※本稿は、ギデオン・デフォー『新版 世界滅亡国家史』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■絶海の孤島に舞い降りた殺人鬼
【ラパ・ヌイ(イースター島)】〈1200年頃~1888年〉
人口 1万2000人(最大時)
首都 厳密な意味での「首都」ではないが、ハンガロアが中心地だった
言語 ラパ・ヌイ語
滅亡原因 ネズミ、病気、思慮の浅さ、恐ろしいヨーロッパ人の到来などのさまざまな要因が重なった
現在 チリの一部
1866年、1隻の船がイースター島に到着した。船には2人の宣教師と、不幸なことに、元武器商人で血も涙もない殺人鬼、ジャン=バティスト・デュトル=ボルニエが乗っていた。
王を自称するデュトル=ボルニエは、それから12年間で住民の大半を殺害し、島を羊牧場に変えた。
■大量のモアイ像が作られたワケ
ラパ・ヌイの創世神話には「マケマケ」という最高神が登場する。
マケマケはヒョウタンとの間に子どもをつくろうとしたが、うまくいかなかった。次に石を相手にしたが、これも失敗に終わる。しかし3度目、マケマケは高く盛られた土と交わることに成功し、その土から人間が誕生したという。
他方、放射性炭素年代測定法やミトコンドリアDNA解析によって、ラパ・ヌイ人の祖先はポリネシア人であり、およそ800年前にイースター島に渡ってきたことがわかっている。この先住民は、すぐに2つの部族に分かれて争うようになった。西のトゥ・ウ族と東のオト・イトゥ族である。
どちらの部族も「モアイ」という巨大な顔の石像を作った。彼らはモアイの大きさを自分たちの強さと考え、相手よりも大きいモアイを作ろうとした(1)。
(1) イースター島には、「巨人(エル・ヒガンテ)」と呼ばれる20メートルを超えるモアイが寝かせた状態のまま放置されている。
■後先考えない自然破壊の末路
人間というのは、たとえ絶海の孤島にいたとしても、どうでもいいことで同胞の半分を敵にまわして争うものなのだ。
もちろん、人間が得意なことはほかにもある。自然破壊だ。ラパ・ヌイ人も同じで、驚異的なペースで木を伐採していった。
自然を破壊するのが人間だけだったら、まだどうにかなったかもしれない。
だが、島に渡ってきた彼らの祖先は、うっかりナンヨウネズミを持ち込んでいた。ネズミたちは、いずれ大木になるはずだったチリサケヤシの実をむさぼり食った。
木材が足りなくなった島民は、代わりに草を燃料にした。やがて人口は減少し、海鳥が寄りつかなくなり、楽園は荒れ地と化した(2)。
それでも、この状況はのちにやってくる時代と比べれば、天と地ほどの差があった。
(2) ただし、最近の考古学研究のなかには、ヨーロッパ人到来以前のラパ・ヌイ人の生活は、これまで考えられていたよりもずっと文明的だったと主張するものがある。
■地獄と化した平和の楽園
19世紀、島にやって来たイギリス人たちが神聖なモアイ像を持ち出す事件が起こった。また、ペルーの商人が島民に目をつけ、人口のおよそ半分が生け捕りにされた。さらに、結核と天然痘という悲劇までもが彼らに襲いかかった。宣教師と船の船長であるデュトル=ボルニエが現れたのは、まさにそんなときだった。
デュトル=ボルニエは、常軌を逸した熱意をもって島を恐怖に陥れた。彼はまず奴隷売買に手を出し、徐々に土地も買い上げていった。
さらに島に自分の旗を立て、女たちをさらった。そのなかの1人であるクレトは、彼の「妻」になった。彼が購入したことになっている土地の領収書には、クレトのことを「イースター島の王妃」と記してあった。
デュトル=ボルニエを止めようとした2人の宣教師は、結果的に島民と同じように虐げられることとなる。
■やっとの思いで殺人鬼を倒したのに…
島民は、タヒチの司教に助けを求める手紙を書いた。これは、彼らにとって初めての島外への救援要請だった。司教はフランス海軍に軍事介入を依頼したものの、深刻に取り合ってもらえなかったので、宣教師たちは船に島民を乗せられるだけ乗せて島から逃げ出した。その後、デュトル=ボルニエは羊牧場の建設に着手した。
結局、島に残されたわずかなラパ・ヌイ人は、自分たちの手で問題を解決しようとした。数人のグループがデュトル=ボルニエを待ち伏せして殺害したのだ(3)。
だが、島はほぼ壊滅状態で、島民はすでに110人しか残っていなかった(うち26人が女性)。ほどなくして、イースター島から約3200キロメートル離れていてポリネシア人がいなかった国――チリが、島の領有権を主張しはじめた。
そこには、よくある契約上のトリックが使われていた。チリ側の書類には「島はチリの一部である」と明記されていた一方で、ラパ・ヌイ側の書類には「彼らは島の友人である」とだけ書かれていたのだ。
(3) デュトル=ボルニエ殺害につながったと思われる具体的な事件は、「クレト王妃のドレスの質が悪いこと」についての言い争いだった。
----------
ギデオン・デフォー
作家、アニメ脚本家
オックスフォード大学で考古学と人類学を専攻。
----------
(作家、アニメ脚本家 ギデオン・デフォー)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
