厚生労働省によると、2025年3月時点の生活保護の申請件数は、2万2484件(前年同月比867件増加、4%増)。生活保護を開始した世帯数は、2万395世帯(同1062世帯増加、5.5%増)。賃金は上がらず、物価が異常に高騰する中、さらに生活保護が必要な人々が増えるのは必至な状況だ。
介護や毒親の取材現場で筆者が以前から気になっていたのは、経済的な困窮者が生活保護を忌避するケースが多いことだった。その背景には、不正受給問題はさることながら、生活保護の仕組みの複雑さや“得体の知れなさ”が影響しているのではないか。そんな問題意識を胸に、かつての生活保護受給者の話を通じて制度の実態を明らかにし、正しく救われる人や機会を増やしていきたい。
■「このまま今の仕事を続けてたら…」
関東在住の焼場雷太さん(仮名・28歳)の3度目の転職先は、テレワーク中心の会社だった。入社が決まった後、1日だけ出社し、そのあとはパソコンを持ち帰って家で仕事をした。
「僕は、けっこう頑張っちゃうタイプみたいで、頼まれた仕事を『今日はこのあたりでいいか』と区切ることができずに、『早く終わらせないといけない』と思って根を詰めすぎてしまうんです。気がつくと、寝ている数時間以外はずっと仕事をしているみたいな状態になっていました」
焼場さんは、「入社したばかりで、上司に相談することもできなかったし、他に相談できる相手もいなかった」と話す。
焼場さんは、ひたすら黙々と仕事をし続けた。するとある日の夜のこと、焼場さんは自分が外を歩いていることに気づいた。
「自分には全く家を出た記憶がなくて、どこをどう歩いたのかわかりませんが、無意識に近所をうろうろ徘徊していたみたいなんです。おそらく21時までは仕事をしていました。仕事をしていたら、イライラしたりとか、不安な気持ちがあったりとか、いろんな考えが頭の中に渦巻いて何だかよくわからなくなってきて、気が付いたら家を出て外を歩いていました。その時、『これはこのまま今の仕事を続けてたら死んじゃうな』と思ったんです」
時計は間もなく午前0時。3時間ほどの記憶がすっぽり抜け落ちていた。不安になった焼場さんは、すぐに24時間対応の退職代行の会社に「今日付で辞めたい」と相談。
退職代行会社の担当者は、「では、朝イチで会社に辞職の旨を伝えますね」と言い、その通りに実行された。入社から、わずか19日で辞めたことになる。
その1カ月後、貯金が底をつき、翌月の家賃を払うアテがなかった焼場さんは、ネットで炊き出し情報を得ると、新宿区の公園に行った。
炊き出しをしているNPO職員に生活に困っている旨を話すと、生活保護を勧められた。
なぜ彼は転職を繰り返し、生活を破綻させてしまったのか。
その答えは、彼の生い立ちと疾患にあった――。
■忙しい両親と5歳上に障害を持つ姉
都内で生まれ育った焼場さんは、公務員の父親と看護師の母親のもとに、長男として誕生。5歳上にダウン症の姉がいた。
「両親は友人を介して知り合い、結婚してすぐに姉が生まれたようです。僕は物心ついた時には、『うちの姉は普通の子と違うな』って思っていました。たぶん知能は4歳くらいで止まっていて、足し算ぐらいしかできません。トイレは自分でできますが、時々漏らしてしまうことがあります。今も例えば、『図書館で漏らしてしまった』という連絡を受けて、僕が迎えに行ったり、着替えさせたり、お風呂に入れてあげたりすることもあります」
焼場さんは、「いつもニコニコしている手のかからない子」に育った。
「基本はわがままを言いませんでした。喜びの感情は出しますが、悲しみとか怒りとかは出さなかったような気がします。
一戸建ての家には父方の祖父母も同居しており、焼場さんが生まれた時、60歳の祖父はまだ働いていた。看護師の母親は焼場さんが1歳半になると、保育園に入れて復職。家事はその頃57歳だった祖母が担当した。
「子どもの頃、家の中では祖父母と両親が衝突することが日常茶飯事でした。だから自分は他人と揉めないよう、人の顔色を伺い、必要以上に気を遣うのが癖になっていました」
姉は小学校では普通学級に。中学校は養護学級に進んだ。
「1年を通じて、家族で旅行やキャンプなどに頻繁に出かけていました。ダウン症の姉は、当時は医師から『20歳までは生きられない』と言われていたので、思い出作りのためだったと聞いています」
子どもの頃から焼場さんは「寂しい」と感じたり、姉に嫉妬したりしていたが、誰にも言えなかった。
「おそらく5歳くらいの頃から、自分より姉が優しくされていたりすると嫉妬していた気がします。例えば、同居していた祖母の部屋に、僕と姉が週末毎に交代で泊まりに行くようになっていたのですが、姉が連続して泊まることがあって、姉が贔屓されていると感じました」
