小学館が運営する漫画アプリ「マンガワン」がいま大炎上している。過去に性犯罪で有罪となった人物が別名義で原作者として起用されていたことが発覚し、漫画家の連載中止や作品引き上げが相次いでいる。
この問題はなぜここまで拡大したのか。企業の不祥事対応に詳しいエス・ピー・ネットワーク主任研究員の西尾晋さんは、「問題をさらに拡大させたのは小学館が公表した謝罪文だ。そこには“完全に余計な一文”があった」という――。
■収まらないマンガワンの大炎上
いま、小学館が運営する漫画配信アプリ「マンガワン」がSNSを中心に強い批判を受けています。
かつてマンガワンで連載していた『堕天作戦』の作者・山本章一氏が、2020年に児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造)で罰金刑を受けていたことが発覚。2026年2月には民事訴訟で敗訴していたことが明らかになった。
マンガワン編集部は2月27日付のリリースで、山本氏の連載を中止したにもかかわらず、別のペンネーム(山本氏は一路一(いちろはじめ))に変更し、『常人仮面』原作者として起用していた事実を認めました。
さらに、『週刊少年ジャンプ』で2018年から2020年まで連載されていた『アクタージュ act-age』という作品の原作者であり、2020年に強制わいせつ罪で有罪判決を受けたマツキタツヤ氏も、八ツ波樹(やつなみみき)という名義でマンガワン内に連載を持っていたことを小学館が公表したことで、読者からさらに激しい批判が殺到しました。小学館のこうした対応に抗議の意味を込めて、連載を取りやめる漫画家も続出しています。
ネットを中心に火がついたこの騒動は、企業の危機管理という観点から見ても非常に多くの教訓を含んでいます。なぜ小学館への批判はここまで高まったのでしょうか。
企業不祥事の対応を長年見てきた専門家である私の目から見ると、小学館の初期対応にはいくつもミスがありました。

■「謝罪の基本」をまったくわかっていない
不祥事が起きた際、企業が真っ先に出すリリースは極めて重要です。ですが、2月27日にマンガワン編集部が出した「『常人仮面』配信停止に関するご説明とお詫び」というリリースは「謝罪しているのに、何に対して謝っているのかわからない」ものでした。
リリースには「本来であれば起用すべきではありませんでした」とありますが、なぜ本来であれば起用すべきではないのか、なぜ山本氏の場合は起用してしまったのか、ということがこの文章だけを見てもまったくわかりません。また、マンガワン編集部、あるいは小学館として、いつの段階で過去の犯罪を認識していたのか、といった肝心な経緯も一切書かれていませんでした。
次に、一度は「社長室」という名義で発表され、その後小学館の名義に修正され公表された「マンガワンにおける原作者起用について」という2月28日に公表されたリリースでは、「重大な瑕疵があった」と表現していますが、具体的にどんな瑕疵があったのかは不明なままです。
謝罪をするのであれば、まずは自分たちが把握している事実関係を包み隠さず伝えることが重要です。企業不祥事においては、会社としてどこまで事実を確認できているのかを明確にすることが重要です。
「どこに問題があったのか、誰に責任があるのか」ということを明確にしなければ謝罪は成立しません。
■「金曜午後の謝罪」はもう通用しない
かつての企業広報では、不祥事のリリースを「金曜日の午後」に出すのが定石だったそうです。SNSがない時代に企業不祥事を追及したのはテレビと新聞でしたが、週末になればワイドショーも放送されなくなるため、世間の怒りが落ち着いたタイミングで次の手を打っていたようです。
今回のマンガワンの件でも、アプリ上で最初の謝罪リリースが出されたのは2月27日金曜日の17時でした。しかし、いまの時代にこの手法はまったく通用しません。

