか。
アメリカ少年・男性研究所所長のリチャード・V・リーヴス氏は「思春期の脳の成長スピードは男女で大きな差がある。とくに『脳のCEO』と呼ばれる前頭前野は、男の子よりも女の子のほうが約2年も早く成熟する」という――。
※本稿は、著:リチャード・V・リーヴス、訳:齋藤圭介『なぜ男は救われないのか』(太田出版)の一部を再編集したものです。
■アメリカの高校卒業率は男女で6%も違う
アメリカ合衆国で2018年に、入学から4年の標準年限で高校を卒業した女子生徒は88%いるのに対し、男子生徒は82%だ。男子生徒の高校卒業率(82%)は、〔もっとも支援を必要とする〕貧困層の生徒(男女)の高校卒業率の80%よりも、ほんのわずかに高いだけだ。
もしかしたら、そうした数字はグーグルでチャチャっと検索すれば簡単に見つけられると思うかもしれない。私もこの段落を書き始めたときには、そう思っていた。しかし、実際は違った。これらの数字を明らかにしたのはブルッキングス研究所の小さなリサーチプロジェクトだった。そこには驚きの理由があることを私は知ることになる。
各州は連邦法により、人種・民族、英語の運用能力、経済的に厳しい状況にいる生徒、ホームレス、里子、それぞれについて、高校卒業率を報告することを求められている。こうした種類のデータは、高校を中退するもっとも高いリスクがあるカテゴリーの傾向を判断するのに非常に貴重なものだ。

■男子生徒の卒業率の低さは無視されている
しかし奇妙なことに、各州は、性別ごとの高校卒業率の結果を報告する必要はない。上記に引用した性別ごとの数字を得るためには、各州のデータを徹底的に調べることが求められる。
精力的に活動をしている非営利団体であるグラッド・ネイションは、アメリカ全土の高校卒業率を90%まで上げることを目指している(2017年は85%)。これは素晴らしい目標といえる。
同団体は、その目標達成のために「有色人種の生徒、障害を抱える生徒、低所得世帯の生徒」の卒業率の上昇が求められると指摘している。間違いなくその通りだ。
しかし、同団体は大きなカテゴリーを一つ忘れている――それは男子生徒だ。なにしろ、目標の90%まで女子生徒はわずか2%ポイントなのに対し、男子生徒は目標より8%ポイントも下にいるのだから。
■中等教育の年齢では脳の成長に性差がある
なにが起きているのだろうか。多くのもっともらしい説明が可能だ。研究者のなかには、男子生徒の学校での相対的な学業不振を、彼らが高等教育(大学等の教育)に低い期待しか寄せていない〔自分は大学に行かない、行けないと思っている〕ことと関連づける人もいる。これこそ、まさに悪循環と呼べるものだ。

また、高校までの教員の性別比率が女性に激しく偏っている─―現在4人のうち3人が女性教員で、いまも増加しつつある――ことが、男子生徒を不利な状況に置くのではないかと心配する研究者もいる。たしかに、そうしたこともあるだろう。
しかし、あまりにも自明ともいえる、より重要で、より単純な説明があると私は考えている。とりわけ中等教育のもっとも重要な年齢のあいだ、男子生徒の脳の成長は女子生徒の脳の成長よりも緩慢であるということだ。
現在の研究では、ほぼ4人に1人(23%)もの男子生徒がなんらかの「発達障害」であるとみなされている。しかしそうであるならば、きちんと機能していないのは、男子生徒個人というよりは教育制度の方ではないかと疑問に思うのは当然の発想だろう。
ローレンス・スタインバーグは『15歳はなぜ言うことを聞かないのか?――最新脳科学でわかった第2の成長期』のなかで次のように書いている。
「高校生くらいの若者は、落ち着いていて、休養も十分で、しかも正しい選択をすれば報酬がもらえるとわかっていれば、よりよい判断をする」。
親であれ誰であれ、ほとんどの人は自分の10代のころを振り返れば、次のように返答するだろう――そんなことは当たり前でしょう! 私が知らないことを教えてくださいよ、と。
■10代の脳は衝動を制御する能力が弱い
10代とは、「よい選択をする」ことが脳の発達的に難しい時期なのだ。若いときは、パーティーに参加するためにベッドを抜け出すものだが、年をとってくると、ベッドで寝るためにパーティーを抜け出す。
思春期という時期は、新しい刺激を求める脳の部分(「パーティーに行こうぜ! 学校のことなんか忘れちまおう!」)と、衝動を制御する脳の部分(「今夜は勉強しないと本当にやばい」)のあいだの闘争である、ということをスタインバーグは同書で明らかにしている。

