■「リコーダーがふけない」意外な理由
「うちの子、手先が不器用なのか、リコーダーの音がカスカスで……」
中2の娘さんのことを話しながら笑う母親に、僕は直言しました。
「それは手先の問題ではなく、身体機能の問題かもしれません」。
リコーダーを吹くには、唇を丸くすぼめ、息を唇に集中させて吹き込み、その状態を維持する必要があります。
しかし、中学生であっても口腔機能が未発達な場合、唇周囲にある筋肉(口輪筋)が弱く、本人の意思とは無関係に隙間から息が漏れ、維持することができません。これをテニスに例えると、いくら練習(努力)しても、ラケットのガットが緩んでいる状態。道具(身体能力)が原因で良い結果が出せないのです。
実際、このお子さんに、唇の力を測定する簡単な検査(保険適用)を行うと、基準値を大きく下回る結果でした。
そして、これは音楽の問題に留まりません。学業、運動、さらには全身の健康など、長期的な影響を及ぼす可能性があるのです。
■2018年に病名指定された“お口の症状”
以前は「子供の口の中の問題」といえば「むし歯」と「歯並び」でした。しかし、現場の歯科医師の間では、2010年にはすでに「お口ポカン」や「丸飲み」「口呼吸」「舌足らず(構音障害)」などの急増が問題視されていました。
その声の高まりから、2018年、厚労省によって「明らかな機能障害がなくても、発達が十分でない状態」について、「口腔機能発達不全症」という病名が正式に認められ、保険診療の対象となりました。
これは「食べる」「話す」「呼吸する」といった、人間が生きるために基礎的な口腔機能が年齢相応に育っていない状態です。
ただし、全く「食べられない」「話せない」「呼吸できない」わけではないため、「成長が遅いから」「個性だから」と見落としがちになります。
では、なぜこの状態を病気に指定したのか?
それは、この機能発達不全が生活を通して自然に治るものではないからです。さらに適切に介入しなければ、生涯にわたって影響を及ぼします。
口腔機能は成長期に「獲得」するものであり、十分に獲得できないものに対して「口腔機能発達不全症」と診断します。対象は18歳未満の子供です。
口腔機能は中年期(概ね50歳以降)に衰えはじめ、十分に機能できなくなったものに対して「口腔機能低下症」と診断します。しかし、成長期に口腔機能発達不全症を放置すると、早期にこの病気になる可能性があるのです。
■幼児期の前兆7選
口腔機能発達不全症の症状は、中学生になってから突然に現れるものではありません。
【口腔機能発達不全症チェックリスト】
① 風船やシャボン玉を力強く膨らませられない
(唇をすぼめる力不足=口唇閉鎖不全)
② テレビを見ている時、常に口が開いている
(お口ポカン=安静時口開)
③ 硬いもの(お肉や根菜)を避け、柔らかいものを好む
(食べる力不足=咀嚼不全)
④ 食事中に水や汁物をよく飲む
(唾液が少なく飲み込む力が弱い=嚥下異常)
⑤ 食べ物を噛んでいる時に「クチャクチャ」音がする
(いわゆる“クチャラー”=咀嚼音異常)
⑥ 発音が不明瞭で、特に「サ行」や「ラ行」が苦手
(舌足らず=構音障害)
⑦ 朝起きた時、喉を痛がる
(就寝中のお口ポカン=口呼吸)
【判定】
0項目:正常
1項目:経過観察(半年後に再チェック)
2~3項目:疾患と診断(歯科医院受診)
4項目~:中等度以上の発達不全の可能性(専門医受診)
7項目の中で特に注目して欲しいのは、①の「風船」です。
風船を膨らませるには、鼻呼吸で吸い込んだ息を、風船と唇で密着して一気に吐き出すことになります。これができない子供は、口腔周囲筋の発達が不十分な可能性が高いです。
■口呼吸が増えている根本原因
②の「お口ポカン」(口唇閉鎖不全)は単なる癖ではありません。唇の筋肉が緩み、鼻でなく口で呼吸することが常態化していることが原因です。
新潟大学などが行った調査(2021年、3~12歳3399人対象)では、全国の30.7%に「お口ポカン」があるとのデータが示されています。当院での最新の臨床経験(2024年、3~17歳)でも、約半数の子供の唇の力が弱いことがわかりました。
では、なぜ、これほどまでに口腔機能発達不全症の子供が増えているのでしょうか?
