2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は地上波中継がなく、有料動画配信サービスのNetflixの独占配信となったことで、SNSを中心に「貧乏人は見るなということか」といった反発が生まれている。ネットメディア研究家の城戸譲さんは「日本人にとって、野球をはじめとしたスポーツのテレビ観戦は『無料が当たり前』という価値観を浮き彫りにさせた」という――。

■WBC独占配信のNetflixが嫌われている
野球の世界大会「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」をめぐり、日本における全試合独占配信を、大手動画配信サービス「Netflix(ネットフリックス)」が担当した。しかしテレビ各局では中継されないため、視聴者からは困惑や怒りの声が少なくない。
なぜNetflixは、ここまで嫌われているのか。その背景を考察してみると、数十年にわたる「コンテンツの楽しみ方」が大きく変容していることに気付いた。
2026年のWBCは、Netflixが独占中継を行っている。そのため既存のテレビ局では中継が行われておらず、使える映像にも限りがある。TBSの安住紳一郎アナウンサーは、司会を務める「情報7daysニュースキャスター」(3月7日放送)で、「試合終了の約30分後に映像を受け取り、1番組3分以内に編集する必要がある」と内実を明かしていた。
こうした事態に、SNS上では「既存の野球ファンを冷遇しているのでは」といった批判が少なくない。Netflixが国内の独占放映権を得たと発表されたのは、2025年8月。しかし、あまり周知されていなかったのか、それとも当時はさほど関心がなかったのか、3月に大会が始まってから、こうした反応が続出するようになった。
■「貧乏人は見るなということか」批判が噴出
Netflixは現在、大きく3つの料金プランを用意している。月額890円の「広告つきスタンダード」と、広告のない1590円の「スタンダード」、そして画質を向上させた2290円の「プレミアム」だ。
新規登録キャンペーンにより、初月は最低498円から利用できるが、「500円を払えない貧乏人は見るなということか」といった批判は絶えない。
なお、広告の有無で料金が変動するが、今回のようなライブ配信の場合には「プランを問わず広告が表示されることがあります」(Netflix公式ヘルプページより)と告知されている。ユーザーからは、この仕様に困惑する声も見られる。
ちなみにNetflixは今回、日本テレビに中継制作(15試合)を委託している。日テレは「プロモーションパートナー」にもなり、大会の盛り上げ役として位置づけられている。「どこよりも詳しい熱戦の記録」と銘打った、生放送による特別番組「ワールドベースボールクラシック詳報」を放送しているが、ネットの反応を見る限り、物足りなさを感じている視聴者は少なくないようだ。
■日本にこびりついた「スポーツは無料」という価値観
ではなぜ、ここまでNetflixに批判的な声が多いのか。その最大の要因は、おそらく日本では今も「国民的スポーツは無料で見られるもの」という価値観が染みついていることにある。テレビの国内放送開始から70年以上にわたる日常が、海外からの“黒船”によって突然崩れた。その困惑からNetflixへの嫌悪感が生み出されているのではないか。
まだテレビ受像機が庶民の手が届く価格ではなかった1950年代中盤、力道山のプロレスを見るために、人々は“街頭テレビ”を囲んだ。そこには「無料でスポーツを楽しむ」だけでなく、「誰かと一緒に観戦する」文化もあった。

テレビがお茶の間に普及すると、スポーツ中継は家族共通の娯楽として位置づけられた。そしてオリンピックやサッカー、バレーボールなどのワールドカップ、世界陸上・世界水泳・世界卓球といった国際的スポーツイベントも「基本的には無料」であることが前提になっていく。
■娯楽の多様化のあおりを受けたスポーツコンテンツ
裏を返すと、それだけ民放局の収益システムが盤石だったとも言えるだろう。もちろんスポーツイベントの放送権が高くなったり、各国と比較して日本経済が相対的に落ち込んだりといった要因もあるが、「テレビメディアの強さ」が下支えしていたと考えられる。
しかしながら、時代の流れは残酷だ。ネットの普及などで、興味・娯楽の細分化・多様化が進んだ。お茶の間でテレビを囲むのではなく、スマホでそれぞれが見たいものを視聴する。民放局の収益モデルも揺らいでいった。
費用対効果を考えると、放映権を払ってまで編成する必要がある番組なのか――。そうした判断のあおりを受けたのが、スポーツコンテンツだ。なかでも野球は、それまでテレビの看板を担っていたため、より目に見える影響が出た。視聴率の分散が進んだ結果、日本シリーズでないプロ野球の通常試合は、ゴールデンタイムで生中継されなくなった。

■無料の国民的コンテンツが人質に取られた
このように、スポーツイベントは「みんなで見るもの」から「個別で見るもの」へと、数十年間で移り変わっていった。一方で依然として「タダで楽しむもの」との認識は変わっておらず、収益モデルもさほど転換しなかった。
ジワジワと変化していながらも、メディア側も興行側も価値観を変えようとはしてこなかったように思える。ノスタルジー的なものがあったのか、それとも現実から目を背けようとしていたのか――。理由ははっきりしないが、目に見えるアクションは起きていない。
しかし、今回のWBCをめぐる事案により、キッパリと可視化された。かねて有料サブスクをめぐっては、うっすらとした「なにさま」感があった。具体的には「タダで楽しんできたのに、カネを取るとは何事か」といった感情だ。これもまた、表面化した。
そして、日本のお家芸である野球の世界大会がその対象となったことにより、「国民的な人気コンテンツを人質のように扱うのは何事か」という反発が噴出した。日本企業ではなく、アメリカの企業が主導権を握っている点も、昨今のナショナリズムの高まりと相まって、より強い嫌悪感につながったと思われる。
理屈で言えば、それだけ価値のある(資金投入が必要な)コンテンツと言えるのだが、感情で考えると、素直に受け入れられない。
そうした印象論から、「貧乏人はWBCを見るな」と拒絶されているような感覚に陥るのではないか。
■他のコンテンツも「有料の壁の向こう側」へ
今回の“反発”は、それだけ日本人にとって、野球は大切な存在であることを裏付けた。Netflixは、そうした「日本人とスポーツコンテンツの密接なつながり」を理解していなかったのか。それともわかっていたからこそ変革に挑んだのか。いずれにせよ、今回のWBCが試金石になるはずだ。
ただ、視聴者も「Netflix憎し」を言っているヒマはない。今後さらにテレビ業界が縮小すれば、あらゆる中継コンテンツがペイウォール(課金の壁)の向こう側に移動するだろう。おそらく、それはスポーツだけではない。テレビそのものが「サブスクお試し視聴の場」になる可能性すらありうる。
そう考えると、Netflixという個別サービスをバッシングしている場合ではない。時代に合った「コンテンツの楽しみ方」とは何か。その価値観を考え直さない限り、根本的な解決にはならないだろう。


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城戸 譲(きど・ゆずる)

ネットメディア研究家

1988年、東京都杉並区生まれ。日本大学法学部新聞学科を卒業後、ニュース配信会社ジェイ・キャストへ入社。地域情報サイト「Jタウンネット」編集長、総合ニュースサイト「J-CASTニュース」副編集長、収益担当の部長職などを歴任し、2022年秋に独立。現在は「ネットメディア研究家」「炎上ウォッチャー」として、フリーランスでコラムなどを執筆。政治経済からエンタメ、炎上ネタまで、幅広くネットウォッチしている。

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(ネットメディア研究家 城戸 譲)
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