旧ソビエト連邦諸国では現在も情勢不安が続く地域が少なくない。南オセチアではジョージアからの独立をめぐって紛争が繰り返され、現在は未承認国家となっている。
写真家・星野藍さんの新刊『旧ソビエト連邦を歩く』(辰巳出版)より、その様子をお届けしよう――。
■ソ連のリゾート地だったジョージア
過去を見つめる事は決して未来を閉ざす事ではない、それはもう一度今を生きる意味を見つめ直す事なのだ。旧ソ連各地で見られるソビエト時代のモザイクはそんな過去に向き合う時空旅行の機会を必然的に与えるものかもしれない。
かつて見たであろうその先にあると信じられていた明るい未来。どの国のモザイクも甲乙付け難くはあるが、ジョージアのモザイクは特に美しく、対峙すると目の前に描かれる色とりどりの別世界にしばし足を止め見入ってしまう。プロパガンダだけではなく宗教や民族性、地域性を強く反映されたものも多い。
ジョージアはここ数年で一気に知名度が上がり日本人の間でも特に食の面で話題になる事が何かと多い国となった。
外国人旅行者の姿も多く見られるツカルトゥボは今でこそ廃れているがソ連時代には年間10万人以上が訪れる一大リゾート地で、モスクワから毎日直通列車があったほどだ。多くの絢爛豪華なホテルやサナトリウムは廃墟と化し、そこにアブハジア紛争で難民になった人々が30年以上経った今でも住み着いている。
■廃墟で大麻パーティーをする地元住民
廃墟化したとある温泉施設を撮影しようと中に入ってみると、そこに3人の若い男性がいた。彼らの親がアブハジア難民で、ツカルトゥボに避難しそのまま定住していると言う。ここで何をしているのと聞くと、ニヤリと浴槽の縁に置かれたペットボトルを指差した。

水が入っており、カットし加工された部分には乾燥した謎の草が詰められていた。これは……大麻だ。この廃温泉は撮影をする観光客も多いがタイミングを誤ると大麻パーティー状態の地元グループにこうして遭遇する事になる。
翌日早朝も行ってみたが、その時も朝から一人で大麻をもくもくに焚きまくる男性がおり、建物の天井部分の穴から白い煙が物凄い勢いで立ち上っていた。一瞬火事かと思ったが辺りに漂う独特の香りで状況を察する他なかった。
■日常の中に境界線がある
ジョージアは戦争が“終わった”国ではなく今も“続いている”国だ。
アブハジア出身のタクシードライバーが紛争時ロシア軍と共に戦った昔話をしてくれたり、私が地方へ赴いている間トビリシでデモがあったり、数年前訪れた時にはなかった街で見かける反ロシアの落書き、行く先々で出会った人々が漏らすロシアに対する不安や不満。
ジョージア人は明るく親切な方が多い。その明るさの底には守るべき誇りと失ったものの記憶、静かな緊張があると感じる。
境界線は地図の上では細い線だが、その線の向こう側にも人の生活があり祈りがある。平和と戦争の間に横たわるそのわずかな距離が、何と不安定な中で存在している事か。戦争が止まったのではなく凍りついたまま続いている。
戦争の記憶は過去ではなく、日常の延長線上にある。
■元KGBの男性がこぼした重たい一言
南オセチア共和国・アラニア国(ツヒンヴァリ地域)はジョージア北部に位置するオセット人の居住地域だ。ジョージアから事実上独立している未承認国家として存在している。こんな場所に行くとは正直自分でも思ってもいなかった、好奇心は海も空も憶(おも)いも全てを超える。
南オセチアでドライバー兼ガイドを務めてくれた屈強な男性が残した言葉で、忘れられないものがある。
南オセチアの旅を終え、ウラジカフカスに残るソビエト時代に建設されたホテルに私を送り届けてくれた時だった。ロビーに飾られた南北オセチアの地図を見ながら彼は言った。
「オセチアは二つで一つの国さ。南北に分かれているってだけでさ」
彼は元軍人であり、元警察官であり、元KGBだった。
「生まれてから30年間、俺には戦争しかなかった。でも、今は自分の人生を生きている、一度きりしかない自分の人生を」
ドライバーを外まで見送り、車が見えなくなるまで手を振り続けた。
北オセチア共和国、そこはロシアの一部だがロシアじゃない、そして同時に南オセチア共和国もジョージアの一部だがジョージアじゃない、南北で一つの“オセチア”なのだと、この地で生きる人々に実際に会い話をすると切に感じるものがある。

■「戦争には負けたかもしれないが真の勝者は日本だ」
報道では南オセチアはロシアによるロシア化が進んでいると言われていたが、実際に訪れると彼らはロシア人ではなくあくまでもオセット人だ。その心にはオセチアの魂が宿っている。
長い歴史の中で宗教・帝国・民族が交錯してきた場所で、これが正しい、これが正義だ、と白黒付けて言い切る事は私には難しいかもしれない。
ジョージア人に言われた事がある。
「もしも日本が中国に領土を取られてここは自分たちの国だ、中国の一部だって言われたらどう思う?」
そう問われると言葉に詰まる。
南オセチアに住む住人の9割はオセット人で、その他はロシア人、カルトヴェリ人(狭義のジョージア人)、ウクライナ人、アルメニア人もいる。ガイドの祖父はオセット人で、祖母はジョージア人だった。
オセット人のある男性が言った。
「日本は広島、長崎と二度も原爆を落とされたが素晴らしい復興を遂げた。アメリカは爆弾を落として家に帰っただけさ。戦争には負けたかもしれないが真の勝者は日本だ」
チェチェンでもほぼ同じ事を言った男性がいた。彼らには武士道を愛し己の抱く信念や哲学に大きく影響を受けているという共通点もあった。

日本とオセチア、こんなにも離れているのに武士道の話が出るなんて不思議な感じがした。新渡戸稲造の武士道が、何カ国語にも訳され世界中で読まれている事を恥ずかしながら帰国後知った。己の無知を恥じ即座に購入した。

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星野 藍(ほしの・あい)

写真家/グラフィックデザイナー

福島県出身。軍艦島をきっかけに、廃墟を被写体として撮影を始める。旧共産圏や未承認国家に強く惹かれ、近年縦横無尽に巡っている。「APAアワード2024」金丸重嶺賞、「名取洋之助写真賞」奨励賞を受賞。著書に『幽玄廃墟』(三才ブックス)、『旧共産遺産』(東京キララ社)、『未承認国家アブハジア 魂の土地、生きとし生けるものと廃墟』(玄光社)などがある。

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(写真家/グラフィックデザイナー 星野 藍)
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