背景にはライフスタイルの変化が関係しています。
1つ目は「食の軟弱化」です。
現代の食事は、戦前に比べて噛む回数が激減しています。
2つ目は「スマホやゲームによる姿勢の悪化」です。
スマホを覗きこむ状態はいわゆる「ストレートネック」。頭部が前に出て、相対的に下顎が後方・下方に位置し、気道形態や舌位に影響します。この結果、自然と口が開き、口呼吸が固定化します。姿勢の悪さが、お口ポカン、口呼吸の原因となることは明らかになっています。
そして、3つ目が「マスクの常態化」です。
コロナ禍をきっかけにマスク生活が定着しました。マスクで口元が隠れたことによって、表情筋を使う機会が減少。口周りの筋力が低下につながり、「隠れお口ポカン」激増を後押ししたのです。
■放置した先で起こる6つのこと
口腔機能発達不全症を放置すると、どうなるのか。社会面、健康面で起こりうる問題を一つ一つ見ていきましょう。
① ハンバーガー問題
直近の問題として起こりうるのが「ハンバーガー問題」です。歯並びは、歯と顎の大きさのバランスだけで決まるのではなく、唇と舌も影響します。唇周囲の筋肉(口輪筋)が弱く、口を開いた状態が続くと、唇での歯並びの制御が起こらずに歯が前に出て「出っ歯」(上顎前突)、舌の位置が前に出がちだと、上の前歯と下の前歯の間が開く(開咬)という問題が露見します。
こうなると前歯が正しく機能せず、ハンバーガーのバンズやレタスを噛み切ることができません。このため奥歯に押し込んで食べる、奥歯依存の「ちぎり噛み」がパターン化して周囲に幼い印象を与えます。
実際、日本歯科医師会の調査では、10代の48.3%が「(硬いものを)噛みきれない」「食べこぼし」を経験しています。
② クチャラー問題
さらに深刻なのが「クチャクチャ食べ」の「クチャラー問題」です。
唇の筋力低下のため、口を閉じて咀嚼ができないので、食べ物を食べる音が周囲に漏れます(咀嚼異常音)。これはマナーの問題ではなく、口唇筋力の問題ですが、周囲、特にデートの相手や将来のビジネス会食の相手はそう見てくれるとは限らないでしょう。「育ちが悪い」「自己管理ができていない」などのレッテルを貼られるかもしれません。
③ 滑舌問題
また、日本歯科医師会では、10代の38%が滑舌不良とのデータを示しています。お口ポカンになると、通常は上顎にくっついた状態の舌が低位になり、舌を持ち上げる運動をしなくなります。この運動不足が、舌の力不足につながり、結果的に滑舌不良を招きます。
④ 感染症にかかりやすくなる
健康面も無視できません。
鼻呼吸が鼻毛・粘膜のフィルターを通しているのに対して、口呼吸はフィルターを通さずに空気を直接喉に送り込むことになります。そのため、咽頭細菌付着率が3倍になり、ダイレクトに喉を直撃します。その結果、風邪や感染症にかかりやすくなります。
⑤ 睡眠の質が低下
また、口腔機能発達不全症は口呼吸(口唇閉鎖不全)や顎・舌の発育の障害をもたらすため、上気道が狭小化して、いびきや睡眠時無呼吸症候群の原因になります。酸素低下や睡眠が浅くなる状態(覚醒反応)になるため、睡眠の質の低下にもつながります。
⑥ 集中力が低下
また、口呼吸では、鼻呼吸に比べて血中酸素取り込み量が10~18%程度少なくなるため、低酸素状態となります。これが集中力低下によるテストでのケアレスミスの連発や、運動でのスタミナ切れの誘発などにも影響します。さらに姿勢の悪化にもつながります。
■今日からできる3つの対策
では、中学生、高校生に成長したお子さんはどうすれば良いのでしょうか?
