■“保守層”の「高市離れ」
乾坤一擲、真冬の電撃解散で、にわかリベラル新党の「中道改革連合」を木っ端みじんに打ち砕き、史上空前の316議席という大勝利を収めた高市早苗首相だが、特別国会が始まると、なぜか精彩を欠いている。
自民党としては、単独で衆院の3分の2を優に超え、日本維新の会と合わせれば実に全議席の7割を超える超巨大与党を率いているのだ。
堂々と余裕をもって国会論戦を進めていけばいいはずなのに、なぜか野党との話し合いも慣例も無視してしゃにむに予算の年度内成立に向けて突き進んでいる。
一方で、強硬右派の岩盤支持層が強く求めてきた政策などには、必要以上に慎重さを見せ、一部の支持者からは不満の声も出始めた。いったい高市首相に何が起きているのだろうか。
■失望の始まり
始まりは、選挙から2週間後の2月22日、島根県主催で開かれた「竹島の日」の式典だった。日本固有の領土だが韓国に実効支配されている島根県沖の竹島の主権を取り戻そうと、島根県などが毎年行っている式典だが、今年は冒頭から不穏な空気が漂っていた。
島根県の丸山達也知事の挨拶などが型どおりに進んだ後、内閣府の古川尚季政務官が政府を代表して挨拶に立とうとすると、会場から「なんで大臣じゃないんだよ!」「堂々と大臣が出て行ったらいいじゃないかと言ったのはどこのどいつだ」という激しいヤジが飛び交ったのだ。なかには「恥を知れ!」と叫ぶ参加者もいて、司会者が度々注意するほどだった。なぜ、こんな荒れ模様になったのか。
去年9月の自民党総裁選のさなか、高市氏は竹島の日の式典について「本来でしたら堂々と大臣が出ていったらいいじゃないですか。韓国の顔色をうかがう必要はない」と、キッパリと発言していた。地元関係者の間では、高市さんがあれだけ言っていたのだから、ことしは閣僚級の出席があるのではという期待が高まっていた。
ところが、出席したのは大臣どころか、副大臣より格下の内閣府政務官のみ。
自民党三役の一人有村治子総務会長が出席したが、首相サイドからは何の説明もなかったことが失望と憤りの声になったのだ。実は数日前に閣僚を派遣しない方針が報道されたとき、保守派の論客が「失望の始まり」とつぶやいていたこともあり、ネット上でも会場でも、批判が噴出したのである。
■夫婦別姓を法定化? 事実上の軌道修正
それだけではなかった。高市首相が、選挙後、新たに担当閣僚に出した「指示書」に旧姓単記の方針を明記したことをめぐってもネット上で賛否両論が噴き出した。
「旧氏(旧姓)の使用拡大を進めるため旧氏の単記も可能とする基盤整備の検討を進める」という内容で、パスポートや運転免許証など、これまで旧姓と戸籍名の併記が必要なのを、旧姓だけを記載することを法的に認めようというものだ。
パスポートなどに旧姓だけの記載を認めれば、併記の煩わしさはなくなるが、戸籍上は2つの姓を持つのと同じになる。
これが、選択的夫婦別姓の推進派はもとより保守派の疑問も呼んだ。旧姓使用を法的に裏付けるもので、夫婦別姓を実質的に制度化する、あるいは戸籍とパスポートの姓が異なると混乱を招く、などの疑問や批判が殺到し、国会でも取り上げられた。
結局、高市首相は2日の予算委員会で、パスポートや運転免許証などの書類には「併記を求めるといった検討が当然必要になる」と事実上の軌道修正に追い込まれた。保守派の不満を和らげるためだろうが、何をやりたいのかますます分かりにくくなっている。
■「高市さんは孤独な人だ」
それにしても竹島の日といい、旧姓単記の問題といい、なぜこんな場当たり的な対応が続くのだろうか。あれだけ圧勝したのだから、従来の主張や発言を変える必要もない。

逆に、竹島の日の問題のように、外交上日本の国益にとってマイナスになるというのなら、それも堂々と方針転換を説明すれば、高市首相に批判的な勢力はもちろん、右派の支持者たちも、納得するのではないだろうか。一度言った事は、間違っていようが絶対に変えない。まるでそう固く決意しているようだ。
「高市首相の問題点は、誰にも相談しないで何でも一人で抱え込んで決断することだ」
高市首相を良く知る自民党幹部は、最大の問題は回りに人がいないことだと話す。
「何でも自分が納得するまで調べて、結論を出さないと気が済まない。良く言えば人並み外れた努力家だが、逆に人の意見はほとんど聞かない。悪く言えば独善家だ。だから結果がまずいことになっても軌道修正できない。間違ったと分かっても変えられない。高市さんは孤独な人だ」
■何が何でも年度内成立
政治の世界を動かすのは数の力だ。しかし、数の力だけで国会を動かすことは簡単ではない。かつて「国会対策の神様」と自称していた竹下登元首相は、「権力のトップたる者は、7割の批判に甘んじなければならない」と名言を残した。