この二つの脳の部分の闘争は、車のアクセルペダルとブレーキペダルの心理学的な等価物だと考えるとわかりやすいだろう。10代の頃は、私たちの脳はアクセルペダルを踏み込みがちで、奇抜で刺激的な経験を求めてしまう。衝動を制御する能力(ブレーキのメカニズム)は、もっと後で発達する。
スタンフォード大学の生物学者・神経学者のロバート・M・サポルスキーは、『善と悪の生物学――何がヒトを動かしているのか(上・下)』のなかで、「未熟な前頭葉ではこのようなドーパミン系に対抗しても勝ち目はない」と書いている。
■「どうしてお姉ちゃんのようになれないの?」
ここから育児について重要な示唆が導かれる。すなわち、10代の子どもが自己調整のやり方を身につけられるように、親をはじめ周囲が支援することの重要性である。
思春期は、自分の感情や行動を自制することが難しい時期なのだ。その傾向は女の子と比べて、男の子の方がはるかに強い。なぜなら、男の子は、アクセルの力がより強く、ブレーキの力がより弱いからだ。
衝動を制御し、物事を計画し、未来について思考することに関連づけられる脳の部分は、ほとんどが前頭前野にある。この脳の部分は、「脳のCEO」とも呼ばれることがある。女の子の方が男の子よりも、約2年も早く成熟する。

たとえば、小脳は、女の子は11歳で十分な大きさに達するが、男の子は15歳になるまで十分な大きさにはならない。神経科学者のギョクチェン・アキュレクによると、小脳は、様々な機能を有しており、その一つとして「感情能力、認知能力、制御能力を調節する役割を担っている」と指摘する。なるほど、アキュレク博士。でも私はそのことを知っていますよ。なんたって、息子が3人いますから。
これらの知見は、注意力と自己制御にかんする調査結果とも整合性がある。思春期半ばでもっとも大きな性差が生じるのは、海馬(注意と社会的認知に関連づけられる脳の部分)が、いくぶんかは第二次性徴の影響を受けるせいでもあるのだろう。
だから、本当に多くの10代の男の子がお母さんからいわれる小言(「どうしてお姉ちゃんのようになれないの?」)への正しい返答は、「だって、母さん、皮質と皮質下の灰白質には、性差によって異なる発達経路があるからだよ」といった感じになるだろうか(そして彼らはテレビゲームに戻るわけだ)。
■脳のジェンダー差を調べる研究は増え続けている
脳の一部が成長し続けるあいだ、脳繊維のなかには、神経系の機能を向上させるために余分な部分を刈り込むものもある。より効率的になるために、脳の一部はより小さくなる必要があると聞くと奇妙に思うが、事実だ。
脳は基本的に、みずから不要なものを捨てて、きちんとみずからを整理整頓している。見た目をよくするために生垣を切り込むようなものだと想像するとよい。
余分なものを切り詰めるこの作業は、10代の子どもの成長にとってはとくに重要となる。
4歳から40歳まで121人の詳細な脳画像に基づく研究によると、この脳繊維の刈り込み作業は、男の子の脳よりも女の子の脳で早くに生じる。その差は、だいたい16歳あたりでもっとも大きくなる。
科学ジャーナリストのクリスネル・ストーアは次のように指摘する。「脳のジェンダー差を調べる研究は増え続けている。これらの知見は、そうした研究の蓄積に付け加わるものです。……科学は、私たちの脳の成長の仕方には違いがあることを示している。この事実について議論の余地があると考える人はいないでしょう」(にもかかわらず相当数の人が議論する余地があると考えていることがわかった)。
■なぜ女子のほうが早々に大人びるのか
毎度のことだが、ここでは平均について話していることに注意を促しておきたい。しかし、性別によって脳の発達のタイミングが異なる事実は、多くの親に衝撃を与えるとは私は考えていない。
ペンシルバニア大学医学大学院の神経学部・学部長のフランシス・ジェンセンによると、「シナプスやその結合プロセスがもっとも活性化するという観点からいえば、思春期において、平均的な女の子は男の子よりも2年から3年分くらい成長している」。「15歳の男の子と女の子を思い浮かべればわかるとおり、この事実はほとんどの人にとってまったく驚くことではない」。