幸いなことに口腔機能は筋肉の問題なので、今からでもトレーニングで鍛えることができます。ここでは当院が推奨する3つのメソッドをご紹介します。
① 全力5秒うがい
NHK「あさイチ」で紹介されたうがいの方法です。特別な道具も、特別な時間も必要ありません。毎日の歯磨きの際のうがいを「筋トレ」に変えるだけです。
やり方:少量の水(約30ml)を口に含み、固く唇を閉じて、全力で「ブクブクうがい」5秒と「ガラガラうがい」5秒を、3セット行います。
ポイント:頬がパンパンに膨らみ、唇から水が漏れそうになるくらいの強さで行います。
効果:頬を膨らませることで頬筋、唇をしっかり閉じることで口輪筋、舌を前後に動かすことで舌筋群が、それぞれ確実に活動される複合型トレーニングです。
② 唇の力を見える化する「ボタントレーニング」
歯科医院では唇の力を測定することがあります。ボタンのようなものを唇と歯の間に入れて唇を強く閉ざしてボタンを引っ張り、どれくらいの力に耐えられるのかを数値化します。この方法をそのままトレーニングに応用します。
やり方:衣類用の直径2.5cm程度のボタンに、デンタルフロスやタコ糸を通して30cm程度の輪にします。ボタンを唇の裏側(歯の前・唇の内側)に入れます。ボタンが飛び出す寸前の力で糸を前方に5秒程度引っ張ります。10回を1セットとし、1日2~3セット行います。
ポイント:唇をしっかり閉じて、ボタンが口から出ないように保持します。
効果:口輪筋の収縮を促し、口を閉じた状態を保持する力を鍛えると、お口ポカンの対策になります。
■唇を支える“意外な場所”
③ べろを鍛える「舌回し」
「唇を閉じるのは唇の筋肉だけの問題」と思いがちですが、実は違います。唇という外側の「窓」を閉めるには、内側にある舌の「柱」がしっかりしていることが必要です。舌の力が弱いと舌の位置が低くなり、口が開きやすくなります。このため、舌を鍛えて「ベロマッチョ」を目指します。
ベロマッチョの基本となるトレーニング「舌回し」をご紹介します。
やり方:口をしっかり閉じて、内側から舌の先で唇や頬を押しながら、1周5秒くらいかけて、時計回りと反時計回りにそれぞれ5周ずつ回します。これを1日に3回行います。
ポイント:舌の先を内側から外側に押し出すように回します。
効果:舌と舌の下側にある複数の筋肉が総合的に鍛えられます。舌回しをして、喉付近に疲労感を感じると効果が出ています。
「勉強に集中できない」「すぐに風邪をひく」などのお子さんに対するお悩みが、まさかお口の筋肉にあるとは、多くの親御さんは思いもしないでしょう。
もし、本稿にあるような「リコーダーが吹けない」「ハンバーガーが噛めない」などの小さなサインがあれば、それを見逃さず、口腔機能の専門的な視点を持つ歯科医に相談して下さい。
お口対策は、将来の教育投資の土台かもしれません。
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宮本 日出(みやもと・ひずる)
歯科医師・幸町歯科口腔外科医院院長
日本顎関節学会代議員・専門医・指導医。1965年、石川県金沢市生まれ。愛知学院大学歯学部卒業後、石川県立中央病院歯科口腔外科に勤務。1994年、豪アデレード大学歯学部で研修し、1996年から同大学歯学部口腔顎顔面外科招待研究員に。2000年から明海大学歯学部の教員に就任。2007年、幸町歯科口腔外科医院を開業。国内外に160編以上の論文を発表している。著書に『お口からの感染予防』(ギャラクシーブックス)、『レモン水うがいダイエット』(あさ出版)。
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(歯科医師・幸町歯科口腔外科医院院長 宮本 日出)

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