当時、竹下首相番だった筆者も「国会も同じことだ。花を持たすのは野党7割、与党3割位でちょうどいい」と聞かされたのを記憶している。野党に花を持たせて、十分な審議時間を確保したほうが、国会審議は順調に行くという意味だった。当時の自民党はその前の中曽根康弘首相がダブル選挙で大勝した遺産で、衆院で300を超える議席をもっていた。
それでも、無理をせず野党に十分質問させるのが竹下流で、その結果、リクルート事件の逆風が吹き荒れるなかで、初めて消費税を導入することができたのである。
ところが、高市首相は、選挙の圧勝を受けて、何が何でも年度内に予算案を成立させるのだと、自民党に対して指示を出した。通常国会冒頭の解散で、すでに予算案の提出は1カ月遅れている。
通常は、審議に2カ月ほどかけて成立させるのだが、首相は、それを1カ月にも満たない短時間で成立させるのだと意気込んでいる。力づくで押し通そうとする姿勢に、野党側も態度を硬化させている。
選挙公約の消費税減税などを検討する超党派の国民会議も、野党側の参加は遅れ協議は遅れる一方だ。
石破茂前首相でさえ、少数与党の国会で予算を年度内に成立させた。巨大与党をつくった自分が、年度内に成立させられないようではメンツが立たないとでも思っているのだろうか。

■早期解散に踏み切った本当の理由
「それもあるかもしれないが、首相はとにかく予算委員会の答弁を嫌がっていた」
国対の経験が長い閣僚経験者はそう解説してくれた。
確かに、首相になったばかりの臨時国会の予算委員会で「自分ばかりが当てられる」と当時の枝野幸男予算委員長の采配に不満を示し、本会議場で水も飲ませてもらえないと国会の庶務を担当する議運委員長の浜田靖一氏にも不満を漏らしていた。台湾有事をめぐる答弁の問題や旧統一教会をめぐる問題など首相にとって不快なやり取りも多かった。
この議員によると、高市首相は自分が納得するまで準備しないと気が済まないので、実は、睡眠不足とストレスで、相当、追い詰められていたのだという。
「早期解散に踏み切ったのは、通常国会でまた予算委員会でぐちゃぐちゃやられたら持たない。もう限界だ、というのが本当の理由だという側近もいる。その結果、自分でも驚くほど勝ってしまったのだから、もう好きなようにしようと思ったんだろう。だが、首相は国体の経験がないから、国会運営が全く分かっていない。このまま突っ走ると参議院に『荷崩れ』して送ることになるから、かえって時間がかかるよ」
「荷崩れ」というのは、国対用語で、不正常な状態、例えば強行採決などで強引に予算案や法案を通すと、野党の審議拒否などで参院での審議が冒頭から動かなくなることを指す。衆議院では圧倒的な数の力の前に野党には抵抗の術もないが、参議院では、与野党は逆転している。国民民主や参政党も、与党の進め方に不満を強めており、このまま衆院通過を強行すれば、荷崩れ状態で参議院での審議が遅れる可能性がある。
この閣僚経験者は、「高市首相もやっと状況が分かってきたみたいだが、さて、いつ降りるのか。
今度はそれを何とかするのが与党の仕事だろ、と言われるのかなあ」となかばあきらめ顔だ。
■壊れたブレーキ
高市首相が、選挙後、3万円のカタログ・ギフトを自民党議員全員に配ったことが波紋を呼んでいる。高市首相は法的には問題ないとしており、そんなことで目くじらを立てるのは野党やオールドメディアだけだ、という妙な擁護論がネット上にあふれているが、去年、石破茂前首相が、新人議員に商品券を配った時には、散々問題にされていた。
石破氏の場合は、会食とは別に15人に10万円、計150万円をポケットマネーで支払ったという説明だった。高市氏は、315人に3万円、計約1000万円。しかも出所は高市氏が代表を務める自民党支部から、つまり政治資金である。金銭感覚という点だけではなく、政治活動の在り方として果たして理解されるだろうか。
石破氏も、最初は、法的問題はないとしていたが、与野党から批判が高まり、最後は「世の中の感覚と乖離していた。お詫び申し上げる」と全面的な謝罪に追い込まれた。
しかし、高市氏は、やはり謝罪だけはしたくないようだ。
「恥ずかしいが、昭和の中小企業の親父社長みたいなところがある」とか「メシ会苦手な女なので、代わりに結婚式のご祝儀の額を参考にした」などと、言い訳なのか開き直りなのか判然としない発言に終始し、結局、反省しているのかどうかも分からない。
そして、最後には、「法的に問題はないが、今後は控える」、要するに「謝罪苦手な女」なのだ。
これで岩盤保守の支持はつなぎとめられるかもしれない。しかし、多くの国民の納得を得ることは難しいだろう。
国会にしろ、今後予定されている外交日程にしろ、小手先のごまかしでは通用しない難しい課題がいくつも待っている。大勝した高市政権の真価が問われるのは、これからだ。

----------

城本 勝(しろもと・まさる)

ジャーナリスト、元NHK解説委員

1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。

----------

(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)
編集部おすすめ