定年後も夫婦円満に過ごすにはどうしたらいいのか。漫画「島耕作」シリーズなどで知られる漫画家・弘兼憲史さんは「定年後は夫の在宅時間が長くなるため、妻がストレスを抱えやすい。
家のことを任せきりにしてきた男性こそ、今すぐ始めてほしいことがある」という――。
※本稿は、弘兼憲史『弘兼流 人生は後半戦がおもしろい』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■定年後の熟年離婚を避けるには
定年退職後、考え直すべき重要な問題に、夫婦関係があります。
在職中から仲睦まじい夫婦にはその必要はありませんが、ここ数年、妻に触れたこともない、ロクに話もしたことがない――という夫であるならば、退職後に何の変化もないと考えるのは難しい。多少の波風が立つことを、覚悟しておいたほうがいいかもしれません。
妻に声をかけるのは「今日は遅くなる」「食事は済ませてくる」「風呂沸かしといて」「土曜日はゴルフだから」といった“連絡事項”だけで、家のことはすべて妻に任せきり。台所に立ったことはないし、自分のワイシャツや靴下がどこにしまってあるのかもわからない――といった夫は少なくありません。
「俺が家族を養っている」という時代遅れの考えが、そうさせるのでしょう。妻のほうは、そんな夫に嫌気がさしているのですが、“給料を持ってくる存在”として諦め、子供のために我慢しています。
ですが、貴重な“かすがい”であった子供が独立し、夫が定年退職を迎えれば、夫婦をつなぎとめるものは何もありません。妻からすれば、理不尽な夫に我慢する理由がなくなってしまうのです。だからこそ退職の前に、「果たして俺は、妻にとって価値がある男だろうか」――と考えてみてほしいのです。

■「妻が気に食わない」夫に起こった悲劇
アバウト・シュミット』のシュミットは、そんなことには思いもよらず、結婚42年目の妻「ヘレン」のすべてにイラついていました。くだらない物を集めたり、異常なほどに新しいレストランを試したり、自分の話を遮ったり、座り方や体臭に至るまで、とにかく気に食わないのです。
それでも、妻はシュミットを愛していたのか、夫が退職したらキャンピングカーで各地へ出かけ、二人の時間を楽しもうとしていました。ところが、退職の数日後、そんな妻が脳梗塞で急死してしまうのです。
葬儀のために、遠い街で暮らす一人娘が、結婚式を間近に控えた婚約者とともに帰郷しました。葬儀の後、シュミットは愛娘に「しばらく残って自分の世話をしてほしい」「喪中なのだから結婚式を延期してほしい」とお願いしますが、娘は「延期はできない」「パパ、一人暮らしに慣れないとね」と言い残して帰ってしまいました。
何一つ家事のできないシュミットの生活は、日を追うごとに荒れていきます。食事は、買い溜めしたピザなどのインスタント食品ばかり。掃除もできないので、家中はゴミだらけ……。そこでようやくシュミットは、妻の存在の大きさに気づくのです。
■実は親友と浮気していた
寂しさにかられ、亡き妻の洋服や香水の匂いをかぎ、化粧落としのクリームを顔中に塗りたくるシュミット。妻に会いたい。
ヘレンのような妻がいて、私は幸せ者だった。目の前の幸せに感謝するべきだった……失ってしまう前に――。
ところが、そんな心境になったシュミットは、愛すべき亡き妻ヘレンが、実は浮気をしていたことに気づいてしまいます。しかもその相手は、唯一の親友であるレイでした。元勤務先の後継者から邪魔者扱いされ、娘から見放され、鬱陶しく思っていた妻に先立たれ、感謝すればよかったと遅すぎる後悔をした直後、その妻が親友と浮気していたことを知ったのです。
定年退職の送別会で、他ならぬレイが「生涯をかけてシュミットが得た」と語ったものすべてが、上辺だけだったことを悟ったのです。そしてシュミットはキャンピングカーに乗り込み、自分探しの旅に出かけました。
“妻を亡くした夫は、追いかけるように早死にする”

“夫を亡くした妻は、人生を楽しんで長生きする”
とはよく聞く話ですが、それに関連したこんな数字を見つけました。
■女性は結婚しないほうが長生きする
2021年の「人口動態調査」(厚生労働省)をもとに、15歳以上の死亡者の結婚経験を「未婚」「離別」「死別」「有配偶(配偶者がいた)」に分類し、それぞれの死亡年齢の中央値を算出したところ、夫と「死別」した女性が90.2歳なのに対して、「有配偶」の女性は78.3歳となったのです。
まさに「夫がいる妻の寿命は短く、夫を亡くした妻は長生きする」ことを証明するかのようなデータですが、夫と「死別」した女性には、夫婦がお互いに長寿を全うした後、夫が先に亡くなったケースが多く含まれる一方で、「有配偶」つまり夫に看取られた女性には病死・事故死などが多いと思われるので、これくらいの差は当然といえるようです。
その証拠に、実は男性も「死別」が87.7歳、「有配偶」が81.1歳となっています。これも「妻に先立たれた夫は長生きする」のではなく、「80代後半まで生きた後、妻に先立たれた人が『死別』に含まれているから」と見るべきなのでしょう。

