子どもが本を読むにはどのような仕掛けが必要なのか。累計578万部(国内)を突破した大ベストセラーシリーズ『マジック・ツリーハウス』(KADOKAWA)の編集を20年以上手掛ける豊田たみさんは「漢字を平仮名に開くのは逆効果だった。
子どもの読書を観察すると、『読みやすい本』が何かがわかってきた」という――。
■学校の「読書の時間」に読む本がない
私がこの企画を立ち上げた当時、在籍していた児童書編集部は、まさに存続の危機にありました。いまの市況と同じく、少子化による市場縮小の真っ只中で、児童書の売り場が毎年シュリンクしていくような時代。ついには会社(当時のメディアファクトリー社)として児童書事業からの撤退が決まってしまったのです。
そんな折、私の息子が小学校に入学しました。当時は「ゆとり教育」の改革が進み、2002年から学校で「読書の時間」が大幅に増えることが決まっていました。しかし、息子を見ていて気づいたのは「朝読書の時間はできたけれど、読む本がない」という切実な状況でした。
絵本はもう卒業したけれど、文庫本のような文字ばかりの厚い小説はまだ一人で読み切れない。そんな小学校低学年の子どもたちが、10分間という限られた時間の中で、自分の力だけで夢中になれる本が、当時の市場からはぽっかりと抜け落ちていたんです。
「実は子どもたちが求めているが、選択肢はない」。自分にとって編集者人生「最後の一冊」になるかもしれないという局面で、ここをターゲットに据えた商品を開発しようと『マジック・ツリーハウス』の翻訳出版企画を検討しはじめました。
『マジック・ツリーハウス』とは
日本では2002年から刊行がスタートした翻訳児童書シリーズ。
現在は54巻まで発売されている。アメリカのペンシルベニア州に住むジャックとアニーの兄妹が、ふしぎなツリーハウスからさまざまな国や時代へ冒険に向かうファンタジー小説。毎巻、実在の土地や歴史的事実を舞台に扱うことから、自然科学や地理・歴史の学びにつながると、学校関係者などからも高く評価されている。

■読書のハードルを下げて本好きではない子にアプローチ
まずは、始まったばかりの「朝読書」の現場へ、とにかく見学に行きました。そこで気づいたのは、どの学年にも、分厚いファンタジーを軽々読みこなす子から、10分間座っていられず図鑑をパラパラめくるだけの子までが混在しているということです。私はその中で、中間にいた「本が特に好きというわけではないけれど、きっかけがあればなんとなく読む」という大多数の子たちをターゲットにしようと決めました。
ヒントになったのは、原作書籍が発売されていたアメリカの子どもたちの姿です。彼らにとって、ゲームやテレビ、スポーツや外遊びといった選択肢の一つに、当たり前のように「読書」が入っていました。おごそかに本を広げるのではなく、寝転がっておやつをボリボリ食べながらページをめくったり、読み終わったらそのまま隣の子と交換したり。
日本で出版するにあたっても、同じように「読書のハードルを限りなく低くして、日常の遊びの延長として楽しんでほしい」と考えました。読書の入り口を高く設定しすぎない。そう考え、徹底的な「ハードルの引き下げ」を開発の軸に据えたのです。

■ランドセルにも入る「軽くてコンパクト」なサイズに
本の制作にあたっては、実際の子どもたちの細かな行動をリサーチし、多くの工夫を施しました。
まず、重いハードカバーを避け、ランドセルの隅っこにひょいっと入る、軽くてコンパクトな「四六判ソフトカバー」を採用しました。朝読書のためにわざわざ専用のサブバッグを持たせるのは、親御さんにとっても負担ですから、選ばれやすい、日常の動線に自然に溶け込むサイズ感や手軽さを重視したのです。これは実は、当時市場に全くなかった仕様でした。
■漢字は平仮名に開かず、ルビを振る
さらに、文字組みのデザインも「読むストレス」を徹底的に排除しました。わが子の友人たちを実際に自宅に招いてリサーチしたところ、興味深いことが次々とわかりました。
漢字を無理に平仮名へ開きすぎると、単語の区切りが視覚的に捉えにくくなり、逆に可読性が落ちてしまうので、無理に開かず、すべての文字に大きなルビを振る「総ルビ」形式を採用しました。また、目の動きや集中力の持続時間を観察し、最適解として導き出したのが「16級」という文字サイズでした。
子どもの小さい手や弱い握力でどのように本をつかみ開いているかも観察し、邪魔にならないように本の小口にはゆとりを持たせたり、ノド(本を開いた際の中央の綴じ目の部分)を広く取るなどの配置上の工夫もしています。挿絵についても、まずはパラパラと絵だけを拾い読みして内容をつかむという子ども特有の読み方を見て、目につきやすい大きなカットを多く入れる形をとりました。
キャラクターデザインについても、あえて「アニメや漫画のキャラっぽくしてほしい」とイラストレーターの甘子(あまこ)彩菜さんにお願いしました。児童書といえば上品な絵画調のタッチの絵が選ばれることが多かった当時のなか、店頭に並んだとき、子どもの目が自然と留まるような吸引力を持たせたかったからです。

