SNS上では、事件と無関係な人々が直接の当事者ではない相手までつるし上げ、収拾がつかない状態になることがよくある。精神科医の和田秀樹さんは「正義感はやっかいで、人間は誰かを糾弾・攻撃することでドーパミンが放出され、快楽を覚えるため、SNS炎上は止められなくなる」という――。
(第1回/全3回)
※本稿は、和田秀樹『感情にふりまわされない心の整理術』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■SNSは感情関係すら破綻した世界
感情は、往々にして他者によってかき乱されてしまいます。周囲にいる「困った人」が、常にあなたの感情にさざ波を立ててくるのです。
「困った人」は、リアル社会だけとは限りません。現代社会においては、ネット上で発せられるあらゆるコメントが、あなたを感情的にさせます。
SNSをはじめとしたインターネット上でのやりとりが急激に発達したために、いまや人間関係は、リアルよりネット上でのつき合いのほうが多くなっている状況ではないでしょうか。
私は「人間関係は感情関係」だと常々いってきましたが、感情関係さえも成立しない、それどころか、相手が感情を持った人間であることさえ認識できないような殺伐としたやりとりが広がるネット社会を現代人は生きている。
その結果として、あなたの感情は、ネット上での人間関係で大きく揺さぶられることが増えているはずです。
■ネット上の「困った人」には2種類いる
あなたを悩ますネット上の「困った人」は、2通りに分けられると思います。
一方は、これまでのネット上での交流を踏まえたうえで、友人・知人だと認識している人たち。もう一方は、何の縁もなかった不特定多数の人が、何かであなたの発言を知り、反対意見を叩きつけてくる。つまり、それまであなたとはまったく関わりがなかったのに、ある発言や投稿を機に、突然激しく攻撃を仕掛けてくる人たちです。

あなたの投稿に対して、真っ向から批判をしてくる人がいる。あなたの考えを激しくけなしてくる人がいる。あまつさえ、人格否定までしてくる。それで感情を揺さぶられてしまっている人が多いのです。
痛ましいことですが、なかにはSNSが大炎上し、不特定多数からの誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)を受けて追いつめられ、自ら命を絶ってしまう人もいる。それが、私たちが生きている「いま」という時代の現実です。
■ネット上のつき合いは切り捨てても問題ない
もし、あなたにも「そういう事態」が起きそうだと感じたら……。
まず、前者のケース。たとえば友人だと思っていた間柄の人がそのような姿勢できたなら、もうネット上でのつき合いをいっさい切り捨てることをおすすめします。
普段、リアルで会っている人とのつき合いを断つのは、なかなか労力がいることです。でもネット上でのつき合いは、しょせんはネット上でのものでしかないのです。切り捨てるのも簡単ですが、ネット上であれば逆に新しい人と知り合うのも簡単です。

この人とは二度とつき合わない、その代わりにまた別の友だちを探そう――。そういうある種の「開き直り」が必要な時代になっていると思います。
■「スルーする」がきわめて有用
続いて、後者のケースです。ひたすら攻撃してくる見知らぬ人たちにはどうしたらいいでしょう。
もっともよい対策は、「受け流す」ことです。私もブログやYouTubeをやっていますが、そこに送られてくるコメントは読まないようにしています。
もちろん、なかには私にとって有意義で役に立つコメントも送られてきていることでしょう。でも、自分がカッとなってしまうようなコメントが多数あることは間違いありません。
私は、自分がやや感情的で怒りっぽい人間であるという自覚を持っていますので、怒りの感情がわく可能性があるものをできるだけ避けるように心がけています。ですからコメントは読みません。
■「怒り」の投稿はフェイクでも拡散する
SNSについては興味深い研究があります。ちょっと前になりますが、2014年に中国の学者が「怒りは喜びよりも影響力がある」という論文を発表しています(*)。

Anger Is More Influential than Joy: Sentiment Correlation in Weibo
2010年から2011年にかけて「Weibo」における約28万人のユーザーと約7000万件のデータを分析し、ユーザー同士がどういった感情でつながっているかを調べたのです。それによると、「怒り」「喜び」「嫌悪」「悲しみ」の4つの感情のうち、人々はとくに「怒り」の感情を共有してつながっている傾向があることが明らかになった、といいます。
また、フェイクニュースは、本物のニュースと比較すると怒りの感情が多く、喜びの感情が少ないという研究成果も出ています(*)。つまり「怒り」の投稿ほど、フェイクであっても拡散されやすいのです。

