■原油高騰に、自ら苦しむアメリカ
2003年、アメリカはイラクに侵攻し、サダム・フセイン政権を武力で制圧した。大量破壊兵器の脅威を裁ち切り、中東を民主化する――。そんな大義の下に決行された作戦だ。
だが、作戦で最大の恩恵を受けたのは、アメリカが最も敵視していた国、すなわちイランだった。フセイン排除で生まれた権力の空白地帯に、隣国イランが勢力を伸ばした。イランはやがて、中東屈指の地域大国にのし上がった。
複数の米シンクタンクや調査報道機関の分析から、この「自業自得」とも呼ぶべき連鎖が浮かび上がる。23年後の今、アメリカはイランを叩いた。終わりなき“モグラ叩き”が再び繰り返されようとしている。
イランは報復に動き、すでにホルムズ海峡を事実上封鎖している。
影響はアメリカ国内にもすでに及んでおり、米CBSニュースによると、最も影響の出ているカリフォルニアで1ガロン5.20ドル(約218円/L)、続くワシントン州でも4.63ドル(約195円/L)に上昇。米タイム誌は、1週間で14%の急騰となり、2022年のロシア・ウクライナ戦争開始時以来の上げ幅だと報じる。
米トランプ政権が掲げる「正義」は、どこへ向かおうとしているのか。
■ブッシュ政権の負の「遺産」
2008年3月、イランのアフマディネジャード大統領(当時。今年2月28日の攻撃で死亡)がバグダッドに降り立った。
イラン指導者として30年ぶりのイラク公式訪問であり、2003年のアメリカ軍主導のイラク侵攻後に同国を訪れた周辺国の指導者としても初めてだった。イラク政府は国賓として盛大に迎えた。
その約2週間後、同じ首都をアメリカのチェイニー副大統領(当時。昨年11月に肺炎などの合併症で死亡)も訪れた。ただし、こちらは強化トレーラーを積んだ軍用機での極秘入国だった。通常の設備では安全を確保できないほど治安が悪化していたためだ。
15万5000人のアメリカ兵が駐留する国の首都で、副大統領が身を隠して移動せざるを得ない。イラン指導者との待遇の差も含め、大きな皮肉として語られている。開戦前、アメリカ軍はイラク国民から「菓子と花」で迎えられる、つまり解放者として歓迎されるだろうとチェイニー氏自身が予言していた。現実は雲泥の差だ。
米シンクタンクのブルッキングス研究所はこの落差について、フセイン独裁政権を武力で打倒することを選んだブッシュ政権の、負の「遺産」を象徴するものだと論じている。
■「イランがこの紛争の唯一の勝者」
この帰結を裏づける研究がある。米軍高級将校の教育機関、米陸軍戦争大学が2019年に公刊した全2巻に及ぶ包括的研究だ。
米非営利調査報道メディアのインターセプトが取り上げたこの研究は、「拡張主義的なイランが勢いに乗った。イランこそがこの紛争の唯一の勝者と見られる」と結論づけた。
同研究はイラク戦争を、「アメリカ史上最も重大な結果をもたらした紛争のひとつ」と位置づけ、攻撃を受けていない国に先に武力を行使しないというアメリカの長年の政治的慣行が破壊されたと指摘する。
戦後、アメリカ国内には外国への介入に対する根深い懐疑心が広がり、海外への武力行使に強い批判の風が巻き起こった。
■海峡封鎖の誤算
そして2026年2月28日。
米軍は空母打撃群2個を中核とする艦隊と、多数の最新鋭航空機を投入。イスラエル空軍と連携し、テヘランをはじめイラン各都市の軍事施設・政府関連施設に全面攻撃を加えた。
米シンクタンクのアラブ・センターは、この攻撃で最高指導者アリー・ハメネイ師が死亡し、聖職者体制の高位メンバー複数名も排除されたと報じている。トランプ大統領は攻撃の目的をテヘランの「レジームチェンジ(政権交代)」と明言し、中東の勢力図を塗り替える意図を鮮明にした。
アメリカの公算では、指導者を排除されたイランは怖じ気づくとの見立てだったのだろう。だが、イランは即座に報復した。
イスラエルおよび湾岸協力会議(GCC)加盟6カ国(サウジアラビア、UAE、クウェート、カタール、バーレーン、オマーン)にある米軍施設すべてに対し、ミサイルと武装ドローンを一斉に発射。湾岸地域の港湾や空港など民間インフラにも攻撃を加えた。
世界の石油供給量の約2割が通過するホルムズ海峡は事実上封鎖され、その衝撃は中東だけでなく世界経済に波及し始めている。
なかでも深刻な影響が懸念されるのが日本だ。原油輸入の約9割を中東に依存し、その大部分がホルムズ海峡を経由する。