そんなときは内心、「お姉ちゃんなんていなくなればいいのに」と思ったという。
■追い詰められた中学受験
先に習い始めていた姉を見て、5歳の頃に公文式の教室に通い始めた焼場さんは、小5の終わりの頃に教室の先生から「あなたは頭がいいから、中学受験に挑戦したほうがいいんじゃない?」と勧められる。
焼場さんはすっかりその気になり、両親も「やってみたら?」と言ってくれた。
「実家がある地域があまり治安のいいところではなかったので、両親は、中学で僕がよくない子に引っ張られてしまうことを心配していました。あと、すでに小学校では僕が『障がい者の弟』ということが知れ渡っているので、全く知らない学校に行ったほうが、僕の将来のためにいいんじゃないかと考えたみたいです」
早速、中学受験の勉強をスタートした焼場さんだったが、想像以上の苦しさに何度も挫けそうになる。
「中学受験って、知らないと解けない問題とか、解き方から正しくないと正解にならない問題とかも多くて、そのテクニックみたいなのを教えてもらわないといけないんですが、小学生の自分にはけっこう難しくて、覚えることもいっぱいで……。学校のテストでは100点取れるのに、模試になると全然芳しくなくて、結構追い詰められました」
特に中学受験は、地域の公立中学に進む子たちが普通に遊んでいる姿が否応なく視界に入ってくるため、モチベーションを維持するのが難しい。
「みんなは土日も遊んでいるのに、僕は受験勉強をしなくちゃいけない。しかも、僕が受けた私立の中高一貫校はそんなに難しいところではなくて、偏差値の高い中学を目指している子と自分を比較してつらくなったりしました。受験勉強をやっていると、ストレスが溜まってイライラしたりとか、精神的に不安定になって、受からない恐怖とか、落ちるんじゃないかみたいな不安とかに襲われたり、『こんな問題が解けない自分は劣っている』などと自分を責めちゃったりっていうことが多かったんですよね」
このときも焼場さんは、受験勉強で苦しい思いをしていることを、友だちはもちろん、両親にさえ打ち明けられなかったという。
「両親も気づいていなかったんじゃないかな。僕が見せないようにしていたので。ただでさえ姉に手がかかりますし、両親は共働きでしたし。僕は自分から『やりたい』って言ったわけですから……。『やっぱり大変だからやめるなんて言ったら、親に迷惑かける』みたいなことを考えて、ずっと耐えていたような気がします」
つらさに耐え抜いた焼場さんは、自分が希望した私立の中高一貫校に見事合格することができた。
■原因不明の不調
つらい中学受験を経験して、「またあの気分を味わうのは嫌だな」と思った焼場さんは、高校はそのまま上の高校に進み、大学は指定校推薦を受けた。
「たぶん自分の中で、ストレスが過度にかかると良くないことが起きるっていうのはなんとなく感づいてはいたんです。通っていた高校は、たまに東大とか早稲田とか行くような進学校だったんですけど、僕は大学受験には関わらずに、高校の時の成績で行ける指定校推薦を受けたので、全然ストレスはありませんでした」
大学に進学した焼場さんは、実家から1年間通学。
「本当は、父から『大学に入ったら家から出て行け』と言われていたのですが、僕はアルバイトもせず、ずっと家から通っていました」
ところが2年生になった焼場さんを、原因不明の不調が襲った。
「朝起きて、身支度ができないとか、布団から起き上がれないとか、家から出られないとか……。大学2年って大学の中で一番頑張りどころというか、単位をいっぱい取らないといけないところだと思うんですけど、その年は全然大学に通えなくて、単位を落としまくってしまったんです」
焼場さんを襲った不調は何だったのか。
この時の焼場さんは、まだその不調と自分が生涯をともにすることになるとは、想像だにしていなかった。
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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する~子どもを「所有物扱い」する母親たち~』(光文社新書)刊行。
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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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