SNSが発達した現代において、情報拡散に平日や休日は関係ないからです。むしろ、週末に逃げ切ろうとするような旧態依然とした対応をとること自体が、「批判から逃げている」「事態を軽く見ている」と見なされ、かえってネット上で激しく叩かれるための燃料を投下する結果になってしまうのです。
そもそも、マンガワンの炎上は新聞やテレビではなくSNSによって拡散していったものだったため、こうしたマンガワン編集部側の対応に対してさらに炎上が加速していきました。SNS時代の不祥事対応では、問題から逃げずに、誠実に事実関係を明らかにして謝罪するのがもっとも効果的なのです。
■「リリースの名義」で本気度が伝わってくる
企業不祥事などの危機管理において、「誰の名前でメッセージを発信するか」は企業の姿勢そのものを表します。今回の騒動では、リリースの名義が迷走した点にも小学館の考えの甘さが露呈しています。
さきほども触れたように、最初は「マンガワン編集部」という一事業部の名義でリリースが出され、その後「社長室」に変わり、最終的に「小学館」という会社名義で出されることになりました。
事態を本当に重く受け止めていたのであれば、一番初めの段階で迷わず「小学館」という全社的な名義で正式な謝罪リリースを出すべきでした。最初は編集部内の局地的なトラブルとして小さく済ませようとし、ネット上で批判が大きくなってから慌てて会社名義に引き上げたような印象を強く与えてしまいます。
このような対応は、事態の重大性を全く理解しておらず、なんとか責任から逃れようとしていると受け取られても仕方がありません。SNSからあっという間に火がつき、対応が後手後手に回ってしまった結果、読者だけでなく自社で連載を持つ大切な漫画家たちからの信用まで失うことになってしまったのです。
■「ご説明」にあった完全にNGな一文
さらに専門家として目を疑ったのは、「マンガワンにおける新たな原作者起用問題と第三者委員会設置について」というリリース(3月2日付)の中にあった一文です。

このリリースでは、問題点の検証や原因の究明をするための第三者委員会の立ち上げと併せて、山本氏とは別に、過去に強制わいせつで逮捕され有罪になったマツキタツヤ氏が八ツ波樹という名義で『星霜の心理士』という漫画作品の原作者として活動していたことが明かされています。
このマツキ氏を起用した経緯を説明する文章のなかにあった「これをもって社会復帰を目指すことは否定すべきではないと編集部は判断しています」という一文に非常に驚きました。これは危機管理の専門家からすれば、完全に余計な一言です。
というのも不祥事に関するリリースは、お詫びと客観的な事実や経緯を、誠意をもって説明する場であり、会社の独りよがりな判断や価値観を世間にアピールするための場所ではないからです。
企業側がいくら「私たちはこう判断した」と力説したところで、世間から「いや、あなたのその判断自体が間違っているのです」と指摘されてしまえば、それまでです。この文章は事実上、「小学館は、名義を変えさえすればどのような経歴を持つ人物でも仕事ができると考える出版社です」と自ら宣言しているようなものです。
自分たちの判断の正当性を懸命に自己弁護するのではなく、まずは客観的な事実のみを淡々と述べることに徹するべきでした。その事実に対する評価は、自らが下すのではなく、あくまで第三者や社会の判断に委ねるのが正しい危機管理のあり方なのです。
■「フジテレビ問題」との共通点
小学館の対応からは、メディア企業ならではの根深い弱点が見えてきます。
かつてフジテレビが不祥事を起こした際にも同じような問題が指摘されましたが、メディア企業は日常的に「取材する側」に立っているため、いざ自分が「取材される側」や「追及される側」に回ったときの危機管理や広報力が決定的に不足しているのです。
自分たちの媒体を通じて告知さえすれば何とかなるという、身内向けの甘い論理から抜け出せていません。世間のコンプライアンスに対する意識は、ここ数年で加速度的に高まっています。
一昔前なら通用したかもしれない「この業界では当たり前のことだ」という閉鎖的な常識は、もはや社会では一切受け入れられません。
とりわけ未成年への性加害という極めてデリケートかつ重大な問題に対して、自浄作用を的確に働かせることができなかった点は致命的です。性加害の問題は、ジャニーズ問題やフジテレビ問題など世間を大きく騒がせてきました。
むしろ、そうした問題を報じる側にある企業が、性加害の問題を適切に理解せず、社会が企業に求める高い倫理観のレベルに自らをアップデートできていなかったことが、今回の大炎上を招いた要因のひとつだと言えるでしょう。
■信頼回復のために真っ先にやるべきこと
では、小学館が信頼を失わないためには、具体的にどう動くべきだったのでしょうか。
もし今回の問題に関する事実確認がある程度進んでいたのであれば、初期の段階で経営責任者である社長が主体となって記者会見を開くべきでした。間違いなく厳しい批判が飛び交う会見になったでしょうが、トップが自ら矢面に立って明確なメッセージを出していれば、離れていった漫画家さんたちの印象も大きく違ったはずです。
記者会見はどうやっても「負け戦」です。会見を開いたからといって大幅に企業イメージが改善するわけではありません。ただ、会見を開くことで問題の鎮静化を早めることができる場合があります。今回の騒動によってマンガワンからは多数の漫画家が作品の引き上げを表明していますが、このまま問題が長引くとマンガワンは書き手を失いかねません。
問題を長期化させないためにも、社内調査で判明した事実をもとに、社長自らが事実を公表し、誠実に謝罪し、再発防止策を実行していくことを約束すれば、小学館やマンガワン編集部に対する印象はいまよりも悪くならなかった可能性は十分にあります。