■「戦略上の穴」と化した新生イラク
指導者を抹殺されてなお、ひるまないイラン。なぜアメリカの宿敵は、ここまで強大になったのか。
その原点は、2003年にさかのぼる。ブッシュ政権はイラクに自由主義的な世俗民主主義、すなわち宗教権力と分離した市民投票による政治体制を打ち立てようとした。その波及効果により、イランの聖職者による支配体制を崩壊に追い込めると確信していた。
だが、現実にはイラクは、多数派のシーア派と、フセイン政権下で権力を握っていた少数派のスンニ派との宗派対立に引き裂かれた。これにより、同じシーア派の大国であるイランの強硬派は、むしろ勢いづいた。
ブルッキングス研究所は、新生イラクは湾岸地域の安定に貢献するどころか、アメリカの軍事力と政治的影響力を消耗させながらイランの地域的優位を広げる「戦略的な穴」と化した、との見解を示している。
事実、フセイン政権の崩壊がもたらした権力の空白地帯を、最も巧みに埋めたのがイランだった。
■アメリカが作った空白を最大限利用
米シンクタンクの大西洋評議会は、アメリカがその後、イラク統治の再建戦略を事実上放棄したと指摘する。イランにとってフセイン政権は、8年に及ぶイラン・イラク戦争(1980~88年)でも倒せなかった宿敵だ。
イラクの政治中枢に親イラン派を送り込むと同時に、対外工作を担う革命防衛隊コッズ部隊を通じてイラク国内の民兵組織を訓練・武装した。こうした民兵は後に「人民動員隊(PMU)」と呼ばれるシーア派民兵の連合体へと発展し、イラクの治安機構に公式に組み込まれていく。
さらにイランは、イラクを経由してシリア・レバノンへと続く戦略的な陸上回廊を確立し、レバノンの武装組織ヒズボラへの物資輸送ルートなど、中東全域に影響力を広げた。
もっとも、ここまで急速な浸透には下地があった。ブルッキングス研究所によれば、イランはサダム・フセイン政権時代から、同政権に弾圧されていたイラクのシーア派やクルド人などの反体制勢力と深い関係を築いていた。イランとの連携体制が確立したことで、戦後にこうした指導者たちが一気に権力を拡大した。
■機密文書が語るイラン・イラクの「特別な関係」
アメリカが気づかぬうちに密かに根を伸ばした権力ネットワークの強大さを、2019年に流出したイラン情報省の機密文書が物語っている。
インターセプトは、2015年1月の密会を記録した公電(外務省や在外公館で交わされる暗号化通信)を報じた。それによると、イラン情報省の工作員が、イラクの首都バグダッドの大統領宮殿にあるハイデル・アル・アバディ首相の執務室を訪れている。驚くべきことに、首相が海外の工作員と面会したこのとき、秘書も第三者も同席していない。
アバディ氏自身、アメリカ侵攻後に帰国して権力を握ったシーア派の亡命政治家の一人だ。公電によると2人は、アメリカの侵攻とフセイン政権の排除で生まれた権力不在の状況は、イランにとって「利用すべき機会」であると、互いに認識を一致させた。
さらに、2014年の機密報告書には、後にイラク首相となるアーディル・アブドゥル・マフディ氏がイランと「特別な関係」にあると明記されたほか、多数の閣僚がイランへの亡命経験者であると列挙されていた。イランはこうした人脈を介し、イラク領空へのアクセスやシリアとの重要な輸送ルートを確保したと、インターセプトは分析する。
経済面での浸透工作も露骨だった。南部の水道浄化事業の契約獲得にあたり、イラク国会議員に1600万ドル(約25億円)の賄賂が支払われた記録が残る。アメリカがイラク占領中に訓練した元軍関係者までもがイランの情報網に取り込まれ、「身を守るために(イランへの)協力を強いられた」との証言が一連の機密文書に記されている。
■23年前と酷似する開戦の「台本」
イラン攻撃に踏み切った米政権に、果たして正当な大義はあるのか。23年前と同じ過ちが繰り返されているとの指摘がある。
2003年1月、ブッシュ大統領は一般教書演説で、イラクには「独裁者」と「大量破壊兵器」の脅威があると訴えた。23年後の同じ演壇で、トランプ大統領も驚くほど似た物語を語っている。
「無法国家」「差し迫った核の脅威」「タイムリミット」。カタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラは、トランプ氏の言葉はブッシュ氏の恐怖喚起演説とまったく同じ構図だと指摘する。
