■出産で変化した「宿命的に孤独」の意識
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」も残すところあとわずか。6日放送の110回では、ついにトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の間に待望の第1子が誕生した。ここに来て展開の速さに、ちょっと驚くのだが残り話数を考えると仕方がない。
ともあれ、この出産、八雲にとっては一大事であった。
だって、八雲はそもそも両親が揃って家族仲良くという家庭を知らない。僅かに記憶に残る母との生活も父は不在であった。そう、八雲にとって家族は憧れるだけのものであり、同時に自分の人生には縁のない唾棄すべきものだった。
(参考:だからセツとの距離が一気に縮まった…「ばけばけ」では描かれない、小泉八雲が重ねた「生き別れた母」の面影)
とにかく自分は作家であり、宿命的に孤独なのだと思い込んで生きていたのだ。
こういうタイプの男性は例外なく、妊娠から出産までの間に意識が180度転換する。おおむね妊娠から出産の間は迷いの時間である。ずっと「子供なんて……」「俺には、父親になる能力など無い」「これで筆が鈍ったらどうしよう」などなど。
■八雲「御体の祈りを捧げました」
問題は、その転換点である。
八雲が転換したのは、トキの出産の直前だ。
以前の記事でも記したが、八雲は親友のエルウッド・ヘンドリックに息子の誕生を知らせる手紙を興奮気味に書いている。
(参考:松江に住み続ければよかったのに…「熊本は退屈すぎる」と嘆いた小泉八雲がそれでも離れられなかった理由)
この新しい経験で「出産」と云う事は、神聖な物又恐ろしい物で、宗教の力を借りて保護してもまだ十分と云へない事を非常に深くさとりました。
それから自分の子供を生んでくれる女を虐待する男も世の中にはあると思い出したら、天地もしばらく暗くなるような気が致しました。それから私はこんな幸福を授けてくれた「不可思議の力」に対して恭しく感謝した事を白状します。それから御体の祈りを捧げました。そうするのが愚かな事だとは思いませんでした。
過去、寄宿学校で押しつけられた経験からカトリックを嫌っていた八雲が、御体の祈り=「アニマ・クリスティ(キリストの魂)」の祈祷文を必死に唱えている。
わかるだろうか。もはや、八雲も「宿命的な孤独」を自分のアイデンティティーとして守り続ける必要がなくなったのだ。
■八雲に訪れた「ひざまずくしかない瞬間」
子供の誕生という「不可思議の力」の前では、どんな思想も、どんな信念も、ひとまず脇に置かざるを得ない。嫌っていたはずのカトリックの祈祷文を口ずさむ自分を、八雲は「愚かな事だとは思いませんでした」と書いている。
この一文の重さを、もう少し噛みしめたい。
八雲は、子供の頃から寄宿学校でカトリックを叩き込まれ、その窮屈さと偽善に反発し続けてきた男だ。仏教や神道、日本の民間信仰に惹かれたのも、西洋キリスト教への根深い嫌悪と表裏一体だった。その八雲が、理屈も体裁も関係なく、体の奥から祈祷文を絞り出している。すがるしかなかったのだ。
愛する人が命がけで苦しんでいる。その前に人間は無力であり、思想など何の役にも立たない。「不可思議の力」という言葉を八雲はあえて曖昧に書いているが、その正体は問題ではない。制御できない何かに対して、ひざまずくしかない瞬間が八雲に訪れた。
そしてここに、八雲が人間として一段成長した姿を見ることができる。
それまでの八雲にとって「信じること」は、常に知的な選択だった。仏教を選び、神道を選び、民間信仰を選ぶ。その選択には、常に観察者としての自分が存在していた。だが出産という極限の場面で、八雲は初めて「選ばずに」すがった。知性ではなく、恐怖と愛から。
■熊本の悪口“だけ”ではなくなった
思想より先に、体が動いた。それが父親になる瞬間というものだろう。だがそれ以上に、これは八雲が「完全な観察者」から「当事者」へと転じた瞬間でもあった。
母・ローザの故郷であるレフカダ島の信仰ならば、神は頭で選ぶものではなく、存在ごとすがるもの。八雲の祈りは母への祈りでもあったのだ。
実際、いよいよ出産が迫ってくると八雲の心情は著しく変化している。1893年7月、熊本での職を紹介してくれた東京帝国大学のチェンバレンへの手紙では、熊本には寺も美術も礼儀もない。
丸山学『小泉八雲新考』(北星堂書店、1936年)は「ヘルンの熊本に対する愛着も主としてこの子供の出生によって芽生えたと見ることができる」と記している。
つまりは、おそらくこういうことだろう。子供が生まれて育つ土地なのに、いつまでも「寺がない」「礼儀がなっていない」と悪口を並べ立てていたら教育によくない……八雲はそう思い始めたのではないか。
こうして産まれた長男・一雄は自身の著書でこう書いている。
明治26年11月の私の誕生こそは父の運命を決するものであった。
(小泉一雄『父小泉八雲』小山書店、1950年)
■八雲が希望した「カジオ」、セツの希望は「ヒデオ」
「父の運命を決する」息子がそう言い切れるほど、八雲は変わったのだろう。
考えてみれば当然だ。セツの家族への援助には、確かに責任が伴った。だがそれはあくまで「援助」である。
しかし子供は違う。
この子は、自分が存在することを選んでいない。どんな言い訳も、どんな思想も、この一点の前では通用しない。「宿命的な孤独」を盾にすることも、もはやできない。八雲はここで初めて、逃げ場のない責任と向き合ったのである。