The spread of true and false news online
いったんSNS上で燃え始めた「怒り」の炎は、あなたが論理的に説明をしてもなかなか鎮火しません。というのも、投稿してくる人たちは、自身の考えが(たとえフェイクをベースにしていたものであったとしても)「絶対に正しい」と信じているからです。自分の意見こそが「絶対善」だと思っているのです。
■「正義感」という名の快楽
正義感というものはやっかいなもので、間違っている人を糾弾(きゅうだん)・攻撃することでドーパミンが放出され、快楽にはまってしまいます。
たとえばコロナ禍の頃、営業を続ける店や外出をした人に対して、ネット上でひどく過剰な攻撃が繰り返されたことを覚えている人は多いはず。
脳科学者の中野信子さんと対談したとき、中野さんはそのような人のことを「正義中毒」と呼んでいました。自分の考えと異なる人に向けて「正義」の攻撃メッセージを送ることに快感を覚え、止められなくなってしまうのですね。
私はかねて、「困った人」の多くは「頭が固い」と指摘してきました。

自分が正しいと信じ込み、自分と異なる意見は一方的に否定します。つまり、自身の価値観による「絶対善」に従って生きているわけです。
この「絶対善」にとらわれている人の比率は、どうもリアルな社会よりもSNS上の世界に多いと感じています。
■メンタルヘルス上は「SNSを使わない」が最適だが…
メンタルヘルスの観点からいえば、対処法として「SNSを使わない」というのがいちばんいいのです。しかし、そうもいかないのが実状でしょう。
それに、SNSにはよい部分もあります。嘘や極端な情報が多いとはいえ、テレビや新聞が流す画一的・教科書的な情報とは異なる情報・意見を得られたり、専門家の発信に直に接することができるというメリットは得難いものがあります。
1つのテーマでも、いろいろな意見を拾えることは大事です。たとえばXひとつとっても、「高市総理」に関する話題をめぐって、「自分こそ正しい」と思う人が何人もいて、次々発信しています。「サナ活」をしているファンからアンチまで、あるいは排外主義の人からリベラルまで、多種多様な意見が流れています。
それを見て、「いろんな意見があるんだな」「自分はこの人の意見に近いな」「でもこちらの意見もこの部分についてはなるほど賛成できるな……」と受け止めればいいのです。1つの意見が「絶対善」だと信じ込むと、それとは異なるほかの意見について感情的になりストレスを抱え込むことになります。

■アドラーの教え「課題を分離せよ」
SNSで発信する際に、念頭に入れてほしいことがあります。それは、「自分が発信した意見によって他者の意見を変えさせようと期待しない」ことです。
心理学者のアルフレッド・アドラーは、「すべての悩みは対人関係の悩みである」としたうえで、人間関係を円滑にするためには「課題の分離」が大事だといっています。人間関係でトラブルが起きたとき、それは自分の課題なのか、相手の課題なのかを分けて考え、相手の課題に踏み込まないことが大切だと説明しているのです。
どうにかして相手の気持ちを変えようと、SNS上で四苦八苦している人が多いと思います。相手に好意を持ってもらうためにいろいろと努力することは「自分の課題」ですからいいのですが、それに対して相手がどう思うかは「相手の課題」なのです。
ですから、こちらが努力したからといって、相手が変わると期待してはいけません。こちらの努力をどう受け止めるかは、相手に任せるしかないのです。
■「正義」「絶対善」など最初から存在しない
SNSの発信者は、自分の意見に皆が賛成してくれないとムッとします。でも賛成してもらえないなんて、しようがないことなのです。「相手が決めることだから」と割り切るほかありません。
一般に、SNSで強く意見を主張する人は、白黒をはっきりさせたがる傾向にあります。

でも世の中には白と黒だけがあるのではありません。その中間のグレーゾーンというものが存在します。白に近いグレーもあれば、黒に近いグレーもある。そういう曖昧なものがあることを認めましょう。
言いたいことを言って相手が受け入れてくれないからといって、こちらが悪いとは限りません。反対に、言いたいことを言ったら反発されて大炎上したからといって、こちらが間違っているというわけでもありません。
「正義」や「絶対善」など、最初から存在しないと思うことが大切です。
■SNSと距離を持つことの大切さ
私は「SNSで発信するな」とはいいません。発信すること自体はいいのです。とはいえ、あなたの課題と相手の課題を分離するように心がけましょう。
「レスポンスが悪くてもいい」と鷹揚(おうよう)に受け止められる、あるいは私のようにレスポンスをすべて無視する。
これこそが、SNS社会で感情にふりまわされない方法なのです。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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