「一生お金に困らない人生」を送るにはどうすればいいのか。富裕層マーケティングに長く携わる西田理一郎さんは「超富裕層の思考法を紐解くと、その秘訣が見えてくる。
まず、『マイホームは人生で一度』『住宅ローンは定年まで』そんな呪縛は一刻も早く捨て去るべきだ」という――。
■5000万→9000万円、急騰する東京不動産
「2年で5000万円から9000万円に値上がりしたんですよ、晴海フラッグ。すごいでしょう?
港区の3A(赤坂・青山・麻布)といわれるマンションは、10年前の購入価格の倍以上、数倍というのまで出てる。
でもね、僕はまったく羨ましいと思わない」
東京・港区のバーで、小嶋啓一(59)はシャンパンを一口含んでから、こう続けた。
「だって、あの物件を買った人の多くは『住む』ためじゃなく『転売する』ために買ったんですよ。本末転倒じゃないですか。家って、本来は人生を豊かにするための資産でしょう。投機のチップじゃない」
小嶋は、K's Signatureの代表取締役として、日本人向けにアメリカ不動産を販売する「異端の営業マン」だ。
コロラド大学ボルダー校でMBAを取得後、ITベンチャーを経て不動産の世界に飛び込んだ。全米リアルター協会公認のCIPS(米国不動産投資コンサルタント)資格を持ち、CCIM(全米認定不動産投資顧問協会)の認定も受けた彼は、日本の不動産市場をどう見ているのか。
■湾岸タワマンに資金を投じる人の正体
2025年度上半期、東京23区の新築マンション平均価格は前年同期比20.4%上昇し、1億3309万円に達した。特に湾岸エリアのタワーマンションは1年で約20%も値上がりしている。

「当然ですよ」と小嶋は言う。「だって、普通のサラリーマンが買える値段じゃないでしょう。共働きの世帯年収3000万円でも、2億円のマンションを買ったら人生詰みますよ。住宅ローンを返すために働く、という本末転倒な人生になる」
私もこの見解に同意する。
小嶋氏の言葉を私なりに翻訳すれば、湾岸タワマンを買う人の多くは、「価格上昇」という物語に投資している。彼らが買っているのは、コンクリートの箱ではなく、「これからもっと高く売れる」という期待――つまり、資産ではなく「ストーリー」を買っているのだ。
これは、「埋め立て地」が象徴する、日本市場の“幻想依存体質”といえる。
■日本の不動産市場の「不都合な真実」
小嶋氏が日本の不動産市場に対して最も懸念しているのは、人口動態だ。
日本の総人口は16年連続で減少しており、2070年には9000万人を割り込むと推計されている。一方、アメリカはG7の中で数少ない人口増加国であり、住宅需要の底堅さが期待できる。
日本の不動産市場は、「値上がり神話」という共同幻想に依存しすぎている。
小嶋氏は、「人口減少という構造的現実の前では、その物語は遅かれ早かれ破綻する」と予測する。

