■「ホルムズ海峡の封鎖」が農業に直撃
長引く円安とウクライナ戦争以降の物価高で、日本人が食料を買えない事態がここ数年深刻化している。拙著(『世界で最初に飢えるのは日本』講談社+α新書)にも書いたが、中国などが経済力にあかして高級肉や海産物などを買いあさるうえ、アメリカとの関係悪化に備えて穀物を買い占めているため、日本の輸入業者は買えなくなってきていると聞く。
その上、インドの人口が中国を抜いて15億人に近づきつつある。経済力でも、インドのGDPはもうすぐ日本を抜き世界4位へ浮上すると見られている。インドが食料品を輸入しはじめると、特に高級食材などは日本にますます入ってこなくなるだろう。
新興国の肉や乳製品需要の増加、そのための飼料穀物需要の増大で、中期的な国際食料需給の逼迫基調がますます強まることは間違いない。
気候変動や紛争リスクの高まりもあり、食料や生産資材の輸入依存からの脱却が不可欠になってきている。こうして食料危機のリスクが高まってきていた最中、米国によるイラン攻撃が開始され、食料危機リスクは一気に深刻さの度合いが極度に増した。
ホルムズ海峡が封鎖に近い状態になったことは、我が国の石油の需給を直撃する大問題だ。トラクターやコンバインといった農業機械も施設園芸ハウスの暖房も石油がないと動かせないため、この問題は必ず農業を直撃するだろう。
■日本の食料自給率は「数%」に低下
日本国内のガソリン価格はすでにじわりと値上がりしている。
我が国のエネルギー自給率は11%しかない。一方、食料自給率はカロリーベースで38%(2024年度)となっている。38%はかなり少ないが、さらに、肥料原料がほぼ輸入に頼っていることを踏まえ、野菜だけでなくコメなどの種の自給率も10%になるという仮定での「最悪の食料自給率」を筆者が試算したところ、実は9.2%に近づいていることがわかった。
しかも、この計算には11%という低いエネルギー自給率が含まれていない。ホルムズ海峡の封鎖により、石油の輸入が止まれば、農業機械や施設が使えなくなるので、農業生産は激減しかねない。
そのことを計算にいれれば、日本の本当の自給率は、9.2%どころか、数%程度まで落ち込むだろう。そんな危機的状況が現実味を帯びてきている。いざとなれば、「3食サツマイモで凌ぐ」というのが政府の食料安全保障の切り札だという。それ自体が驚きだが、その切り札さえ危ぶまれる状況になってきている。
■「肥料」の供給に影響が出る
肥料は原料のほぼ100%を輸入しているが、その調達に困難が生じるリスクも中東における軍事衝突により増している。具体的には、化学肥料の原料となる尿素、りん安(リン酸アンモニウム)、塩化加里(塩化カリウム)はほぼ全量が輸入だが、紛争により海運の乱れや運賃上昇が生じれば、これらの輸入に影響が及び、肥料の供給に問題が生じる。
さらに、肥料原料の中には、中東から輸入しているものもある。
尿素はカタールやサウジアラビアから、りん安はヨルダン、塩化加里はイスラエル、ヨルダンからも輸入している。割合が大きくはないとはいえ、これらの国からの輸入が止まれば一定の影響があると考えられる。さらに、尿素を中東に依存していた国々がマレーシアなどのアジア産に切り替えているため、日本のおもな輸入先のマレーシア産尿素の価格が上昇しているという「玉突き」的な影響も出ている。
実際、イランによる報復攻撃を受けたカタールでは、資源の輸出が停止している。カタールの国営エネルギー企業カタール・エナジーは、販売先への義務を免れる「フォースマジュール(不可抗力宣言)」を出している。LNGの輸出が大規模にストップすることが確実だ。同社はLNG由来の尿素も生産しており、こちらも生産中止が発表されている。
尿素は肥料原料でもあり、またディーゼル車を動かすのにも必要なため、日本の農業には広範囲に影響が出るだろう。
■「あと5年でコメをつくる人はいなくなる」
食料供給の安定のためには、肥料や燃料を含め生産資材の国産化も進めつつ、食料の国内生産を増やして、輸入を国産に置き換え、備蓄も増やすべきだ。そんな取り組みこそが、いざというときに国民の命を守る、最優先にやるべき「国防」のはずだ。
