■秀吉の大坂城は地下に眠っている
大坂城はいまも、とくに大阪の人には「太閤さんのお城」として親しまれている。一般にも大坂城と豊臣秀吉のイメージは、切っても切り離せない。そんな城の「天守閣」の近くに2025年4月、「大坂城豊臣石垣館」なる施設がオープンした。施設の地下で見ることができるのは、豊臣時代の石垣である。
じつは、豊臣秀吉が築いた大坂城は地下に眠っていて、地上には痕跡さえ残っていない。慶長20年(1615)の大坂夏の陣で灰燼に帰したのち、地中に埋め尽くされてしまったためで、その一部が施設で見られるようになったのだ。
地下に眠る豊臣時代の石垣は、現在の大坂城の、一定程度加工され整然と積まれた石垣と、一目見てかなり違う。自然石がほとんど加工せずに積まれている(野面積み)。だが、戦後間もないころまで、現在目にする大坂城の石垣なども、豊臣時代のものがそれなりに使われていると思われていた。だから、昭和6年(1931)に建てられた現在の「大阪城天守閣」は、地上に積まれていた天守台の石垣に、豊臣時代の天守の姿を想像して建てられた。
ところが昭和30年代に、地下から野面積みの「謎の石垣」が発見されたのである。
■現在の石垣は徳川時代のもの
現在の石垣が徳川時代に積まれたとわかったのは、昭和34年(1959)に大阪市、同市教育委員会、大阪読売新聞社が行った総合学術調査でのこと。石垣に、江戸時代に工事を負担した大名の刻印が数多く見つかったのだ。そのとき本丸の天守台から南へ45メートルの地点で調査を行うと、地下7.3メートルに古い石垣が見つかった。
秀吉の築城前にあった本願寺の石垣の可能性も考えられたが、翌年、徳川幕府の京都大工頭だった中井家から、豊臣時代の「大坂城本丸図」が見つかり、地下の石垣がその図上に示された本丸中ノ段の石垣の位置と一致した。
昭和59年(1984)にも、現在の「天守閣」南東の地下1メートルに、高さ6メートルの石垣が見つかった。中井家の「本丸図」では、豊臣時代の本丸は詰ノ丸、中ノ段、下ノ段の3段構造。検討の結果、この石垣は奥御殿や天守が建っていた最上段「詰ノ丸」の南東隅のもので、また、この石垣が立ち上がる平面と、昭和34年発見の石垣の上端が同じ高さだったため、後者は「中ノ段」の石垣と特定された。
こうして、豊臣大坂城が地中深く埋められたという史実が鮮明になったのである。
■信長の安土城を超えようとした
大坂城豊臣石垣館で見られる石垣は、城郭に石垣が大規模に積まれるようになって間もないころのもので、地上で見られる徳川時代の石垣とくらべると素朴に見える。石垣の採取法も確立されていなかったので、手当たり次第に石が集められ、隅角部には古墳時代の石棺の一部や古代寺院の礎石も転用されている。
石垣や堀の規模も違う。豊臣の痕跡を消し、徳川の圧倒的な力を示すため、徳川幕府は豊臣時代よりずっと広く深い堀を造成し、地面を掘り下げた土で、場所によっては10メートル以上の盛土をし、高い箇所では豊臣時代の2倍以上の30メートルもの高石垣で固めた。
しかし、豊臣大坂城が徳川大坂城より劣っていたのではない。むしろ、豪華絢爛という点では、徳川大坂城は豊臣大坂城の敵ではなかった。
簡単にいうと、徳川大坂城は天守も櫓も門も白漆喰を塗り籠めた「白い城」だったが、豊臣大坂城は壁面に黒漆が塗られた「黒い城」で、そこに金の装飾が施されていた。
イエズス会の宣教師ルイス・フロイスは『日本史』に、秀吉が大坂築城で「信長が自らの豪壮偉大さを大いに発揮しようとした安土山の全建築と比べものにならぬほど凌駕するものにしようと企てた」(松田毅一、川崎桃太訳、以下同)と書き、その詳細を記している。少し引用したい。
■宣教師「我らの言葉でいえば金ピカ」
「もっとも主要な城(本丸)に秀吉が住んでおり、その女たちも同所にいた。八層から成り、最上層にはそれを外から取り囲む回廊がある。また濠、城壁、堡塁、それらの入口、門、鉄を張った窓門があり、それらの門は高々と聳えていた。(中略)とりわけ天守閣は遠くから望見できる建物で大いなる華麗さと宏壮さを誇示していた」
「別の場所にある一つの台地には、多くの立派で美しい部屋が建てられているが、それらは我らの言葉でいえば金ピカであり、下方に展開する多くの緑の田畑や愛らしい河川をそこから一望に収め得る。これらの夥しい部屋は、種々様々の絵画で飾られている」