さらに小嶋氏が指摘するのは、湾岸タワマンの「構造的リスク」だ。
「晴海や豊洲は、そもそも埋め立て地ですよね。地震リスク、液状化リスクをどう考えていますか? 大規模修繕の費用負担は? タワマンの修繕積立金は平均で毎月1万4000円程度ですが、実際に大規模修繕が始まったら、その何倍もの負担を求められる可能性がある」と述べる。
■円安でも、なぜアメリカ不動産なのか
「投資するなら、湾岸タワマンではなく、アメリカの不動産を買うべき」というのが小嶋氏の持論だ。
ここで当然の疑問が浮かぶ。円安が進む今、ドル建ての資産を買うのは不利ではないのか?
小嶋氏は首を横に振る。
「逆です。円安だからこそ、ドル建て資産を持つべきなんです。円の購買力が落ち続けている今、円だけで資産を持っているのはリスクです」
アメリカ不動産の魅力は、人口増加と経済成長に支えられた「価格上昇の持続性」にある。住宅価格は過去30年で約6倍に上昇しており、ジョージアやアラバマなど、物件価格が比較的安く人口増加率が高いエリアでは、10%前後の利回りが期待できることもある。
小嶋氏が提案するアメリカ不動産は、「人口増加」「経済成長」という、より堅固な条件に裏打ちされている。
「ベネフィットがリスクを上回れば、消費者は動く」。
これはマーケティングの鉄則だ。
小嶋氏が20年近くこの市場で勝ち組として生き残っているのがなによりの証明だろう。
■超富裕層が教える「購買行動の本質」
サザビーズ・インターナショナル・リアルティのレポートによれば、アメリカでは、2025年だけで約6兆ドル(約960兆円)もの資産が相続によって次世代に移転した。
興味深いのは、ラグジュアリー不動産市場で購入された住宅のうち、「一次住宅」として買われたのは51%にすぎなかったことだ。残りは「セカンドホーム」や「ポートフォリオの一部」として取得されている。
フロリダのビーチハウス、ニューヨークのペントハウス、ロンドンのタウンハウス……。
超富裕層は、不動産を「ポートフォリオの一部」として分散保有している。それらは「住む場所」ではなく、「資本を置く場所」「ライフスタイルの選択肢」「リスクヘッジの手段」として機能している。
つまり、超富裕層は「モノ」を買っているのではなく、「自由」を買っている。住む場所を固定しないこと自体が、究極の贅沢なのだ。
「『住む場所』と『資産を置く場所』は、分けて考えるべきです」
小嶋氏の言葉が、再び響く。
この思考法は、すでに一部の年収1000万円以上の層で浸透し始めている。
都心と郊外(リゾート)に2つ家を持つという発想だ。
これは、コロナ禍を経てワーケーションやリモート会議が根づいたことも大いに影響している。
■資産を守る5つの思考法
この思考法を取り入れるのに必要なのは、決して「収入の高さ」ではない。
小嶋氏は、5つのステップを提案する。
第一に、「家=一生に一度の買い物」という固定観念を捨てること。住む場所は人生のフェーズに応じて変わっていい。
第二に、「資産」と「消費」を明確に区別すること。超富裕層が8億円の家を買うのは、それが「資産」になる勝算があるからだ。一方、身の丈を超えたローンを組んで湾岸タワマンを買うのは、前述のように、「消費」になるリスクが高い。
第三に、「グローバルな視点」を持つこと。日本の不動産しか見ていないのは、視野が狭すぎる。
第四に、「長期的な視点」で考えること。
10年後、20年後にその国の経済がどうなっているか、人口動態はどう変化するか――そうした長期トレンドを見据えて投資する。
そして第五に、「行動すること」。
小嶋氏は言う。
「アメリカでは、『石橋を叩いている間に、隣の人が川を泳いで渡ってしまう』。リスクを取らないことも、また一つのリスクなのだ」
■“一点集中思考”からの脱却
私が最も危惧するのは、日本の消費者に根強く残る「一点集中思考」だ。
「マイホームは人生で一度の買い物」「35年ローンを組んで、定年まで返し続ける」――これらはすべて、高度経済成長期に最適化された価値観だ。人口が増え、経済が成長し、終身雇用が保証されていた時代の成功モデルなのである。
しかし、2026年の日本で、その前提はすでに崩壊している。
にもかかわらず、湾岸タワマンに2億円のローンを組む人が後を絶たないのは、「成功のロールモデル」がアップデートされていないからだ。マーケティング的に言えば、消費者のメンタルモデルが、時代の変化に追いついていない。
小嶋氏の提案は、単なる「アメリカ不動産を買え」ではない。
「リスクを分散せよ」「選択肢を増やせ」「一つの国、一つの通貨、一つの資産に依存するな」という、極めて現代的な生存戦略だ。

これは超富裕層だけの話ではない。
年収1000万円でも、400万円でも、考え方次第で応用できる。
まずは円とドルの両方で資産を持つ。日本と海外の両方に関心を持つ。一つの会社だけに依存しない働き方を模索する――小さな分散の積み重ねが、人生のレジリエンス(回復力)を高めるのだ。
■メディアに踊らされてはいけない
湾岸の億ションを眺めながら、アメリカンドリームを語る男。その視線の先には、東京湾ではなく、太平洋の向こう側が見えているのかもしれない。
35年のマーケティング経験から、思うことがある。
湾岸タワマンは、まさにメディアが煽り、芸能人が住み、インスタ映えする夜景が拡散され――その結果、「成功者の証」という記号が流通した典型だ。
小嶋氏が提示したのは、その記号の“賞味期限”にほかならない。人口減少、災害リスク、修繕費高騰――これらのファクトは、すでに見えている。にもかかわらず、多くの人が「まだ大丈夫」と信じている。それは、変化を認めたくない心理と、沈没船から降りられない集団心理が働いているからだ。
自分の頭で考えて選んでいるか。それとも、“誰かが作った物語”に乗せられているだけではないか?と問いたい。
「記号消費」を批判しているわけではない。だが、その記号を、ポートフォリオの一部として配置している富裕層と、湾岸タワマンという記号に、人生のすべてを賭けている日本の中間層は、同じものを買っていても、その実は全く異なるということだ。この差は、資産の多寡ではない。思考の柔軟性と、情報の非対称性だ。
「あなたの視線の先には、何が見えているか」
東京湾を見ているのか。それとも、太平洋の向こう側まで見渡しているのか。
「あなたは、自分の人生を豊かにする住まいは、その答えを映す鏡だ。あなたが選ぶ家は、あなたが選ぶ未来そのものなのだから。

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西田 理一郎(にしだ・りいちろう)

価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役

富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト

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(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)
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