だが、拙著(『令和の米騒動』文春新書、『もうコメは食えなくなるのか』講談社+α新書)でも繰り返し指摘してきたように、政府には、まったくその認識がない。
コメもその他の農産物も、価格が低迷する一方、生産にかかるコストは上昇している。そのしわよせが来ているのが農家の所得だ。農家の所得が低迷しているため、あらたに農業に参入する若者が減少している。次の世代が育っておらず、農業就業者の平均年齢はいまや69歳まで上昇した。
つまり、あと10年ほどで、農家の大半が農業を辞めざるを得なくなるということだ。
筆者は年中、農村の現場をまわっているが、「あと5年もたてば、ここでコメをつくる人はいなくなる。この集落はいずれ住めなくなる」という悲痛な声が山のように寄せられる。その声が本当なら、日本の農業はあと5年くらいが正念場ではないか。
■高市政権は農業に金を使う気がない
この問題について筆者はこれまでも長年にわたりこの問題に警鐘を鳴らしてきた。このまま放置すれば、農家はこれから加速度的に減少する。地域コミュニティも崩壊し、いざというときに食べる国産食料がなくなる状況が生まれる。
これをギリギリ回避するためには、何らかの形で農家の所得を支援する政策が必要だろう。
だが高市政権は、「経済安全保障」を掲げ、「積極財政」をうたいながら、農業に予算を投入する気はないらしい。
農家の所得を支援する政策はやらず、近年不足気味で価格が不安定化しているコメでさえ、「需要に応じた生産」として、ますます生産を減らす方向に誘導するという。
これのどこが「経済安全保障」で「積極財政」なのだろうか。
このままの政策が続けば、いずれコメの生産が激減するタイミングが訪れるだろう。すでに、この1年でコメの輸入は1年前の95倍の水準まで増えた。万一食料輸入が止まれば「日本は飢餓に陥り一巻の終わり」という事態は遠くない。
ホルムズ海峡の封鎖と、政府の農業放置政策により、刻一刻とこうした状況が迫っている。
■コメ備蓄量は「たった15日分」
日本のコメ備蓄量は約30万トンと、たった15日分しかない。一方、中国は1.5年分を備蓄しているとされる。
中国並みはもはや無理だとしても、せめて1年分くらいは備蓄する必要があるのではないか。その場合、国内備蓄をあと700万トン程度増やす必要がある。
コメは主食として使い勝手がいい。
ただ、コメは余ってはいない。そもそも、日本の食料自給率が低いということは、国産食料生産が足りていないことを意味している。海外からの調達リスクが高まっているなら政府としてはコメやその他の食料増産のために必要な予算措置を講ずるのが当然だ。
■農業予算を削って防衛費に回す高市政権
だが高市政権から聞こえてくるのは、防衛費の増額や、半導体工場などへの投資の話ばかり。そっちにカネを回さなければならないので、農業予算をできるだけ削りたいのだろう。歴史的に、農業予算は武器購入の穴埋めの削減対象のように位置付けられてきた。
だが、命を守る一番の要は食料であり、それを生み出す農業ではないか。それをないがしろにしていては、どのような安全保障もまったく意味をなさない。
農業予算を削る日本を尻目に、世界各国は農業に手厚い保護を与えている。
米国には、コメにしろ、他の穀物にしろ、国際的に競争力を持つような安い価格で売っても、農家には再生産価格との差額が全額支払われる制度があり、1兆円規模の予算が確保されている。
米国の農家は所得が保障されているため、作りすぎて売れなくなることをあまり気にせず、どんどん増産することができる。余った分については安く売ることができるため、海外市場で競争力を持つので、世界中に販路を広げていける。
欧州も、穀物などの販売価格が生産コスト割れの安い価格になっても、多額の補助金によって赤字部分を補い、残りが所得になる。
フランスでは所得に占める補助金率が130haの小麦農家で235%、酪農家で143%と、補助金で支えられている状況が当たり前なのである。
このように、農家の所得を確保することで、食料品を安く売れるので、需要が広がり、海外への輸出も可能になるわけだ。