「これらの建物はすべて木材が用いられ、壁は、支柱の間に幾本もの太い竹を仕組み、その上に粘土をかぶせ、さらにその上に白く漆喰を塗る。それは内側から外側からも施されるので、外見においてはあたかもヨーロッパの建築のようであり、我らの目になんらの違和感を覚えさせない」
「屋根にはそれぞれ正面部があり、上部には怪人面が付いた黄金の鬼瓦が置かれ、それはまた角の部分にもあった。
■秀吉の強烈なコンプレックス
フロイスは大坂城が「金ピカ」である理由について、こう書き添えている。
「この(羽柴)筑前殿は血統から見ればたいして高貴の出ではなく、家系からも、およそ天下の支配なり統治権を掌握して日本の君主になり得る身には程遠いものがあったので、今やこうした高位に昇り、幸運の座に就き、そして日本の歴史上未曽有の著名にして傑出した王侯武将と言われている(織田)信長の後継者になるに及び、可能なあらゆる方法によって自らを飾り、引き立たせようと全力を傾けた」
大坂城を描いた最古の絵『大坂城図屏風』(大阪城天守閣蔵)には、天守が細部まで描写されている。天守は本丸の北東隅、すなわち現在の「大阪城天守閣」の北東方向に建っていた。フロイスは引用したように「八層」と書いており、内部は地上6階、地下2階だったと考えられる。
外壁は軒下だけ漆喰で、その下の腰板は黒漆が塗られ、そこには朝廷から使用が許された菊と桐の大きな紋が、おそらく木彫に金箔を施されたうえで張りつけられている。また、瓦が「皆黄金色」だったというフロイスの記述を裏づけるように、瓦はかなりの部分が黄金で装飾されているようだ。
黒い壁面に黄金の装飾がふんだんに施され、屋根も黄金色に輝く――。私たちが見慣れた城とはかなり異なるが、それが秀吉流だった。フロイスは秀吉が「可能なあらゆる方法によって自らを飾り、引き立たせようと全力を傾けた」と書くが、実際、出自で劣る秀吉は自身の居城を、信長の安土城もおよばないほど金ピカに飾り立て、権威を示したのである。
■枕は彫刻を施した黄金色
キリシタンとして知られた豊後(一部を除く大分県)の大名、大友義鎮(宗麟)も、天正14年(1586)に秀吉みずからの案内で大坂城内を歩き、『大坂城内見聞録』に書き遺している。そこにはおおむね以下のように書かれている。
「その大きさや普請に集まった人の多さから『三国無双の城』であり、案内された三畳ほどの茶室は、室内の茶器もふくめてすべてが黄金でできていた。
秀吉は赤い布団が敷かれたベッドに寝ていたのだ。
周知のように豊臣大坂城は大坂夏の陣で灰燼に帰したが、じつは唯一、残っている建物がある。先に見た『大坂城図屏風』は天守の左に、屋根のついた廊下橋が描かれている。これは秀吉の晩年に建てられた極楽橋で、2006年にオーストリアのエッゲンベルク城で見つかった『豊臣期大坂図屏風』にも描写されている。
この橋は秀吉の死後、慶長5年(1600)に秀吉の霊廟として建てられた豊国廟に移築され(『義演准后日記』)、その2年後、琵琶湖北部に浮かぶ竹生島にふたたび移された(『舜旧記』)。つまり、豊臣大坂城が破壊される前に運び出され、竹生島に現存しているのだ。
■琵琶湖で見られる「往時の大坂城」
国宝に指定されている宝厳寺の唐門が極楽橋の入口と考えられ、重要文化財の観音堂、同じく重文である渡廊、国宝の都久夫須麻神社本殿の計4棟が連なる。これら4棟は調査の結果、かつて大坂城では一体の建物だったと考えられている。
4棟は平成25年(2013)から7年かけて滋賀県による保存修理が行われ、漆塗りなどは全面的に塗り直され、彩色や彫刻の欠落も補われた。その際、レーザー測定で顔料や模様を分析し、往時の色彩を忠実に表現。
修復されたた唐門の前に立つと、絢爛たる輝かしさの前に言葉もない。「極楽とはこのことか」と往時の人たちは感じたことだろう。また、都久夫須麻神社本殿の身舎内陣は、狩野派の黄金の襖絵や極彩色の彫刻で飾られ、柱や長押は黒漆に高台寺蒔絵が施され、比較するものがないほどの豪奢で眩い。二条城二の丸御殿の10倍は豪華だ、日光東照宮の陽明門のような室内だ、といえば少しは伝わるだろうか。
天守はもちろん、多くの建物が同様の豪華さで飾られていたら、もはや眩暈がしそうだが、それが豊臣大坂城だったのである。
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香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)

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