私には娘はいないが、息子たちが中学校や高校生のころ、女の子の友達を家に連れてきていた。そうしたときに彼女たちをみていると、男女の成熟度の違いにはびっくりすることが多かった。
学生が、GPAを気にしなければならず、試験に備えなければならず、トラブルを避けなければならない、まさにそうした時期に、学業上の成功のためにもっとも大切なスキルや特性にかんする発達上のジェンダー格差はもっとも広がる。
■神経科学的に見れば教育制度は女子に有利
全米アカデミーズ(National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine)が2019年に発表した、思春期についての新しい科学的研究の重要性を論じた報告書は、「脳の発達と思春期の関係における性差は、思春期における顕著なジェンダー格差を理解することに直接的に関連する」と示唆した。
しかし、とりわけ思春期のあいだの脳の発達の性差に着目をする新しい科学は、これまでのところ教育政策にまったく影響を与えていない。たとえば、全米アカデミーズによる報告書の教育政策の章では、同報告書が確認した脳の発達に性差があるという科学的知見に関して、いかなる具体的な提言も記載していない。
神経学的な性差の重要性をめぐる議論は、かなり熾烈なものになることもあるが、教育にかんするかぎり、間違った枠組みで議論が行われている。思春期以降も続く男女の心理状態の違いには、生物学的な基礎をもつものも間違いなくある。
なんといっても男女の脳についてもっとも大きな違いは、その発達の仕方にあるのではなく、発達するタイミングにあるのだ。大切なことは、実際の年齢と発達上の年齢の関係が、女の子と男の子とではとても異なることだ。神経科学的な見地からいえば、教育制度は、女の子に有利になるようにつくられていることになる。
■女性の社会進出が進んで明らかになってきた
いうまでもないが、これは誰かが意図したことではない。いまの教育制度をつくったのは、なにしろ主に男性だったのだから。男の子を不利な立場に追い込んでやろうという、100年来のフェミニストの陰謀などない。
教育制度における構造化されたジェンダーバイアスは、より高い教育やキャリアを追い求めることを女の子に思いとどまらせ、代わりに家庭内の役割を担うように誘導していたときには、気づくことが難しかった。
女性運動が、高い教育やキャリアの機会を女子生徒や女性のために切り開いてきてくれた結果として、年を追うごとに、女性がもつ本来の脳の発達のタイミングによる優位性がより明らかになってきているのだ。

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リチャード・V・リーヴス
アメリカ少年・男性研究所 所長

ボーイズ・アンド・メン・プロジェクトを指揮。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナル、アトランティックに定期的に寄稿している。2017年に『Dream Hoarders』を著し、階級と不平等に関する議論を喚起した功績により、ポリティコ誌の米国の思想家トップ50に選出。前著『Dream Hoarders』はエコノミスト誌とオブザーバー誌の「Book of the Year」に選ばれた。

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齋藤 圭介(さいとう・けいすけ)

岡山大学大学院学術研究院社会文化科学学域(文)准教授

1981年、神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会学)。専門は社会学、ジェンダー研究。単著に『男性の生殖経験とは何か』(晃洋書房、近刊)、編著に『日本の「射精責任」論』(太田出版、2025)、訳書に『ボディ・スタディーズ 性、人種、階級、エイジング、健康/病の身体学への招待』分担訳(晃洋書房、2017)など。

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(アメリカ少年・男性研究所 所長 リチャード・V・リーヴス、岡山大学大学院学術研究院社会文化科学学域(文)准教授 齋藤 圭介)
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