■「アプリの一時的な利用停止」も検討すべき
また、これから具体的に進められる施策としては、アプリの一時的な利用停止があげられます。これは単に反省の意を示すためのものではなく、第三者委員会による調査結果が出るまではサービスを停止する、という判断です。
なぜなら、山本氏やマツキ氏のような人物が、いま現在も連載している可能性が否定しきれない状況にあるからです。読者としても、そうした問題のある漫画家や原作者の作品を知らずに読んでしまうことに対して心理的な抵抗感があると考えられますし、執筆している別の漫画家としても「あの作家も性加害を行ったのではないか」と周囲から見られてしまうリスクがあります。
そうした問題を打開するためにも、一度マンガワンのサービスを止め、すべての事実関係が明らかになってからクリーンな状態で再開するという姿勢を示すべきです。
■逃げれば逃げるほど、企業のリスクは高まる
そして、失われた信頼を取り戻すためには、事実関係を徹底的に明確にしたうえで、二度と同じ過ちを繰り返さないよう「ここまでやるのか」と世間が驚くほど、やりすぎなぐらい徹底した再発防止策を打ち出す必要があります。
具体的には、現在取引のある漫画家や原作者に対するコンプライアンスチェックを徹底するなど、人と予算を割いて誠実に対応するべきでしょう。
さきほどお伝えしたように、企業不祥事では逃げたり嘘をついても状況はまったく改善されません。それどころか、今回の問題のようにSNSで批判が高まっていった場合、企業が都合の悪いことを隠そうとしているそぶりを見せれば、それを暴こうとする流れがSNSで盛り上がる可能性が非常に高いです。隠せば隠すだけ、企業側のリスクが高まるのです。
小学館が誠実に対応するのか、それとも都合が悪いことには目を背けてしまうのか。
3月9日、小学館は「被害に遭われた方への謝罪と、 人権尊重のための小学館の取り組みについて」と題したリリースを公表しました。
リリースでは被害女性に謝罪する機会を得たことや、具体的な謝罪内容を明らかにし、再発防止策を具体的に進めていくことを表明しています。
被害者女性に謝罪し、再発防止に取り組むというメッセージを打ち出したことは評価できるものです。ですが、効果的な再発防止策を実行していけるかは、小学館が今回の問題に真摯に向き合えるかどうかにかかっています。
いずれにせよ、メディア企業の不祥事が続いているなかで、今回のマンガワン騒動における小学館の不祥事対応もまた、多くの人々の信頼を失うものであったことは間違いないでしょう。

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西尾 晋(にしお・しん)

エス・ピー・ネットワーク執行役員(CS企画推進部担当)主席研究員

2001年1月、エス・ピー・ネットワーク入社。悪質クレームや反社会的勢力対応、危機管理広報等のクライシス対応支援を数多く手がけるほか、コンプライアンスや反社会的勢力対応、内部統制、株主総会、事業継続マネジメントシステムに関する危機管理コンサルティング、企業危機管理アカデミーや外部オープンセミナー、大学での講義まで幅広く担当する。主な著書に、『クレーム対応の「超」基本エッセンス』(2013年、レクシスネクシス・ジャパン刊) 同新訂版(2018年、第一法規刊)(2022年、第一法規刊)などがある。

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(エス・ピー・ネットワーク執行役員(CS企画推進部担当)主席研究員 西尾 晋)
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