「人がバタバタ辞めていく会社」と「人が残り続ける会社」との違いはなにか。テレビ東京「Newsモーニングサテライト」の人気コーナー「モーサテ塾」をまとめた『鉄人たちの仕事の哲学』(かんき出版)から、星野リゾート・星野佳路社長のインタビューを一部抜粋してお届けする――。

■社員が入ってこなかった
業績が悪化していた数々の宿泊施設を再生させてきた、星野リゾートの代表、星野佳路さん。国内外73施設を運営(2025年9月現在)、4922人の従業員(2025年4月時点)を抱える。その高い競争力の要因は「フラットな組織文化」にあるという。一体、どういうことなのか。
【星野社長】私は1991年に星野温泉旅館(長野県軽井沢)を継ぎましたが、最初の5年間の一番の悩みはリクルーティングでした。社員が入ってこないのです。
私は、企業広告を出したり、採用のイベントに参加したり、リクルーティングの最前線で頑張っていましたが、まったく成果が上がらずに困っていました。リクルーティングのために、社名でも変えてみるかとなり、「株式会社星野温泉」という名前を「星野リゾート」に変えました。
それほど、リクルーティングに苦労しました。
そしてようやく、スタッフが少し入社してくれるようになった後の悩みは、スタッフが長く持たないことでした。半年、1年、2年で、せっかく入社してくれた優秀なスタッフが辞めていきました。
そういう苦しい状況で、私は教科書に活路を見いだそうとしました。
それが、「ケン・ブランチャード理論」です。
■「フラットな組織文化」が企業を強くする
1996年に出た論文ですが、ケン・ブランチャードは1980年代の前半から、ベストセラーの組織論をどんどん世界に発表していた研究者です。私は80年代から、彼の言論をずっとフォローしていました。
彼が言っていたのは「フラットな組織文化をつくることが、これからの企業の競争力に効く」ということでした。
そのことを世界的に証明してきた学者で、私はそこに当時の悩みの解決を求めました。それが、「フラットな組織文化」にこだわった、最初のきっかけです。
私たちの「フラットな組織文化」とは、風通しの良い組織みたいなものとは、ちょっと違います。会社の代表である私が、議論で何か遠慮しているわけでもありません。
「お互いに、言いたいことを言える環境」があればよいのです。
■「無礼講会議」は危険信号
言いたいことが言える環境があっても、言いたくない人もいます。それはその人の問題なので放っておけばいいのです。「言いたいことがある時に言える環境」をつくれていることが一番大事です。

会議の場だけで、言いたいことを言ってください、ということでもありません。
「今日は無礼講だから、何でも言え」と言うのは、既にフラットではない証拠です。「無礼だ」と言っているわけだから。そうではない状態をつくるために、普段の人間関係からフラットにしておく必要があります。
例えば、星野リゾートのフラットな組織文化の中で、私が趣味のスキーのことを仕事に持ち込もうとすると、スタッフからすぐに指摘されます。「趣味で話さないでくれ」と。
■だから「社長オフィス」はない
ケン・ブランチャードは、「偉い人信号」を普段から無くす必要があると言っています。
例えば「社長」とか、「部長」とか、「総支配人」と呼ぶのではなく、星野さんとか小林さんと呼びます。
私たちのグループ人事のスタッフは、新卒で入社する社員に対して、私のことを、佳路(よしはる)さんと呼ぶように指導しています。それもやはり、偉い人信号を無くすということです。
例えば、総支配人にはなぜか、「総支配人のオフィス」という大きなオフィスがある。
これも偉い人信号の1つなので、われわれのホテルには、そういうものはありません。

私自身もオフィスはありません。
よく会社で部長が、他の人より大きいデスクを使っていたりしますが、これも偉い人信号なので無くさなくてはいけません。
■まずは「形から」でいい
普段の人間関係からフラットにするためには、形から入ることも必要で、それを徹底してやるのは結構なコストになります。会社の上から下まで、一気に同じ意識に持っていけるのか問われるのです。
ケン・ブランチャードは世界的に有名な研究者で、その本はベストセラーになりましたが、彼の言う通りに実行している経営者は本当に少ないです。
負担が大きいからです。そのため、私たちのフラットな組織文化はトレードオフを伴う活動として、競争力になっていると思います。
■「ピラミッド」と「フラット」は両立する
「フラットな組織文化」は理想的に聞こえるが、会社という組織は基本的には社長を筆頭にしたピラミッド型の組織だ。上司と部下では給料が違い、だからこそ上司は経験の浅い部下を導く。そのような会社という組織をフラットにすることは本当に可能なのだろうか。
【星野社長】まず、人事評価制度については、一人の上司が評価するだけではなくて、公平性を保つことが大事です。
人事評価の納得感を保つための仕組みは、会社の中で最も重要な仕組みだと思います。
上司と部下の関係だけで決定するのではなくて、全体の仕組みの中で評価をすることが大事です。
私たちの会社も、ピラミッド型の組織になっています。これは何のためかというと、意思決定する人を明確にするための構造です。
ピラミッドの上部の人は、決める権利を持っています。フラットな議論をした上で、誰かが決めないと意思決定が遅れていくので、総支配人のように決める権利を持つ人がいる。そういう概念です。
■リスクがある環境で人は話さない
ただ、議論をする時にはフラットな立場として言い合える。言いたいことを、言いたい人に、言いたい時に言える。発言したことがその後、なんら問題にならない。
発言が問題になるリスクがあると、人は話さなくなります。
ですから、自分の意見を自由に発信することが、自分の評価や、人間関係になんら影響しない状態をつくれるか。
それがフラットな組織文化を維持する上で、すごく大事なポイントです。

そのためには、集まって話す時だけフラットな状態を目指すのではなく、普段から人間関係をフラットにするべきです。
議論する時は、みんなが自由に発信することができて、意思決定の瞬間だけ、意思決定者が自分の権利を行使するという形をつくることが、すごく大事です。
もちろん、星野リゾートにも人事評価制度があり、それぞれの貢献度に合わせた給与体系になっていますが、それがあるから人間関係がフラットにならないということはありません。
なぜなら、自分の思っていることを発言できることは、基本的にみんなにとって良いことであり、楽しいことであり、できればそうしたいと思っていることだからです。
ですから、普段から「偉い人信号」を無くして、フラットな人間関係をつくっておけば、みんなリスクを感じないで意見を発信できるようになり、フラットな組織文化を持つことは十分あり得ると思います。

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小林 洋達(こばやし・ひろたつ)

テレビ東京報道局「ガイアの夜明け」チーフ・プロデューサー

1998年、テレビ東京入社。「ワールドビジネスサテライト」、東証・日銀担当記者、「ガイアの夜明け」立ち上げ、北京支局、「カンブリア宮殿」、ニューヨーク支局、「Newsモーニングサテライト」などを担当。報道一筋。経済を切り口にドキュメンタリーを多く制作し、北京五輪開催を控えた中国では「癌の村」や「胡同の町の強制立ち退き」の記録を制作。

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(テレビ東京報道局「ガイアの夜明け」チーフ・プロデューサー 小林 洋達)
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