ただ、女性の「未婚」は81.1歳、「離別」は80.8歳で、未婚が離別を上回っているのに対し、男性は「未婚」67.3歳、「離別」72.4歳で、離別が未婚を上回っています。「男性は結婚したほうが長生きする」けれど、「女性は結婚しないほうが長生きする」のかな……と考えてしまう数字ですね。
■夫婦円満のために今すぐ始めたいこと
「夫源病」という言葉があります。正式な病名ではありませんが、夫の言動によってストレスを感じた妻が、心身に様々な不調をきたす――症状のことです。
妻が訴える不調には、頭痛、めまい、不眠、食欲不振、倦怠感などがあり、これらの症状は出張などで夫が不在のときに改善し、なくなる場合もあります。逆にいえば、夫の在宅中にひどくなることから「主人在宅ストレス症候群」とも呼ばれています。
ということは、夫の在宅時間が圧倒的に長くなる定年退職こそ、妻が夫源病を患う最大の危機になる――。退職後、妻との良好な関係を維持したい、あるいは築きたいと思っているのであれば、何としても避けなくてはいけません。
そのための対策として勧めたいのが「男子厨房に入れ」。退職前の準備として「没頭できることを探し、学び直す」と書きましたが、それと並行して勧めたいのが、“料理”を始めることです。できれば、すぐにでも実践してください。
というのは、「夫源病」となる原因は様々ですが、大きな共通要素として挙げられているのが「家事を妻に任せきりにする」夫の存在にあるからです。

■男性は料理に向いている
炊事洗濯掃除をいくら頑張っても、「ありがとう」のひと言もかけてもらえない。家事をやるのが当たり前と思っている夫に、妻は強いストレスを感じるのです。
そのストレスを軽減させるには、家事の大変さに理解を示し、手伝うことが一番なのですが、掃除機をかけたり、雑巾がけをしたり、洗濯をして畳んだり……というのは、男性にとって思いのほか難しい。
そう考えると(ちょっとズルいかもしれませんが)、大多数の男性にとって、一番うまくできること、できそうなことは「炊事」、すなわち料理ではないかと思うのです。
プロの料理人の多くが男性であるように、料理は男に向いているのでしょう。
何を作るのかを考えて食材を集め、段取りを決めて調理し、器を選んで盛りつける――料理の工程は、長年にわたって培ってきた「仕事」との共通点が実に多い。献立を考えるときには予算設定、調理には「タイムマネジメント」(時間管理)が重要です。
お米を研いで炊飯器にかける。鍋を火にかけて、沸くまでの時間に下ごしらえをする。ちょっと手が空いたら、鍋やまな板、包丁を洗っておく。
■まずはスーパーの買い出しに付き合おう
肉や魚を焼くにしても煮るにしても、火にかけた直後から手をかける必要があるのか、最初の数分は放っておけるのか、出来上がるまでに何分かかるのか、その間に何ができるのか……をケースバイケースで実行していくのです。
料理は、素晴らしい“頭の体操”になります。
定年退職によって使わなくなってしまう危険性の高い“ビジネス脳”を駆使する、絶好の機会でもあるのです。
それでも、「包丁を握ったこともない」「インスタントラーメンも作ったことがない」という男性もいるでしょう。そんな人は、休日を使って料理学校に通ってみるのもいいかもしれません。近ごろは“シニア初心者男性”向けの料理教室がたくさん開かれています。料理を学び、没頭できるようになれば、一石二鳥にも三鳥にもなります。
とはいえ、台所を自分だけの“聖域”と考えている妻もいますから、そこにいきなり踏み込んで、料理を始めてはいけません。まずは、休日の買い物に付き合うことぐらいから始めて、次に食後の後片付け、皿洗いなどに立候補してみる。妻が喜んでくれるようなら、頃合いを見計らって「今度の日曜日の夕食、つまみを一品作ってみてもいい?」というような感じで、少しずつ慎重にことを進めてください。
■“依存度”を減らせば仲良く暮らせる
くれぐれも「やってやる」という態度は禁物。「やらせてもらう」という精神でいきましょう。美味しい食事は、笑顔につながります。旨い料理ができれば、振る舞った人には喜ばれるし、自分自身も嬉しい。
そうなれば、料理すること自体が楽しくなってくるはずです。
自分の食べたいものを作れる、というのも大きなメリット。「昨日は肉だったから、魚を食べたいな」「今日はご飯より、麺がいいな」「あっさりとしたものがいい」「山椒をたっぷり効かせた麻婆豆腐が食べたい!」なんて思ったとき、「今日の夕食は僕が作るよ」と妻に伝え、颯爽と買い物に出るのも楽しいものです。
また、外出した妻の帰りが遅くなったり、旅行などで家を空けたりするときでも、食事に困ることがなくなります。妻への依存度がグッと減るので、心に余裕ができるのです。
すると、妻の外出に対しても寛容になれる。
「食事は適当に作るから、ゆっくりしてきていいよ」
そんな夫の態度が妻のストレスを減らし、「夫源病」の防止につながるでしょう。

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弘兼 憲史(ひろかね・けんし)

漫画家

1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。74年に漫画家デビュー。作品に『人間交差点』『課長 島耕作』『黄昏流星群』など。島耕作シリーズは「モーニング」にて現在『会長 島耕作』として連載中。2007年紫綬褒章を受章。

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(漫画家 弘兼 憲史)
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