9・11テロ後、アメリカはサダム・フセイン政権を「公敵」に挙げたが、今回その矛先はイランのハメネイ師に向かった。
政治アナリストのオサマ・アブ・イルシャイド氏はアルジャジーラに対し、「(トランプ)政権は恐怖の視覚的辞書(脳内で認識されるイメージ)を更新している」と指摘する。サダム・フセインをハメネイ師に置き換えただけとの指摘だ。
ただし、決定的な違いがひとつある。2003年は、イラクが大量破壊兵器を保有しているという政権の主張に合わせて情報機関の評価が操作された。ところが2026年の情報評価は、トランプの主張と正面から矛盾している。
「ブッシュには9・11(2001年の米同時多発テロ)後の怒りがあったが、イランは米本土を攻撃しておらず、トランプは脅威を捏造するしかない」と同氏は分析する。アナリストらはこの矛盾自体が意図的に作り出された「情報の混乱」であり、軍事力の行使を正当化する仕掛けだとみている。
■支持率わずか21%の開戦
インターセプトは矛盾の具体例を挙げている。トランプ氏はイランのICBM(大陸間弾道ミサイル)が「まもなく」アメリカ本土に届くと主張したが、技術的裏付けはない。また、イラン国内の抗議活動の死者数を、「3万2000人以上」と訴えたが、イランの人権団体の推計は約6500人にとどまる。
核開発をめぐっても、マルコ・ルビオ国務長官が、「ウラン濃縮は行われていない」と語る一方、スティーブ・ウィトコフ中東特使は、「兵器級核物質(核兵器に転用可能な高濃縮ウラン)まであと1週間」と発言しており、政権内ですら説明が食い違う。
世論の後押しも大きな違いだ。イラク侵攻前夜の2003年、アメリカ国民の64%が開戦を支持していた。インターセプトによると、今回のイラン攻撃を支持する国民はわずか21%だという。共和党員に限っても、40%に留まる。「永続戦争を終わらせる」と公約して返り咲いたトランプ氏の下で、与党の支持基盤ですら過半数が賛成しないまま、戦争は始まった。
そもそもアメリカ憲法は、宣戦布告の権限は大統領になく、議会が握ると定めている。だが今回も、議会の承認はなかった。アメリカの米進歩派政治誌のアメリカン・プロスペクトによると、約4分の3の国民が議会承認なき武力行使に反対している。民主党員の94%が反対し、共和党員でも50%が反対に回った。
国民の大多数が望まず、議会も承認しないまま始まった戦争。23年前と同じ過ちを防ぐはずだった民主主義の歯止めは、再び機能しなかった。
■「壊したら、あなたのものだ」
2002年、コリン・パウエル国務長官(当時)はイラク侵攻を前に、ブッシュ氏の側近たちにこう忠告した、「壊したら、あなたのものだ」(If you break it, you own it)。武力行使でアメリカが外国の政治制度を「壊した」ならば、その後始末は、壊した者が引き受けるしかないとの説諭だ。
あれから23年。忠告は無視され、アメリカはまた中東で大きなものを壊した。アラブ・センター・ワシントンDCの編集者エイミー・ホーソーン氏は今回の軍事行動を「無謀かつ不人気な戦争」と呼び、「予測不能で危険な余震を伴う政治的大地震」を引き起こしたと指摘する。
トランプ氏がいかに一方的に勝利を宣言しようとも、アメリカが主導する中東への軍事介入が意図せぬ重大な結果をもたらすのは、「例外ではなく常態的になっている」とホーソーン氏は語る。
米シンクタンクの外交問題評議会も、コリン・パウエル元国務長官が唱えた「壊したらその責任を負う」の原則は、現在のイランにそのまま当てはまると論じている。トランプ政権が後始末への関与を拒もうとも、歴史的評価は否応なく、アメリカの国益と中東全体への長期的影響を鑑みた上で決まる。
同盟国の支持固めや合意など、必要な包括的戦略を置き去りにしてイラン攻撃は行われた。アメリカが壊したイラクを横目にイランが育ち、そのイランをまた力ずくで壊そうとしている。連鎖の果てに、アメリカや世界は何を手にしようとしているのか、その答えはまだ見えない。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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