日本にはこういった発想や政策がまったく欠如している。
■「日本の農家は補助金漬けで過保護だ」は間違い
その上、「日本の農家は補助金漬けで過保護だ」という誤解がいまだにまかり通っている。
日本農業は過保護だという論拠として、OECD(経済協力開発機構)のPSE(生産者保護推定額)が持ち出されることがある。
この指標によれば、日本の農業には5兆円もの保護があり、しかも、その90%以上が市場価格支持(MPS)に依存する、とされている。
ただ実はこの指標には欠陥がある。PSEは内外価格差に基づいているが、PSEは輸送費と関税で説明できない価格差(我が国はこの部分が多い)を、すべて「非関税障壁」として、保護額に算入している。
例えば、スーパーで国産のネギ一束が158円、外国産が100円で並んで販売されているとする。これを、「158円の国産ネギに対して外国産が58円安いとき、日本の消費者はどちらを買っても同等と判断している」と解釈すると、この58円分は国産ネギへの消費者の評価であり、生産者の品質向上努力の結果であって、保護の結果ではない。しかし、PSEでは、この58円が「非関税障壁」として保護額に算入されてしまう。だから、PSEで見ると日本の保護額が過大になるわけだ。
■政府は農業予算を削り続けている
日本は、米国からの武器購入などに多額の予算を投入する一方で、その穴埋めに農業予算を削減してきた歴史がある。今こうして国内農業が危機的な状況になっても、その姿勢を変えていない。
本来、飼料米生産への補填も含め、水田を守ることは安全保障の一部と位置付けるべきだが、今の政府には、予算がかかるので打ち切りだ、という視点しかないようだ。
2024年11月29日に出された財務省・財政制度等審議会の「建議」を要約すると、以下のようになる。
▼農業予算額は多すぎる
▼飼料米補助をやめよ
▼低米価に堪えられる構造転換
▼国家備蓄米を減らせ、民間備蓄と輸入米を活用せよ
▼食料自給率を重視せず、輸入を増やせ
他の国のように、消費者に農産物を安く供給するため、生産者のコスト割れを補填するとなると、多額の予算が必要になるのでやりたくないわけだ。
代わりに、農業を競争にさらして、低価格に耐えられるような強い農家だけ生き残らせるなら、予算はゼロですむ。政府は農業予算を削り続けたいから、そういった視点しか持っていない。
■縮小均衡から拡大均衡へ切り替えるべき
しかも結論において、「食料自給率向上にお金をかけるのは非効率なので、それを減らし、輸入を増やせ」と結んでいる。トランプ政権のイラン攻撃を目の当たりにして、いかに日本の食料危機への危機意識が驚くほど欠如しているか一目瞭然だ。
目下、ホルムズ海峡の事実上の封鎖により、食料危機の発生リスクが高まっている中、日本の農業政策も「縮小均衡」から「拡大均衡」に切り替えなければ、日本の農業・農村も、国民の命も守れないことは明白だ。
農業振興こそ真の「国防」だ。ホルムズ海峡封鎖という事態で、政府が目を覚まさなければ、とんでもない事態が発生してしまうのではないか、早くから警鐘を鳴らし続けてきた筆者は強く憂慮している。
----------
鈴木 宣弘(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授・名誉教授
1958年三重県生まれ。82年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て2006年より現職。FTA 産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、コーネル大学客員教授などを歴任。おもな著書に『農業消滅』(平凡社新書)、『食の戦争』(文春新書)、『悪夢の食卓』(KADOKAWA)、『農業経済学 第5版』(共著、岩波書店)などがある。
----------
(東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授・名誉教授 鈴木 宣弘)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
