■EU委員長「原発縮小は過ちだった」と認めた
欧州もまた、イラン発のエネルギーショックの悪影響を受けている。天然ガスの指標価格となるオランダTTF先物は、米国がイランを空爆する直前はメガワット時当たり30ユーロ程度だったが、一時60ユーロに迫る勢いまで上昇した(図表)。
その後、価格は50ユーロを下回る程度まで下落したが、以降は高止まりしている状況だ。
こうした中、3月10日、フランスの首都パリにてフランス政府と国際原子力機関(IAEA)共催による第2回「原子力エネルギー・サミット」が開催された。その場で欧州連合(EU)のウルズラ・フォンデアライエン委員長が、EUがこれまでの原発縮小が過ちだったと改めて認め、原発推進を改めて強調したことが話題となっている。
もともとフォンデアライエン委員長らEU首脳陣は、再エネによる発電を重視し、その補助役としてガス火力を位置付けるエネルギー政策の方針を取っていた。再エネをメインエンジンに据えて、ガス火力をサブエンジンとするイメージといっていい。原発に関しては、サブエンジンをさらに補助する役割といった位置づけにとどまっていた。
その姿勢が、2022年に生じたロシア発のエネルギーショックを受けて変化した。ウクライナ侵攻を巡ってロシアとの関係が断絶したことで、EUはロシア産の天然ガスを輸入できなくなった。とはいえ、ロシアが供給を絞ったというよりも、自ら需要を絶った側面の方が大きい。このために、EUは原発の推進に路線を転換したのである。
ショルツ前政権が脱原発を完了してしまったドイツや、サンチェス現政権が原発の稼働の延長に消極的なスペインを除けば、EUの殆どの国が原発の推進に舵を切った。フォンデアライエン委員長の発言は、それを再確認するものだ。
ただし同委員長は、原発が脱炭素に資するものだとも説明して、引き続き脱炭素に配慮する姿勢を見せる。
■優先順位が付けられない病理
エネルギーは、金融と物流に並ぶ経済の血液である。その血液なくして経済活動はままならないのだから、本来ならば最優先されるべき政策だ。しかし欧州委員会は、あくまで原発推進を脱炭素の中に位置づける。あくまでメインエンジンは再エネで、天然ガスと並ぶサブエンジンの位置づけに、原発を引き上げたといったところが正しい。
その欧州委員会は、脱炭素のみならず、競争力と軍事力の追及も重視する。つまり環境政策と競争政策、軍事政策を同時に追求しようというわけだ。競争政策の念頭には中国がある。中国製の廉価な工業品に対して、欧州製の工業品はもともと劣位だった。さらに人件費高とエネルギー高が重なり、欧州の工業品は競争力を大きく失うに至る。
競争力を改善させるためには、設備投資を引き上げ、生産性を高める必要がある。そのための支援の必要性を、欧州委員会は声高に主張する。
一方、軍事政策の念頭にはロシアと米国がある。米国からの圧力で軍事的な自立の必要性に目覚めた欧州委員会は、各国による防衛力強化のための支出増を容認するなど、防衛体制の強化に着手した。
しかし、いずれに政策にも巨額のコストがかかる。そもそも、ヒト・モノ・カネといった生産要素は有限なのだから、ある領域にそれらを優先して充てるのなら、それ以外の領域に充てることができる量は減る。ゆえに優先順位が問われるわけだが、欧州委員会はまさに“あれもこれも”の状態となっており、お手盛りの印象がぬぐえない。
■脱原発を完了したドイツの困難
ドイツのショルツ前政権が2023年4月に脱原発を完了した際、内外から批判が寄せされたことは記憶に新しい。ドイツがそのタイミングで脱原発を完了した是非は問われて然るべきだが、一方で現実的な理由の一つに、原発の運営や修理を担ってきたエネルギー会社側の事情があったことは、あまり知られていない。要するに、人員不足だ。
RWEやE.ON、EnBWといったドイツのエネルギー会社は、ドイツ政府の脱原発の指針を受けて、計画的に事業を縮小させていった。そのため、原発の稼働を延長しようにも、原発事業に人材を充てることができなかったのである。このことは、政治的な判断で技術を捨てた場合、その技術を再び復活させることの難しさを端的に物語る。
他方で、現在、フランスを中心に稼働している欧州の原発は、老朽化が進んでいる。
そのリプレイスメントにも、多くのヒト・モノ・カネが費やされる。加えて、新たに原発を造成するのであるなら、さらに多くのヒト・モノ・カネを充てる必要がある。原発推進の号令は大いに結構だが、実際は“言うは易く行うは難し”の世界と言える。
一方、欧州域内には多くの石炭が存在する。石炭火力の効率化・近代化を図れば、脱炭素との両立も可能なはずだ。しかし、欧州委員会はそうした判断はしない。あくまで石炭は排除すべき燃料のようだ。とはいえ、そのように政治的な判断を優先するならば、急を要した場合に石炭火力を稼働させる術をEUは完全に失ってしまうことになる。
■日本は“安定供給”を最優先にするべき
EUは27もの国から構成される国家連合であるため、一度決めた政策を修正することには、多大なコストを要する。司令塔たる欧州委員会の権威が失墜しないようにしなければならないためだ。それゆえに、これまでの政策方針との整合性をどうにか保ちつつ、EUは政策を段階的に修正する必要がある。ゆえに矛盾点も目立つのである。

そうしたEUの姿を、日本は嘲笑することはできない。日本もまた、イラン発のエネルギーショックを受けて、燃料価格や電気料金の引き上げを免れない情勢だ。最優先されるべきはエネルギーの安定供給であるはずなのに、政府の対応は後手に回っている印象が拭えない。少なくとも、減税や補助金の給付でどうにかなる問題ではない。
東日本大震災という大惨事を受けて、日本でも原発に対する慎重な見方が広がった。それから今年でもう15年である。時代が冷静さを取り戻したことや経済環境が変化したことから、日本でも原発の再稼働を進めるべきという意見が強まっている。一方、政府の対応は俊敏さに欠けている。原発に携わる人材が不足していることもあろう。
政府は3月10日に日本成長戦略会議を開催し、政府が掲げる官民投資17分野のうち、優先的に支援する61の製品・技術をリストアップした。とはいえ、そもそも安定したエネルギーなしに、有効な産業支援など不可能である。政府には、エネルギーの安定供給に向けた具体的な政策方針を迅速に打ち出し、実行することを期待したい。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員

1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)
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