ただし、恐竜の骨格、出てくる歴史的建造物などの描き方の「正しさ」は地道に研究し尽くして描き、「見た目は親しみやすく、中身は確か」という児童書としての質も維持しました。
■書店からは「置けない」と言われたが…
発売当初、この「これまでにない仕様」の本は、既存の児童書流通の中では戸惑いを持って迎えられました。「漫画のような本は置けない」といった声もあり、最初は厳しい状況が続きました。図書館流通をベースにする従来の児童書の伸長の仕方では芽が出なかったので、書店での店頭展開に注力してアプローチを重ねました。
そんな中、当事者である子どもたちの反応は大人たちとは全く異なりました。店頭で「面陳(表紙を見せて陳列)」さえすれば、子どもたちが吸い寄せられるように棚へ寄ってきて、「これ買って!」と目を輝かせる。大人が定めた「良い本の定義」とは別に、ユーザーである子どもたちは、直感的に自分たちのためのプロダクトであることを見抜いていたのです。
■「大人が届けたい本」と「子どもに届く本」は両立できる
風向きが変わったのは、ある司書の方が新聞の書評欄に、小学3年生の児童がこの本を面白いと言っているようだというエピソードを投稿してくれたときでした。それが「お墨付き」となり、だんだんと書店からも「注文してみます」と言っていただけるようになりました。その後、9巻「タイタニック号」のテーマでブレイクし「市場がプロダクトを受け入れた」という実感が持てたのを覚えています。
いまや本シリーズは、教育の現場からも高く評価されています。「子どもが本好きになる」という点の他に「学びになる内容」という点からも支持されているようです。
この本では、主人公のジャックは魔法の杖を振ってピンチを解決するのではなく、リュックから取り出した本で地道に調べ、ノートにメモした「知識」で道を切り拓き、さまざまな時代や国を冒険していきます。
この「調べ、発見し、活用する」という構造が、今でいう「探究学習」のロールモデルとなっていたのです。いまでは、学校図書館でも多く採用され、探求学習にも活用されることもあると聞きます。
物語を読み進めるうちに、いつの間にか歴史や地理、科学の知識を自分のものにしている「生の学びの疑似体験」。徹底した行動分析によって「子どもが一人で読み切れる」ように設計したからこそ、彼らは自然と、本を通して自らの好奇心で知識の扉を叩くことができたのだと思います。
■「導線設計」さえすれば子どもは本を読む
「子どもが本を読まない」のではなく、子どもが自然と手に取りたくなるような、彼らの身体感覚や生活リズムに寄り添ったプロダクトが足りなかっただけ。
『マジック・ツリーハウス』が証明したのは、徹底したユーザー分析と、それに基づいた真摯なプロダクトデザインがあれば、子どもたちは驚くほど熱心に本を読み、そこから豊かな学びを吸収していくという事実です。
大人が「読みなさい」と押し付けるのではなく、子どもが自らワクワクして扉を叩く。この導線設計こそが、四半世紀近く支持され続ける、そしてこれからの時代に最も求められる「読まれる本」のあり方なのではないでしょうか。

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豊田 たみ(とよた・たみ)

児童書籍編集者

1985年リクルートへ入社、1998年メディアファクトリーへ出向。合併を機に、現在はKADOKAWAに在籍。2002年よりスタートした『マジック・ツリーハウス』シリーズほか『ガフールの勇者たち』『サーティーナイン・クルーズ』『暗号クラブ』(すべてシリーズ作品)など数々の翻訳児童書を刊行し、上記4作で累計765万部を超える。


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(児童書籍編集者 豊田 たみ)
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