さて、こうして待望の第1子が産まれるわけだが、すべて円満というわけではない。『父小泉八雲』によれば、けっこう夫婦間で名前をどうするかが難行したようで、こう書いてある。
父は自分の名ラフカディオから取って長男にカジオ(梶夫)と命名したかった(注:ラフカディオLafcadioの後半cadioをそのまま日本語読みすればカジオになる)。
母が「梶」はなんだか芝居や浄瑠璃の敵役、梶原を思わせたり「火事」とも同音だからいけないと反対して英雄(ヒデオ)とつけるよう主張した。父は英人だからとの考から。
これには父が反対した。私は英国人ではないしヒデオはHideousに似た語呂でよくないというのである。(中略)そこで私は平凡なる一匹の雄、即ち一雄と命名されるに至った。
■一雄「父は書簡中に私の事をカジヲと書いている」
引用だけだと意味不明だが、解説すると完全に夫婦漫才である。
セツのほうは「梶」が「梶原」を連想させるという。これは、歌舞伎・浄瑠璃の演目「梶原平三誉石切」の梶原景時のことだ。ただ、実在の梶原景時は、源頼朝の腹心でありながら、義経や忠臣たちを陥れた讒言者として描かれる悪役の代名詞である。
つまり古典が現役の娯楽だった時代「梶原」といえば当時の日本人には即座に「卑劣な告げ口男」を連想したというわけだ。今でいえば、誰もが知ってるアニメやドラマの悪役の名前に似た名前をつけるようなものだ。
ならばと提案した英雄のほうが、八雲にしてみれば「Hideous=醜い、汚い」を連想し、なんてことをいってるんだとなってしまう。さらに「私は英国人ではない」という八雲の拒否感も重い。ようは、なにもよい思い出もない。この時点ではただ国籍があるに過ぎないイギリスに関わりがあるものは、一切遠ざけたかったのだ。
ともあれ、円満に名前は一雄にまとまったかと思えばそうでもない。『父小泉八雲』には、こんな記述がつづいている。
父は友人や親戚への書簡中に私の事を度々カジ(kaji)あるいはカジヲ(kajiwo)と書いている。
諦めていなかったのだ。
■「レオポルド」という名も与えた
なぜそこまで「カジオ」にこだわったのか。答えは単純である。「ラフカディオ」から取った名前だからだ。自分の名前を息子に刻みたい。それは洋の東西を問わず、父親の普遍的な本能だろう。
しかしそれだけではない。八雲にとって「ラフカディオ」という名前は、母・ローザの故郷レフカダ島に由来する。失われた母との記憶、二度と戻れない原点……その全てが「カジオ」という音に込められていたのかもしれない。
セツには「火事」に聞こえた音が、八雲には「母」に聞こえていたというわけだ。
さらに、八雲は一雄に「レオポルド(Leopold)」という名も与えている。
なぜレオポルドか。ここには八雲の人生で「助けてくれた人」の記憶が二重に重なっている。
一人目は従兄のロバート。孤独な幼少期、夏休みに大叔母の家へ行くと、このロバートが水泳を教えてくれた。暗い人生の中でロバートは数少ないオアシスだったようだ。
二人目はフランス人のレオポルド。西インド時代、八雲は熱病にかかって収入が途絶え、文字通り一文無しで死にかけた。そこへ無利子無期限で金を融通してくれたのがこの男だ。返済期限なし、利子なし……現代でもめったにいない。
そしてこの二人、顔が似ていたというのだ。さらにそこへもってきて、生まれた一雄がロバートにそっくりだった。
■息子に詰め込まれた“八雲のすべての恩”
八雲は何かを感じたに違いない。この子はロバートであり、レオポルドであり、自分の人生を救ってくれた人々の生まれ変わりではないか……という具合である。
公式には一雄、私的にはカジ、そしてレオポルド。息子一人に、八雲の人生のすべての恩が詰め込まれた……完全に親バカである。ついこの前まで、自分は宿命的な孤独を生きる作家のごとく振る舞っていたのに、もう子供のことを溺愛しまくっている。
そして、そこまで溺愛された息子はどう育ったか。
一雄は成人後、横浜グランドホテルなどに勤めながら、父の書簡を編集し伝記を執筆するなど、八雲の業績を伝えることに人生を費やした。親孝行な息子である……と言いたいところだが、一雄はかなりシニカルな性格に育っている。確実に八雲の血を引いているのだ。
『父小泉八雲』は表向き穏やかな回想録だが、読み込むと恐ろしい本である。直接的な悪罵こそないものの、快く思っていない人物に対しては、言葉の端々に絶妙な毒が仕込まれている。怒鳴らずに刺す、父譲りの流儀だ。
■「宿命的な孤独」は熊本で終わっていた
一雄が熊本で過ごしたのは一年程度に過ぎない。しかし長男だけに、ほかの兄弟とは異なり、10歳まで父の背中をみて育ったわけだ。これでは、父親譲りの性格になるのも当然だ。
しかも、父とは違って早稲田大学を卒業してからは就職をしている。つまり、八雲とは違い、社会常識もちゃんと兼ね備えた毒舌家となったわけだ。
親バカが育てた子供が、社会人として自立しながら父の業績を後世に伝える。八雲の「宿命的な孤独」は、熊本で完全に終わっていたのである。
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昼間 たかし(ひるま・たかし)
ルポライター
1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。
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(ルポライター 昼間 たかし)

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